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傷だらけの自由  作者: 青背康庚
一章
7/23

傭兵と領主

 そこは衛星都市フォーリミンの一角に設けられた豪邸だった。高い壁で囲まれ、二重に配置された門は一つ一つが分厚い鉄で出来ている。

 薄い窓から覗く光景を眺め、そこがリアンティ領主ディエードリンキスの物であるという事をリーディアは正しく理解した。


 質実剛健と言わんばかりの実直さを感じる家具。角を縁取るような木材に装飾が辛うじて存在し、それ以外には何も存在しなかった。油が塗られているかのような光沢が壁面全体に広がっており、やっとの事で高級感を保っている。

 そのような廊下を進み、同時に六人ほどが並んで入れるような扉の前へとやってくる。そこには四人の兵士が立っていた。

「リーディア・レストビアンテと」

 使者は自身の胸元から勲章を差し出す。兵士達はそれをじっと眺めるが、特に驚いた様子は無い。ただ、念入りに確認しているのである。そして暫くして一人が頷くと、他三人も勲章から視線を外し、虚空を眺めた。

「確認致しました。お通りください」

「では、失礼する」

 使者は扉へと向き直る兵士を軽く制し、リーディアへと軽い礼をすると、鷹揚とした調子で立ち去っていく。兵士はそれを気に留めず、扉を叩く。

「リーディア・レストビアンテ様がいらっしゃいました!」

 それに応えるように木製の柔らかい音が返ってくる。兵士はゆっくりと扉を開けていく。

「失礼します」


 リーディアは少しづつ開けていく視界に妙なモノを見る。それは年若いメイドだった。真ん中に小さな童女がおり、反対側にも少女が立っている。実に妙な話である。リーディアの予想では、そこはリアンティ領主ディエードリンキスの執務室なのだから。ここは一貴族がお忍びで入り込めるような部屋ではない。

 貴族だとしても相当身分の低い者だとリーディアは予想する。傍に置くのが混血種という時点で高が知れるというものだった。

 が、純血種の少女の瞳を見て、リーディアは直感する。

 ――やけに落ち着いている。

 それは到底、身分の低い貴族から感じる印象ではない。

 そこからの閃きは、まさに閃光が走るが如き衝撃をリーディアに与えた。

 紺色の体毛。青く澄んだ紺碧の瞳。幼げな容姿。決して質素でなく、かと言って下品になり過ぎない洗練された服。リアンティ領の最高位の者が座する場所に座るその意味。


 何より、その堂々とした居住まい。


「リトラ・アージュファミア……!」

「貴様、無礼な!」

「良いわ」

 その一連のやり取りは、ほぼ同時であった。兵士はリーディアに手をかけるより先に声をかけられ、不服そうな表情を浮かべながら、しかし礼はしっかりと行い扉の向こうへと下がった。

「失礼しました」

 リーディアは慌てて頭を下げる。

「私が居るとは思わないものね。目を丸くさせて可愛かったわ」

「はぁ……」

 見た目に年下の少女にそのように言われてリーディアは戸惑っていたが、実のところは少し違う。可愛いという表現を使われた事に違和感を覚えたというのが要因として強い。

 混血種が純血種に憧れる事はよくある事だ。だが、逆は無い。混血種の容姿が賛美される事はない。毛の生えていない皮だけの未熟な生き物、というイメージが強いからだ。故に、普通であれば可愛いなどという言葉は出てこない。

「お初にお目にかかります、リトラ様。リーディア・レストビアンテにございます」

 どこかたどたどしい振る舞いに、リトラは首を振って返す。

「無理しなくて良いわ。若輩領主の私。傭兵の貴女。どちらも畏まった態度に慣れていないでしょう?」

 一領主が立ち振る舞いに気を使わない訳が無い。先程からのフランクな姿勢は、肩の力を抜かせる為のもの。あるいは素なのか、とリーディアは考えた。実際はどちらも正しい。

「助かります」




「あなたの活躍は聞いているわ。カルタナ出身の狩人。魔物狩り、護衛、野盗との戦闘を経て、アージュファミアに入ってからも厄介な魔物の駆逐を手伝ってくれたそうね」

 それは完全なまでの、リーディアの戦歴であった。再びリーディアは目を丸くさせる。リトラはそれを見て楽しそうに笑った。

「トレイル防衛では敵の注意を引き、瓦解しかけた部隊に激励をかけ、圧倒的不利の中、戦線を維持。自らも傷を負っていながらにして、負傷者を救出。その戦功は先の戦いでは右に出る者無し」

「何故……!?」

 何故、知っているのか、という問いである。考えてみれば、戦闘が終わった直後に使者が来るのもおかしい事だった。少なくとも戦闘が終わり、情報をリトラが手に入れ、使者がこちらに来るまでの時間はかかる筈である。しかし実際には使者は戦闘直後に現れた。それは通常ではありえない事だ。

