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14、精神的にも物理的にも悪化しました

 できることならアシュレイと危険人物を接触させたくなかったし、会わずにすむなら私も会いたくなかった。

 だけど今更、アシュレイとせっかくできた友達を引き離すなんてしたくない。せっかくできた友達を悪く言われたらアシュレイだってよく思わない。

 だいたい、学園に入るまでアシュレイに友達ができなかったのは私の従者という立場を全うしていたせいだ。孤高の人だから、というのも多少はあるのだろうけど。

「おはようございます」

「おはよう、アシュレイ」

女子寮までアシュレイが迎えに来てくれるのは、彼としては従者として当然のことらしい。ここまで来る時間の分、アシュレイは早起きをしなくてはいけないのに。

毎朝門の前で人を待つ美しき一年生は、女子寮ではすっかりアイドル的存在になっている。アシュレイは知っている? 同級生のみならず、女子寮のお姉さま方まで貴方を狙って目を光らせているって。

「眠れていないようですね。隈ができていますよ」

「顔……が、近いわ……」

「わざとです」

もう意味ありげなことは深く考えないようにしよう。一昨日のキスには散々振り回された。

「今日の授業は休まれては?」

「いいえ……生徒会長にお話があるの」

 ひとまずアシュレイとローナ・ランドルフに交流があることを報告して、なにか策を練らないと。うまくいけば義弟なのだからアシュレイと距離を取るようそれとなく促してくれるかもしれない。

 ああ! でも! せっかくアシュレイに友達ができたのに、そんなことをしていいの?

「やはり休みましょう」

「……え?」

頭を抱えているものだから具合が悪いように見えたのかしら?

「女子寮への入寮許可もらってきます。世話は僕がしますから、安心してください」

「けど」

「生徒会長にご用事があるなら」

遮られて、片方の肩を押され、回れ右をさせられた。

「僕が伝えてきます。お嬢様はベッドで安心して眠ってください」

最近どすのきいた声を出せるようになったから、アシュレイからうける圧力は格段にレベルが上がった。

 報告は今日しても明日してもあまり変わらない。アシュレイに頼めるはずもないし……。ぴりぴりしているアシュレイに反発するのは身を滅ぼすことだということくらい長年の経験で認識している。

「部屋に、戻ります……」

「休みの連絡も入れてきます。伝言はどうされますか?」

「たいした用事でもないから……」

「そうですか」



***



 せっかくの機会だし、整理しよう。

 体調も悪いわけではないし、普段の予習はかかしていないから一日くらい怠ってもたいした問題はない。

 第一今は、勉強よりも私やアシュレイの命にかかわる問題だ。寝着に着替えなおしてベッドで一連のことを思い返す。

 ローナ・ランドルフ。

 実際見るとますます疑惑は膨らむ。

 あの人懐っこい雰囲気は他のキャラにないものだった。加えて、個人的な意見だけれど腹黒そう……多分昨日睨まれた印象が強いせいだと思う。

 なによりイケメンだった。

 これが一番の決め手だ。イケメンでなきゃ攻略対象にはなりえない。ただでさえ養子、グレイ先輩の義弟なんて不敵なワードを抱えているくせに、アシュレイとまで接点ができたらいよいよストーリー上の重要キャラだ。

「難しい顔をして、どうしました?」

扉が開く音と一緒に、ベストに着替えなおしたアシュレイの声がした。

「早かったのね?」

「そうですか?」

 とぼけているけど、額にうっすら汗をかいている。具合の悪い私を心配して急いでくれたのは容易にわかった。無愛想だけど昔から優しいアシュレイ。お願いだから命を大切にしてほしい。危機は迫っているかもしれないのだから。

「食べたいものはありませんか?用意しますよ」

台所まで完備されているやたらと広い部屋を私が使えるのは、きっと爵位のある家の娘だからだろう。いいとこのお嬢さんだったら自分で料理をしなさそうなものだけど、私は大いに役立てている。

