罰を受けるのだから問題無いだろう?
報われないがバッドエンドでもない、そんなダークなお話です。魔法要素がありますが、ファンタジーではありません。
“どんな理由があろうと殺人は罪である。殺人を犯した者は必ず罰せられるべきだ。”誰が言い出したのかは分からないが誰もが知っている言葉だろう。殺人は罪であり、絶対に犯してはならない罪である。
殺人を犯した者が逃げ果せたなら、その被害者や被害者を大切に想う家族や友人、恋人は浮かばれる事は無く永遠に苦しむ事になってしまうであろう。
…けれど、その被害者には全く非は無いのだろうか。それに殺人者が罰を受ければ被害者は浮かばれるのだろうか?
◆◇◆
「此処は…何処?」
イエナ・タリーズ子爵令嬢はふと気が付くと、辺り一面真っ白な不思議な空間の中に居た。非日常的な光景に戸惑いはするが、何故か冷静なままで居られる自分を疑問に思った。
「やぁ、気が付いたかい?」
「! …え、猫?」
急に声が聞こえ、イエナが反射的に声のした方に振り向くと、そこには黒猫がいた。
「イエナ・タリーズ、君は死んだんだよ。」
「へ? …私が、死んだ?」
黒猫が口を動かし、はっきりと喋った。イエナはその事に驚きつつも、黒猫に言われた言葉の方が気になり意識は全て持っていかれてしまった。
「ほら、見てみなよ。」
「っ!?」
黒猫の近くの空間がぐにゃり、歪んでいく。暫くすると歪みは消え去り、ある情景を映し出した。
「あれは…っ!?」
目を見開き、血塗れとなって仰向けに倒れる…死体となったイエナが居た。自分の死を見せられ、イエナは気分が悪くなる。そして、
「っ、お姉…さま?」
死んだイエナを、血塗れとナイフを握りながら見下ろすイエナの姉、アガサ・タリーズ子爵令嬢の頭部が見えた。天井から斜め下に見下ろすように、アガサとイエナは映し出されていてアガサの表情は全く見えない。
「…そう、だわ。私、お姉様に…っ!」
イエナは思い出す。アガサに突き飛ばされ、床に倒れんだ後に馬乗りにされて、ナイフを腹や胸に何度も突き刺された光景が、感触が蘇ってくる…。
「っ、ひっ…ぅう…!」
死の感触が悍ましく、イエナはうめき声のような声を漏らして俯く。
『イエナは本当に可愛いわね、アガサとは大違い。』
「っ!? お母様…?」
急に聞こえたイエナの母の声に思わず顔を上げると、イエナとアガサの映像とは別の場所に、幼いイエナが現在よりも若く見える母親に頭を撫でられている映像が映し出されていた。朧げではあるがイエナには身に覚えがあり、これは過去の映像なのだと説明がなくても理解した。
『イエナ、あっちでお母様と遊んでおいで。』
母親と同じく、若く見える父親が優しそうに微笑みながらイエナにそう言うと、イエナと母親は手を繋いで楽しそうに何処かに向かって行く。
『アガサ、何をサボってる。早く勉強の続きをしろ。』
父親は先程とは別人のように、厳しい顔つきで幼いアガサに吐き捨てるように言った。
『…はい。』
アガサは悲しそうな顔をしながら返事をした。
「なんで、昔の映像なんか見せるのよ…。」
イエナは理由が分からずに呟く…。
『お姉様、その髪飾り譲って頂戴?』
映像が歪み、別の光景に切り替わった。先程よりも少し成長した様子のイエナがアガサに手を差し出し、アガサの頭にある髪飾りを要求した。
『待ってよイエナ、これはザイアン様から頂いた物なのよ。』
『…お姉様の癖に、私に口答えするのね。』
『っ!? ちょっと待って!!』
拒否したアガサに苛立ちが込み上げたイエナは、その場を離れる。
『イエナ…ぁっ!』
アガサがイエナを追って小走りに廊下を進むと、イエナを抱きしめる父親の姿があった。
『おいアガサ、イエナをまた虐めたのか?』
『ち、違います!』
アガサは顔を青褪めさせながら怯えた様子で父親を見る。
『お姉様の髪飾り…譲って欲しかっただけなのに…。』
イエナが父親に縋り付くと、父親はアガサの怒りを強めて睨みを強くした。
『お前には思いやりはないのか?』
『っ、お父様、この髪飾りはザイアン様…婚約者からの贈り物なのです!』
アガサは必死に理由を説明するが、父親は表情を全く変えない。
『それが何だ。意地悪をせずにイエナに譲ったらどうだ? 早くそれを渡せっ!』
『…っ。』
父親に怒鳴られ、アガサは手を震わせながら髪飾りを取るとイエナの元に行き、手渡した。イエナは嬉しそうな顔をして髪飾りをアガサから奪う。
――バシンッ!
