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1、記憶を取り戻して従者ができました

 初めて魔法を使ったそのときだ。魔力の発動によって放たれる光を見た瞬間、私の脳に鮮明にとまではいかずとも、もう一人の私の記憶がよみがえってきた。

 日本、高校生、交通事故。世界には存在しない言葉がつらつらと浮かんだ。

 私は日本の一般家庭に生まれた普通の女の子だった。両親は優しく、一人っ子。残念ながら彼氏いない歴=年齢だったけれど、友達にも恵まれ、順風満帆な日々だった。

 しかしながら悲劇的な死をとげた。遅刻遅刻ーと、朝、曲がり角を曲がった私を待ち受けていたのは運命の人との対面ではなくてバイクとの接触だった。狭い道でなんつー速度出してんだよ、と言いたかったけれど、もう私の呂律は回らず、すーっと意識を手放した。十七歳没。華の十七歳だったのに。

 思い返せば未練ばかりの人生だった。女子高だったから素敵な異性との出会いさえなく、親孝行もしていない。まあ、今更どうしようもできないし、完全に思い出したわけではなく断片的だから、どこか他人事のようにも思えるけれど。

 今の私はセシル・オールディントン。七歳。たった今、人生初の魔法に挑戦した。どうやら私は転生とやらをしたらしい。花の色を変えてみせるだけの簡単なそれを行う際放つ光で記憶を取り戻したのには理由がある。

 日本の女子高生だった私はあるものにはまっていた。それはずばり……乙女ゲーム。

 ついでに言うとヤンデレにめちゃくちゃ萌えていた。三次元だったら迷惑どころか、犯罪者でしかない、危険でしかない二次元のヤンデレイケメンにそれはそれは萌えていた。悶えていた。

 そしてそれを堪能するのに適したアイテム。それこそが乙女ゲームだった。ヤンデレブームにのっとり攻略対象がヤンデレしかいないとち狂ったゲームが発売され、その中に私がどはまりしたものがある。『ブラッディ・マインド』というゲームだった。プレイしていたときはあまり考えなかったけれど、思えばすごいタイトルだ。血まみれの心とか、血みどろの思考って訳になるでしょうこれ。

 異世界もので、各キャラ攻略が進むごとに病んでいく。それぞれノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドとあり、はた迷惑なことにハッピーエンドで死人を出すキャラもいる。

 驚くなかれ、私が転生したのはこの乙女ゲーム世界のようだ。というのも、たった今私が放ったあの光、虹色で大変綺麗なのだが、プレイ中あの光を主人公や他キャラクターが度々放つシーンがあった。もちろんそれは思い出すきっかけにすぎず、それだけが根拠ではなくて、私の名前だ。セシル・オールディントン。それはまさしく、ヒロインのライバルキャラの名前なのだ。加えて鏡を見ると、ゲームの中のセシル・オールディントンをちょうど幼くしたような姿が映る。つり目、緩くウェーブのかかった長い茶髪の強気そうな少女。これはもう決まりだろう。

「セシル?お口を開けてぼうっとして、どうかしたの?」

 病弱なためにベッドに入ったままのお母様はおかしそうにクスクス笑って私の頭を撫でた。彼女はセシル・オールディントンとしての私の母だ。ゲーム中では登場もしていない人。

 そうだった。私は彼女を元気づけるために花の色を変える魔法を披露していたのだった。

「上手にできたわね。白から綺麗な黄色になったわ」

 お母様は私の手から一輪の花を受け取ってにこりと微笑んだ。儚げで綺麗な人だ。お父様に似た私はややキツめな顔立ちだから、お母様のような繊細な美しさに憧れる。

「お母様、早く元気になってね。お母様が元気でないと、私はさみしいわ」

「ありがとう、優しいセシル」

 お母様の部屋を出て自室へ戻り、ふうと息をつく。

 さて、私は状況を整理しなくてはいけない。

 私はセシル・オールディントン。貴族の令嬢で、オールディントン子爵の一人娘だ。ゲームについて思い出したことが確かなら、この世界には十五歳になったら魔法を学ぶ学園に入学しなくてはならないという規定がある。セシルはゲームヒロインと同い年にあたる、高飛車で自己中心的なライバル。学園で出会う運命になる。ここではたと気づく。

 セシル・オールディントンは、ゲーム進行の上で主人公をいじめ、ヤンデレなイケメンどもにかなりの確率で殺される。

 殺され……

「冗談じゃない……」

 何が悲しくて二度にわたり若くして命をおとさなきゃならないんだ。私はもう、十代で死ぬなんてお断りだ。老衰を全力で希望する。

 まあ、でもまあ、ね! ようは私が主人公やその他主要キャラと接触しなければいい……。

 いや、それはできない。


 攻略キャラは全部で六人。

 まず主人公の一つ先輩になる生徒会長のグレイ。ゲームのパッケージにセンターで描かれたそのキャラはネットの人気投票で一位をかざった王道紳士タイプ。メインヒーローである。バッドエンドの場合はヒロインを監禁する。