 サラのような伝統の浅い家やアシュレイのような従者は、基本的に二人部屋をシェアして使っているようだ。

 そこでふと、嫌な考えが頭をよぎる。

「ねえ、アシュレイ。貴方は寮で、二人部屋を使っている?」

「え? ええ。僕はオールディントン家にお世話になっている身ですから。お嬢様と同じような扱いは当然うけません」

盲点だった。自分が一人部屋なせいですっかり忘れていた。

「同部屋の子とは、仲良くしているの?」

 同室になるのは学園のはからいで同級生と決まっている。そして逆は無理だけど、一人部屋をもらえる生徒は希望すれば二人部屋になることもできる。新しい環境に慣れる仲間がほしいという理由で希望を出す生徒は少なくないらしい。

 ランドルフは最高爵位、公爵家だ。次男、養子といえど学園側も重宝する。

 もし。

 もしも、彼が二人部屋を希望しているなら……考えたくないけれど……、

「ええ。友好的な人です」

可能性は十分にある。

「どんな子かしら。今度ご挨拶がしたいわ」

「どんな……そういえば昨日、会いましたね。中庭で。あの天然パーマのやたら飛び跳ねていた生徒です。ローナといって……生徒会長の義弟でしたね、たしか」

ああ! 最悪の事態!

「そうなの……」

生徒会長、と言うときのアシュレイが渋い顔をするのは置いておき。

 まさかここまで親しい間柄になっていたなんて。これじゃあ、アシュレイに嫌な女だと思われるのを覚悟でローナにかかわるなと言ったところでそれさえ不可能だ。同室なんて……アシュレイにまで死亡フラグが立ちつつある。

「気になりますか?」

「ひえ!?」

図星を疲れて声が裏返ってしまった。

 アシュレイは探るような眼差しを私に向けている。

「彼もランドルフ家のご令息ですからね。お嬢様が仲良しの生徒会長のことも、彼ならよく知っているでしょう」

 皮肉っぽく笑ったアシュレイは、見下すように私を見下ろしている。心なしか寒い。アシュレイの目が冷たい。

「会長のことは別にどうだっていいのよ? 本当よ? ただ……」

「ただ?」

「……言っても怒らない?」

 貴方がローナに何かされないか心配、だなんて、友達を侮辱するようなことを言っても。

「ご存じかと思いましたが」

「なにを?」

「お嬢様の『お願い』に、僕が弱いことは」

「嘘ばっかり。拒否することだってあったわ」

「それは、僕の能力や立場ではどうしようもないときだけでしょう。僕が風邪を引いたとき、今すぐに直せとか。注射をするときに身代りになってくれとか。夕食でヤギの肉が出たときに自分の分まで食べてくれとか」

「最後のは叶えてくれたってよかったと思うの」

「好き嫌いはお嬢様のためになりません。従者として甘やかすわけにはいきませんから」

むーっと眉を寄せる私の眉間に指を当てて、アシュレイはしわを伸ばす所作をした。

「ともかく、『お願い』されれば大抵のことは聞きますよ。これでも従者です。怒らないでと言われれば怒りません」

「それじゃあ、怒らないで聞いてね。お願い」

ベッドのシーツを握りしめながら、意を決する。

「貴方が……同室の子に(命を)奪われてしまわないか心配なの」

「……そういった趣味はありません」

しわを伸ばすために眉間をこすっていたアシュレイの指が、ぐぐぐっと押し込められてきた。さすが男の子、指が私よりも太い。痛い。

「怒らないでとお願いしたわ」

「僕の理性では抑えられない怒りが込み上げてきたので、不可抗力です」

 果物を切って持ってくると言ったアシュレイは台所に立ったけど、ベッドに入っている私にも見える位置に立っている。アシュレイからも多分見えているだろう。アシュレイなりの配慮かもしれない。私が気軽にアシュレイに頼み事をできるようにと。

「アシュレイ。学園生活は楽しい?」

「なんです急に」

 しばらく黙ったあとで、アシュレイは答えた。

「去年を考えれば充実した日々です。一昨年までと比べるなら、別にどちらが楽しいということもありません」

「家と学園では環境が違うわ」

「僕にすれば、お嬢様のお傍にいられるかどうかがすべてです。それ以外は特に気に留める変化はありません。強いて言うなら虫が多いここは多少不都合が生じます」

 都会とはいいがたく自然豊かなオールディントンの屋敷の方が、虫は多かったと思うけど。

「小説みたいな台詞ね。『貴方の傍で貴方を守れるかどうか。それが私にとってのすべてです』って、前に読んだことがあるわ。なんだったかしら。英雄譚だわ。騎士が主人に言うの。アシュレイってば、ますます従者らしい従者ね」

