第一話 偶然
「暑い、とにかく暑い」
暑すぎて汗がナイアガラの滝よろしく吹き出している。
拭っても拭いきれない汗を、無駄な行動だとは解っていながら拭う。そして、その汗を振り払うように腕を振った勢いのまま、流れるような動作でスマホを鞄から取り出し、現在時刻を確認する。
―13:30―
スマホの画面は無情にも何の躊躇もなく正確な時刻を表示している....。
というよりも時計表示に躊躇があったら社会システムはズタズタになる訳だが。
中学時代からの友人である大宮ユウは確かに遅刻の常習犯ではある。
それ自体、浦和マサカズは百も承知しているし"多様性!!""個性!!"と声高に叫ばれている昨今、時間にルーズな性格も恐らく"個性"の範疇に入るのであろう。
しかし、しかしだ...。数年に1度くらいは時間通りに来てもいいのではないだろうか、とも思う。
「何か言えよ」
恨めしそうにスマホに訴えるもユウからの連絡はない。
それどころか悪意を持っているのか、タイミングよくコーヒーショップのクーポン通知が画面に表示された上に、そのお店はマサカズの目の前にあるではないか。
暑いなら冷房の効いたお店の中に避難するのが有効なのは疑いようのない事実ではあるが、お財布が南極の者はあの中に入る資格を持っていない。
「あぁ...積みゲー、何本か売ろうかな...」
灼熱の大地と極寒の凍土との板挟みになっているマサカズは為す術なくユウが来るのを、じっと待っている事しかできなかった。
「これから、街探索をするんだけど、2人も来るか?」
ユウは資材調達を図るために立ち寄ったコンビニで、与野リョウ、岩槻ヒロユキと遭遇した。
せっかく出会ったのだからと、ロールプレイングゲームの主人公よろしく2人を仲間に誘ってみたが、この猛暑である。"探索"という名のぶらつきに同行する人間は"稀有な存在"と言っても過言ではない。
とはいえ、ここで「やっぱりいいや」と引き下がってしまっては、日頃から"旅は道連れ"を公言している身として少々格好がつかないではないか。
何か一押しできれば......。
そうは思うが、どうにもいい妙案が浮かばない。
結局、2人の答えが出るのを待つことしかできなかった。
「ちなみに......目的地は決まっているのか?」
ーどうせ決まっていないだろう。
そう言わんばかりにリョウは半ばあきれたような表情を浮かべ、両肩をすくめて見せる。
普段通りであれば目的地を敢えて決めるようなことはせず、気の赴くままに街探索をするだけである。
通常の気象条件であればまだしも、この猛暑である。
目的地もなく炎天下を歩き回るなど御免被りたい-そんなところだろう。
「......避暑地」
「え?」
ユウの口から思わぬ言葉を聞いたリョウは、チベットスナギツネのような目を最大限に見開くと、
若干食い気味に顔を前に突き出した。
「俺ん家の裏手にちょっとした避暑地を見つけてな。ここで物資を調達してから行こうと思ってる。
マサカズも『暇』って言ってたからこの後合流するんだよ」
「マサカズ......いるの.......?」
【マサカズ】という単語を出した瞬間、それまでリョウの後ろでスマホをいじっていた岩槻ヒロユキがリョウを押しのけるようにしてユウの前へ出た。
静かながらもどこか凄みのある雰囲気に気圧されたユウは首を縦に振ることでしか返事ができなかった。
「おれ、行く」
一言だけつぶやくと再びリョウの後ろに戻り、スマホをいじりだした。
「まぁ、避暑地ってのは悪くないな。俺も行くかな」
どうやらヒロユキが同行することも、最後の一押しになったらしい。
いずれにせよ同行者が増えた。
3人は思い思いに物資を調達すると、うだるような暑さの中、マサカズとの集合場所へ向かい始める。
しばらく歩いていると何かを思い出したかのようにユウが「あ、そうだ」と言ってヒロユキの方を向く。
「そういや、お前マサカズに何の用なんだ?」
【マサカズ】という単語が出てきた時のヒロユキの反応は、オーバーといえばオーバーだったからユウが疑問に思うのも無理はなかった。
質問を受けたヒロユキは相変わらずスマホの画面に顔を落としつつも、目だけはユウの方を向いた。
「......金。マサカズに貸した金、返してもらってない」
「あ〜......なるほど。ちなみにいくら貸したんだ?やっぱ万単位か?」
「500円」
「......ご、ごひゃくえん?」
「500円」
マサカズが借りた金額のあまりの少なさにあっけに取られたユウは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる。
そして、たった500円をすぐに返さなかったであろうマサカズに対し、中学時代からの友人としてなんとも言えない気恥ずかしさを覚えた。
それまでユウとヒロユキの会話を黙って聞いていたリョウがヒロユキに対して諭すかのように呟く。
「......お前、貸す相手は選べよ」
ー。
マサカズは再びスマホを取り出し、5分ほど前にユウから届いていたメッセージに目を通す。
【あとちょっとで着く。】
―目の前にある冷房が効いた店に入らずに友人を待ち続けた挙句、救急搬送―
