不吉な影人は、私を隠して独占したい
初投稿です。
世界樹の根元で目を覚ましたとき、
私の魂には冷たい石壁の感触と、誰の目も届かない独房で一人寂しく朽ちていった「死の残滓」がこびりついていた。
具体的な名前も死に至った理由も思い出せない。
ただ、裏切りへの恐怖と、集団に囲まれるだけで息が詰まるほどの苦しさが、消えない傷として残っていた。
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この世界には『魔族』と呼ばれる種族が暮らしている。
そして私たち『人間』は原住民ではなく、前世での生を終えてこの世界へと転生してくる旅人なのだという。
身体は幼子に戻っており、何も分からないまま、この世界の大人たちからの歓迎を受けた。
しかし、彼らがもたらしたのは福音だけではない。この世界の空気に含まれる「魔素」は、人間にとって有害であるという非情な現実だった。
「卵を選び、生まれてくる者と契約できなければ、貴方達はあと五年で衰弱死します」
保護院の案内人の無機質な声に、周囲の子供達は色めき立つ。
綺麗に陳列された、大きさも色も様々な卵へと群がる彼らを横目に、私は部屋の隅、日の当たらない最下段へ逃げ込んだ。
そこに、光沢を欠いた、ぽつんと取り残された卵があった。
「……あなたも、みんなが怖いの?」
そっと触れると、卵は私の体温を吸い上げるように愛おしく拍動した。
それが、後に私の世界のすべてとなる「レイ」との出会いだった。
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半年ほど卵と共に生活すると、ちらほらと卵を孵化させる子供達が現れ始めた。
卵から生まれた子らは人の形をしていたが、獣の耳であったり、角や尻尾が生えていたり、肌が鱗に覆われていたりと、私の知る人間とはまるで違っていた。
それでも不思議と怖いとは思わなかった。生まれたばかりの彼らは皆、自分を育てた子どもの傍に寄り添い、とても嬉しそうに見えたからだ。
レイが生まれたのは、私が熱を出して寝込んだ日の真夜中だった。
枕元に置いていた卵が急に光だし、中から一人の少年が現れたのだ。
艶のある黒髪、少し濁った灰色の瞳、白い肌、まだ幼い顔立ち。
表情は乏しかったが、苦しい呼吸の中で伸ばした手を強く握り返してくれた。
気配を察知して駆け込んできた保護院の職員たちは、少年を見て一瞬顔を強張らせた。
「影人か…」「珍しいわね」と囁く彼らを、私は冷ややかに見つめた。
「……あなたはずっと一緒にいてくれるよね……?」
少年は微かだが頷いた。
少年の昏い瞳と静けさに、私は何故か強い安心感を感じていた。
「あなたの名前は、レイよ」
名を呼んだ瞬間、ぼんやりとした温もりが明確な絆となり、私の体内に取り込まれた魔素が引いていくのが分かった。
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義務教育クラスに進んでも、私の対人不信は根深かった。
周囲と馴染めず、いつも教室の最後方の壁際に席を置く私に、クラスの女子たちは「陰気」と遠巻きに陰口を叩いていたのも知っている。
度々前世の記憶の残滓が呼び覚まされ、過呼吸になりかける。
そんな時はレイが、座席の下で自分の影の端を私の影にそっと重ね合わせるように、隣に寄り添ってくれた。
透明になるわけではない。
なのに、彼が影を重ねた瞬間、周囲の悪意ある視線が、面白いくらいに私たちを素通りしていくのだ。
「レイ、またみんなに無視されちゃったね」
「ん」
無表情な幼馴染の手を握る。
世界から隠されているこの瞬間だけが、私の呼吸を楽にしてくれた。
そんな私たちの距離感に、唯一首を突っ込んできたのが、クラスメイトの竜人の少年・レオンだった。
彼は上位魔族として特別な知覚能力を持っており、レイの『気配遮断』を見破れる数少ない友人だったが、レイの行動を見るたびに、いつも引き攣った顔をしていた。
