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「神は俺という器にどれだけの才能を詰め込めば気が済むんだろうな」(かのさん宅とコラボ)

かのさん宅ヴァレンタインさんとツァオくんと、うちの隆弘とリリアンで船遊び

隆リリはデキてる。

「この前はすいませんでした、リリアンさん!」


 長い髪をハーフアップにしたヴァレンタインが顔の前で両手をあわせる。

 右のサイドにつくられた三つ編みがピョコンと揺れるのを、リリアンは苦笑とともに見つめていた。

 

「やめてよヴァレンタインくん。私こそ、この前怒鳴ったりしてごめんね」


「いえ、あれは、だって、ツァオくんが」


「最初に喧嘩売ったのは自分だってウチのバカが言ってたよぉ!」


「いいえ、いいえ! だってその前から、その態度が……」


「あっ、私この前変な事いっちゃったよね! ごめんね! 忘れてね!」


「い、いえ! リリアンさんは変な事言ってません! すいません、せっかく買い物に誘って貰ったのに、変なことになっちゃって……」


「ヴァレンタインくんが謝ることじゃないよ! 台無しにしたのは私だもん! ごめんね!」


「り、リリアンさんは悪くないですよっ!」


 一連の流れを傍観していた隆弘がとうとうタバコを噛みちぎる。ブチリという音とともに火の付いたタバコが地面に落ちた。足でタバコを消火した隆弘はポケットからティッシュを取り出すと口を拭い、中に残ったタバコの破片を吐き出す。ティッシュと床に落ちたタバコをまとめて携帯灰皿に入れた隆弘は、不思議そうな顔のリリアンと、少し脅えた様子のヴァレンタインを見据えて低く呻った。

 

「テメェら、さっきからまどろっこしいんだよ」


 リリアンが口を尖らせる。ヴァレンタインはビクリと肩を揺らした。ギリッ、と軋んだ音を立てて奥歯を噛み締めた隆弘は、苛立った様子で2人に人差し指を突きつける。

 

「そんなもんお互いに『悪かった』『気にすんな』っていやぁ済む話だろうが! いつまでもビービー出口のねぇ会話続けてんじゃねぇよ! 時間の無駄だ!」


 ヴァレンタインが涙目で叫ぶ。


「すっ、すいません!」


「もうやんじゃねぇぞ!」


 ヴァレンタインが肩を竦める。リリアンは口を尖らせたまま隆弘を見た。

 

「もとはといえば隆弘がツァオくんに喧嘩売るから悪いんじゃん」


「あの周りが全部敵ですって目が腹立つんだよ。初対面の人間に対してあんまりにも失礼だろうが。それともなにか。俺という完璧な存在に嫉妬でもしてんのか。ならしょうがねぇな。俺もたまに自分が完璧すぎて怖くなる時があるからな」


 ヴァレンタインがぽかんと口を開けている。リリアンが呆れた様にため息をついた。


「お黙りバカ弘。とにかくお前ツァオくんに謝りなよ。喧嘩売ったのは隆弘でしょ」


「隆弘だなんだバカ弘って。最初にメンチきってきたのはアイツだぜ」


「お黙り。しょうがないでしょ、隆弘顔怖いんだもん」


「ああ、造形が完璧すぎて怖いかもしれねぇな」


「ちげぇ」


「わかった。謝るからここにあのロン毛呼べ」


「ちなみになんて謝るの」


「『完全無欠の才能と他の追随を許さない美しさを持って生まれてしまって悪かった』」


「なにこのバカ弘救いようがない」


「隆弘だ」


「それ謝罪じゃないから、なんか仲直りの方法考えてよ」


「あぁ?」


 隆弘がすこぶる面倒そうな顔をした。そうして彼は暫く考えたあと、本人曰く切れすぎる頭脳でもって一つの回答を導き出す。

 

「……あー、4人で出掛けようぜ。パンティングでもするか」


 こうして彼ら4人は、翌日モードリン橋のボート屋で待ち合わせすることになったのだった。

 

 ◇

  

 パンティングとはパントと呼ばれるゴンドラ風の小舟で行う船遊びのことで、オックスフォードの名物の一つにもなっている。ケンブリッジでも同様の遊びが受け継がれているが、オックスフォードの漕ぎ手が船尾に立つのに対してケンブリッジの漕ぎ手は船首に立つ。