「自分が従者らしいと思ったことは、あまりありませんよ」

 たしかに、ほかの主従と私たちの関係の在り方は違うように思う。学園に来ると余計にそれを実感した。従者はもっと他人行儀で、主人はもっと従者を使役するものだと改めて確認した。

 お父様は特定の従者を連れていなかったから、本来あるべき主従の姿を知らなかった私は学園でそれは驚いた。

「それを言うなら、私も主人らしいとは言えないかもね。もっと、誇りを持って悠然として従者に尊敬されるべきなのに、間が抜けていて貴方にはなめられっぱなしだわ」

「間が抜けている自覚はあったんですか」

 本来あるべき主従が成り立っていたら、貴方はそんなこと言わないと思うの、アシュレイ。

「たまには優しくしてほしいわ」

「しているじゃないですか」

「うー……」

 たしかに、絶対零度のアシュレイが笑うのはお前といるときばかりだとお父様も言っていたけれど、私にだってそんなにしょっちゅう笑ってくれるわけじゃない。

「やっぱり意地悪よ。こんなむき方して」

食堂でわけてもらってきたのか、複数の種類の果物が少量ずつお皿に乗せられている。

「目でも楽しめるようにと……。嫌だったのなら形は崩してきます」

アシュレイは私が気に入っていないと思ったのかどことなく申し訳なさげにしてお皿を持っていこうとする。

「ダメ! ダメよ! こんなにかわいいうさぎさんを、貴方は簡単に崩せるっていうの?」

「うさぎさん……」

 この年でうさぎさんなんて口にしたのは迂闊だったけれど、うさぎさんを死守したくてのことだ。

 一つ一つがうさぎになっている。皮をむきにくいものまで器用にだ。キウイなんて、食べれるところを極限まで残そうと薄い耳が繊細につくられている。

「酷いわアシュレイ。こんなにかわいく切ったら、もったいなくて食べられないわ」

「女性の心理はわかりかねます」

 一つ手に取ったアシュレイが、私の口にリンゴを押し込んだ。びっくりしてつい噛んでしまった。

「おいひい」

「飲み込んでから言ってください」

「アシュレイはいいお嫁さんになれるわね」

「褒めているつもりですか?」

「たまにはからかってもいいじゃない」

 私も一つオレンジを取ってアシュレイの口に押し込んだ。きまり悪そうに私を軽く睨んだアシュレイは頭突きをくらわせてきた。

「病人……」

「軽口をたたく主人にかける情けは持ち合わせていません」

「そんなに意地悪じゃ、女の子にもてないわよ」

 嘘です。きっともてるに決まっている。こんなに綺麗な顔立ちに、運動、頭脳、魔法、家事、物腰すべてが完璧なハイスペック男子を年頃の娘さんたちが放っておくはずがない。へたすれば女性教諭だって悩殺にされてしまうだろう。愛想がないのだって、クールで素敵ねーとなるのだろうし。見ていれば、私以外には言うほど酷い態度でもないし。

「やはり」

「なあに?」

「やはり女性の大半は生徒会長のような雰囲気のやわらかい男を好むのでしょうか」

 飲み込もうとした二口目のリンゴが変なところに入ってしまった。せき込む私に、アシュレイが水を渡して背中をさすってくれる。

「ありがとう、もう大丈夫……。驚いたわ、貴方がそんなことを気にするなんて珍しい。気になる女の子ができたの?」

 レイラじゃありませんようにレイラじゃありませんようにレイラじゃありませんように。この子の命のためにも私の命のためにもこれ以上レイラに近づく理由ができませんように。

「……」

「その目はなに?」

「いえ……。年上の女性に苦戦したときの参考までにお嬢様にお話をうかがおうかと」

「年上なの!?」

「……」

 アシュレイの周りに年上の女性なんて心当たりがない。私がいない間に知り合った先輩に恋をしたのならまだいいけれど、私が授業中をのぞけばいつも一緒にいるから、その可能性は低い。