そして、父親はアガサの頬を引っ叩いた。
『少しは反省しろ。』
『…っ!』
アガサは叩かれた頬に手を当てて固まる。そんなアガサを小気味良さそうにイエナは見つめていた。
「……。」
イエナは無表情のまま、映像を見つめ続けた。
『アガサ、お前とザイアン・バルド伯爵令息の婚約を解消する。』
映像がまたしても歪み、現在のイエナが知っている年相応の父親と母親、そしてアガサの姿が映し出された。
『な、何故ですか?! どうして…。』
『イエナがザイアン令息を好きになったからだ。姉として妹に譲ってやれ。』
父親の言葉にアガサはショックを受けた様子を見せた後、首を振った。
『ザ、ザイアン様は了承されているのですか?! 此方の都合で勝手な真似をするなんて…!』
『勿論、許可は貰っているわ。』
母親の言葉に、アガサは呆然とした様子だ。
『彼もアガサより、可愛いイエナの方が良かったみたいなのよ。気が付かなかったの? 貴女って本当に人の想いを汲み取るのが下手なのね。』
『お前の婚約者はまた探してやる。話は以上だ。』
『〜っ…。』
アガサは涙を浮かべながら何も言わずに部屋を出ていく。両親はアガサを気に掛ける事なく、イエナとザイアンの婚約について嬉しそうに語り出していた。
アガサはアガサの部屋に駆け込むと、ベッドに顔を伏せる。肩は小刻みに震え、泣いている様子だ。
『何を拗ねているの、お姉様。』
アガサの部屋の扉を開けて、イエナが入ってきた。
『…どうしてよ、イエナ。なんで私から何もかも奪っていくのよ。私、何か悪いことをしたの!?』
アガサは涙を拭い、悲痛な表情でイエナに訴えるように問いかける。イエナはそんなアガサに意地悪な笑みを浮かべた。
「『仕方が無いじゃない、私の方がお姉様よりも可愛くて価値があるんだから。』」
映像の中のイエナと、現在のイエナの言葉が重なる。イエナはこの言葉をよく覚えている。何故ならこの出来事はつい最近のモノだからだ。そう、イエナがアガサに殺される直前の映像なのだ。
『お姉様はこれからも、可愛い私の為だけに惨めに存在して頂戴ね。』
『〜っ!』
アガサは殺気の籠った目でイエナを睨みつけてくる。今ならその殺気が本物なのだとイエナは分かるけれど、映像のイエナには分からずアガサを嘲笑うだけだ。
『ちょっと、そんな汚い目で私を睨まないでよ。お父様達に言いつけるわよ? まぁ、今は流石にお姉様が可哀想だから見逃してあげる。優しい私に感謝してね?』
イエナはそう言ってアガサに背を向けた。
『お姉様が私を気に入らないからと言って、私に手を出せば罰が下るわよ。それくらいは分かるわよね?』
『…っ。』
誰もアガサの味方をしない。皆イエナの味方だ。そんな事は幼い頃から嫌という程アガサも知っている筈だ。アガサはイエナに何も出来ず、その生涯をイエナに弄ばれる運命なのだ。
そんな愉悦を持つイエナの背を睨みつけていたアガサはふと、ベッドの近くにあるミニテーブルに視線をずらした。そこには何も乗っていない皿と銀色に光るスプーンとフォーク、そして…ナイフがあった。
「っ、…アレで、私は…!」
アガサは家族で食事を取るのを嫌がり、何時も部屋で食べていた。イエナも両親も別にアガサが居なくても良かったので何も言わなかった。アガサはそのナイフを手に取ると、イエナに早足で近づいて行く。
『…なにっ?!』
足音と気配に振り返ったイエナが、アガサに突き飛ばされ床に倒れる、そして…。
「このっ、よくも私をっ! 人殺しっ!! 最低女っ!!」
この後の展開なんて嫌でも分かってしまい、イエナはアガサへの恨みを叫んで映像から目を逸らす。
「はぁっ、はぁっ…こんな映像を見せて、一体何がしたいのよぉっ!!」
イエナは黒猫を睨みつける。本能的にこの黒猫の仕業なのだと理解していた。黒猫は何とも思っていない様子で小首を傾げた。
「アガサがイエナを殺した理由を知りたいんじゃないかと思っただけだよ。」
「っ、余計なお世話よっ! お姉様はずっと私に嫉妬していたわ。こんな映像を見なくたって分かるわよ!」
イエナは黒猫に怒鳴りつけると一番最初に見た、死体となった自分とアガサが映し出されている映像を見た。
「私を…妹を殺したのよ。お姉様は人殺しの罪人! 罰を受けて、惨たらしい最期を迎えるべきよっ!! そうよ、こんな状況で逃げられる訳もないわ!! 精々覚悟するのねっ!!」
アガサがイエナを衝動的に殺してしまったショックで慌てふためきながら逃げようとし、それでも逃れられず周りから責められ、罰を受けて苦しむ姿を見なければイエナの気が済まなかった。
人殺しは罪だ。絶対に赦させる筈がない…そんな事はあってはならない!
