恋する狼と夢みる羊飼いΩ
俺――板垣準一は、バカだ。
学年の成績は、後ろから数えた方が早いほどのバカ。だが、そんな俺にも夢があった。
偏差値70の城王大学に合格するということだ。
今の俺にとっては雲の上のような存在である、城王大学。だけど、その大学にいるアリサ先輩と一緒にバラ色のキャンパスライフを送るためだったら、どんな壁だって乗り越えてみせるつもりだ。
まあ、そんなこんなで、今日も学校の放課後居残って勉強に励んでいるというわけだ。頭の悪い俺一人だったら、どれだけ非効率な勉強方法をしても到底合格しようがない。だが、今の俺には優秀で粗暴な家庭教師がついている。
綾城彩華だ。
どいつもこいつも、この学校で最も綺麗だと噂されるこいつの美貌に騙されている。友人のニワトリ(変なあだ名だが人間。本名は忘れた)には、こうして毎日机をくっつけていることを羨ましがられてはいるが、俺から言わせれば、そんなもんは一回真正面から接してからそういう軽口を叩けと思う。
綾城は、手の止まった俺を見咎めると、
「……なに、見てんのよ?」
「見てねぇよ、お前の顔なんて……」
「はあ? なんで私の顔見てないのよ!!」
「一体、どっちなんだよ!!」
咆哮しながらも、また変な難癖をつけられたらたまらんと、ガリガリとシャーペンを滑らせる。どうでもいいことだが、俺の机と綾城の机は真正面。横並びではなく、だ。何故、そんな配置になったかというと、れっきとした理由がある。
それは、綾城の我が儘のほかならない。
なーにが、どうせ準一はバカなんだから、すぐに勉強の手が止まるだ。なーにが、だったらすぐに教えられる正面がいいだ。……いや、実際そうなっているのか。いやいや、なんで俺が納得しないといけないんだよ。
でも……。
その……なんだ。
恥ずか……しいんだよな。しょ……正面だと。なんだかえらく視線を感じるっていうかーさあ。なんていうか、距離も近く感じるし、やたら足と足が接触するし……。
「って、アホか! 俺は!?」
「えっ? 自分がアホだって、アンタ今頃気がついたの?」
というか、足が当たった時に綾城が言うことといったら、ごめんなさい、だとか、もう当たらないように気をつけるね! だとか殊勝な言葉なんて出てこない。
はあ、ごめん。私、足長いから当たちゃった。
……だ。
どこまで、高飛車女なんだよ!! どんだけ、イヤミな言い方しかできないんだよ!!
これが最近図書館とかでよく会う、おとなしい性格の御島とかだったら、ちゃんとした対応をしてくれるんだろうな。
「ちょっと、アンタ……」
それにしても、あのソフトボールの一件以来、小梶とちょくちょく野球の話をするようになった。ぶっちゃけていえば、何となく野球の話が気まずくてできなかったのだが、お互いに溜め込んでいたものをぶつけた御蔭だろう。
それに、元々俺は野球は好きなほうだったからな。WBCとかの話で盛り上がったりする。でも、まあ、高校生だからという理由で、高校野球が一番話題にのぼりやすいかも知れない。
「もしもし? アンタ聞いてんの?」
アリサに至っては、正直あれから一度も会っていない。すんげー気まずい別れ方をしちゃったからなー。これは俺が全面的に悪いことなんだが、意中の相手が想いを寄せている人がいて、こっちとしても当然の如く平凡な対応ができる訳もない。
綾城のことも、また誤解したかも知れないし、今度はどう言えばアリサはこっちの言うことを信用してくれるだろうか。
「私の話を、聞・け!」
えいっ、と可愛い掛け声とは裏腹に、プスッと、俺の頬をシャーペンで――えっ? シャーペンで、俺の頬をブッ刺しやがった!? この女!?
「いってぇ!!」
椅子から、派手な音を立てて転げ落ちる。
ざけんな。ジュース飲んだ時に、ピューって横から流れたどうするつもりだ。……っていうか、こんな想像していたら、めっちゃ頬痛くなったきただろうが。全部お前のせいだ、お前の。
「フン。私のことを無視するからよ……」
「だからって、ここまですることねぇだろうが!!」
「いいじゃない。穴が空いても接着剤とかで塞げば」
「俺のほっぺたはなあ、プラモデルじゃねぇんだよ」
「え? 違ったの?」
「ちげぇよ!!」
ああ、うう~~。クソいてぇ。
頬をさすりながら、椅子に腰を落ち着ける。
と、優しく綾城が俺の手の上に、自分の柔らかい手を重ねてきた。……えっ? と俺は目を見開く。だが、綾城は黙ったまま俺の傷ついた場所を注視していた。目を眇めながら、まるでやり過ぎたと後悔しているかのように、瞳が揺らいでいた。
そして、二人の視線が絡み合う。
どちらかが逸らすのではないかと思ったが、数十秒に渡って二人は微動だにしなかった。な、なんだ、これ、と俺は胸中で呻く。だが、それでもこのままずっと時計の針が停止したかのように、二人は――
「えい!」
綾城が、俺の頬の両端を掴んで横に広げた。みにょーん、みにょーん、と変な効果音を口で転がしながら、フフフッと微笑をこぼしていた。
……こいつ、性格最悪だな。
「うん、このぐらいで許してあげよう」
「お・ま・え・な・あ~」
苛立った声で、俺は喚く。
こいつは本当にどうしようもないやつだ。自分が世界の中心にでもいると思い込んでいるかのような、自由奔放な振る舞いをしてくる。それが、いちいち腹が立ってくる。
だけど、そんなこいつだけど、こうして勉強を教えてくれている。
俺みたいな超絶バカは、どんなやつだろうと匙を投げる。先生に質問し過ぎて、煙たがられたこともある。面倒を見てくれたのはアリサぐらいなものだ。そんな俺に勉強を教えるのを諦めずに、ここまでやってくれていることに、感謝していなくもない。
まっ、そんなことこいつには口が裂けても言えないけどな。
「いいから、ちゃんと勉強教えろよ!! 綾城!!」
そして、今日もまた夢みる羊飼いは、狼と共にいた。
なんとなく書いた。
ちょーてきとー。
誤字脱字とか、そういう系あったらごめんなさい。