 なら、アシュレイが接点のある年上の女性なんて……サラかレイラ。主に私のせいで引き合わせた二人だけど。

「まさか……先生を相手に禁断の恋?」

「違います」

じゃあやっぱり……レイラ。どうしてこう嫌な方向に進んでいくんだろう。

「参考までに、と言っているでしょう。特定の人物をさしてはいません。それで、お嬢様は結局生徒会長のような男性像が」

「それはない」

 天地がひっくり返ってもない。たしかに容姿はドストライクだけど、私が好きなグレイ様はグレイ先輩ではなくてゲームの中のグレイだし。

 ネットランキングもグレイに入れたけどそれはバッドエンドが個人的に最高に萌えて入れたのであってどちらかと言えば

「アシュレイの方が……」

 人柄では好きだった。ただバッドエンドが心中だったからなあ……。それも心配なさそうな今となっては、

「アシュレイの方が魅力は感じるわ」

「僕はもう騙されません。その手の思わせぶりは結構です」

 ものすごく嫌そうな顔をされた。でも口元がひくついて口角が上がったり下がったりしている。

「本当に、私個人の意見としてはアシュレイの方が素敵だと思うわ。私の知っている男性の中で二番目に素敵」

「……喜ぶべきですか? ああ、アークライト先輩ですか」

「まさか。私のお父様は贔屓目を抜いてもかっこいいでしょう?」

「そう……ですね……」

 それにしても私の男性の好みは世の女性と一致しているかわからない。十人十色とも言うし。それを指摘すればアシュレイはそれでも構わないと言う。

「なんだか女の子の秘密の話をするみたいでドキドキするわね」

「どうしていかがわしい言い方になるんですか」

 恋バナなんて言葉知らないだろうからわかりやすく言ったのに……。あ、恋の話って普通に言えばよかったんだ。細かく言えば恋バナとはちょっと違うけど。

「身長……とか…」

「アシュレイ?」

もしかして身長のことを気にしている? たしかに先輩やオズウェルに比べれば低い。それを気にしているの? 公式でもそうだったものね。

 ここは! 私がうまくフォローをしないと!

「そうね、自分より少し高いくらいの人がいいわ。目線が近くていいじゃない?」

「そうですか」

少し顔が綻んだ。うん。よし。あとはさらさらっとタイプをあげて終わろう。

「料理のできる人は素敵よ。お父様もできるらしいわ。それから努力を怠らない人。趣味の会う人だと嬉しいかしら。私だったら園芸……とか……」

 言えば言うほどアシュレイにかぶっている気がして一度やめた。いやいやいや。そういうのではないし。アシュレイは従者で、弟のような……。でも姉弟ではなくて、一昨日は本人にまで指摘された。だからって別に私がアシュレイをそういう風に見ているわけじゃない。

 ほら、顔は? 顔……は、凛々しいよりも綺麗系な顔が好き。かわいい雰囲気の顔が仏頂面なのはギャップ萌えがあって……。いやいやいや。アシュレイじゃない。気のせい。浮かんだのはアシュレイの顔じゃない。偶然似た顔が浮かんだだけで。

 少しいたたまれなくなって、うん、フェチのことにでも話を逸らそうと墓穴を掘った。アシュレイが果物を用意するためにまくった袖に目がいく。

「腕! とか! 目がいったりするの。ほら、アシュレイが今見たく袖をまくっていたりすると、かっこいいなあとか、思ったり」

「珍しいですね」

アシュレイは片手で目元をおさえて俯いた。

「お嬢様から『かっこいい』と賛辞をいただくのは」

「……っ!?それでその反応はお願いだからやめて」

かっこいいなんて言われ慣れているだろうに、赤面されたら他意を感じてしまう。いや、ないんだろうけど。

 やっぱり寝不足がこたえているみたい。思考回路がおかしくなっている。ちゃんと寝て休めば、きっと変な意識も解消できるはず。


セシルの心の余裕がなくなったことが精神的に、ローナがアシュレイと同室なことが物理的に、という意味のサブタイでした…わかりにくい。

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