「割と機密なのだけれどね。独自の情報網があるのよ。貴女の気を引きたくて、つい言ってしまったわ」

 ゆっくりとメイドが前へと歩み出て、リトラと視線を交わすと、口を開く。

「他言無用に願います」

「あ、あぁ」

 リーディアの返事に納得したのか、静かに目礼をすると、メイドは一歩引いて元の位置へと戻った。


「まぁ、そこにお掛けなさいな」

「はい」

 多少慌てながらリーディアは目前の長椅子へと腰掛ける。柔らかい椅子は深く沈み込み、まるでリーディアの背中全体を包み込むようであった。未知なるその感触に驚く――より前に、リーディアの思考が停止する。

 ――リトラの顔が見えない。

 椅子が低過ぎたのがいけないのか、それとも執務机がでかすぎたのがいけないのか。あるいは……。

「ふ、ふふ……」

 微かな笑い。その声音からだけでは、声の主の感情を量る事はできなかった。

 メイドがセカセカと動き出し、暫くするとリトラの顔がリーディアからも伺えるようになった。その表情は、どこか険しい。

「失礼したわね」

「い、いえ、とんでもない」

「私もここに来てそう経ってないのよ。色々と勝手が分からなくて困るわ」

「はぁ……」

「フューチェも楽にして良いわよ」

 そう語りかけ、リトラは右手に立っていた少女の頬を撫でる。少女はくすぐったそうに身を捩るがその手から逃れようとはせず、少しするとリトラの手に頬を擦り付けるように動いた。その光景はまるでペットとその主のようであった。だが、リーディアの経験上、そのような行動を取る混血種は見た事が無い。

 愛玩用の奴隷という物も存在はしたが、その間でもこのようなやり取りは存在しない。愛玩用とはただ聞こえを良くする為の言葉であり、実際はただの道具、持ち物に過ぎないというのが一般的な認識であるからだ。道具を大事にする事はあっても、愛でる事は基本的にはない。

 一頻り撫で終えると、少女は執務机の裏へと隠れるように寝っ転がった。リーディアが覗いてみると、そこには正方形の厚い絨毯が敷かれており、毛布まで用意してあった。

「可愛いでしょう? 色々と雑務を任せてる子なの」

 整った顔付きではあった。だが、リーディアとしてはその瞳が気になった。フューチェと呼ばれた少女の瞳は、左右で色が異なっていたのだ。そういった場合、目に問題がある事も少なくは無い。だがそれをこの場で問える訳も無く、リーディアは肯定を返し「噂通りなのですね」と言う。


「噂、ね」

「はい。混血種に対して差別が無いという噂です」

 リトラは可愛らしく小首を傾げた。その仕草と見た目だけを見れば、とても二十歳を越えているようには見えない。

「差別って何かしらね? 混血種を公正に評価し、無駄なく運用しているとは思うけれど……。無駄の無い運用の為に混血種が無意味に傷付く状況を避ける事、それを『差別が無い』というのなら、私は差別をしていないでしょうね」

 非常に遠回しな物言いだった。それは如何様にも取れる返答だ。だが、リーディアにとっては『見たモノ』が全てだった。

「混血種を可愛いだなんて、普通は言いませんよ」

 リーディアのその言葉に、リトラは笑みを浮かべる。その笑みが如何なるものか、リーディアには読み取れなかった。


「なら、こんな噂を聞いた事は無いかしら?」

 よどみなく語られるその噂は、道中でリーディアが聞いたものだった――アージュファミア優勢の噂だ。道中にリーディアが疑問に思っていた噂でもある。

 それがあまりにもアージュファミアにとって得な噂だからだ。戦える者や、補給に役立つ者を集めるのに、あれほど有効な噂はそうそう無い。

 そもそも参加条件自体が割の良い話だったのだ。参加するだけで食を保障され、勝利し正常な交易を取り戻した暁には、配られる報酬で好きなだけ食べられる。勝ちが決まっているという噂を知っていたら、これを逃す手は無いだろう。

「まさか……」

「ええ、そうよ」

 感情の無いリトラの瞳がリーディアを静かに見る。威圧するでもなく、かと言ってぼんやりとしている訳でもなく、ただ静かに。

「…………それをあえて今語るというのは……」

 言いよどむ。が、リトラは表情も変えずじっとリーディアを見る。やがて、焦れたのだろう、リトラは首を傾げて軽く微笑んだ。続きを話すように促しているのだと分かり、リーディアは口を開く。

「私に、嫌われたいのですか?」

「やっぱり、貴女は相当に聡い子のようね。そう、私は目的の為に手段を選ばない。あなたの思っている程『良い人』では無いわ」

 そんな事はおかしな話ではない。どこにでもある事だ。良い人に見えて悪人そのものであったり、その逆も然り。リーディアにとって問題とすべきだったのは、何故リトラがそれを打ち明けたのかという事だった。

「私を試しておられるのですか?」

 その問いに、リトラは瞳を閉じ、満足気に小刻みに何度も頷く。

「期待以上だったわね」

 背もたれから体を起こすリトラ。その瞳孔が興味深げに広がっていた。

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