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16、あらゆる意味で危機に陥りました

 オズウェルとテストの最後の確認をしていると、会場へ向かうレイラが見えた。

テストは全校生徒に公開されるけれど必ず見なくてはいけないこともない。見物したければしていい、という形式だ。

 とはいえほとんどの生徒が見に来るので、普段闘技場として使っている会場はにぎわっている。不安な生徒は自分の順番が来るまで練習をしていていいことになっており、二年生はだいたい自分の順番が来るまで会場には入らない。

 レイラの順番はそろそろなのだろう。

「オズウェル、少し外すわ」

もう完成度は十分なのでオズウェルも何も言わず私に手を振ってくれた。

「ミス・モートン」

「セシルさん?」

私が呼び止めると、レイラは振り向いて明るく笑った。

「嬉しい、貴女から声をかけてもらえるなんて。どうしたの?」

レイラは私の両手をぎゅっと握って顔を近づけてきた。百合疑惑があるだけにこの距離は怖い。一歩後ずさりしつつ、頬をひきつらせながら私も笑う。

 だけど私の手を握るレイラの手が震えていたことで、無理に笑うこともできなくなった。この子もきっと緊張しているんだ。

「がんばってね」

 気をつけてと言いたかった。言うために声をかけた。だけどきっと、いくら忠告しても事件は起こってしまう。魔力の暴走は彼女の意志ではどうしようもできないから。恐怖心を煽るのは残酷なように思えた。

 それに、今回の事件では死人が出ない。基本的にゲーム内で死ぬ確率があるのは私、レイラ、ルートによってはグレイ先輩だけだ。隠しキャラルートについてを除けばモブは一切死なない。隠しキャラルートはわかりかねる。そしてレイラはこの事件で大きなケガをすることもない。意識不明の重体になったりしたらゲームが始まらないからだ。大きなケガも、恋愛に関係ないこのイベントではしない。

 今は応援してあげるほうが正しい気がした。

「それを言いに来てくれたの?」

 レイラは一層嬉しそうにして頬を染めた。もう身もだえするくらいにかわいいし、本当なら抱きしめたいくらいなんだけど……百合だったら生々しくなるしどうしても先入観が……。それにこの子の選択次第で死ぬかもしれないと思うと。

「セシルさんはとても優しいんだね」

 なんだろう。ここのところ、基本的にクールな従者、頼りにならないデリカシーのない先輩、軽いノリの同級生、面倒事を押し付けようとしてくるサポートキャラしかいなかったせいで、純粋に賞賛してくれるレイラに泣きそうになった。

 この子、本当はただ普通にいい子なのかもしれない。もしそうなら危険人物扱いをして悪いことをしたかもしれない。

 ぎゅっとしたい衝動をおさえて頭を撫でると、レイラはうふふふと可愛らしく笑った。

「大丈夫、ヒューともしっかり練習をしたし」

 ヒューというのはたしか、レイラと組んだオズウェルの友達だろう。

「セシルさんに応援されたから頑張れるよ。ありがとう。お互い頑張ろうね! 私も応援してるから」

すごくいい子……。周りにこんなにいい子がいただろうか。いいやいない。

「テストが終わったらまたお話したいな。私、セシルさんと仲良くなりたい」

それには曖昧な返事を返しておいた。仲良くなるのは禁物だから。

 レイラを見送り、彼女との会話への緊張を解くとため息が出た。

「わざわざ激励したのか? やっぱり君、そっちの気があるんじゃないか?」

 オズウェルは私の後を追ってきたようで、その上一部始終を見ていたようで。からかうように笑ってくる。何度も違うと言っているのに。

 オズウェルの場合、疑惑を持って言っているのではなく私の反応を面白がっているように思える。

「ないと言っているでしょう」

「まあ、そうでなきゃ俺は困るね。麗しのオールディントン嬢をおとすのは俺だからね」

「減らず口」

ふん、と鼻を鳴らすと、オズウェルはくすくす笑った。

「ガードがかたいところなんて最高だね」

「オズウェル、貴方って……」

 少女漫画に出てくる当て馬みたいなキャラね。とか、言えるわけないよなあ……。

 よく少女漫画や恋愛小説じゃ、モテモテだけどそれが退屈で、自分にまったく靡かない人間と出会って興味を持ってちょっかいを出す、みたいな……。そしてだいたい最後は残念なイケメンに成り下がるという不憫なキャラをまんま見ているみたい……。

