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11、従者が入学して先輩に会いました

 制服に着替えるのは学園の寮へついてから自分の部屋でということになっている。

 そして入学式、在校生は一足先に式場でひかえる。つまりアシュレイの制服姿はまだ見ていない。家で見せてくれと頼んでも断固拒否された。はしゃぐなと怒られた。

 式場の席に座って見えるのは、壇上で演説の練習をしているグレイ・ランドルフ先輩だ。我が校の生徒会長は休みに入る前に推薦で決まり発表される。先輩は見事推薦をもらえたようだ。

 新入生入場の合図が入ると、入口から新しい制服の生徒が入ってくる。女子の制服は白い丈の長いワンピース。男子の制服は白いタキシードに似た燕尾服。大勢いる新入生の中に、アシュレイの姿を見つけて手を振るけれど、私を見たアシュレイはふいと視線を逸らしてしまった。そんなに大きく振っていないのに……。

 それにしても初めて見るけれど、よくに似合っている。顔がいいって得だなあ、とか思ったり。

 本当ならグレイ先輩の義弟を探さなくてはいけないんだろうけど、血が繋がっていないのでは似ていないだろうし探しようもない。容姿がいいと言われたって、綺麗な顔立ちを探して目を走らせれば結局行き着くのはアシュレイだ。

 結局なんの収穫もなく入学式は終わった。授業は明日からなので、家から学園までの馬車の長旅でかかった疲れをとれる。

「アシュレイ!」

「セシルお嬢様……廊下は走るなといつも言っています」

駆け寄る私を咎めてから、アシュレイは決まり悪そうに視線を床に落とした。

「……こういう服はしょうに合いません」

 たしかに燕尾服なんて着る機会は少なかったかもしれない。それでも似合っているのに。

「そう? とても素敵よ。ただ意地悪な貴方には白より黒が似合うかもね」

「フォローのつもりですか?」

「冗談。白だってとても似合っているわ。会場で貴方が一番素敵だった」

照れてぺしんと私の頭をたたくアシュレイはめずらしく赤くなってかわいい。

「セシル」

 アシュレイの髪をぐしゃぐしゃにしてやろうと手を伸ばすと、後ろから声がしたのでやめておいた。

 反応したのは私よりもアシュレイの方が先だ。

「ランドルフ公の……」

 生徒会長として入学式に壇上へ上がっていたのをアシュレイも見たせいだろう。すぐに先輩が誰かわかったらしい。先輩は眉をひそめたけれど、すぐに芝居じみた笑みを浮かべた。

「ああ、君はセシルの従者だな。彼女からよく聞いている。悪いが彼女と二人きりで話したい。借りていくよ」

 そうだ、私も先輩に言わなければならないことがあった。

「アシュレイ、今日はお部屋でゆっくり休むといいわ。貴方だって疲れているもの。今日くらい、私の世話なんてみずに、ね?」

「……同行は、お許しいただけないでしょうか」

答えたのは先輩だ。

「悪いがわたしは君の主人に用なんだ」

「失礼ながらランドルフ先輩。僕は主人の言うこと以外聞く気はありません」

それはおかしいわアシュレイ。

「私の言うことだって聞いてくれないじゃない」

「今まで人を散々わがままにつき合わせてよく言いますね。できることはすべてしてあげてきたでしょう」

主人に「してあげてきた」はおかしいわアシュレイ。

「君は立場をわきまえているかい? 従者が主人の人間関係に口出しをするのはどうかと思うぞ」

「口出しをする気はありません。ただ、主人が信用ならない人間と二人になって悔やむ結果になることを危惧しているまでです」

さらっと先輩に失礼なことを言ったわねアシュレイ。私も先輩をフォローする気はないけれど。

 グレイ先輩は私を見て「なんとかしろ」とアイコンタクトを送ってくる。そりゃあアシュレイに聞かれたくない話題は盛りだくさんだから仕方ないけど、私のなかで優先順位は先輩よりアシュレイ。アシュレイを責めて先輩を庇うなんてしたくない。

「アシュレイ、生徒会のお話なのよ。役員に誘われていたのだけどね、まだ諦めていただけないみたい。しっかりと断ってくるから、心配しないで?」

 生徒会長は学園責任者が決めるけれど、役員については生徒会長が推薦する枠が一つだけある。先輩には前もって、「間違えても私を推薦しないでくださいね」と念を押したためそれはないのだけど、突破口はそれくらいしかない。

