1-2
捗る妄想。浮かぶ台詞。増える設定。
進まない文章……
4限目の授業の終わりと共に昼休みの始めを知らせるチャイムが鳴ってから、十数分が経過している。
草己の机の上に持参の弁当を広げ、その中身を胃の中に納めていく。購買かコンビニで買ってきたパンを昼食にしている草己は早々と食べ終えていた。
「なーにか思っていたのと違うなー」
「……なにがだ?」
草己の言いたいことがわからないため、とりあえず訊き返しておく。
「クラスに転校生が来たんだ。普通だったら休み時間になってクラスの連中が転校生を囲んで質問攻めするところだろうが!」
……まず、その考えが普通じゃないな。
「じゃあ草己がクラスの連中を代表して質問攻めしたらどうなんだ?」
「待て待て文斗! そういうのをやるのはモブの役目だろ。俺はモブなんかに成り下がりたくはないね」
此奴、既になにかに成り上がっているのだろうか?
「けれど、その中にも入れてないんじゃモブ以下の存在じゃないか。多分お前画面の中にも入ってないぞ」
「最近の学園恋愛ものの主人公っていうは、そういうものなんだよ!」
話題の転校生本人様がすぐ近くにいるというのに、よくもこんな話ができるものだ。それに付き合っている俺も俺か……
横目で火輪路のことを確認してみるも、彼女はこちらを気にする素振りさえ見せない。自己紹介の時に見ているこっちが恥ずかしくなるようなことを言ったかと思えば、今は一転口を閉ざして沈黙を貫いている。表情の変化すらほとんど見せない。ある意味で親近感を覚えなくはないが、よくわからない人だ。
近づき難い雰囲気の美しさをもった容姿に加え、この様子である。クラスメイトの多くは、火輪路のことが気になってはいるもののどう接すればいいのか戸惑っているのだろう――何人もが彼女をチラチラと見ては小声で話しあっている。
俺自身、初対面の人間であってもそれほど物怖じはしない方だが、彼女にはどう話しかけたものか思いつかない。自己紹介の時のアレもあるしな。
「火輪路さんに質問があるの? 代わりに訊いてあげようか」
「いや、あったら直接本人に訊くから……」
いつの間にか近くに来ていた千世が、相変わらずの調子で話に混ざってきた。
「そうなの? それで、何を訊いてほしいの?」
俺の話を聞け!
「どこから来たか、とか?」
それは自己紹介の時にもうイギリスと言っていただろ。
「そうだな、ならば直接自分で訊くのではなく、小金井さんを通して質問するという所に重点を置くべきだな。というわけで、彼女のスリーサイズを!」
だから、彼女すぐ隣にいるから!なんてことを口にするんだ。
「スリーサイズだね。うん」
「待て、今のは草己の冗談だから!冗談だからな」
一応火輪路の耳にも届くであろうボリュームで千世に呼びかける。
「わかってるって」
そう答えながら千世は火輪路の方へと振り向く。
「火輪路さん、お昼ごはんはもう食べた? よかったら一緒にお弁当食べよ? あ、そもそもお弁当は持ってきている? ないんだったら一緒に食堂か購買に行こう?」
そして質問攻めである。
今まで微動だにせず人形のように座っていた火輪路だったが、久々に声を発した。
「貴方、おもしろい人ね。昼餐など必要ないと考えていましたが、いいわ、付き合ってあげましょう。購買とやらの場所に案内していただけるかしら?」
訳、「お昼ご飯持ってくるのを忘れたから購買の場所を教えてください」――おそらく間違ってはいないはず。あっていたとして、わかっても何も嬉しくない。
「購買ね、じゃあ行こうか」
そう言うと千世は、椅子から立ち上がった火輪路と一緒に教室から出て行った。
その後の教室内は、昨日までと変わらないいつもの昼休みの光景が流れた。俺も食べ終えた弁当を片付け、草己と取り留めのない会話を交わした。