「なあアリシア。お前、レイのあれ、ただの可愛い癖だと思ってんのか?」
ある日の放課後、レオンは周囲を警戒しながら私に耳打ちしてきた。
足元では、レイの影が私の影を完全に丸呑みにし、グラデーションのように一体化している。
「いいか、影人にとって影の同化は『領域主張』らしいぞ。こいつがお前以外を見る目が笑ってないの、本当に気づいてないのか?」
「レオンは心配性ね。レイはただ、静かな場所が好きなだけよ」
私は笑って受け流した。
しかし、少しずつ慣れてきた日々にも終わりは訪れる。
十二歳の冬。
私たちは一時的に離れ離れになることが決まっている。それぞれの種族の特性や能力を学ぶためだ。
レイは影人の郷へ、レオンは竜人の国へ。
そして私も、人間としての進路を見据えながら学びを続けることになる。
この世界でどう生きていくのか。
そろそろ真剣に考えなければならない時期だった。
旅立つ前夜の帰り道、レイが私の影の心臓部分を、一歩一歩、強く踏み締めながら歩いていることの意味を、私はまだ知る由もなかった。
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私は人間の職業訓練校へ進学した。
最初の一年は、レイのいない生活にどうしても慣れなかった。
夜中に目を覚ましては、隣に彼がいないことの寂しさに、涙がこぼれる日もあった。
それでも、幸か不幸か、クラスメイトたちは無理に距離を詰めてくることなく、最低限の交流はできたため、何とか少しずつ学校に馴染み、以前より気負わずに人と関われるようになっていた。
訓練校を卒業したら、またレイと会える、という期待も私が頑張れる源だった。
ところが、ある日の講義が私の甘えを打ち砕いた。
国の防衛に関する授業だった。
『人間と契約した魔族は、通常の魔族より強大な能力を得るため、魔獣との戦いの際、より最前線で過酷な戦場に配置される割合が多い。』
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に強烈な警報が鳴り響いた。
(レイは影人だけど…関係ある?私がここで前世の幻影に怯えている間に、もしレイがその強さゆえに過酷な戦場へと駆り出され、私の目の前から消えてしまったら? ──それこそが、本当の終わりだ)
誰かに裏切られて傷つくよりも、自分の弱さのせいでレイを失うことの方が、数倍恐ろしい。
私は閉じこもるのをやめた。
最終学年で選択したのは、最も過酷とされる「戦術魔素循環」の専門コース。
人間の側から魔素を極限までコントロールし、契約者の能力向上を促すための技術だ。
「アリシア、あなたまた首席? 倒れるわよ」
呆れたように声をかけてくるのは、同じコースで魔素研究員を目指す人間の少女、エマだった。
エマの契約者も特殊な種族であったことが親交を深めるきっかけだった。そして一番近くで成長を見守ってくれた唯一の「人間の友人」だ。
「レイが私に居場所をくれるから、レイだけに大変な思いはさせない…!」
裏切りを恐れていた心は、レイを守るという強固な意志へと昇華され、私は首席支援官として卒業の日を迎えた。
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訓練校の卒業式。
私の足元の影が大きく波打ち、そこから大きな影が人の形を成した。
「──アリシア」
低く、心地よく響く声。もちろん顔は変わっていない。
灰色の瞳も、夜のような黒髪もそのままだ。けれど、記憶の中のレイよりずっと大人びて見えた。
身長はいつの間にか私より頭一つ分ほど高くなっている。
華奢な肩も、今ではしっかりとした厚みを持っていた。
影人らしく色白な肌は変わらないが、その表情には落ち着きがある。
相変わらず感情は顔に出ない。
それなのに、なぜか視線だけは優しい。
