第16話「捨て猫タマちゃん」
店長さんに浮気疑惑浮上です。
でもでも、ニオイの原因は交番の白い犬と捨て猫タマちゃんのニオイでした。
タマちゃん、捨てられてかわいそう……アンパンあげたら変身しちゃいました!
「アンパンの恩返しするにゃん」
って、タマちゃん言うばっかです。
「ポンちゃ~ん!」
朝霧の中、祠の掃除をしていたら店長さんの声。
もしかしたら、愛の告白かもしれません。
なんたって店長さんと二人きりなわけですから。
「ポンちゃ~ん!」
「はーい、店長さ~ん!」
人の影。
あー、でも、店長さんだけじゃないです。
ミコちゃんも一緒ですよ。
「どうしたんです、二人で?」
そうです、ミコちゃん普通なら朝ごはんの準備です。
店長さんだって昼に焼くパンの仕込みのはず。
ま、まさか店長さんとミコちゃんの婚約発表とか!
「ポンちゃん、悪いけど留守番頼むから」
「て、店長さん、まさかミコちゃんと駆け落ちとか!」
「ポンちゃん、最近なんかおかしいよ」
「だ、だって店長さんミコちゃんと一緒な事が多いし!」
「そうかなぁ……俺とミコちゃん出かけるから、留守番頼むね」
「やっぱり、二人でホテルとか行くんでしょ!」
「俺は村長さんの家で、ミコちゃんは老人ホーム」
さっきから話しているのはわたしと店長さんだけです。
ミコちゃんはバスケット持って、とっとと行っちゃいました。
「本当でしょうね!」
「どうしろと……」
「キスしてくれたら、信じてあげます!」
わたし、目を閉じてキス待ちモード。
二人きりだから、恥ずかしくないよね。
って、なかなかキス、来ませんよ。
「?」
目、開けたら、店長さんもういません。
あう~、逃げられちゃいました!
「ただいま~」
カウベルが鳴って店長さんが帰ってきました。
ミコちゃんはずっと先に戻ってきましたよ。
二人は深い仲ではないみたいです。
でも、店長さんを責めずにはいられません。
さっきキスしてくれたら、全然問題なかったのに、モウ。
「店長さん、さっきはキスしないで行っちゃった……」
わたし、店長さんに近付いたら臭いました。
「ててて店長さんっ!」
「な、なにっ!」
「店長さん、ちょっとー!」
「な、なんだよっ!」
わたし、店長さんの服をクンクンします。
なんたってタヌキをやってたわけですから、鼻は利きますよ。
「浮気者ーっ!」
「え!」
「めめめ雌のニオイがします、雌の、女の!」
「えー!」
「なにが『えー!』です、なにが!」
「いや、そんなはずは!」
わたしという者がありながら、別の雌に走るなんて!
コンちゃんミコちゃんはまぁ、ガマンします。
でも、この雌のニオイはほかの雌・女のニオイ。
「俺、別に……」
「わーん、この浮気者ーっ!」
もう、そこら辺のパン、投げちゃえ。
あ、でも、全然効いてないみたい。
こんな時は援軍を呼ぶにかぎります。
「コンちゃん、ミコちゃん、店長さんが浮気しましたー!」
音量MAXで叫びます。
ドタバタしながらコンちゃん登場。
「ほ、本当か、店長っ!」
ミコちゃんはエプロン姿でやって来ました。
「朝からにぎやかですね~」
「店長さんから女のニオイがしますーっ!」
わたしは店長さんを羽交い絞め。
コンちゃんとミコちゃんがクンクンします。
ミコちゃんは首を傾げて、行っちゃいました。
元々人間だから、嗅覚は弱いのかも。
コンちゃんは見る見る鬼の顔にミューテーション。
「確かに雌のニオイがする……店長、覚悟は出来ておろうな」
「い、いや、俺、本当にそんな事してない」
「正直に言うのじゃ」
「俺、村長さんに言われて、駐在さんの置いていった犬を見てきたんだ」
途端にコンちゃん、いつもの顔に戻っちゃいます。
「なんだ犬か、しょーのない」
コンちゃんも退場です。
「ウソーっ!」
「ぽ、ポンちゃんいいかげんにしなよ」
「犬だけじゃないもん、ほかのニオイもするもん」
「むー!」
店長さん、わたしの手をしっかり握りました。
