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牡羊譚  作者: 毛野智人
3/13

(三)

 アタマス王とイノ王妃の婚礼の儀は盛大に行われ、国中が美貌の后を歓迎した。それから日を追うごとに、先妻ネフェレの印象は薄くなっている。出自を鼻にかけず気立ての良いイノはすぐに王宮の侍女達の支持を得た。王宮での信頼を確かにする中、イノは兄妹とも親しくなろうと接してくるが、プリクソスはその態度にわざとらしさを感じて、どうしてもイノに馴染めない。しかし、継母をいつも避けて過ごしている兄に対して、妹のヘレはイノの優しさを純粋に喜びすっかり懐いてしまった。つまり、王宮の中でイノを警戒しているのはプリクソスだけ。このままで良いものかとプリクソスは思い悩んでいた。

「兄上。見て下さい」

 嬉々とした妹の声にプリクソスの思考は遮られる。

「それは…」

「母上と一緒に編んだのです」

 ヘレの頭には野花で編んだ花冠が飾られていた。高価な金細工ではなく、野に咲く花を摘んで作られたその冠は、母子の親愛を感じさせる。プリクソスは益々自分が置き去りにされているように感じた。

「お前はあの人が好きなんだな」

「母上は善きお方です。わたしととっても仲良くして下さって、本当の母上のようです」

「母上、か」

 ヘレはイノのことを母と呼ぶことを厭わない。だが、プリクソスはどうしてもイノを母と呼ぶことが出来ない。プリクソスは実母であるネフェレが姿を消してから、母親の愛情というものを失っていた。それはヘレも同じだろう。それ故、目の前に優しくしてくれる人がいればそちらに懐いて母と慕うのは自然なことだ。特にヘレはまだ幼く、自身を庇護してくれる存在が必要なのだ。その役目を担うには、プリクソスもまた幼い。悔しいがヘレを守るためにはイノを頼る他に手段はないのが現実だ。そのためにはイノを母と呼ばねばならないだろうか。プリクソスにとっては母など元々あってないようなものだ。ならば形式的に母と呼ぶことは大したことではない筈だ。それなのに、何故だろう。イノの好意を手放しで受け入れることは避けるべきだと自身の心が囁いているような気がしてならない。

 深刻そうな表情で思案していたプリクソスを下から窺いながらヘレが不安げに訊いた。

「兄上は母上がお嫌いですか」

 プリクソスの目には首を傾げて答えを待つ妹が映る。その姿のなんとあどけないことか。まだ髪に冠した花の似合う年頃だ。

 プリクソスはヘレの頭を撫でながら言った。

「私はあの人を心から母と思って慕うことは出来ない。だが、お前と私を守ってくれている間は母と認めることにしよう」

 プリクソスの言葉は幼いヘレが理解するには少し難解であったが、幼いなりに兄の心の葛藤を察したヘレは自身の頭に手をやり、花冠を外すとそのまま少し背伸びをして兄の頭上に乗せた。

「兄上にはヘレが付いています。大丈夫です」

 真っ直ぐにこちらを見つめてくる妹にプリクソスは一瞬言葉を失い、驚いた様子で見つめ返す。まさかこの未だあどけない妹に励まされるとは思っていなかったのだ。

「ああ、そうだな」

 プリクソスは妹の言葉に強く頷く。

 同じ母を持つ兄妹だ。辛さも喜びも本当は互いに最もよく分かち合える存在の筈だ。これから自分がどうなろうとも、この妹の手さえ離さなければ何者に対しても心を屈さずに生きていける。そのことだけは思い悩むプリクソスの心の中で明白であった。

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