 要するに自分に全然興味を示さない私に興味を持ったかまってちゃんみたいな。

「私、貴方のお母さんじゃないんだからそうしょっちゅう構ってあげられないわ」

「は?」

意味がわからないというように首をかしげたオズウェルに、そうだ、と提案する。

「もう十分練習もしたし、私たちも会場で他のペアを見学しましょう」

「ずいぶん余裕だな」

 そりゃあアシュレイのスパルタレッスンを経た私に不安なんて微塵もない。というかそもそも私たちはテストを受けられないから、あの頑張った日々が無駄になったと思うと悲しいけれど、魔法の練習をしたと思えば!

 見物席にはアシュレイもいる。主要人物となるアシュレイがケガをするとは考えにくいけどそれでも多少心配だし、なにより去年、先輩たちのアピールを見るのが楽しかったから単純に見たいというのもある。

「俺はいいぜ。まだ俺たちの番まで時間もあるしな」

 そうして同意を得たうえで、開いている見物席の後ろの方へ行く。羽を風に舞わす演技、水でウンディーネを形作るアピール。そしていよいよ、この次がレイラの番だ。

「ヒューとレイラ・モートンか。二人とも真面目だし、まあ、うまくいくだろうな」

身を乗り出して、オズウェルは見物に入ろうとする。

 そういえばオズウェルはあのヒューというクラスメイトと仲が良いようだった。教室でも二人セットで見ることがもっぱら多い。

 アシュレイにもオズウェルみたくたくさん友達ができればいいんだけど……相手がローナ・ランドルフとなると話は別になる。

 壇上にレイラとヒューが立ってお辞儀をする。

 ステージの傍にいたグレイ先輩は身構えている。結界をはる準備をしているのかもしれない。変なところで責任感とかプライドがあるようで、ケガ人は俺が出さない! と意気込んでいた。

「なあ……様子がおかしくないか?」

オズウェルが腕を組んで壇上の二人を見る。

 レイラが発した炎が、どんどん強さを増していく。レイラ本人も驚いているようで、彼女を炎が取り巻いていく。

「全員避難しろ! 順路は役員にしたがって!」

 グレイ先輩の声が会場に響いた。それをきっかけに生徒たちがぞろぞろと避難を始める。先輩は少しでも被害が出ないように、やはり結界をはって生徒の席まで火が回らないようにしている。審査席にいた先生達が一斉にレイラを囲む炎をさらに囲んだ。

「セシル、俺たちも行こう」

こんな後ろの方まで火が回るとは思えないが、念のためということだろう。オズウェルに手招きされて私も後に続く。

 出口付近につくと生徒がつまっていて、そこで一端動きが止まった。予想外に出口の方が火に近く、これなら移動をせず後ろにいたほうがよかったようにも思えた。人ごみにまぎれてオズウェルとははぐれるし、アシュレイの無事もわからない。

 どころか、流されてどんどん自分が火のほうに近づいている気がする。

「え……っ」

体が後ろに飛ばされた。一瞬の浮遊感。人ごみに押された感じではない。強い力に体を浮かされ投げられたような感覚。

 気づくと出口から遠く離れ、先生たちと炎の間に投げ出されていた。

「どう……して……?」

 出口からここまではざっと百メートルある。こんな距離を一瞬で移動できるはずはない。それも私の意志に反してなんて。誰かに魔法をかけられていなければ、ありえないことだ。

