傭兵部隊
「良いか! 此度の戦いは! 正ぇー常な商取引をっ、取り戻す為のものだ! 何があっても! 略奪行為など! お客様の機嫌を損ねるような! そのよぉーな真似はっ! 絶対に許されん!」
傭兵部隊の前で剣を掲げながら純血種が声を張り上げていた。顔色が伺えたなら真っ赤になっているであろう程の気迫である。だが、それを聞く傭兵部隊には気負いが無い。端的に言えば、話をまともに聴いていない。
それも無理の無い事である。傭兵部隊はその全てが混血種であり、声を張り上げるのはそれを見下す筆頭である純血種なのだから。侮蔑するような発言が飛び出さないので『少しくらいは聞いてやっても良い』という程度のものだ。
「さぁ荷物を持て! 我等の生活の為に!」
その一言に、はて、と疑問を持つ存在が居た。
猫族特有の狭い肩幅。全体的にスラリとしたシルエットを持ちながら、出るところは出て、引っ込むところは引っ込み、女らしさを強く強調していた。全身を皮鎧で覆い隠していたが、その魅力が隠れる事は無く、むしろ無骨な皮鎧に覆い隠される事で男の妄想を掻き立てる始末である。
彼女の名はリーディア・レストビアンテ。傭兵である。経験自体は少ないが実力はあり、皮鎧の隙間から見える肌には薄く筋肉が浮き上がっていた。
傭兵という身分である事からお偉いさんの言葉にも幾度か触れてきた。だが『生活の為に』などと言った者を見るのは、これが初めてである。唐突に気になり、皮兜から飛び出す耳がピクピクと動き男の方へと向いたが、しかし男がこれ以上何かを語る事は無かった。
――そこはアージュファミアの為、リトラ様の為、とか言うところでは?
何か落ち着かない気分になり、額にかかる赤い短髪を兜に押し込む。そして『純血種様も腹減ってるんだろう』と適当に結論付けて、未だにモタモタと移動している列に並んだ。
リーディアはとある噂を聞いていた。
今回の戦いはアンディベルグとリアンティの戦いに横槍を入れるものである、と。奇襲である事、双方が疲れているところを突く為に楽勝である、と。
そんな噂に刺激され、勝つ前から戦勝ムードが漂っていた。その為、傭兵部隊にも緊張感が足りていない。
「ねぇ、おねえさん傭兵さんなの?」
このように、楽しげに話し掛けて来る町娘のようなのも居る。服装も、皮の胸当てが無ければ町娘がピクニックしている姿にしか見えない。傷一つ無いその顔や腕は、実に場違いであった。だが、そんな場違いがこの傭兵部隊にはあまりにも多い。
「今はあんたも傭兵の筈なんだけどねぇ」
「あははっそっかぁ。でも私なんかに役目は回って来ないよ。耳が良いのと、ちょっと弓が使えるくらいだもん」
少女が耳を動かす。兎を彷彿とさせる根元のすぼまった長い耳。途中で折れ曲がる事も無く左右対称にピンと張っている。
なんとも楽観的だとリーディアは感じた。戦えると申請しておけばその分給金も増える。この傭兵部隊にはそのように『まともに戦えもしない』のに戦えると自称する者が多い。
――他の傭兵部隊も同じようなものだろうな……。
リーディアはそのように考えながらも、内心を表に出さずに少女へと向き直った。
「前線に立たなくたって伏兵に襲われる事はある。矢に手が伸びるように心構えだけはしておきな」
諭すように伝える。
「あ」
遠くの山だかを見ていた兎少女がリーディアへ向き直る。振り回された耳をリーディアは顔を軽くそらしてかわした。
「おねえさん名前は?」
「あんた、耳をもっと大事にしな」
「え、あ、うん。ごめんね」
「別に当たっちゃいないから平気だよ。それよか、折角綺麗な耳なんだから」
左右対称の耳は、混血種にとって評価が高い。管理の難しい長い耳が綺麗に左右対称であるなら、自己管理ができるだけの裕福さがある事の証明にもなり、尚更だ。
この少女は、高嶺の花と言われるだけの魅力を持っているのである。
「えへへ~。ありがとっ。うん、気をつけるね」
自身の耳を根元から先の方へと撫でる。軽くたわんだ後跳ねるように開放された。
「立派なもんだ」
半ば一人ごちるリーディア。
耳は言わずもがな、容姿の良さもあいまって男連中からは引っ張りだこであろうと思われた。本人さえ望めば純血種に取り入るのも不可能ではない。
「ねぇねぇ、それでおねえさんの名前は?」
「リーディアだよ。てか、こういう時ぁ自分から語るもんだよ」
「後じゃ駄目なの~?」
「私ぁどっちでも構わんがね」
心に記憶中なのだろう。少女はむむと唸りながら斜め上を見ている。
「で、あんたの名前は?」