「強くなったね。僕のために、そこまでしてくれたんだ」
「ええ。あなた失うわけにはいかないもの。私があなたを生かすわ」
驚く間もなく、私たちは自然と強く抱き合った。
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知性を持たない魔獣との戦いは日常的に発生している。
だが、堅牢な要塞に守られた町で暮らしていた私には、その最前線がどれほど過酷なものなのか想像もできなかった。
配属先で迎えた初陣は、想像以上に厳しいものだった。
支援官の仕事はパートナーの魔素コントロールだけではない。
負傷した戦士の応急処置。
補給物資の運搬。
突発的な連絡や指示の伝達。
戦場には私にもできる仕事がいくらでもあった。
激しい戦いの中で少しずつ顔見知りも増えていく。
前衛で命を張る者も、後方で支える者も、互いの役割を理解し認め合っていた。
戦場を忙しなく駆け回る私も、気が付けば仲間として受け入れられていた。
今思えば、それはとても些細な出来事だった。
とある獣人の剣士が、悪ノリ半分の軽い口調で言った。
「アリシアさんが俺のバディだったらなぁ」
周囲から小さな笑い声が上がる。私も苦笑して聞き流そうとした。
――その瞬間だった。
背筋がぞくりと震えた。
レイから溢れ出した魔素が、明らかに異常だったからだ。
まるで夜そのものが形を持ったかのような濃密な闇が周囲を覆い、誰もが息を呑む。
普段のレイからは想像もできないほど荒々しい魔力だった。
次の瞬間、影から無数の刃が飛び出す。
対峙していた魔獣は抵抗する間もなく切り裂かれ、地面へと崩れ落ちた。
あまりにも一方的な決着だった。
そして戦闘が終わるや否や、レイは一直線に私の元へ向かってくる。
「レイ?」
呼びかける間もなく、強い力で手首を掴まれる。
その灰色の瞳は、いつになく鋭かった。
まるで何かを必死に押し殺しているようで――私は思わず息を呑んだ。
**
現在、前線基地のオフィスで書類仕事をする私の足元には、レイの影が境界線なく広がって私の影を完全に包み込んでいる。
偶然にも後方支援チームとして同じ基地に配属されたエマは、遠くからその光景を見て、あきれたように頭を抱えていた。
「アリシア、あなた本当に気づいてないの? 影人の伝承を調べたけど、あいつがやってるのは可愛いおねだりじゃないわ。あなたに近づく男たちからあなたを『気配遮断』しつつ、常に影から威圧してる。あなた、社会的にも精神的にも、あいつの影の中に『収納』されて檻に閉じ込められてるのよ!」
エマの悲鳴にも似た忠告を聞きながら、私は思わず笑ってしまった。
彼は私を置いていかない。決して裏切らない。
レイの本質は生まれた時から何も変わってない。
だけど、レイの魔力暴走を目の当たりにしたあの日、私は気付いてしまったのだ。
彼が私へ向けている感情が、私の想像を遥かに超えるほど深く、重く、そして甘いものだと知ってしまった。
私はずっと気がかりだった。
私がレイを必要としているのだと。私が彼に依存しているのだと。
けれど違った。
レイもまた、私を必要としてくれているのだ。
その事実がどうしようもなく、嬉しい。
足元から伝わる、レイの濃厚な魔素の温もり。
彼の影に丸呑みにされているときだけは、前世のあの冷たい暗闇の恐怖も嘘みたいに消えていく。
私でも誰かの特別になれる喜びに、心が打ち震える。
私は、この狭くて暗い、世界で一番安全な特等席で、彼と共に生きていくのだ。
終
稚作にお付き合いいただきありがとうございました。
ただただ私の妄想を皆様に共有したくて書きました。
完全素人の趣味作品です。温かな目で見ていただけると幸いです。
アリシアの前世は、悪役令嬢の取り巻きの一人で、悪役令嬢に罪を擦り付けられ、物語半ばで断罪されたモブ令嬢、という設定です。
レイ視点もいつか書きたいなと思っています。