「じゃ、一緒に行こうか」
「嫌ーっ!」
「嫌じゃないだろ、嫌じゃ!」
「わわわわたし、犬は苦手なんですっ!」
「もう、浮気じゃないの証明するから」
店長さん手を引っ張ります。
そしてわたしをお姫さまだっこ。
「嫌ーっ!」
お姫さまだっこは嬉しいけど、犬はやっぱり嫌です。
わたしが野良だった頃、よく追っかけられたんだから。
噛まれたら、痛いんですよ。
「ほら、この犬」
交番の前には一匹の白い犬。
でも、なんだかさっきから悲鳴みたいな鳴き声ばっかり。
様子が変です。
「俺、この犬の面倒見るように頼まれたんだ」
「な、なんで?」
「駐在さんいなくなっちゃったんだ……統廃合」
「犬、置いていっちゃったんですか?」
「うん」
話している間も、白い犬はキャンキャン言ってます。
わたし、犬語はわからないけど、なんとなく……悲鳴と思った。
「残り物でいいから、えさやって世話しろって」
「そ、そうなんですか……」
わたし、お姫さまだっこでゼロ距離だから、店長さんのニオイを改めて確認。
「でも、店長さんから、猫のニオイもしますよ」
「猫は本当に覚えがないんだけど……」
わたし、店長さんの腕から逃れると犬の周りを見ます。
猫のニオイはここからただよってくるんだけど……
犬と猫も仲はよくないですよね……
あ、犬小屋の裏に黒猫発見!
「店長さん、猫です猫!」
「ああ、本当だ、さすがポンちゃん」
「店長さん、これこれ!」
交番の建物の影にはダンボール。
マジックで文字「ひろってください」「名前はタマです」だって。
「捨て猫さんですね」
「で、俺の浮気は晴れた?」
「本当でした、犬と猫」
店長さんがアンパンを一つくれました。
見れば店長さんは犬にアンパンをあげてます。
わたしは黒猫・タマちゃんにあげましょう。
「捨てられて、かわいそうです」
タマちゃん、アンパンにかぶりつき。
気持ちはよくわかります。
わたしもこのアンパンに助けられたもん。
「!!」
いきなりタマちゃんからモクモクと煙!
わたしと店長さん、びっくりして見てたら黒いワンピの女の子登場です。
「だだだ誰っ!」
「タマにゃん!」
「タマにゃんって……まさか黒猫タマちゃん?」
「そうにゃん、アンパンを貰ったから、恩返しするにゃん」
黒猫が人間の女の子になっちゃいました。
むー、最近こんな事があったような、なかったような。
わたしの記憶の中で、ミコちゃんが微笑んでいます。
「ててて店長さん」
「な、なに、ポンちゃん」
「また、ミコちゃんの時みたいに、わたしのせいになっちゃうんでしょうか?」
途端にびっくりしていた店長さんの顔が冷静さを取り戻しました。
クールな視線をわたしに向けて、
「そうしたほうが、丸く収まるのかなぁ」
「えー! またお外で寝るのー!」
お昼ごはんにはタマちゃんも一緒です。
おなか空いてたのか、パクパク食べてますよ。
「おかわりにゃん」
ミコちゃんがごはんをよそいで……
途端にタマちゃん首を横に振ります。
「ほかのごはんがいいにゃん」
ミコちゃんごはんにカツブシかけて渡しました。
そんなおかわりが続きます。
カツブシ・ふりかけ・たまごかけ・さんまの缶詰……
猫ってまぁ、こんな生き物ですよね。
あ、最後に味噌汁ぶっかけごはんで勢いが止まりました。
猫だけに熱いのは苦手みたい。
「ねぇ、タマちゃん」
「なににゃん、タヌキ娘」
「タヌキ娘……いいけど……おかわりはもうやめた方がいいよ」
「なんでにゃん」
「三杯目にはそっと出し……です」
「むー!」
あつあつの味噌汁ぶっかけごはんをふーふーして食べてしまうと、
「では、恩返しするにゃん」
そう言うと、店長さんの腕にすがりついてしまいました。
「アンパンの恩返しするにゃん」
わたしがあげたような気がするんだけど……ま、いいか。
「なにをしたらいいにゃん」
タマちゃん、さっきから言うけど、店長さんはなんだか嫌そう。
それに恩返しと言うわりには、じゃれてるだけ。
