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傷だらけの自由  作者: 青背康庚
一章
4/23

混血の精鋭――トレイル砦

 トレイル砦での夜。胸騒ぎを覚えるリーディアは満足に眠る事もできず、日の出前に目が覚めた。

 夏を迎えた訳でもないのに、微かに暑い。砦が堅牢である事もそうだが、砦に詰めた人数のせいでもある。

 寝ている者達を起こさぬように気を払いながら、リーディアは矢通しの細い穴から下方を見る。その瞬間、その場から跳ね退いた。目の前の光景は、彼女の予感を正しいとする、恐ろしいものだった。

「……なんだい、ありゃ」

 そうは言うが、もう一度確認しようとはせず、壁を背に座り込む。

 ――暗闇に輝く無数の目であった。空に瞬く星々のようなその光景は、今も彼女の目に焼き付いている。何日も戦った者達が、あのように夜通しこちらを伺うなんて事があるのか、そのように疑問に思い、ありうるかと思い直す。敵にとってもこちらの戦力を知る事が出来ず、警戒しているという事だ。

 それにしても、全員ではない筈だった。一部の者が起きて、こちらを伺っているだけだろう。それで、あの光点の数となると、敵は相当多いのではないか。そう思いながら、しかしもう一度確認しようとは思わなかった。

 視線に力など無い筈だった。しかし、リーディアは確かにその視線に怯えていた。




 夜が明ける。

 純血種の正規兵が暫定的に分隊長を決めていく。その分隊長に現在状況とこれからすべき事を伝達される。しかし正確な情報は与えられなかった。現在、リアンティの砦を有しており、これを防衛中である。それぞれの分隊長は三交代で砦の守りに着き、敵を監視。敵に動きがあれば全員で防衛する。と、要約するならこの程度の情報である。

「リーディアと言ったな」

 正規兵は手元の羊皮紙を見ながらそう問う。

「ああ、私だ」

「お前にはリザルク、ミレッツェの小部隊を含む計三十名で端を守ってもらう。基本的には私の指示に従え」

「分かった。しかし、人数が少な過ぎるのではないか?」

「……混血種とはいえ、さすがに傭兵には分かるか。だが、算術までは分からんか」

 さり気無く馬鹿にされているが、リーディアは気にせずに話を促す。

「敵が十体でこちらが十一体であるなら、こちらの損害は著しく減らす事ができるのだ」

「それは兵法だろう」

「似たようなものだ。そもそも数字が理解できるとは思わなかったのでな」

 どうやら混血種に対し、あまり友好的ではないようだった。だが、純血種とはこのようなものだと誰もが理解していた。誰も文句を口にもしないし、心にも浮かべない。

「それで兵力を中心に集め、端は少数で守ると。こちらが突破されたらどうなる」

 その懸念は純血種にもあったのか、苦々しいと言わんばかりに表情を歪めた。

「この砦には、第二陣、第三陣がある」

「なるほど、な」

 要所という訳でもないのは分かった。しかし守らないという選択も無いという事だ。

 そして、突破された時には、逃げられるかどうかが危ういという事も分かった。


「姿勢を低くして移動するのだ! 敵はこちらまで届く攻城兵器を有している!」

 移動中に、中央にて守りに着く味方の正規兵と交差する。

 その最中、僅かに体を晒して下を望むと、そこには千を越える敵兵が居た。どれだけの間そうしているのか分からないが、恐ろしい程に整然と並んでいた。


 端の砦に到着し早々、正規兵は寝ると言い出した。

「私は夜戦に備えていたので疲れた。ここはお前達に任せる。ついでに夜の見張りに備えていずれかの部隊を休息させておけ」

「待て! 再編成はこちらで行っても良いのか?」

「我々の指示にケチをつけるか」

「違う。夜戦を想定するなら夜目の利く者を夜に回すのは常道だろう」

 一度は怒りを露にした正規兵だが、今度は嘲るように笑い出す。

「お前達は夜目の利かぬ欠陥も多いのだったな。良かろう。編成は勝手にしろ。ただし、役立たずばかりを一部に集めるなよ」

 編成にケチをつけたのは事実なのだがな、と思いながら、去っていく正規兵の後姿を見送る。正規兵はその事に気付くだけの余裕を失っていた。徹夜での警備に加え、煌々と輝く敵の視線と睨み合っていれば無理も無いとリーディアは思った。




 陽も高くなってきた頃、リーディア達の分隊が見張りに就いた。リーディアが下方を覗き込むと、敵は整然としており、今すぐにでも動き出せる状態である。だが、今になってそうなったという訳ではなく、常にそのような状態である為、リーディアも幾分か落ち着いてきていた。

