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17、同級生に同情をされました

「今すぐ私の上からどきなさい、レイラ・モートン」

「なに強がってんだよ。声が震えてるぜ?」

すぐにでも突き飛ばしたい。

 が、それを根にもたれたら?いつか恋人になったヤンデレ予備軍に私のことを話して……私は死への一途を辿るかもしれないという思いがそれを邪魔する。

「なあ、抵抗しないの? 嫌じゃないんだ? こういうことされるの」

制服の上から太ももを撫で上げられ、耳に息を吹きかけられる。

 落ち着け。この状況を打破するための最善策を考えろ。レイラにケガをさせたらいけない。けど、このままいけば私は……大切なものを失う。

「そのいやらしい手つきをどうにかしなさい」

「ああ、直接触ってほしい? 積極的だね、あんたって」

 スルッとスカートがめくられる。

 もう無理。もう限界。

「このっ、変態!」

ぱしんとレイラの頬を叩いて、彼女の体を突き放し全速力で医務室から逃げる。

 やばいやばいやばい。

 なにがって、なにもかもが!

 レズ? 百合? そんなかわいいものなのあれは? とんだ強姦魔じゃないの!

 というか私はとうとうあのレイラに手をあげてしまった。これをいじめとこじつけられて殺されるの? 今までの努力は?

 嫌だ、あの変態のためにどうして私が殺されるの? なんなのあの女は! ない。ありえない。少し前までいい子だと思ったり同情して謝った自分が馬鹿みたいだ。とんだど変態じゃない! 百合は好きだけどあれは論外。性的な意味で犯罪者じゃない!

「あんな女のせいでっ」

 死ぬかもしれないっていうの?

 冗談じゃない!

「わぷ……っ」

 曲がり角で誰かにぶつかって弾き飛ばされた。咄嗟に謝ろうとして息を飲む。

「廊下は走るものじゃない……。大丈夫か」

冷たい瞳。短髪の白髪。やや筋肉質な美形。手を差し伸べる彼は、バッドエンドに定評がある攻略対象ルフレ・ウッドその人だった。

 まさかこんなところで出会ってしまうとは。

 顔を覚えられてしまわないよう、大丈夫だと言って手を借りずに立ちその場を後にしようと急ぐ。

「お前、セシル・オールディントン子爵令嬢……」

動揺して足をもつれさせ、なにもないところで転んだ。

 なぜ私の名前を知っているの? ああはいはい。子爵家の娘だからね。あまりよろしくない状況だ。

「俺にはなにもできないが……がんばれよ」

「は?」

ふたたび私の手をとったルフレは私の肩をぽんと叩き、同情するような瞳で見つめてきた。この人は私のなにを知っているのだろう。

「えーと……」

「モートンに目をつけられるなんて、お前も気の毒だ」

なん……だって……。

「どういうこと? ミスター・ウッド」

ルフレは伯爵家の次男だったはず。私が彼を知っていても彼は特に不思議に思わなかったようだ。

「あんな下衆に気に入られるなんて、不運だなという話だ」

 下衆?

 たしかルフレは入学式でレイラに一目惚れしたはずだ。つまり今すでにルフレはレイラに恋をしている。だというのにこの言い様はなんなのだろう。まるで彼女への好意を感じられない。

「貴方は彼女と親しいのではないの?」

「誰がそんなことを言ったんだ。あの女、容姿をのぞけばまるでいいところがない」

じゃあ容姿は好みなのね、とかつっこんだり。

「俺に女子の着替えを覗きに行こうと誘ったり」

 それ、思ったけど、レイラは覗かないで堂々と入ればいいんじゃないだろうか。

「スカートめくりなんていう俗的な行為に誘ったり」

 中学生か。

「付き合ったの?」

「いいや」

 常時真顔だけど思い出して怒っているのか拳がぶるぶる震えている。

「挙句の果てに唐突に、外見のいい男なんて死ねと言って俺に殴りかかってきた」

「貴方は彼女になにかしたの?」

「なにも……。ただ、コスグローブに告白されたすぐ後だったな。友人から、という話になったが」

さらっと告白されたなんて言っていいの? しかも思いもよらない名前が出てきて驚く。サポートキャラがヒロインの相手になりうる人に手を出す? ああ、だけど当のヒロインがあれじゃあサラも自分を守ってくれる王子を探したくなるか。

 それにしてもサラの想いが発覚した後なんて……。まさかレイラは純粋にサラに恋をしていたのだろうか。だけど失恋して……八つ当たりとか有り余る欲望を私にぶつけてきた?

