■第十話 勾玉
鏡の光が、静かに消えていく。
残されたのは、重すぎる沈黙だった。
トシノリは、動けなかった。
何も言えない。
何も考えられない。
ただ――
手の中の剣だけが、現実を繋ぎ止めていた。
「……なんで」
ようやく、声が出る。
「なんで、今さら」
ルルは、答えない。
ただ、静かに近づいてくる。
その手の中に――
小さな光があった。
「それは……」
トシノリの視線が、吸い寄せられる。
それは、緩やかな曲線を描く石。
温かく、淡く、脈打つように光っている。
「八尺瓊勾玉」
ルルの声は、どこか遠かった。
「“繋ぐもの”」
「……何を」
ルルは、まっすぐにトシノリを見た。
「あなたが、切り離してきたもの」
一拍。
「剣は、前に進むためのもの」
「鏡は、逃げられないものを映す」
そして――
「これは、“それでも繋ぐためのもの”
ルルの声は、どこか遠かった。
「“繋ぐもの”」
「……何を」
ルルは、まっすぐにトシノリを見た。
「あなたが、切り離してきたもの」
言葉が、胸に刺さる。
「やめろ……」
だが、ルルは止まらない。
勾玉が、強く光る。
次の瞬間――
世界が、崩れた。
足場が消える。
重力が消える。
音が消える。
そして――
声だけが、残った。
「……ねえ」
トシノリの心臓が、跳ねる。
聞き覚えのある声。
「どうして」
振り向く。
そこにいたのは――
見たことのない誰か。
なのに。
確かに、知っている。
「助けてって、言ったよね」
喉が、凍りつく。
「……違う」
否定する。
だが、声は止まらない。
「聞こえてたよね」
「それでも――」
「使った」
真珠を。
言葉にならない言葉が、胸を締めつける。
「ねえ」
その存在が、一歩近づく。
「それでも、進むの?」
同じ問い。
ルルと、同じ問い。
トシノリの手が、震える。
剣が、重い。
息が、苦しい。
「俺は……」
言葉が、出ない。
選べない。
立ち止まることも。
戻ることも。
もう、できない。
それでも――
「……進む」
絞り出した声。
震えている。
それでも。
「進むしかない」
沈黙。
その存在が、トシノリを見つめる。
長い、長い時間。
やがて――
「そっか」
小さく、笑った。
責めるでもなく。
許すでもなく。
ただ。
「じゃあ、最後まで見ててあげる」
その言葉と同時に――
世界が、戻る。
重力が戻る。
音が戻る。
トシノリは、膝をついた。
荒い呼吸。
震える手。
ルルが、そっと言う。
「……繋がったね」
トシノリは、何も答えられない。
ただ。
手の中の剣を、握りしめた。
それはもう――
軽くはなかった。




