(一)
薄明かりの中、ヘレはいつもとは違う温かさを感じて目を覚ました。
「はは…うえ?」
ぼんやりとした視界の中で母ネフェレが微笑んでいた。
「ごめんなさい。起こしてしまいましたね」
ネフェレは優しくヘレの頭を撫でる。
「どうなさったのですか? いつもは父上とご一緒なのに」
ヘレは母の手の感触の心地よさにうとうとしながらも、母が何故今夜に限って自分の側にいるのか不思議に思った。
「私はもう、そなたの父上から離れなければなりません」
「離れる…? どうして? 母上はどこかに行ってしまうのですか」
「そうです。だからそなた達ともお別れです」
お別れ、という言葉を聞いた途端、ヘレは胸がざわつくのを感じた。ヘレはまだ幼く、母親と別れるにはあまりに酷な年頃である。
「嫌です。わたしも母上と一緒に行きます」
「それはなりません。そなたも、そなたの兄も王の子です。そなたらがこの地を離れることは神が許さぬ限りならないことです。さあ、愛しい我が子よ、お休み。そなたが眠るまでは、ずっと側に付いていてあげましょう」
ヘレはもし眠って目を覚ましたら母がいないのだと思うと二度と眠りに着きたくないと思ったが、久しぶりに抱かれた母の腕はいつもよりもずっと居心地が良く、程なくして眠ってしまった。