 先生たちも、飛ばされてきた私を見てぎょっとし、すぐに手を引こうと駆けてくる。身の危険を感じるとおかしなもので、逆に冷静になると聞いたことがある。これは間に合わないな。倒れこんだ状態で、確実に、火に飲まれると確信した。

「……!?」

頭がぼうっとなっているその時、目が合った。

 笑っている。

 私を見て笑っている。

 笑って、手を振っている。

 ローナ・ランドルフは、無邪気さの欠片もない笑みをたたえ、出口のすぐ前に立っていた。



***



「い……ぅ……」

「お嬢様……!」

痛む体を起こすと、険しい顔のアシュレイが私を抱きしめて唸った。

「いくつ心臓があっても足りません……」

薬品の匂いがする。どこの世界でも医務室や保健室の匂いは変わらないんだなあとのんきに思う。

 首をふってあたりを見回すと、一面、白、白、白。私が寝ていたのは医務室のベッドだった。

「助かったのね」

「先生方の話ですと、火がお嬢様に触れる寸でのところで消えたそうです。モートン先輩の魔力がちょうどそこで尽きたと……」

「泣いてる?」

「泣いていません」

私をゆっくり放したアシュレイはげっそりしていた。

「どれくらい眠っていたのかしら」

「三時間ほどですね」

「あまり経っていないのね。それなのにアシュレイは私についてこんなにやつれてしまったの? 意外とやわなのね」

「誰のせいだと……」

「冗談。心配をかけてしまってごめんなさい」

恨めしげに私を睨むアシュレイは深々溜息をついて立ち上がった。

「いえ……従者としての役目を全うできなかった僕に責任があります。貴女を守ることが僕の存在意義だというのに」

私はそこまで言ってもらえるほど大層な人間じゃないんだけど……。

「やっぱり泣いてる? あ、泣きそう?」

「泣いていません。泣きそうでもありません。ただ今すぐ腹を切りたくはあります」

「そこまで責任を感じなくても…」

「もう二度と、誰にも貴女を傷つけさせません」

 あの場においては別行動だったのだから仕方ない。私は全身を強く地に打ち付けたせいで気絶したということらしい。どうりで、体中痛いわけだ。レイラからの被害は受けていないものの中々のダメージだ。

 先生達は、私は人ごみに弾かれたのだろうと判断したらしい。

「そんなはず、ありませんよね? 出口とステージの間にはずいぶんな距離があるはずです」

 アシュレイの言う通り、それはありえない。学園側もわかっているだろう。誤魔化すのは、おそらくこの学園が上流階級の子供が通う学校だから。権力のある家同士でいざこざがあれば面倒くさい。学園に抗議がはいっても面倒くさい。ということだろう。

 犯人捜しをしても無駄なことは私にもわかっている。……おそらく、ローナ・ランドルフが関与している。公爵家のローナが犯人とわかっても揉み消されるに決まっている。

「お嬢様、誰かのたくらみがあるのではありませんか? 心当たりはないんですか?」

 とても心当たりがあるけれど、今のアシュレイに言うべきでないことは明らかだった。思い違いでなく、アシュレイは私の従者であることを誇りにしているのだろう。本人もよく言っている。

 血走った眼をしたアシュレイに犯人の心当たりを言うほど私も馬鹿ではない。これじゃあ人一人殺しかねない殺気を放っているのだから。

「いいえ、特には。あれだけ大きな出来事だったんですもの。混乱していた誰かがうっかり魔法を使って、偶然私に当たったんでしょうね」

「うっかりで済む話ではありません。一歩間違えればお嬢様は……」

「危なかったけれど、結果的に何もなかったんだから。貴方が気に病むことはないし、誰かを罰することもないわ」

 納得いかない、と言うようにアシュレイの拳が握らる。

「やだやだやだ! 爪が食い込んでいるじゃない! 血! 血が出てる!」

「喚かないでください。後で適当に消毒しますよ。隣では人が寝ているんですから、お静かに」

爪が食い込むくらい拳を握る人なんて初めて見た。

 適当にって、菌が入ったらどうするの。取り返しのつかない病を引き起こすかもしれないわ! とまくし立てると、いらだっているアシュレイはすぐそこにあった消毒液をダバダバかけて包帯を雑にまいた。

