派閥
リトラの経験上、何を話したいのかぼかした会話を行うと大抵は戸惑うだけに終始する。しかし、目の前に居るリーディアはそれとは違う反応を返す。それどころか、本質にぐいぐいと近付いて来る。
そうして、リトラは彼女という人を見定めた。
「私は貴女を気に入ったわ。これから貴女に一つお願いをしようと思うの。でも、その前に、私について思うところがあるなら気軽に尋ねて頂戴。なんでも良いわ」
あまりにも唐突、という訳でもない。先程までの流れがリーディアの人となりを見るものだとするなら納得できなくはない。ただ、リーディアにはいまいち、リトラが自分の何を見ようとしていたのかが分からなかった。
「私の何をお試しになったのです?」
「器、ね。それは後で話すわ。他には無いかしら?」
要領を得ない返答だったが、後で話すと言われればそれ以上突っ込む事も出来なかった。
「では、何故リアンティに対して先制攻撃を仕掛けたのです? いや、辛うじてリアンティが取れたとして、その背後にあるのはアンディベルグです。最悪の場合……」
「…………貴女がどこぞのスパイなのではないかと警戒してしまうわ。あまりにも情報に長けているのだもの。スパイなんて、そんな筈は無いのだけれどね」
険しい顔付きで睨んでいたリトラだったが、そう言って笑みを浮かべる。
リーディアは彼女がそのように思う理由が分かる。頻繁に動き回る傭兵とは言え、一領民に過ぎない。自由に越領できる訳もなく、情報も制限されている。そもそも地理を把握している者など殆ど存在しないだろう。情勢を理解できる者も殆ど居ない。だからこそ、勝ちは確実という出所の怪しい情報に簡単に踊らされてしまうのだ。
「アージュファミアに渡ったのも、情報のおかげですので」
「ふふ……噂を聞いてうちを選んでくれたのね。嬉しいわ」
そう言って、何かに気付いたように両手を合わせると、傍らに居たメイドにお茶と菓子を持ってくるように指示した。
「お持て成しするのを忘れていたわ」
「勿体無い事です。ありがとうございます」
「先制攻撃の意図、だったわね」
手元にある焼き菓子を口に運び、リトラが言う。傍らからもスッと手が伸び、焼き菓子を数枚強奪していく。地面に寝っ転がっていた少女だ。
「それは、そもそもうちに端を発する争いだと思ったからよ」
この時点ではリーディアには意味不明だった。リアンティとアンディベルグが争うのに、何故アージュファミアが関係するのか、と。
「この大陸には人権派と現状派という二つの派閥が存在するの。現状派はそのままの意味ね。今のままを維持したい派閥。人権派というのは混血種や奴隷種の人権を変えようとする派閥」
この時点で一つ繋がる。
「という事は、リアンティも人権派……?」
「そうね。とはいえ、表立って行動している訳でもないけれど」
混血種に対する風当たりが他領よりは遥かにマシ、という情報はリーディアも得ていた。そして、アージュファミアとリアンティ、どちらに移るか迷った。最終的に、より積極的に混血種を守る事を謳っていたアージュファミアへ移る事を決めたのだ。
「今までも煙たがられていたのだけど、ついに牙を剥いたってとこね」
「アンディベルグは現状派、という事ですか?」
「いーえ。この付近一帯、全て現状派よ。法王の薫陶もロンボストには届かないわ」
それは絶望的な話だった。事実であればアンディベルグを撃退したとしても四面楚歌なのは変わらないという事だ。
「アージュファミアの交易封鎖は知ってるわね?」
「は……はい」
「リアンティはそれ以後も秘密裏に交易を続けてくれてたのよ。どうやらアンディベルグはそれについての証拠を得たとかで攻め入ってるようなのよね」
まぁ、それについて分かったのはリアンティに攻め込んで彼と書簡を交した後なのだけど、と付け加えられる。彼とはリアンティ領主ディエードリンキスを指す。疑問に思ったリーディアにもその説明はなされた。
