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12、ヒロインと従者が暴走しました

「セシルさん。もうペアは決まった?」

「……いいえ」

 上目遣いで私を見つめる彼女は、レイラ・モートンは、若干涙目だった。

「私のこと、知っているのね」

「貴女はとても綺麗だし、サラも時々貴女のことを話してくれるの。本当はずっと話したかったんだ」

 きっとサラは計画的に私の存在をレイラにアピールしていたのだろう。

「図々しいとは思ったんだけど、サラは他の子とペアを組むんだって。私にはあまり友達もいないし、貴女さえよければ、なんだけど……」

 レイラの言うペアというのは、来月行われる実技テストのことだ。

 これまで魔法についてはお遊戯程度のゆるい授業だった。それでも私は苦手だったわけだが。けれど二年生になるとそれは一気に本格的になる。来月初めて行われるテストはペアになってこれまで習った魔法を駆使して教諭陣にアピールをする。たとえばグレイ先輩は、一人は風の渦をおこし、もう一人はその中心に立って手の中で花の種を成長させ、花が咲いたらそれを複数に増やし、花びらを散らせながら色を数秒ずつで変化させるということをしたそうだ。初歩的なものをつなぎ合わせたものだけど、一度に多くの魔法を使った点、アイデアが独創的な点で高い評価を得たとのこと。

 テストは全生徒に公開されるので、私も見ていたけれど高評価は納得な幻想的な魔法だった。

 テストでクラス分けをされ、AからDクラスまでがある。グレイ先輩は言わずもがなAクラス。魔法の授業のみ、普段生活をするクラスではなくこのクラスで学ぶことになる。

 ペアになった二人は必然的に同じクラスになるので、私はレイラとのペアはお断りしたい。

 サラもそれを想定してレイラとのペアを早々に回避したと見える。

「私も貴女のことはサラからうかがっているわ。悪いのだけど、私はあまり魔法が得意ではないの。今回のテストも受けないつもりよ」

受けないなんて選択肢を、学校は用意していない。つまり私が言っているのは、テストをサボるつもりということだ。サボればそれは強制的にDクラスに決まる。

 実力から言えば私はAクラスか、悪くてもBクラスだろうというのがアシュレイや先輩の見解だし、実力を試したい気持ちもある。が、何よりも生存率の上昇が最優先だ。

 そもそもなんでこんな状況に陥ってしまったのかと言えば、私もよくわからない。

 昼食をとるためにアシュレイと食堂へ来て、料理をとってくるからとアシュレイはその場を離れ、私は一人座っていた。

 そこで、レイラが来たのだ。なぜ。

 あたりを見回すがサラはいない。近頃私の彼女への印象は最悪な状態へ落ちてしまった。かわいいものは正義なんて言うけれど、計算高い女は好みません。私の姿を見つければ事あるごとにレイラを押し付けようと駆けてくるので、私は気づかぬふりして全力で逃げている。

 が、今日についてはレイラ一人しか見当たらず。そしてついていないことにグレイ先輩もこの場にはいないので任せられない。

「怠慢を見逃すわけにはいきませんよ、セシルお嬢様」

後ろから、料理の乗ったトレイを両手に持ったアシュレイがじとりと私を見て言った。

 いつの間に。

 それよりも、この子とレイラを近づけていいものか。好きなタイプに合っていなくても、かわいいレイラにきゅんとしてしまうこともあるだろう。

「いけないわアシュレイ! 愛は偉大と言うけれど、暴走して命を粗末に扱ってはいけないわ!」

「昔からお嬢様の言動はわけのわからないことが多いですが、今『いけないわ』と言われるべきは僕でなくお嬢様です。テストは受けてもらいますよ」

 椅子から立った私とは対照的に、アシュレイはトレイをテーブルに置いて自分も座った。仕方なく私もそれに習って隣に座ると、レイラまで私の向かいに座った。

鑑賞するには丁度いい美少女だけど、この子に命を握られていると思うと恐ろしくもある。

「貴女の従者もこう言っているし、ねえセシルさん。私と組もうよ」

「……? なぜこの子が従者だとわかったの?」

 そりゃあ私の呼称はお嬢様だったけれど、アシュレイの態度を見て一発で従者だとわかる人は少ない。入学式は一昨日。アシュレイのことをしっている他学年は珍しいだろう。これだけ容姿端麗なら、同学年ではすっかり注目の的だろうけど。