 リリアンは相変わらずの派手な格好でケタケタと笑った。

 

「パンティングってARIAみたいだよねぇ! オックスフォードだと船尾で漕ぐから余計そんな感じ!」


 ヴァレンタインが不思議そうに首を傾げる。横にはどこか不機嫌そうな表情の東洋人――ツァオが立っていた。

 隆弘がリリアンの頭を軽く叩く。

 

「通じねぇネタを堂々としゃべるんじゃねぇよ」


「ふへへ! いこうヴァレンタインくん、ツァオくん!」


 ヴァレンタインが慌ててリリアンについていき、ヴァレンタインに引っ張られるようにしてツァオが歩き出す。

 木製で平底の小舟に乗り込んだリリアンは、防水クッションの上に腰を下ろして未だ岸に立っている隆弘を見上げた。

 

「隆弘が漕いでくれるんでしょ?」


「ああ」


 ヴァレンタインとツァオが船に乗り込んだのを確認して、隆弘が船尾に立ちポールを手に取る。彼がポールで川を突くと、船が滑るように動き出した。

 深緑の枝が水上に影を作り、反射した波紋が草の上で揺れている。しだれ柳のアーチを潜り抜ける時、リリアンがツタのような枝に触ってキャラキャラと笑った。

 ヴァレンタインが船尾に立つ隆弘を見上げる。

 

「上手ですね」


 すると隆弘がなんでもないことのようにああ、と返した。

 

「神は俺という器にどれだけの才能を詰め込めば気が済むんだろうな」


 ツァオが驚いた様な呆れた様な表情で男を見上げる。リリアンがヴァレンタインとツァオにそっと耳打ちした。

 

「そいつ頭おかしいからマジメに話きかなくていいよ」


「聞こえてるぞクソアマ」


 隆弘が言うと、リリアンはわざとらしく肩を竦めた。ヴァレンタインがクスクスと笑う。

 

「西野さん、スポーツとか得意なんですか?」


「自分で自分が恐ろしくなる程度には得意だな」


 リリアンが自分達の真横を泳ぐカルガモの親子を見つめる。

 

「なにいってんだろうねそいつ。頭おかしいんだね。可愛そうだね」


 ヴァレンタインは乾いた笑いを漏らし、さらに尋ねる。

 

「リリアンさんはスポーツとかやるんですか?」


「私マンガのほうが好きー」


 隆弘がフン、と鼻を鳴らした。

 

「その女出来てテニスが精一杯だぜ。乗馬は揺れるから怖いとか抜かしやがった」


 ヴァレンタインが微かに目を見開く。


「テニスに、乗馬ですか……」


 リリアンが口を尖らせた。

 

「典型的クソボンボンのスポーツだよね。ほかにコイツなにやってると思う? フェンシングだよフェンシング。マンガかっつーの」


「フン、俺がフィクション並みの非現実的な才能に恵まれてるのは事実だろうが」


 ツァオの顔がますます驚いた様な呆れた様なものに変化する。ヴァレンタインが肘でつついて咎めるも、彼の表情が変わることはなかった。

 隆弘が泳ぐ白鳥を器用に避ける。パントの動きに合わせて広がる波紋を見つめていたヴァレンタインがツァオを見た。

 

「でも、いいね。テニス。今度一緒に行こうよ」


 言われたツァオは横目でヴァレンタインを見ると、小さくため息をついた。


「……やり方知らねぇよ」


 船尾に立つ隆弘が喉の奥でククッ、と笑う。

 

「なら、基本くらいは教えてやろうか」


 ツァオが隆弘を見る。睨みつけるというほうが近いかもしれない。隆弘は口の片端をあげてニヤリと笑ったままだ。

 リリアンが嬉しそうにパン、と手を叩く。

 

「いいねーそれ! こんど4人でテニスやりにいこー!」


 ヴァレンタインも同じく嬉しそうに笑う。


「いいんですか?」


「お邪魔じゃなかったらねー!」


「そんなことないですよ!」


 2人がキャラキャラと笑っている間にも、パントは水面を滑って波紋を描いていく。

 ツァオがもう一度ため息を吐き、隆弘はなにが面白いのか喉の奥でククッ、と笑った。

 

 水の上を滑るパント同様、時間がゆっくりと流れていく。

 次は予定を合わせて少し遠出しようと約束し、その日は別れたのだった。

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