「ずいぶんワイルドね」

「お嬢様が思っている以上に気が立っているので」

 カーテンを隔てた向こうで、「んー」と声が聞こえた。本当に隣で誰か寝ているようだ。今の声は多分、レイラ・モートン。

 カーテンに目をやりながらアシュレイに尋ねる。

「彼女はケガをしなかったの?」

「ええ。魔力の暴走とはいえ魔法が彼女自身を巻き込むことはなかったようです。炎には触れてないそうですが、一度に消費した体力が限界だったんでしょうね。眠っているだけです。重症は彼女よりお嬢様ですよ」

 彼女を囲った炎は、彼女の半径二メートルほどに燃えていたらしい。普通に小さな火を起こすのでも発動者より一メートル先に出るのが基本だから、彼女がケガをしていないのも理屈が通っていた。

「これからあの子は、学園で生活しにくくなるでしょうね」

「他人の心配よりもご自分の身の危険を感じてください。お嬢様は何者かに狙われているのかもしれないんですよ?」

 それはたしかにそうだけど、レイラは今後、私と違った方向で命の危機だ。誰ルートに入ったとしてもひとたび間違えれば死、もしくは束縛、孤立。

 できることなら、誰も死なないハッピーエンドに持っていきたいけれど、そう簡単なことでもない。

「もっとも、モートン先輩が苦労するだろうことも事実ですね。あれだけの力があることを見せつけたんですから。学内中彼女の噂でもちきりです」

「彼女のお見舞いは?」

「来ていません。先生方が念のため生徒は彼女がいる間医務室に立ち入り禁止にしたので」

「貴方は入ってきているわ」

「お嬢様の従者という立場が持つ特権です。モートン先輩は従者をお持ちではないようですから、ここへは僕しか来ていません」

そう、と相槌を打つ。

 起きたとき、誰もいないのはちょっぴり寂しいかもしれない。

「起きたなら帰りましょう。荷物、持ってきますから」

 寝ている間に持ってきてくれたのかと思ったら……多分ずっとつききりでいてくれたんだろう。

「ええ。ありがとう、アシュレイ」

アシュレイが出ていったのを確認してから、そっとカーテンに手をかけた。立つとやっぱり痛いけれど、一歩一歩ゆっくりレイラに近づいた。いや、息の根を止めようとしているのではなくて。

「んぅー……」

 今は規則正しい寝息を立てて休んでいるけれど、きっと怖かっただろう。炎の中で不安で不安で仕方なかっただろう。

 止めることはできなかったし、彼女が死ぬことがないとわかっていた。それでも何もしてあげなかったのには罪悪感がある。

「ごめんね……」

レイラの頭をなでながら謝った。

 起きている彼女に謝っても、きっと不審に思われる。第一私はなるべく彼女と仲良くなりたくない。

「ん……セシ、ル……?」

「え……」

いけない。レイラを起こしてしまった。

 とっさに後ずさろうとすると、頭を撫でていた手を掴まれベッドに引きずり込まれた。いきなりだったのと体が痛いせいもあって抵抗できず、されるがままになってしまう。

 驚いてつむっていた目をゆっくり開けると、天井をバックにしたレイラの顔が。驚いたように目を見開いていた。だけどそれも一瞬で、彼女の口元は弧を描き、可愛らしい顔には艶めかしい妖艶な笑みが刻まれる。

「セシル・オールディントン……。はは、すっげー好機」

「ミス・モートン?」

 すっげーなんて言うキャラじゃ、なかったような……。

「近くで見ると余計いい女だな、あんた。大丈夫、怖がるな。楽しいことをするだけだから」

それって、私にとっては楽しくないこと、よね?

「とりあえず、脱いでみない? セシルさん」

 とりあえずって何? 語尾にハートがつきそうな可愛い声を出しても頷かないから。


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