リーディアとしてはさほど興味も無かったが、ただ歩くだけなのも退屈なので話を繋げる事にした。
「私はマイカって言うの。歳は十四で~一人っ子で~、更に更に、ななんと! 初恋の大恋愛を謳歌中であります!」
そいつは自己紹介の時に言わなきゃならん事なのかねぇ、と呆れずにはいられなかったが、本人としてはその事で頭がいっぱいなのだろう。今も白い頬を薄桃色に染めて体をくねらせている。
「それは羨ましいこったね」
多分に呆れの入った口調。だが嫌味は無い。
「おねえさん、こんなに綺麗なのに恋人いないの? おっぱいもでっかいのに」
無邪気に胸元に伸ばされる手を軽くはたいて、リーディアは溜め息をつく。
「あんたにゃかなわんよ。それに、自分より強い男としか付き合うつもりは無いのさ」
「ほぇ~。なんか勿体無いなぁ……」
心底残念そうにマイカは肩を落とす。
「人生にゃ色々と優先しなきゃならんもんがあるのさ。私にとっては妹がそれになる。妹ごと私を包んでくれる男でなきゃ、なびく訳にはいかんね」
「妹さんは……『傷持ち』なの?」
リーディアは答える代わりに頷く。マイカも「そっか」と言ったきり黙ってしまった。
「まぁ、そんなのはどこにでもある話さ。それよりもあんた――」
リーディアが別の話題を振ってやると、マイカは再び楽しそうに話し出した。
マイカとの会話中、例の噂の話題になる。その時、不意にリーディアの脳裏に閃きのようなモノが走った。
――交易は完全に停止しているのに、噂が流れてくる筈が無い。
越境には凄まじい手間がかかる。労働力を手放さないように各領が移動を制限しているからだ。厳戒態勢にある領から脱出するのは不可能に近い。
リーディアの疑問の答えは、陽が真上に昇る頃には眼前に広がっていた。
「うわぁ……ぼろぼろ。これはお客様の機嫌を損ねちゃうんじゃないかなぁ……?」
隣を歩くマイカが皮肉って苦笑いを浮かべる。
「いや、違うよ。これは、多分一日以上前の跡だ」
「そうなの!?」
少女の問いに、リーディアは確信を持って頷いた。
列から少し外れて、燃え尽きた丸太を片腕で抱える。
「うわ! すごい力!」
少女の驚きを無視して丸太を抱えていない逆の手で丸太を削る。芯自体は残っていたが、芯付近までジワジワと燃えた形跡が見えた。しかし、そこに熱は全く無い。
「ここまで燃えるのにはものすごい時間がかかるんだよ。先行の部隊がやったとは思えない。それに全く熱も残ってない。古い物だよ」
確かにリアンティ領境には異常が発生していた。しかし、そのような答えを確認できても、リーディアの疑念は拭い切れなかった。アージュファミアにこれほど都合の良い情報が、ここまで都合良く広まるものなのだろうか、と。
しかし、そんな疑念を裏切るように、噂通りの光景ばかりが目に付いた。散発的に戦闘は発生しているようだったが、確認できた敵兵の姿はあまりに少ない。捕虜として捕らえた者も同じく少ない。確かにアンディベルグもリアンティも、疲弊していた。事実として大した被害者も無く、楽勝しているのであった。
リアンティの衛星都市にも楽々と侵入し、先鋒が首都リアンティアに接触するかと予想された頃、リーディア達の傭兵部隊は進路を変え、南方の衛星都市フォーリミンに向かう。
道中は傭兵のリーディアにとっては気楽なものだった。宿場町や衛星都市の施設をそのまま利用できるのだから。それは戦争中というよりは、戦いからの帰路における凱旋に近しいものだった。
しかし、そんな気楽な旅は唐突に終わりを迎えた。
「総員戦闘用意! っ! 良いから剣を抜け! 全速前進、砦を目指せ! 無抵抗の者は捕縛するに留めよ!」
三日目の深夜の事だ。途中にある宿場町をスルーした時点で嫌な予感を覚えていたリーディアだったが、その予感通りになった。
陣などを組める訳もなく、嫌々ながら傭兵部隊はバラバラに前進する。
リーディアはそんな部隊を尻目に駆け抜け、先頭に立った。その更に先には正規軍の姿が望める。捨て駒という訳ではない事を知りほっとするが、横から包囲するように少数の兵が近付いて来た。それを軽々と斬り捨て、傭兵部隊を守る為に横へと移動していく事にした。
しかし、結果を言えば、戦闘は初期にしか起こらず、またしても噂通りにあっさりと砦を制圧してしまう。
「ふわぁ~戦闘って言うからびっくりしたけど、やっぱり楽勝みたいだね」
「……そうだね」
「どうしたの?」
疑念が拭い切れていなかった。あまりにも抵抗が少な過ぎた。が、イタズラに不安を煽っても意味は無いと思い、リーディアは笑みを浮かべる。
「ちょっと物足りないかなってね」