 二人目はルフレ。クーデレな同級生。こちらはバッドエンドがえらく人気で、ハッピーエンドを迎えたプレイヤーが嘆くという異例の事態を起こした。バッドエンドは超束縛。主人公の人間関係も完全管理。ヒロインは、この人には私がいないとダメなの!と完全悪堕ちをする。

 三人目はグレイと同学年で生徒会副会長のアレク。ザ・天然で、ちょっとぼーっとしているところがある。ファンは母性本能をくすぐられたとか。けど独占欲が途中から暴走して他の人と話すヒロインに暴力をふるうようになる。

 四人目はヒロインの担任である新米教師のルドルフ。お堅いかと思いきや、二人きりになるとヒロインに甘えるふしがある。ゲームの進み具合で先生は徐々に自分の弱いところを見せ、ヒロインに心を開いていくんだけど、ヒロインを自分だけのものにしたくて、あることないこと噂を流しヒロインを孤立させ、頼れる相手を自分だけにするという、なかなかキチガイ。こちらもバッドエンドに定評があった。

 ここまではいい。

 このメンバーは、ヒロインをいじめない限りセシルのことはアウト・オブ・眼中なのだ。いじめたら即死亡フラグだけど、私が気をつければいい話。

 問題は残りの二人。

 まず、『ブラッディ・マインド』には隠しキャラがいたのだが、私はその隠しキャラを見つけ出す前に死んでしまった。未知の領域。怖すぎる。

 次に、とても重要な人物。ヒロインの後輩にあたるアシュレイ。他の攻略対象のメンバーに比べ、身長が低いことがコンプレックス。これがまあ美青年というよりは美少年で。攻略キャラ最年少とは思えないほど落ち着きがあり大人びている。見ている分には最高の観察対象なのだが、このアシュレイは、セシル・オールディントンの従者として登場する。

 彼は六歳でセシルの父に拾われ、セシルの従者になる。けれど性悪のセシルに散々な虐待を受け、心に傷を負い、感情がなかなか表に出ないという……。アシュレイの心の傷を癒すには、セシルを殺すしか手段がなく、セシルが死ぬパターンとしては、セシルに不満を募らせた取り巻き女子Aに刺されるか、アシュレイに刺されるかの二つがある。前者だったらハッピーエンドかノーマルエンド。後者はバッドエンドの末路だ。アシュレイのバッドエンドは、自分を苦しめ、ヒロインをいじめるセシルを殺し、しかしながらその行為に反感を抱くヒロインを殺し自分も死ぬ。ようは心中エンド。

 これを思い出してまず決めたのは、入学したら友達は作らないでおこう。というか取り巻きは作らないでおこう。

 しかし困ったことに、こうくると私は嫌でもアシュレイと関わらなくてはいけない。一番危ない殺戮エンドの超危険キャラと……要心したって怖いものは怖い。しかも、アシュレイは六歳で私ことセシルの従者になる。現在私は七歳。アシュレイは私の一つ歳下になる。


つ  ま  り


今年中にアシュレイは私の家へやってくる。

 怖くて身体が震えてきた。

 いじめません。いじめませんから。酷いことはしませんから。どうか長生きできますように。

 コンコン、と、部屋の扉がノックされた。

「どなたですか?」

「私だよ」

 部屋の外からお父様の柔らかな声が聞こえて、どうぞ、と声をかけた。

 扉を開けて入ってきたのはお父様ともう一人、小さな誰か。お父様の後ろに隠れて見えないけれど、身長からして私と同い年か下くらいの子供だ。

 お父様は後ろに隠れていた子供に声をかける。

「ほら、挨拶をするんだ、アシュレイ」

 あ、今、確実に私の頬は引きつった。

 お父様の後ろからひょっこりと現れたのは、ブロンドの癖の少ない髪を、後ろで結んだ男の子だった。下ろせば肩に届くくらいの長さだろう。この面立ち、既に学園へ入学する十五の彼の面影を持っている。