「先制攻撃したのは、リアンティを巻き込まない為だったのよね。私達に攻め込まれたって言えば、色々とうやむやになりそうでしょ? どうせアンディベルグはうちが狙いだと思ったからこれで良いと思ったのよ。でも、蓋を開けてみてびっくり。もうリアンティも十二分に巻き込まれてたって訳」
「なるほど……」
しかしそうなると、多くの人が無駄死にしたのではないか、とリーディアの表情が陰る。リトラはそれを見て察し、軽く口元に笑みを浮かべた。
「道中でリアンティ軍との戦闘はあった?」
「多少戦闘はありましたが」
「リアンティ軍の死体を見たの?」
「……どういう意味でしょうか?」
「あなたが見たのはアンディベルグ軍の死体でなくって?」
記憶を呼び戻す。すると、確かにリアンティ軍の兵は、全てが捕虜となっていた。対してアンディベルグ軍の捕虜は、記憶の限り見ていない。
「道中はともかく、トレイル砦に関しては彼に協力してもらったわ。リアンティは背後からの攻撃で戦意喪失。無血開城というシナリオよ」
「無駄死にになった者は居ないのですね」
「ええ。報告ではそう聞いてるわ」
リトラの卓上からお菓子が消えていたので、メイドが追加を持ってくる。その菓子について多少話をし、茶を互いに飲んだタイミングでリトラが小首を傾げた。
「さて、他に質問は無いかしら? 私が貴女を見定めたように、貴女も私を見定めて良いのよ?」
どこか楽しそうに言う。
「では――人権派というものは未だによく分かりません。分かりませんが……リトラ様はどのようにしたいのです?」
「えらい直接的ね」
「私にはそのような考え方しか出来ません故」
リトラは軽く首を振る。
「むしろ褒めてるのよ。回りくどいよりよっぽど好意が持てるわ」
自嘲めいた笑みを浮かべ、天井の四隅を見るように顔を上げた。
「そうね。私がどうしたいか……」
瞳を閉じ、軽く体を傾ける。そこには隷属対象である混血種に質問され、真剣に悩む純血種の姿があった。
「……くだらない諍いを無くし、止まった文明を再び動かす事、かしら」
「文明を、動かす?」
「家畜に富を生ませて、それを吸い上げる、そうして満足する者達に新しい文化が作れるかしら?」
家畜とは混血種や奴隷種の事だろうとリーディアはあたりを付ける。となると文化とは怠惰した状況からは生まれない物、という事だ。そこまでは分かった。しかし文化、文明がいかなるものか、それが漠然としていてよく分からなかった。
「それが人権派、という事ですか」
リトラは目を丸くさせた後、手を口に当て、声を出して笑った。
「ふふ、ごめんなさい。そうね、人権派という話だったかしら」
「人権派とは、混血種の人権を認める、つまり混血種を純血種と同等程度に扱う事を目標に掲げている派閥の事よ。表向きは全ての領主がそうね。法王の教えだもの。でも現実には人権派と現状派に分かれている、という事ね。人権派にそれ以上の意味は無いわ」
人権派について説明すると、顔の辺りまで両腕を上げ、手のひらを広げるようにしながら自嘲する。
「さっき口にしたのは私個人の願いだわ」
やれやれと言わんばかりに首を振り、質問を勘違いした自分に呆れると、上げた手を組み合わせるように机に置く。表情は穏やかに、リーディアを見る。
「人権派として混血種をどうしたいのか、という問いなら、こう答えるかしら。それぞれが安心して働ける場を作り、誰もが自分の望む何かに従事し、最大限を発揮できるようにする事。その為にしなければならない事はいっぱいあるけれど、最終目標だけを言うのならそういう形になるわね」
文化や文明やらはリーディアにはいまいちよく分からなかった。だが、今リトラの掲げた最終目標なら分かる。それはリーディアが望む最終目標であったからだ。
「ありがとうございます」
「質問はもう良い、という事かしら?」
「はい」
力強く頷く。リーディアはリトラに仕える事を決意した。傭兵として世間を憂い、不平の存在を謳うのではなく、彼女に仕え、世界を変えようと決意したのだ。