「分隊長♪」

 やけに場違いな声がリーディアに掛けられる。

「マイカか……隊長なんてガラじゃないよ」

 じゃあ今まで通りおねえさんで、などと楽しそうにしていたマイカだが、二度三度、ピクピクと耳を揺らし、リーディアへと顔を向けた。

「敵、多いの? やっぱり三十人なんて少ないの?」

 本人は何気なく聞いたつもりだったのだろう。しかし声は震え、尻すぼみに声は掠れていった。

「千は越えてるね。だけど、この地形なら全ては使えない。問題ないさ」

「セン?」

「千ってのは両腕の百個分の指……って、ヒャクは分からないかい?」

 頷くマイカに十本の指を持つ人間が十人で百だと教え、その十人のグループが更に十あると千だと教える。が、いまいちイメージがし辛いのか、マイカはむむむと唸っては頭を捻って悩む。

「悪いね。教えるのは苦手なんだ。落ち着いたらもっと丁寧に色々教えてあげるよ」

「ほんと!?」

「ああ。何かと役立つだろ」

 うんうんと何度も頷くマイカ。事実、算術と呼ばれる四則演算は非常に役に立つ。それ一つで生活が好転するのである。だが、それを学ぶ場が無かった。

 この大陸の識者も知らない事ではあるが、元の知識からの関連付けで記憶は作られる。が、そもそも元の知識が少な過ぎるのである。よって、混血種の大半には学が無い。学ぼうとしても成長がとても遅い。奴隷などと比べても、全く差が無い程に。

 だが、学んで全く学習できない訳でもない。その事をリーディアは経験上知っていた。

「でもさー、その考え方だと指の少ない私の友達だと、違う結果にならないかなぁ?」

「そういう時ゃ透明な指で考えるのさ。そうやっていけば、どれだけ大きな数字だって考えられるだろ?」

「ほぇ~……」


 相変わらずピクニック気分のマイカに釣られるように会話を交わしていると、マイカの耳がぴくりと動く。

「何? ――か、音がする……」

 リーディアも体毎向き直り、マイカが注意する方へと耳を傾ける。音を確認するとほぼ同時に、リーディアは体を投げ出すように下方を見る。

「敵だ! 敵が来るぞ!」

 全体に聞こえるように叫んだ後、怯えるマイカの肩をリーディアはそっと掴む。

「深く寝入っている者が居たら起こして来てくれ! 少しの兵力差もまずいんだ!」

「う、うん!」

 砦内へ駆け出すマイカを見送る事もせず、自身の機械弓に矢を番える。番え終わるとすぐに撃った。

 通常より重い矢は、敵の盾をも貫く。距離は遠かったが敵が密集している事、上からの射撃である事が奏功する。しかし、同様にして放たれる普通の弓矢では貫通には至らないらしく、他からの射撃は足止めにもならない。

「許可あるまで矢を放つな!」

 正規兵が出て来て指示を出す。その指示自体は正しく、リーディアにとってもありがたいものだったが、なおも射撃を続けるリーディアが気に食わないのか正規兵はリーディアへと駆け寄ってくる。

「撃つなと言ってるのが分からんか!」

「効果はある!」

「他が真似するだろう! 見ろ、隣の砦からアホみたいに矢が吹き出ている!」

「そっちの指揮が悪いだけだ!」

 正規兵を跳ね除け、もう一発敵へと撃ち込む。

「撃つなと言ってるのが分からんか!」

 尻餅を突いていた正規兵は立ち上がり、怒号をあげる。が、それにかぶせて「伏せろー!」と声があがった。元より姿勢を低くしていたリーディアは地面へと伏せ、他の混血種も倒れ込むように各々伏せる。丁度立ち上がったところだった正規兵だけが、僅かに遅れてしまった。

 そして、腹の奥まで痺れるような音と共に、砦がグラグラと揺れた。リーディアのすぐそばの壁面は吹き飛び、その壁の残骸に巻き込まれる形で正規兵は吹き飛ばされる。

 リーディアは苦虫を噛み締める。ここが真っ先に狙われたのは、恐らくは自分の射撃が原因であろうと思ったからだ。加えて、言う事を聞いて跳ね除けなければ彼は生きていたかも知れない。

「くそ!」

 瓦礫に乗り上げるのも厭わず、転がりながら後退する。

「私の弓を警戒して撃ち込んで来たかも知れない! 第二射を警戒し、下がれ!」

 指示はそれぞれの分隊に正しく伝わり、全体が下がる。

「弓を使える者は中から放て! 近くしか撃てなくても構わない! じっと敵が来るまで待て! 砦の右側は攻城兵器にやられる可能性が高いから、可能な限り避けてくれ!」

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