「だって貴女のこと、ずっと見てたから。貴女の周りもよく把握してるよ」

 にこりと笑ったレイラに背筋が凍った。

 なんだろう、今、猟奇的なものを感じた。

「残念ながらモートン先輩。お嬢様のペアは他にあてがあります」

アシュレイもアシュレイでレイラのことを知っている様子だ。どうして?と目で問いかけると、

「お嬢様と彼女の噂が気になったので」

「何度否定すればいいの?」

「調べればでまかせということはわかりましたが……」

ちらりと、アシュレイの視線がレイラに向かう。

 こそっと耳打ちをした。

「調べているうちに彼女に恋してしまったのね?」

「……」

「足を踏まないで!」

 レイラはにこりと言うよりもにやりと笑う。

「失礼だけどセシルさん、貴女もお友達は多い方ではないと思うの」

「どうしてそんなことを知ってるの」

「だから、貴女のことをずっと見ていたもの」

ぞぞぞとまた寒気を感じた。

「だからやっぱり私と組むべきだよ」

「いいところに通ったわ、オズウェル」

 なんて絶妙のタイミング。今年も同じクラスになったオズウェルは、新しいクラスメイトと話しながら昼食を手に席へ向かうところだった。すかさずその手を掴むと、オズウェルもオズウェルの友達も立ち止まった。

 オズウェルはぎょっとして私を見下ろし、けれどいつもの犬みたいな笑顔で私たちのテーブルに食事を置いて座った。オズウェルの友達も戸惑いながら座る。

「珍しいじゃないか、君から声をかけてくるなんて」

「実技テストのペアはもう決まった?」

オズウェルの表情が固まった。

「それはお誘いかな、ミス・オールディントン」

「そのつもりよ」

「実は決まっていなくて困ってたんだ。助かるよ」

 よし、レイラのペアは回避した。私やったわよ、とアシュレイを見ると、レイラを見るよりも厳しい視線で私とオズウェルを睨んでいた。アシュレイにはなにか不快な問題でもあったのだろうか。

「おい、お前俺とペア組むって……」

 オズウェルのお友達はびっくりしてオズウェルに耳打ちしている。聞こえているけど。もしかしたら私が困っているのを察して申し出を受けてくれたのかもしれない。オズウェルは私がレイラについて誤解ある噂を流されていると知っているから。おおまかなことしかわかっていないにせよ、この状況が好ましくないことはわかったのだろう。

「やあ、レイラ・モートン。昨年は委員が同じだったな。俺のことは覚えてる?」

突然話しかけられたレイラは頬を引きつらせながら頷いた。

「俺の友人も悲しいことにペアが決まってなくてね。こいつと組んでやってくれないか?」

 こいつ、と言ってオズウェルが指したのはオズウェルに耳打ちしていた友達だった。半ば強引に二人をペアにしたオズウェルは、友達の方には「よかったな、かわいい子と組めて」レイラの方には、「君は優しいと評判だし、まさか断らないだろ?」と言って納得させた。

