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10、サポートキャラがやってきました

 その日、予期せぬ来客があった。

 父にではない。私にだ。朝早く、ベッドで夢の中だった私をたたき起こしたアシュレイは、お客様です、着替えてくださいと述べて出て行った。

 もう少し優しく起こしてくれたって……。そう反論して「優しく起こしても起きなかったからです」と返ってくるのは昔から決まっているので、しぶしぶ着替えて客間へ向かった。

 そうして息を飲んだ。

 客間の椅子に座っているのは、メガネをかけた気の弱そうな、けれど愛らしい女の子だった。オズウェルよりも薄い色の赤毛でショートカットの彼女は、私の知っている女の子。だけど全く予想外だった。

「ミス・オールディントン!」

私の姿をみとめると、彼女は顔に歓喜の色を滲ませた。気弱そう、だけど、意外と毒舌で思ったことは言うタイプの彼女。学園での接点は勿論ない。

 彼女の名前はサラ・コスグローブ。ゲームにおいてヒロインの友達キャラ。サポートキャラでもある。一歩踏み出せない主人公の背中を押してくれたり、セシルから守ってくれるのは彼女の割合が多い。

 その彼女がなぜ私の家へ? 私、まだヒロインをいじめていませんよ?

「ミス・コスグローブ、なぜここへ? それにどうして私のことを?」

「あたしのことを知っていてくれたのね! 光栄だわ。そりゃあ貴女、成金の家に生まれたあたしと違って貴女は由緒正しい子爵家のお嬢様だもの知ってるわ」

まあ、爵位を持っている家の子だから当然よね……。

 サラ・コスグローブは立ち上がると私の胸へ飛び込んできて私は大いに動揺した。

「ああ、ああ、よかった!このまま一人で新学期を迎えるなんて恐ろしかったのよ」

「ミス・コスグローブ?一度落ち着いてくれないかしら」

「サラでいいわ、セシル」

いきなり親しげだけれど忘れないでほしい。私と彼女はこれが初対談である。

 うまく頭が回らない私に、丁度いいタイミングでお茶を持ってきてくれたアシュレイが彼女を離してくれる……と信じていた。けれど実際、アシュレイは無表情でこちらを眺めているだけだった。

「そちらの趣味がありましたか」

「違うわ!」

 たしかにそんな噂が学内で流れもしたけれど。そして女性同士の恋愛に偏見を持ってはいないけれど。私自身は違うんだから!

「その、では、サラ。なぜここへ来たの? 貴女とは話したこともないはずよ」

「そう! そうそれなのよ!」

外見の大人しいイメージからかけ離れた彼女の活発な様子に、アシュレイもやや引いている。

「貴女がレイラに気があるというのは本当なの?」

 ガシャン。

 ティーカップを落としたアシュレイは私を咎めるように見下ろしている。

「お嬢様……」

「デタラメよ!!」

見る分には絵面も綺麗で好きだけれども!

「どうかあたしを助けてセシル!」

「ちょ、だから落ち着いて……」

 成金とはいえこの子もお嬢様なはずなんだけれど、そんな感じは一切しない。

「あたしはもう、レイラと関わるのは嫌なのよ!」

 ……。

 ……!?

「あ、貴女とミス・モートンは仲がいいのだと思ったけれど……」

 設定ではサラとレイラは一年生時からの親友のはず。それがどうしてこんなことに。

「はじめはなにも知らなかったのよ。モートン男爵の娘であるレイラは成金の娘の私にもとても親切だったの。すぐに仲良くなったわ。レイラは家柄なんかで人を判断しない素敵な子だと思っていたの」

「それなら……」

「だけど違ったのよ!」

サラは突然に泣き出した。わっと大声をあげて。忙しい子だなあ……。

「あの女はおかしいのよ! 狂っているの!」

「は……あ……?」

「ねえ貴女、レイラに興味があるんでしょう? だったらあたしの代わりにあの女と仲良くしてよ。でないとあの女、きっとあたしに付きまとうわ。大丈夫、レイラも貴女に興味深々だもの!」