 同情の余地なし。私を巻き込むな。

「私が目をつけられているっていうのは?」

「ここのところはもっぱらお前の話ばかりだ」

「下衆なんて言って、おしゃべりするの? 仲がいいの? 悪いの?」

「一方的に話しかけられる」

そうか。彼女は女子に友達がいるはずもないんだった。レズ疑惑のせいで。

「同性愛者に偏見はないが、あんな女に好かれるなんてお前もついていないな」

「貴方自身は彼女に好かれたいと思わないの?」

「あいつと同じ容姿で中身が常識ある女だったら思わないこともない。だが間違ってもあいつと深い仲にはなりたくない」

ルフレルートが完全に消えた。ルフレに殺されることはもうない。ルフレへの警戒を解いていいことは私の精神面への疲労をずいぶんと減らしてくれた。

 だけどレイラは、ルフレの好感度を一切上げていない。せめてノーマルエンド……友情止まりで終わるくらいの好感度を得てくれていれば、隠しキャラも出て来ず、私は殺されずで手放しで喜べたのに!

 しかも、サラの冗談かと思えば、レイラにマークされていたのは事実らしい。嬉しくない。

「おい! セシル・オールディントン!」

背後からレイラが追ってきた。

「追われていたのか。引き止めて悪かったな」

「いえ、色々質問したのは私だしお気になさらず! 失礼するわ!」

廊下を走っていることを注意したルフレだったけれど、追われていると気づくとまた走り出した私をもう咎めることは言わなかった。

 後ろでは「捕まえろルフレ!」「どうしてお前の命令をうけなければならない」という会話が繰り広げられている。本当に一切好感度を上げていないのねレイラ……。

 次に角を曲がれば今度はグレイ先輩に正面衝突した。

「セシル? お前、体は大丈夫なのか?」

「心配には及びません。先輩こそ生徒の誘導お見事でした。いろいろ話したいことはありますが今は逃げることを優先します!」

「誰からだ? アシュレイか?」

「レイラからうわあ!?」

おそろしい勢いで手近な教室に押し込められた。そしてバン、と扉を閉められる。体が痛いっていうのに、さっきから弾かれたり転んだり押し込まれたり……。今夜は寮でゆっくり休もう。もたない。体が。

 教室の扉に張り付いていると、外から会話が聞こえる。

「生徒会長! あの、こちらにセシルさんが来ませんでしたか? 会長とお話するところもよく見ましたから、ご存じと思うのですが」

「ああ。ミス・オールディントンならさっきあちらへ走って行ったが」

「そうですか。ありがとうございます!」

 猫かぶりレイラと猫かぶりグレイ先輩の会話が終わった後、足音が一人分遠ざかっていく。

 聞こえなくなったところで、グレイ先輩が教室へ入ってきた。

「どういうことだ! どうしてレイラ・モートンと追いかけっこなんてしてるんだこの阿呆!」

好きでしているわけじゃない!