「……同行は」

「個人の問題だから、聞かせられないかもね。今日はゆっくり休んで? 後でお部屋に行ってもいいかしら?」

「……わかりました」

顔は納得できないと言っているけれど、後で言い訳はしよう。先輩を睨みつけたアシュレイは軽く礼をして寮へ向かっていった。

 私の腕を引いていつもの空き教室へ来た先輩は深いため息をつく。

「勘弁してくれ……。あんな危ない奴に敵視されたくねーよ」

「アシュレイは危なくなんてありませんよ!」

「お前のそういう油断が今後命取りになるかもしれないんだぞ」

ぐっと出かかった言葉を飲み込む。一応心配してくれているのだから、罵倒するのはよくない。それに先輩はアシュレイのことをよく知らないのだから仕方ない。

 頭をおさえた先輩は、それから、と何か言いたげ。

「俺の死亡率を聞いておこうと思う。隠しキャラが暴走しなければ、俺はお前みたいに死ぬ可能性はないんだよな?」

「あるに決まってるじゃないですか。今更そんなことを考え出したんですか?」

「おい」

「生徒会長就任おめでとうございます。アレクルートに入らなければいいですね」

「おい」

「アレクのバッドエンドになったら惨たらしい死に方ですよ?」

「おい!」

あまり大きい声を出すと人が来てしまう。しーっと人差し指を立てるとひねり上げられた。

「いたたたた」

「聞いてねーよ!」

「言ってませんよ」

「クソっ! こんなことなら生徒会長なんて断ったってのに……っ!」

だから言わなかったんですよ。

「セシル・オールディントン!お前謀りやがったな!!」

「人聞きの悪い……。この世界が危険なことくらい先輩だってわかっていたことでしょう?」

「クソアマ!」

なんとでも言ってくれ。私は我が身がかわいいんです。

「一応忠告しておくと、レイラと接触しなければ先輩は死亡ルートを完全にへし折れます。仲のいい二人に嫉妬してアレクが先輩を殺すことになっています。まあ、アレクルートに入らなければレイラと親しくなっても問題はありませんよ」

 私みたいにあっちこっちでフラグが立っているわけじゃないんだから騒がないで欲しい。贅沢者め。

「それで? 先輩。そのためだけに呼び出したわけじゃないでしょう? 義弟さんのことですね?」

「なんでもない顔しやがって……! 俺にとっては死亡フラグがたつかもしれない一大事なんだぞ」

「死ぬ気で回避してください。それで、義弟さんのことですよね?」

 イライラマックスの先輩に別段興味はないので話を続ける。

「ああそうだよ。手紙の返事はこねえ、連絡の手段はねえで為すすべなしだ」

 ああ、あの手紙。あの手紙のおかげで私はあらぬ誤解をうけたんだから返事なんて書いてやる気もおきなかった。

「結論から言えばほとんどアウト。そんな重要設定のキャラがただのモブなはずありません。オズウェルにどんな事情があるかは知りませんが彼は血がダメなんです。もし隠しキャラだったとしても私たちに危害を加える可能性は低いですよ。あまり気にしなくても大丈夫です」

 ただ、私は隠しキャラを知らないから決め付けるのはよくない。なにがあるかわからない。

 先輩は考えるように腕を組んだ。

「しかし、隠しキャラっていうくらいだ。簡単にゃ出てこねーんだろ? もしかしたら隠しキャラが出没せずに卒業も夢じゃないんじゃねーのか? 仮に俺の義弟がそうだったとしても、ストーリーに介入しないとか、レイラ・モートンと接触せずに終わるとか」

「逆に言えば、条件が揃えば隠しキャラは確実にゲームの中心人物になります」

 たとえ、先輩が義弟さんとレイラを引き合わせないようにしても、運命のいたずらは邪魔をするのだ。

 ごくり、と先輩が息を呑む。

「お前はその条件を知っているのか?」

「はい」

 検索をかけてどうすれば隠しキャラが出るか発覚したすぐ後で私は死んだ。プレイする前にだ。意地でもネット検索して姿を確認したりキャラ設定を知りたくないとうまくやったけれど、こんなことだったら見てしまえば良かった。一つ目のイベントが入るまでにその条件をクリアすれば、隠しキャラは確実に出てくる。