うずくまったサラを、アシュレイは呆れたように見下ろして、私はどうすればいいのかしどろもどろだ。

「私は彼女とほとんど面識がないし……」

レイラが私に興味を持っている? そんな馬鹿な。なんの接点もないっていうのに。

「それに順を追って説明してもらわないとわからないわ」

「じゃあ言うけれど、貴女はあの女の実態を知っているの? あの女はね……あの女は、最低など変態なのよ!」

……。

「仲、いいのよね?」

「あっちが一方的にくっついてくるだけよ!」

サポートキャラがすごいことを言っている。

「結局なにも説明できていませんね。お茶を飲んで落ち着かれては?」

 いつの間にか新しいお茶を用意したアシュレイはサラを私から離して座らせた。私も向かいに座って、お茶をいただく。温度も濃さも丁度よく、私の好きな茶葉を使っている。サラもアシュレイの紅茶にほうっと息をついてうっとりとした顔になった。

 さすが私の従者。

「とてもおいしいわ、アシュレイ」

「お茶菓子はティラミスでよろしかったですか?」

「完璧よ」

 器を二つ取り出したアシュレイは手際よく分けていく。口に入れると程よい甘さが広がり溶けていく。サラも気に入ったようで手が進んでいる。

「リィナのお手製かしら?」

うちのキッチンメイドの名前だ。ドルチェ担当のベテランの女性。

「いえ……」

「ではダニエル?」

こちらは料理長の息子の新人で、父親譲りの才能ある若者だ。

「いえ……」

「じゃあ誰が?」

「お口にあったようで何よりです」

「まさか貴方が作ったっていうの?」

肯定せずに目をそらすけれど、否定をすることもない。この子は照れると目をそらす癖がある。

「すごいわアシュレイ! 本当に貴方は私の自慢よ」

感動のあまり両腕を広げ彼に向かうとあっさり跳ね除けられてしまった。そうだったわね思春期。

「大げさです」

「そんなことないわ。こんなに美味しいもの生まれて初めてだもの。きっと貴方が作ってくれたからね」

「単純にお嬢様が空腹だったからそう感じただけでしょう」

「またそうやって謙遜して」

ぺしぺし叩いて茶化せばアシュレイはどんどん不機嫌になるけれど、もう怒らせることにも慣れてしまった。我ながら嫌な慣れだ。

「ねえ、いいかしら」

 咳払いをして入ってきたサラの器とティーカップは空だ。自分は冷静だという態度だけれど、食べ終わったから我に返ったのねきっと。

「あたしが言いたいのはね、二つ。第一に、あの女は普通じゃない。第二に、貴女にあの女を押し付けたい。おわかり?」

「私も貴女に言いたいことが二つあるわ、サラ。第一に、ミス・モートンはいい子だと(オズウェルにちらりと)聞いたことがあるわ。にも関わらず貴女が何故彼女を嫌悪するのか聞きたいの。第二に、何故私に頼ってきたの? ミス・モートンとは話したことだってないわ」

 サラはふふん、と得意げに笑った。この子、情緒不安定なんじゃ……。感情の変化が激しい。まさかこれもレイラのせいということなのだろうか? ゲーム内ではもっとサバサバしていて性格がいい印象ばかりが強かったのに。

「貴女に任せる理由は簡単よ。まず一つ目の問いにお答えするわ。あの女、レイラはね……」

髪と同じ色のドレスの裾を握りながら、サラはぎゅっと目をつむった。

「私に執拗に触れてくるのよ……!」

「お嬢様も過度なスキンシップは多いですよね」

「そんなことないわ。アシュレイにだけよ」

「聞きなさいよ!!」

ダン! とサラはテーブルを殴りつける。

「だってそれくらいで変態や普通じゃないなんて、ミス・モートンに失礼よ」

「淑女ともあろうものが、胸を鷲掴みにするというの!?」

「じゃれているだけではないかしら?」

男にされれば問題だけど、女の子同士ならお遊び程度でしてもさほどおかしくない。

「ドレスの中に手を差し入れてくるというの!?」

「それは……」

ないかもしれない。

「着替えを覗いて息を荒げていたのよ、あの変態は! 被害者はあたしだけじゃないわ。寮であの子と部屋の近い子はみんな被害を受けているのよ!?」

「けどそれだけで判断するのはどうかしら……」

 ヒロインがそんなことをするのだろうか……。その話を聞く限りじゃ、私よりもレイラの方がよほどそちらの気がありそうだけど……。彼女はあくまでヒロイン。ヤンデレなイケメンに振り回されつつ恋愛をする人だ。彼女が誰のルートも進まないことなんてありえるのだろうか……。