「医務室で襲われたんですよ! 組み敷かれて脱げとか言われて太もも撫でられて!」

「レズかよ!」

うあ~っと二人で頭を抱える。

「隠しキャラが出てくる確率が上がっていくな」

「あ、その、隠しキャラなんですが……」

そうだ。言っておかなければいけない。

 ローナ・ランドルフが……

「……っ」

「どうした?」

 口に出してローナと言おうとすると、吐き気を覚えた。あの、不気味な笑みが脳裏に鮮明に映し出される。

 あの男は……私を殺そうとした……。

 今になって体が震える。

 何度も、ローナが、と言おうとして唇が動かなくなる。ここに来てやっと、恐怖が実感された。

「殺そうと……したのだと思います……」

私の気持ちが安定していないことに気付いたらしい先輩は、背中をさすったり、肩を抱いて、落ち着け、ゆっくりでいい、大丈夫だ、と声をかけてくる。

 一度深呼吸をして、震える体を自分で抱きしめる。

「おそらく魔法で、放り投げられたんです……。火に飲まれそうになったとき、目が合って、笑って、私に手を振っていたんです……」

「誰がだ?」

 口に出したらもっと恐怖が増すだろう。それでも言わないと先に進まない。これは先輩にも関わることだから。

「ロ……、ロー……ナ・ランドルフが」

先輩が目を見開く。

「あいつが、隠しキャラってことか?」

「多分……間違い、なく……」

でなければ、どうして私を殺そうとしたのか。精神異常者でない限り、私はローナ・ランドルフに殺意を向けられる覚えはない。

「……安心しろ」

「え……」

背中をさすってくれていた先輩の手が止まった。

「あれは俺の義弟だ。なんとかする。俺が生き残るついでにお前も守ってやる」

ど……っ、

「どうしちゃったんですかっ! そんなこと言うキャラじゃないでしょう!?」

「……」

うわ、あっかい。

「自分で言って照れないでくださいよ……!こっちまで恥ずかしいじゃないですか!」

「いや、俺も、この世界に毒されてきたと思って。さっきの発言は忘れろ。すぐに」

「無茶な!」

お互いで赤面して居心地が悪くなってきた。けどおかげさまで、ローナ・ランドルフについては多少恐怖が和らいだ。感謝すべき、なんだろう。

 もともと話したこともない私に先輩が声をかけてきたのは私の死亡を回避するためだった。忘れがちだけど、この人はいい人なんだった。

「あれだろ。これがお前の言うグレイ様だろ」

「そうですね。今のはグレイ様っぽかったです。『俺』を『わたし』に直してもう一度言ってみます?」

「言わねーよ!」

無理やり調子を戻したところで、先輩はふとまた真面目な顔になる。

「それで、ローナのことはアシュレイに言ったのか?」

アシュレイとローナが親しいことも同室なこともすでに報告済みだ。

「いえ……言っていいものかわからなくて」

言うにしても、なんて言えばいいのかわからない。

 もちろん、さっき言わなかったのはアシュレイが怒りのままに殺人に走っては困るから、だけど……。説明をするにしても、ローナに命を狙われている、と言えば何故か問われる。それで、ローナが精神異常者だからなんて通用するとは思えない。

 せめてアシュレイに危険がないようにローナから遠ざけたいけれど、ローナと関わるなと言えばやはり何故かと問われる。そもそもあの二人は同室だ。

「どうすれば……あの子を守れるのか……」

「セシルはそればかりだな」

あきれたように苦笑される。

「従者を守る? お前は、守られるべき存在だろう。主人だ。それも女だ。思いつめずに従者を信用するのも手だろう」

「そうもいきません。隠しキャラの力は未知ですから」

 いくらアシュレイが能力面で秀でていても、たとえばラスボス的なものが出てくれば絶望的だ。

「あれですね。今日の先輩は優しすぎて気持ち悪いですね」

「歯に衣着せろ」

「今日の先輩は優しくて話しづらいです」

「着せるならもっとうまくやれよ」

 あ。

 ああっ!

「やばい」

「ん?」

「アシュレイ……」

 荷物を取りに行ったアシュレイはそろそろ医務室に戻っている頃だろう。私がいなければ驚く。

「急いで戻れ! 俺があいつに殺されかねない!」

「あいつとは、誰のことでしょうか」

先輩が、ひっと情けない声をあげる。

 二人一緒に、扉の方を見る。

「いつからいたの?」

「お嬢様が、僕の名前を呼んだように聞こえたので開けてみたら案の定でした」

本当に今さっきね。

 荷物を二人分持ったアシュレイは私の肩に乗せられた先輩の手をじっと見ている。音が聞こえる速さで先輩の手が下ろされた。

「お嬢様は大人しく寝ていることもできないんですか? 逆になにができるんですか?」

「怒ってい」

「ないように見えるのなら目を医者に診せた方がいいですね」

 そうですね。じゃあ私はお医者様に目を診せる必要はないわね。怒っているように見えているもの。

「会長、こんな場所で逢瀬ですか? 知れれば問題ですね」

「いや、わたしは彼女がミス・モートンに追われているところを匿っただけだ。やましいことはない」

「……モートン先輩に? そうでしたか……。ご迷惑をおかけしました」

あっさり信じたので、事実だから信じてもらえないと困るけど、驚いた。

「先ほどモートン先輩が何かを探し回っているように校舎を出ていくのを窓から見ました。お嬢様を探していたんですね。迂闊でした。彼女が性的な意味で危険なことも、お嬢様に目が向けられていることも調べ済みだったというのに……。寝ていると思って油断した僕の責任ですね。お嬢様、お叱りは後でうけます」

調べ済みって……。じゃあアシュレイはレイラが変態レズ娘だと知っていたの? ただのかわいらしい百合とは違う危険人物だと知っていたの?

 頬に空気がたまっていく。

「ひどいわ! ひどいわアシュレイ! とても怖い思いをしたのよ!?」

「ですから、お叱りは後でうけます。それから……」

 鞄を二つ私に押し付けたアシュレイは、私を横抱き……所謂お姫様だっこで抱えた。

「慰めるのも、僕の仕事です」

「まったくね! どうしてくれるの? もう二度と私を傷つけさせないと言ったじゃない! 私は身も心もボロボロよ。だけど歩けるから下ろしてほしいの」

「女性同士ならできることは限られているでしょうから。ケガをするほどの大事でもないでしょう。気絶するほど強く体を打ちつけた主人を歩かせられません」

「けど重いでしょう?」

「重いです」

「空気の様に軽いでしょう。訂正しなさい」

「お嬢様が気に入っているオールディントン家にあるソファよりは軽い気がしますよ」

それはあれでしょう? 3人掛けの客間にあったソファのことでしょう?

「ケンカを売っているの?」

比べられる物がもっと他にあるじゃないの。しかも気がするって。

「そんな恐れ多いことはしません。事実を述べたまでですよ」

恐れ多いことしか言わないしやらないくせに。

「会長。もし先ほどのあいつが僕を指しているのなら言っておきますが、安易に人を殺したりはしませんよ」

グレイ先輩の乾いた笑い声が響く。

「会長のお察しの通り、僕のものに手を出さない限り、僕は誰にも危害はくわえません」



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