「それで、その条件は?」

「主人公が一つ目のイベント……予行舞踏会までに、攻略対象のどのキャラからの好感度も0で保つこと、です」

 先輩が首をひねる。

「そんなに簡単なことでいいのか?」

「簡単? まさか。いいですか、グレイ先輩。『ブラッディ・マインド』は、というか恋愛シミュレーションゲームは、複数ある選択肢を選択して対象のキャラの好感度をあげていくものなんです。『ブラッディ・マインド』は毎度の選択肢の数は大抵三つ。稀に四つ。その中から一番好感度の高いものを選ぶのが難儀なように、好感度が一切上がらないものだけを選択するのも馬鹿みたいに難しいんですよ」

しかもイベントにいくまで何回選択を迫られることか。それを全部好感度の一切もらえない選択肢にするのは難しい。

「しかし、レイラ・モートンにとってもそれは難しいことだろ? あの生徒は評判も悪くはないし、好感度はおのずと上がりそうなもんだ」

「それが微妙なんですよ」

三日前、サラが私の家へ来てした話をすれば、先輩の顔は曇っていく。

「つまりあの女はレズか」

「先輩好きそうですね」

「嫌いじゃないが今回に至っては穏やかじゃない」

私もです。

「先輩の彼女への好感度は変わりそうもないですし」

 胸部ばかり見ているから。

「彼女は百合の疑惑がありますし…」

「好感度を上げる気が一切ないかもしれないヒロインのおかげで危機はすぐそこだと」

「はい……」

 そのうえ、私に彼女の友人になれという依頼まできてしまった。そう。私はこれを先輩に言わなければならないのだった。

「ときに先輩、サラ・コスグローブがうちに来た話の続きですが」

不本意にも私がレイラの友人役を押し付けられた、と言えば先輩はざまあと転げ笑った。

 こういうところ本当にムカつきます。

「故に私は先輩と彼女との時間を分けてあげようかと」

「断固拒否する」

「サラがレイラを連れてきそうになったら、先輩の近くに行きますね」

「俺が死ぬ可能性を完全に潰すには、レイラ・モートンに関わらないことじゃなかったのか。俺を殺す気か」

「私にだって彼女は死亡フラグそのものです! 私だって死にたくありません! 一人じゃ嫌だ!」

「お前の従者にでもまかせりゃいいだろ!」

「アシュレイにそんな危険な役目を担えと言うんですか!? できるわけないじゃないですか!」

「その優しさをかけらでも俺の命に与えろよ!」

もしもアシュレイが恨みを買ってしまったら……。

「先輩とアシュレイの命の重みなんて考えるまでもなくアシュレイの圧勝でしょう?」

「同意を求めるな! 頷くわけねーだろ!」

「ちなみに私の命と先輩の命を比べても私的には私の命の圧勝です」

「俺的には俺の命が圧勝だっつーの!」

まあ、嫌がっても、

「無理やり巻き込みますのでよろしくお願いします」

「ふざっけんな!!」

 先輩の意思なんて関係ありません。命、かかっているので。あ、先輩もだけど。



***



「アシュレイっ!」

 部屋の扉を開けてダイブすると、すぐに反応したアシュレイは滑り込んで私を受け止めてくれた。

「一つ、ノックをしてください。二つ、危ないから飛び込まない。三つ、ここは男子寮です。一人で来てはいけません」

「かたいことを言わないで。会いたかったんですもの」

「……」

「アシュレイ?」

「言い方がいちいち期待を持たせますね」

「なに?」

「こちらの話です」

 さっきないがしろにしたせいで怒っているのかもしれない。

「ね、アシュレイ? なにかしてほしいことがあったら言ってね? 明日から授業も入って忙しいもの。私にできることならなんでもするわ」

「……では」

「ええ」

「お願いですから僕のタガを外そうとするのはやめてください」

「え?」

「とりあえず僕の部屋から出ていってください」

やっぱり怒っているのかもしれない。

 翌日女子寮の前まで迎えに来たアシュレイは普段通りだったのでかなり安心した。

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