「事故を装ってその……、お、おしりを触ろうとしてきたこともあったわ。これがただの純粋な同性愛者だったら可愛げがあったのに、あの女はど変態なのよ!」

「レイラと距離を取ろうとは考えなかったの?」

「考えたわ。考えたわよ! いつも、今も考えてるわ。だけどあの女はモートン卿の娘よ? あたしなんかがお粗末に扱えない。自分の家に迷惑はかけられない」

つまりレイラの反感を買ってしまうのはこわいからどうしようもできない、と。

「だけどあたしに救いの手が差し伸べられた! それが貴女よ、セシル」

「……」

 できれば巻き込まれたくない。

 私はレイラやサラとはクラスが分かれることが確定している。そういうシナリオが前提だから。そしてある事件にて私は彼女を知る。で、いじめる。で、殺される。

 つまりレイラに接近しなければわずかながら安全に近づけるのだ。

「話が見えないのだけど」

「貴女にそういう性癖があるのならレイラはもってこいの相手でしょう?」

 だから違うと言っとろうが。

「それにレイラも貴女に興味を示しているわ。貴女のその豊満な胸はレイラのツボみたい。よく話してるわ。遠まわしにだけれど貴女の体の良いところ」

 それはセクハラでは。

「ねえ!あたしの代わりにレイラと親しくなってよ!」

「私が、はいわかりました、とでも言うと思ったの?そんな話をされて?」

 されなくても言わないのに。

「考えに考えたのよ! この長期休みの間ずっとね。貴女を頼ることはすぐ案として浮かんだわ。けど迷った。話したこともない貴女を頼るなんて。しかも子爵令嬢! ずーっと悩んで、休みが明ける三日前、つまり今日やっと勇気を出してここまで来たのよ! 貴女はあたしの勇気を無駄にするっての!?」

 そんなことを言われても。

「アシュレイ、ミス・コスグローブがお帰りよ。お見送りしてくるわ」

「帰らないわよ! 貴女が頷くまで帰らないから!」

 そんな無茶な。

「なら私は自室へ帰るから、騒ぎ終わったら帰ってちょうだい」

「優しさはないの!?」

優しさと命は天秤にかけるものじゃないもの。

「だいたい、友達ならミス・モートンのいいところを探してあげたほうがいいのではない?」

「そんな試みとっくに失敗してるわ!」

なんとなくわかってたわ。

「かわいそうだけど……愚痴くらいなら聞くから」

「そんな中途半端な優しさいらない!」

「とんでもないものを押し付けようとしている女の子にこれ以上の優しさはちょっと……」

 泣き喚いているけれど泣きたいのはこっちだ。

 どうして私が悪いみたいな雰囲気になるの。この子がなぜうちに来たのか忘れないでもらいたい。やっかいな変態を押し付けて自分の平和を取り戻すためだ。

「じゃああたしに餌食になれって言うのおおおお…?」

「……」

「貴女が最後の砦だったのにいいいい……」

「……」

「あたしは一年間もがんばったのにいいいい……」

「……」

「成金が不幸になるのはさだめなのおおおお…?」

「……わかったわよ」

 このままじゃサラは帰りそうもない。

「だから涙をひっこめて」

「じゃあレイラを受け入れてくれるのね、セシル! これであたしは自由の翼を手に入れるのね!!」

 なにを馬鹿な。一人だけ安全地帯に逃げようなんて許さないんだから。

「貴女の手が空いていないときだけ、だけよ、私に押し付けてもいいわ。週に一度が限界だけど」

「な、なによ、それ……! それじゃああたしは!」

「一切協力しない選択肢もあるのよ?」

「……っ、わかったわよ……。それで、いいわ……」

 さらっとした関係止まりなら大丈夫なはず。顔見知りくらいなら大丈夫なはず! 最悪先輩にも協力してもらえばいい。あの人は安全圏だし。よかった、初めてこうも大きいあの人の存在価値を感じた。大丈夫大丈夫。アレクルートさえいかなければ先輩の死亡フラグはないし。アレクルートに入ったら危険だけど。

 サラが出て行った客間で、アシュレイがぽつりと呟いた。

「お人好し」

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