「…そうだね。でもアガサも逃げるつもりは無いみたいだよ。」
「…は?」
黒猫の冷静な声に、イエナの冷水を浴びせられたかのように燃えがった怒りが収まってしまった。
『ふふっ、ふふふふふっ…。』
映像の中のアガサの笑い声が響き渡る。映像のアングルは変わりない為、アガサの表情は見えない。
『もっと早くに殺してやれば良かった…あははっ。』
「…っ。」
アガサは慌てる様子を見せない。寧ろ楽しそうに笑っている…何故、こんな状況で笑っていられるのかはイエナには分からない。
『…』
「ひっ!?」
唐突にアガサが頭上を、イエナの方を見てきた。イエナは驚きのあまりか細い悲鳴を上げてしまう。
『ねぇ、イエナ…貴女は死んだのだからもうこの死体には居ないわよね。きっと、空にいるのよね。』
歪んだ笑みを浮かべながらアガサはイエナに語りかけるように呟いてる。独り言のつもりなのだろうが、視線も合ってしまい、まるでイエナに語りかけてきているように思えてしまう…。
『理由はなんであれ、私は貴女を殺した。赦されない罪を犯した。逃げたりしないわ。この後私は捕まって…どうなるのかしらね。』
「っ…。」
イエナは何も考えられず、アガサから目を逸らす事が出来ない。
『でも私はきっと、貴女を殺した事を後悔しないわ。貴女の人生を奪えたのだもの。残念だったわね、ザイアン様の婚約者になれる筈だったのに…。』
「あ…。」
イエナの胸に、悲しみと苦しみが湧き上がる。
『ザイアン様も悲しむでしょうね…それにお父様とお母様も。貴方を愛し、私を軽んじてきた奴等の嘆き悲しむ姿を見れると思うと、今から楽しみで仕方が無いわ…あははっ!』
「な、んで…そんなっ…!」
イエナを殺した事に後悔するどころか、両親とザイアンの不幸を楽しみだと口にするアガサの姿に、イエナは怒りよりもショックを受けてしまう。
『でも、私は逃げずに罰を受けるのだから文句は受け付けないからね。私が死んだ後に、まだ成仏していないのなら聞いてあげるから…ね?』
「〜っ、何よ、それ…。」
アガサが罪から逃れようとするのなら、心からアガサを罵倒して怒りに身を任せて不幸になれと願えた。けれど黒猫の言う通り、アガサは逃げる気は全くない。このまま正直に全てを話し、罰を受けるつもりだ。
「良かったねイエナ。君を殺した姉はちゃんと正当な裁きを受けるよ。」
「巫山戯ないで…。」
呑気な黒猫の声が、イエナには赦せない。
「何が良いのよ! 私は殺されたの…人生を奪われたのよ!? お姉様がちゃんと罰を受けるからって何!? そんなんで納得出来る筈がないでしょう!!」
「それは自業自得なんだから仕方が無いよ。」
イエナの叫びを黒猫はあっさりと切り捨てた。
「君はアガサを見下して馬鹿にし、殺されてしまうだけの理由を作ってしまった。それだけだよ。」
「っ、それは…!」
それについてはイエナも分かっている。アガサがイエナに楯突くなんて、殺してくるなんて思ってもいなかった。こうなると分かっていたら、あんなに虐めたりなんてしなかった。
「でも、だからって…人殺しは罪なのよ! 赦させる筈が無いじゃないっ!」
「だからさ…。」
黒猫はニヤリッ、と不気味な笑みを浮かべた。
「アガサはこれから、ちゃんと罰を受けるんだよ。何も問題は無いだろう、イエナ?」
「…あ、あぁああああっ〜〜!!!」
イエナは絶叫を上げながら崩れ落ちた。両親に愛され、ザイアンと両想いになり、これから更に手に入れられたであろう幸福を奪われてしまった。その苦しみを背負いながらも、復讐心を抱く事は出来ない。
「嫌よ、嫌…なんで私だけ…!」
アガサを苦しめていたのはイエナだけではない。両親も、イエナを愛したザイアンだって同罪の筈なのに、何故イエナだけが殺されなくてはならないのか…不公平で理不尽だと嘆いてしまう。
映像に映るアガサは何時の間にか取り押さえられ、暗い牢屋に閉じ込められようとしていた。それでも嬉しそうに口元に笑みが浮かんでいる。真っ白な空間で嘆き苦しむイエナとは正反対だ。
黒猫は対象的な2人の様子を、楽しそうに眺め続けるのであった…。
黒猫シリーズをご存じの方には今までと違う展開だったと思います。今までの黒猫は何やかんやでヒロインを救う手助けをしましたが、今回は傍観していただけです。いや、寧ろイエナに事実を見せて苦しめました 笑
なろう系でよくある姉妹差別をするクズ親達と生意気な妹、そして妹に心変わりをするダメな婚約者…こんな人達が現実にいたら溜まったものじゃありませんよね。そしてアガサのような可哀想ポジションの令嬢は最後には報われる主人公というのが定番なのですが、この話では報われずに殺人を犯しました。まぁ、本人は壊れてしまいましたが納得はしているので不幸のドン底でありませんが…。
如何なる理由であれ殺人は赦されませんが、殺意を抱かせてしまうような苦しみを誰かに与えてもいけません。そんな事を考えながら書いてみたお話でした。
お付き合い頂き有難うございました!