といったような夏休み明けにクラス中の大爆笑を買うような事態が避けられた事に胸を撫で下ろしていると背後にある公園から子どもたちの声が聞こえてきた。
振り向くと、猛暑のなか水筒をぶらさげて走り回る姿がそこにはあった。
だが、マサカズの視線は子どもたちではなく―公園の片隅にある公衆トイレ。
「念のため行っておくか」
―。
用を足し元の場所に戻ろうとするとそこには男3人が立っている。
多少距離があるので3人の顔までは識別できないが、背格好からそのうちの1人がマサカズを待たせ続けた張本人である事が容易に分かる。
Tシャツでメガネの汚れを落としてみても、その他の2人についてははっきりとしない。
3人に近づくにつれユウの他にはリョウがいる事が解った。
問題なのは後の1人だが......。
「―なんで?」
ヒロユキが満面の笑みをたたえたまま、
マサカズの前に右手の手のひらを差し出している―。
§§§§
ユウの自宅裏手にある竹林の中、リョウが困惑した表情を浮かべている。
「............おい」
「なんだ」
「............『避暑地』って言ったよな」
「涼しいぞ?」
「............洞窟じゃねぇか」
リョウの表情がチベットスナギツネに化けて、悪びれもしないユウを見据える。
いや、ここまで瓜二つだとチベットスナギツネ(チベスナ)がリョウに化けているのか、
リョウがチベスナに化けているのか解らなくなってくる。
「洞窟って結構涼しいらしいぞ」
リョウの返答を待たずして、スマホを懐中電灯代わりにしながら洞窟の中へとユウが入っていく。
リョウとしてもここまで来てしまった以上、今さら1人で猛暑の中を引き返すのも気が進まない。
それに、後方で交わされている釈明会見の行方も少々気になる。
結局、渋々とユウの背中に続いた。
「500円何に使ったの...」
「スミマセン...」
「...新作ゲーム......してたよね...」
「....足りなくて....でも.....」
2人は洞窟のことなど気にも留めていない様子で、マサカズは項垂れながら歩き、ヒロユキは相変わらずスマホを見ながら歩いている。どうやらマサカズはゲーム代金の一部をヒロユキから借りたらしい。
ヒロユキの様子を見たリョウは『何があってもヒロユキからお金は借りてはダメだ』と心に刻む。
「そもそも、こんなところに洞窟なんてあったか?」
リョウはスマホのライトを洞窟の天井に当てながら、あたりを見回しつつユウに向かって呟く。
洞窟内はユウの言う通り確かに涼しく、外の猛暑が嘘のように感じられる。一方で洞窟ならではの湿っぽさとかび臭さが漂い、水滴が水たまりに落ちる音が響いている。
「う〜ん...それが、じいちゃんに聞いたら『知らない』って言うんだよ」
「それにしては洞窟の入口も内部もかなり年季が経っているように見えるよな」
釈明会見を終えたばかりのマサカズが周囲を注意深く見回していると、時折ヒロユキが自身のスマホをフラッシュモードにして写真を撮っている。
その様子を見たマサカズが「あそこも撮っておこう」と言うと、ヒロユキはそれに従いシャッターを切る。そのたびにシャッター音が洞窟内に反響し、フラッシュの光が洞窟の奥まで届く。
天井から水滴が滴る音、4人の足音、背中を撫でる妙に冷たい風、そして先の見えない闇―。
洞窟の奥へと進むにつれ、それまで4人が醸し出していたにぎやかな空気は次第に消えていき、ついには全員が口を閉ざす。
「一体、どこまで通じているんだ......」
その十数分ぶりの一言でさえ、誰が発したのか確認する気にならないほど、4人は洞窟の空気に呑まれていた。
「......そろそろ引き返すか?」
一向に出口が見えない事に危険を感じたのか、ユウが引き返すことを提案し3人の方を振り向く。
「あ、あれ......待って、今一瞬だけど向こうに光が見えたぞ」
マサカズが洞窟の先を指差した方向をユウも確認する。
「―あっ」
マサカズもこの光の事を言っていたのだろう。
確かに一瞬だがユウの目にも光が見えた。
「点滅......しているのか?」
リョウにも一瞬の光が見えたのか、洞窟の先を凝視している。
「......出口......じゃない?」
ヒロユキはスマホのカメラのズーム機能を使い、一瞬の光を撮影することに成功していた。
それ以降4人は口を閉じ光に向かって歩き出す。
―1分、3分、5分。
そこには不規則に点滅を繰り返しながら光り輝く石板があった。
「これ......なんだ?」
見知らぬ洞窟で不規則に光り輝く石板に、ユウは何気なく手を伸ばす。
「おい、ちょっ―」
誰かが制止するより早く、ユウの指先が石板に触れた。
その瞬間―。
石板がより一層強く、青白く輝く。
「は?」
そして―4人を吸い込んだ。
第一話完了です!
サイトに投稿する事自体、初めてのことで戸惑いの連続ですが、
AIの力も借りながら(校正や推敲、設定の煮詰めなど)今回こうしてなんとか第一話として投稿できた事に、喜びがすごいです!
このさき、投稿を続けていくと、いろんな壁にぶつかると思いますが、
......この喜びはクセになる(笑)