店長さんの目が、わたしやコンちゃん、ミコちゃんに向けられます。
あからさまに嫌そうで、追い出して欲しそうな目。
わたしは微妙だけど、コンちゃんはやる気で、ミコちゃんは微笑んでます。
そんな店長さんの鶴の一声は、
「ここ、食べ物屋だから、綺麗にしてないとね」
「猫だから、掃除とか出来ないにゃん」
「うん、そんな事だろうって思ってたから……」
「店先で招き猫でもするにゃん」
「いや、まず、お風呂に入ってもらうから」
「!!」
カッと見開かれたタマちゃんの目。
でも、もう、コンちゃんとミコちゃんが左右の腕をつかまえてます。
「お風呂嫌ーっ!」
連行されるタマちゃんの悲鳴。
「にゃん」付けるの忘れてます。
「店長さん店長さん」
「なに、ポンちゃん、ポンちゃんもお風呂手伝ってあげて」
「なんだかかわいそうじゃないです?」
「なんだかやりたい放題な猫だから、ここで躾ておかないとね」
「き、厳しいですね」
あっという間に一日が終りました。
お店は今日も閑古鳥が鳴いている感じだったけど、タマちゃんのおかげで大変でした。
もう、お風呂で暴れてひっかかれたし、夕ごはんもおかわりがすごくて、コンちゃんとケンカになったくらいです。
結局タマちゃんはわたしに一番懐いちゃいました。
「ねー、ポンちゃん、一緒に寝てにゃん」
「いいけど、お風呂の時みたいにひっかいたら嫌だよ」
「もうしないにゃん」
一緒のお布団に入ります。
わたしに抱きついてくるタマちゃん。
「一人で眠れないの~」
「いつもご主人さまと一緒だったにゃん」
「!!」
「やさしいご主人さまだったのに……捨てられたにゃん」
「……」
「お父さんが飼ったらダメって言ってたにゃん」
タマちゃん、わたしにしがみついて体が震えています。
泣いているの、わかりますよ。
すごくかわいそう。
「やっぱり、ご主人さまと一緒がいいんですね」
「当たり前にゃん」
もう、それからはタマちゃん黙ってしまいました。
あんまりかわいそうだったから、こっちが眠れなくなっちゃいましたよ。
次の日、こっそりお店を抜け出してタマちゃんと一緒に交番に行きました。
犬はこわいけど、鎖でつながれているから、近付かなければ大丈夫。
タマちゃんと一緒にダンボールを見ます。
「うう……」
また、泣き始めるタマちゃん。
わたし、タマちゃんの背中をトントンするくらいしかできません。
すると、そんなタマちゃんの姿が猫に戻っちゃいました。
子供だったから、ずっと変身出来なかったのかな?
わたしの腕の中でおとなしくなっちゃいましたよ。
「タマ!」
いきなり後ろから男の子の声。
わたしの腕からタマちゃんを奪うと、ひしっと抱き合う男の子とタマちゃん。
「タマ……ごめんよ」
ランドセルを背負っている男の子……これがタマちゃんのご主人さま?
「あなたが飼い主さんです?」
「はい、タマは僕の猫です……お父さんが飼ったらダメって言うから捨てたけど……」
見れば交番の脇にタクシー停まってます。
男の子とタマちゃんはタクシーに乗ると、
「もう、絶対離しません」
男の子はそう言って行っちゃいます。
タクシーはあっという間に見えなくなりました。
タマちゃん、しあわせにね。
こっそりお店を抜け出したから、今夜もお外でお休みです。
「店長さん厳しすぎ……」
でも、お店をほったらかしにしたのは本当だから我慢ガマン。
夜空は星でいっぱい。
星座ってのがあるらしいです。
星と星をつないで絵にするんですよ。
山の中だから、星はたくさんあるんです。
そんな星を見てたら、タマちゃんの顔を思い出しました。
もう、今夜はご主人さまと一緒で、さみしくないはずですよ。
店長さん、わたしというものがありながら、あの白いメス犬のところに行くんです。
なんでも交番の人がいなくなって、世話する人がいないって…
むー!
わたし、犬のニオイ、苦手なんですよ~
野良の頃に追いまわされたから、アレは敵なんです敵!