 相変わらず巧みな話術。

「そうと決まればそれぞれで親睦を深めようぜ。ほら、行った行った」

 そのうえレイラを追い返してくれた。今まで蔑ろにしていたのが申し訳なくなるくらいいい仕事をしてくれた。軽い。チャラい。の印象は消えないが。

「そいつはセシルの従者?」

「アシュレイを指ささないで」

「その名前、やっぱりご自慢の従者か」

ふーん、とじっくり見てくるオズウェルに、アシュレイは眉根を寄せた。

「イケメンに近づきたくないなんてよく言うよな。いい男じゃないか」

「アシュレイは特別なの」

 食事を口に運びながらふん、と鼻を鳴らした。

「私のアシュレイは世界一の紳士なのよ」

「誰が『私の』ですか」

「足を踏まないで!」

「お嬢様はつくづく尻軽ですね」

「どうしてそうなるの!?」

不満に頬を膨らますと、ハン、と鼻で笑ったアシュレイは私の頬をつついて潰した。

「男なら誰にでも尻尾を振るんですか」

「振ってないわ!」

黙って私たちのやり取りを見ていたオズウェルは、おかしそうにくつくつ笑った。

「妬けるなあ」

アシュレイはぐっと眉間に皺を寄せる。

「それはお嬢様に気があると受け取ってよろしいでしょうか、アークライト先輩」

「俺を知っているのか?」

「お嬢様の人間関係は、従者として把握しています」

仏頂面で答えたアシュレイはまだ私の足を踏んでいる。

「俺も知ってるぜ、アシュレイ・カーライル。セシルがよく話してる。弟のように可愛がってるってな」

「……」

「痛い痛い痛い! 痛いわアシュレイ!」

踏むだけでは飽き足らず、ぐりぐりと踵をめり込ませてくる。

「挑発のつもりですか?」

「そう受け取ってもらってもかまわないぞ?」

男同士で盛り上がるのはいいけれど、頼むから足をどけて欲しい。

「行きましょう、お嬢様」

「私まだ少ししか食べてな……アシュレイ?」

 険しい表情のアシュレイは私の腕を引いて食堂を後にする。アシュレイの明らかに不機嫌な様子に、周りの生徒は私たちを避けて通る。

「どこへ行くの? アシュレイ」

「……」

「考えなしに進んでる?」

 行き止まりに差し掛かるとアシュレイはギリっと歯ぎしりをした。

「単刀直入に言うと、とても不愉快です」

 わあ……、壁ドン。初めてされたなあ、なんて呑気に構えていられるのも相手がアシュレイだからか。これが別の誰かなら迷わず攻撃します。

「僕はお嬢様と姉弟ではありません。血は繋がっていないし、貴女を姉のように思ったことなんて一度もない」

「そんな、強制しようというのではないのよ。姉弟だと思えと言っているのではなくて、ただ私は貴女のことが家族のように大切だと言っているだけで……」

「それが嫌だと言っているんです」

……耳?

耳、が……?

「あ……っ、アシュレ……アシュレイ……っ!?」

噛まれて……痛くはない。軽く歯に挟まれている程度。けどこれは、心臓に悪い。

「アシュレイっ!いくら人気がないと言っても校内でこんなこと……」

「言いたいことはそれだけですか?」

いや、校内以外でもさすがにここまでのスキンシップはよろしくない。従者と主人の枠を超えている。第一、なんだかこれじゃあ私はアシュレイに奉仕を要求する最低な主人の図にも見える。

「ひ、あ、あああああっ、ああっ、あのっ、こ、こういう事はよくない!と、思うの!」

「こういうこと、とは?」

「えっと、愛のない過剰な接触……というか……」

「愛があればいいと?」

耳に口を当てながら喋るな。

「なら、問題ないのでは?」

 ……。

 ……?

「アシュレイ? 今、なにをしたの?」

「わかりませんでしたか? くちづけという行為も知りませんか。もう一度する必要がありますか?」

 そうよね。数秒前までアシュレイの唇が私の唇に触れていた。

「あ……わかったので……知って、いるので、もう結構、です」

「そうですか」

 頷きながらアシュレイの腕を慎重にどかして逃げる体勢を整える。まずい。この状況は、まずい。ゲームがどうとかヤンデレがどうとか理屈はひとまず置いて、この状況はよくないと人としての本能が言っている。

 食堂で見たレイラの見せたそれと酷似している、猟奇的な目を、今はアシュレイがしている。

「午後の授業、が、始まるから、戻らないと」

「セシルお嬢様」

 私の知っているアシュレイは、そんな風に色っぽくて意地悪で、大人びた笑い方はしないのに。今のアシュレイはそんな笑い方をして、少し怖くなった。

「顔が赤い」

「……っ、予鈴が鳴ってるわ! 戻りましょう!」

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