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クラスメイトの吉崎さんは観覧車暮らし

作者: 村崎羯諦
掲載日:2026/07/13

「じゃあ、申し訳ないけどこのプリントを吉崎さんに渡してね。あ、そうそう。吉崎さんは今家庭の事情で観覧車に住んでるそうだから、住所を教えとくわ」


 正直面倒だけど、これも学級委員長の仕事だから仕方ない。私はそう自分に言い聞かせながら、先生から受け取ったプリントをランドセルに入れ、教えてもらった遊園地へ歩いて向かう。


 吉崎さんが住んでるのは、遠足とか写生大会くらいでしか行ったことのない小さな遊園地。修繕費がないという理由でずっと止まったままのジェットコースター。ペンキが剥がれ、錆だらけになったメリーゴーランド。動くたびにキシキシと音が鳴るパンダの乗り物。


 それから。


 遊園地の奥に建てられた古い観覧車。じっと見続けてないと止まってるように見えるくらい、ゆっくりと回転するその観覧車は、いい意味でも悪い意味でもこの遊園地のシンボルだった。


 先生からもらった住所が書かれた紙を見る。赤いゴンドラ、型番はTX00002。もちろん番号だけだとわからないので、観覧車の受付をしていたおじいさんに吉崎さんが住んでるゴンドラを教えてもらった。


 おじいさんは紙を見て、ああ、あの子ねと呟き観覧車を見上げる。それからゴンドラの一つを指差してあそこに住んでるよと教えてくれたので、私は観覧車の入り口でそのゴンドラが地上に降りてくるのを待った。


「わざわざごめんね、プリントを持ってきてくれて」


 ゴンドラに乗り込んでプリントを渡すと、吉崎さんは申し訳なさそうにそう言った。


 それから私たちは黙り込む。吉崎さんとはそこまで仲良くはないし、喋ったことも指で数えるくらいしかない。それでもゴンドラの扉は閉まってしまい、観覧車が一周するまでの時間降りることはできない。


 困った。そんな態度が顔に出ていたのか、吉崎さんの方から喋り出してくれる。


「暇だからこの観覧車に住んでる他の人の話をしてあげる。


 吉崎さんは愛想笑いの一つもせず、まるで授業の質問に答えるみたいに淡々と話し出す。


「二つ前の黄色いゴンドラに住んでるおじいさんはね、三年前に飼ってた犬に逃げられたの。独り身で寂しかったからその犬を子供みたいに可愛がってたらしいんだけど、ある日散歩中に突然手を噛まれて、思わずリードを離した隙に全速力で逃げちゃったんだって。


 おじいさんはそれからずっと、この観覧車から街を見下ろして、飼ってた犬を探し続けてる。毎日毎日、何年も何年も」


 観覧車はゆっくりしか動かない。ゴンドラは不安定で、少しだけお尻の位置を変えるだけで大きく揺れてしまう。吉崎さんは話を続ける。


「今ちょうどてっぺんを通り過ぎたあのゴンドラにはね、彼氏が太りすぎたっていう理由で別れたお姉さんが住んでるの。お姉さんはその彼氏さんがとても好きだったんだけど、太ってることだけはどうしても許せなかったし、そのことを伝えても自分のために痩せてくれないことがとても悲しかった。


 だから、まだ好きだったけど別れることにしたんだけど、やっぱり未練が捨てきれなくて毎日この観覧車から街を見下ろしては元彼との思い出を思い出してしくしく泣いてるの。ちなみにこれはあくまで私の印象なんだけど、お姉さんは平均よりかはちょっとふくよかなタイプだと思う」


 空は少しづつ暮れ始めていて、茜色の雲に刷毛ではいたような紫とピンクの模様が浮かび上がっている。見下ろす街は帰り道を急ぐ人々で少しだけ騒がしくて、耳を澄ますと誰かの忙しない足音が聞こえてくるような気がした。


 吉崎さんは? 私は尋ねてみる。私? 意外そうな表情を浮かべたあと、吉崎さんは特に楽しい話はないけどと前置きを置いた上で語り始める。


「もともとお父さんとお母さんの仲は悪かったんだけど、私が学校に行かないせいで余計に喧嘩が絶えなくなったの。それを私のせいにするもんだから私も腹が立っちゃって大喧嘩。


 親が出ていけ!っていうから私も返し言葉でもう出て行くって言って、この観覧車に家出してきたの。


 他の人みたいに街を見下ろしても大した思い出があるわけでもない。私が探してる人も、私は好きだった人も、私が一緒にいたいと思える人もこの街にはいない。だから、ゴンドラの中で過ごしている時はいつもシートの上で寝っ転がってゴンドラの天井を見てるの。そうしてると不思議と心が落ち着いて、夜なんかはそのまま沈んでいくみたいに眠ることができる。家に住んでた時はなかなか寝れなくて困ってたのにね」


 それから吉崎さんはそのまま向かいのシートに仰向けに寝っ転がった。私はどうすればいいのか少しだけ迷ったけど、一人だけ座っているのもなんだか変な気がしたので同じようにシートに仰向けで寝そべった。


 見えるのはゴンドラの丸みを帯びた天井だけ。換気口は小さく、横にぶら下がった照明はゴンドラが支柱を通るたびに小刻みに揺れている。怖くないの?私が吉崎さんに聞くと、吉崎さんは怖いよと返事をする。


 見下ろした街にはたくさんの人がいて、きっとその中には私が知っている人が紛れている。無意識に街の人の姿を目で追いながら、隣から聞こえてくる吉崎さんの小さな呼吸の音に耳を澄ます。


 夕日が沈む。舞台が終わって帳がおりた時のように、街が一段階暗くなる。ゴンドラの中の照明が自動でつく。


 私は吉崎さんの方を見ると吉崎さんのちょうど私の方を見ていて、弱々しく微笑みながら再び天井を見上げた。私もまた天井を見上げる。がたんがたんと一定の間隔で揺れるゴンドラの中、私は目を瞑る。心地よさすら感じる振動の中、この観覧車に住んでる人たちのことを想った。


 私が寝返りをうちゴンドラが揺れる。ゴンドラの外からは、もうすぐ地上に到着しますというアナウンスが微かに聞こえるような気がした。


「私ね、死ぬほど死にたいけど死ぬのは怖いの。だから、このゴンドラの中で素敵な夢を見ている時に、ゴンドラのワイヤーが切れてそのまま死んでしまえたらいいなって思いながら眠りにつくの。ねえ? 私の気持ち、わかってくれる?」

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