海外からの転校生というイベントも学校での授業というメインには抗えず、あっけなく放課後に入った。サッカー部に所属している草己は、「じゃあな、また明日」と日常的別れの挨拶を済ませると、教室から出て部室棟へ向かっていった。この学校は部活参加が自由なので、帰宅部の俺は、いつもなら教室か図書館かで時間を潰している。しかし今日は気分が乗らない。学校に居たくない。アイツの近くからできるだけ離れない。そんなわけで、夕方に差し掛かってもいない時間から帰宅することにした。
今日の夕飯は何にしようか……今朝のスーパーの広告の特売品を思い出しながら歩いていると、階段近くで千世に呼び止められる。
「あやちゃん、確か今日の放課後は空いてたよね?」
「あ、あぁ……あと、あやちゃん言うな」
珍しく千世が慌ただしく言うので、呼び方への言及が弱くなる。
「良かった。火輪路さんへの校内の案内を先生から頼まれたんだけど、今日の部活は外せないの」
見ると千世の後ろには火輪路がいた。
「じゃあ、お願いね」
「あっ……お、おい!……」
そう言い残して、千世は駆けて戻っていった。
此奴から逃れるために早く帰ろうとしていたんだが……なんて事を押し付けてくれるんだ。
「なぁ火輪路、俺は今日はなるべく早く帰りたいんだ。そこでだが、校内案内をしたという体で済まさないか? 面倒だし、案内で時間を無駄に潰すのももったいないだろう。それほど広い校舎でもないし、用がある箇所なんてのも限られてくる。わからない場所があってもその都度訊けば充分だろう。転校生だっていう特権もあるしな。な?」
尤もらしい理由を並べて校内案内を断りにかかる。
「その提案に対する答えは却下よ。これからは、日の照らす時間の多くをこの施設で過ごすことになるわ。万一に備えるなら、此処の構造を把握しておく必要があるわ。地の利というのは重要な要素よ」
「いったい何に備えるっていうんだよ……それに、そのくらいなら一人で見てまわるだけでも充分じゃないか?」
「それも却下。既に把握している者と廻った方が効率がいいわ。貴様も先に言ったであろう……時間を無駄にはしたくないと」
「ぐぅ……わかった。案内するよ」
折れて千世からの頼まれごとを承諾する。
「それに、貴様が案内役となったのは好都合。気掛かりでいたからな……」
「ん?何か言ったか」
呟くような言い方で聞き取れなかったため訊き返す。
「いいえ、此方の話よ。何でもないわ。ところで、貴様はいったい何者なのだ?」
「そうか、名前はまだ言ってなかったな。俺は宇都宮文斗、一応わかっていると思うがクラスメイトだ……」
よろしくと言いそうになったがやめる。コイツとよろしくする謂れもないしな。むしろ関係するべきでない。頼まれ事は仕方ないが、それを終えればそれっきりだ。
「そうではない。そんな表面的な事を訊いているのではない。貴様の背負う運命、描く世界、操る事象といった事だ」
「なっ! や、やめっ!」
慌てて左右を見渡すが周囲に人はいないようでホッとする。
「なんてことを言い出すんだ。誰か聞いている人がいたらどうする。頼むから案内する間はそういったのはなしにしてくれよ」
せっかく綺麗な容姿をしているのに、本当に言動で台無しだ。
「我は既に述べているというのに……まぁよい、今はまだ其の時ではないとしておこう。話を逸らしてすまなかったな。では、校内の案内をして頂けるかしら」
「お、おう……さて、どこから案内したものか」
しぶしぶと火輪路への校内案内をはじめるのだった。
火輪路と校内を一通り歩き回って案内は終了。場所を移る度に小声で何か呟いているといったこともあったが、気にしないでおこう。痛い言動がなくとも、彼女の見た目が人目を寄せることは多かった。隣に並んでいる地味な奴にとっては居心地が悪くてしかたない。男子からは、華に寄る蟲を見るような目で見られていたしな。
校門辺りで別れた火輪路はそのまま帰っていったようなので、自分が早く学校から出ようと思っていた理由もなくなった。ただ、今日はもう帰ろう。無駄に疲れた。夕飯の買出しもあるしな。