「はじめまして……。アシュレイ・カーライルといいます」

ええ。よく存じていますとも。

「私は、セシル・オールディントンといいます」

 友好的にいきたい。間違っても、彼に恨まれないように。

握手を求めるために手を伸ばすと、アシュレイはびくりと怯えたように身体を揺らした。私だって貴方が怖いのだけど。

 お父様はアシュレイにコラ、と怒る。

「礼儀はきちんと……」

「お父様! いいの! いいのよ! その子もきっと緊張しているんだわ」

お願いだから刺激しないでほしい。少しでもこの子の恨みを買いたくないんだから。そんな私の心を知ってか知らずか、お父様はそうか、と頷いた。

「アシュレイは昔私に仕えていた男の息子でね。この子の両親がつい先日事故で亡くなったんだよ」

 そこでお父様はアシュレイを引き取り、私の従者にしようと考えたらしい。まだ七歳の私には早いとも思ったそうだが、いずれ必要となるなら今でもいいだろうとのこと。

 ああ、その判断こそセシル・オールディントンを死へおいやるかも知れないなんて、この人は考えてもみないだろう。

「仲良くやるんだよ、お前たち」

 お父様はにこりと笑って部屋を出て行く。

 思い出したゲームの内容は詳細まで完璧ではないけれど、たしかアシュレイの話ではセシルの両親はアシュレイによくしてくれていたという。セシルは両親に見えないところで彼にひどい仕打ちをし、使用人たちもそれに便乗して彼をいじめていた。

 つまり、父と母にはアシュレイの怨念を生み出す要素はないということだ。ひとまず安心。

「今日からよろしくお願いします。セシルお嬢様」

 目を伏せ、無感情な声でアシュレイが言う。

 完全に生気を失った瞳。そこではたと気づく。そうだ。この子は親をそろって亡くしたばかりだった。笑えと言う方が無理なのだ。

「こちらこそ。困ったことがあったらなんでも言ってね、アシュレイ」

 こくりと頷くアシュレイはさすがに美形。私も彼のルートに悶えたいちファンであるから、死亡フラグは恐ろしいもののときめきもある。

「お腹はすいてない?」

「大丈夫で……」

 アシュレイが言い終わる前に、彼のお腹が鳴いた。

 やっぱり無表情なままのアシュレイはお腹をおさえて黙りこくった。照れている素振りは見せないけれど、きっと気まずいんだろうなあ……。

「食堂へ行きましょう。何か作ってくれるように頼むから」

「はい……」

 ひょこひょこ私の後をついてくるアシュレイは、若干私よりも背が低い。

 調理場にいた料理人に、簡単な食事を作って欲しいと頼んだ。甘いものはやめてね、とも頼んでおく。たしか公式設定で、アシュレイは甘いものが苦手だった。

 食事が運ばれてくるまで、アシュレイは黙りきりで、時々私に目をやっては俯くを繰り返した。

「お母様にはもう会った?」

「はい」

「綺麗な人だったでしょう?」

「はい」

 さっきからまったく目を合わせてくれない。私は少しでも貴方と親しくならないといけないのに!

「あ……えと……趣味!とか…あるの…?」

「さっきから」

 やっと、はい、以外の言葉を口にしてくれたけれど、やっぱり目は曇っている。

「なにに怯えているんですか?」

「……!?」

 見透かすようなアシュレイの瞳に、身じろぎした。

「なんのこと?」

「さっきから、目が、泳いでいます」

バッと、自分の目元を覆う。

「なんのこと?」

「……」

なかなか苦しいとは思いつつとぼけていると、キッチンメイドが数品料理を運んできてくれたので助かった。

「……いただきます」

 もきゅもきゅと可愛らしく頬に食べ物を頬張りながら食事をとるアシュレイに頬が緩む。かわいい。超絶かわいい。この子になら殺されてもいい気分になるのは私の思考が狂ってきている証拠だ。まずい。このまま私が狂ってしまったら、自分が死ぬこともそうだし、こんなにかわいらしいアシュレイを傷つけるかもしれない。

「おいしい?」

「はい」

心なしか今の返事には元気が伴った気がする。食は偉大なり。

「食べながらでいいから聞いてちょうだい、アシュレイ・カーライル」

 頬を膨らませたアシュレイに、私は淡々と話す。本当は心がかわいいアシュレイのせいでふわふわしているけれど、それは必死に誤魔化す。

「貴方が私に仕えるにあたり、守ってほしい約束があります。いい?」

「……はい」

口の中のものを飲み込んだアシュレイは返事をする。

「まず一つ。貴方には精神と身体の自由があることを忘れないで。無理難題を言う私に逆らう術を、貴方は持っているわ。もし、私が貴方を傷つけることがあっても、貴方はただ我慢ばかりをせず、反抗をすること」

 アシュレイは素直に頷く。

「次に、自分の心には素直であること。友情や、恋や、愛を貴方が知ったとき、後悔する選択はしないで」

ただ愛に走りすぎて私を殺さないでほしいわ。とは言わないでおく。

「最後に、先の二つの約束に漏れた時だけ、私を守ってくれると嬉しいなー……なんて……。うん。これはあまり重要じゃないから忘れてもいいわ。とにかく最初の二つだけはしっかり守ってね」

 アシュレイはそんなことでいいのかと聞いてきたけれど、私が興奮気味で肯定すると了承してくれた。

 よし、これで少しは平和に近づいた。

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