「君を愛している」と囁く夫の好感度が『0』だったので、即座に離婚届を叩きつけました
「……は?」
その日、ライラ・メルフロント伯爵夫人は、目覚めと共にありえない違和感を目撃した。
天蓋付きの豪華なベッドから身体を起こし、メイドが運んできたモーニングティーを一口飲んだところまでは、いつも通りの優雅な朝だった。
異変は、メイドのリサと目が合った瞬間に起きた。
『55』
リサの頭上に、薄緑色の半透明な数字がふわりと浮かんでいたのだ。
「……リサ、頭の上のそれ見えてる?」
「はい?何のお話でしょうか、奥様」
不思議そうに首をかしげるリサの頭上の数字は、微動だにしない。寝ぼけているのかしら、とライラは目をこすったが、数字は消えない。
試しに、とライラは問いかけてみた。
「ねえリサ。貴女は私のこと、どう思ってる?」
「えっ?そ、それはもちろん、尊敬しておりますしお慕いしております!」
リサが顔を赤らめて答えると、頭上の数字が『55』から『56』へと僅かに上昇し、ポッと暖かな色味を帯びた。
それを見て、ライラはなんとなく理解した。
――なるほど。これは「好感度」や「信頼度」を可視化したものなんだわ。
部屋に入ってきた執事長には『40』、窓の外に見える庭師には『35』。
数値の大小はあれど、視界に入る人間全員に「私へのプラスの感情」を示す数字が浮かんでいる。
「これは一体、なんの冗談?」
ライラは混乱した。商家から貴族であるメルフロント伯爵家の次男、アランドに見初められて嫁いで二年。政略の側面が強かったとはいえ、優しく美しい夫との生活は、それなりに幸せだと思っていたのに。突然幻覚が見えるようになるなんて、ストレスかしら。
そんなライラの困惑など露知らず、ドアがノックされ、愛しい夫アランドが部屋に入ってきた。
蜂蜜色の甘い髪に、エメラルドのような瞳。今日も完璧な美貌だ。
「おはよう、愛しいライラ。今日も君は美しいね」
甘く蕩けるような声音で囁き、ライラの手に口づけを落とすアランド。
ああ、なんて幸せな朝。愛する夫の顔を見れば、奇妙な幻覚の不安なんて吹き飛んで――。
『0』
――吹き飛ばなかった。
むしろ、ライラの心臓が凍りついた。
「……え?」
見間違いかと思った。瞬きを繰り返す。けれど、アランドの整った顔の真上に浮かぶ、無機質で冷酷な『0』という数字は、変わらずそこに在り続けた。
(嘘でしょ……?リサが55で、庭師が35よ?なのに夫が0?)
それは文字通り、「無」。
好意も、関心も、一切ない。彼にとってライラは、路傍の石ころと同義だということ。
「どうしたんだい?顔色が悪いよ、僕の大切な天使」
心配そうに眉を下げ、ライラの頬に手を添えるアランド。その仕草は本当にライラを心配しているようだった。声音も表情も慈愛に満ちているように見える。
けれど、頭上の『0』はピクリとも動かない。
ライラは震える声で、最後の確認をした。
「……アランド様。貴方は、私のことを愛してくださっているのよね?」
「何を言っているんだい。もちろんさ。世界中の誰よりも愛しているよ」
即答だった。迷いのない、本来なら素敵な愛の言葉。
だが、数字は『0』のまま。1ポイントも上がらない。
――ああ、そうか。そういうことだったのね。
ライラの頭の中で、何かが急速に冷えていく音がした。熱病のような恋心が、サーッと引いていく。
愛していると言いながら、心が「無」である理由。
それは、彼が見ているのが「ライラ自身」ではなく、「ライラの背景にあるもの」だけだからだ。
商家出身の自分を、貴族の彼が熱烈に口説いてきた理由。結婚後、彼がやたらと実家の商会の話を聞きたがった理由。そして、私の個人資産から「事業投資」という名目で多額の資金を引き出していた理由。
私自身には1ミリの関心もないけれど、私の財布には関心がある。だからこその『0』。
全てが、この数字一つで説明がついた。
「ねえ、アランド様」
「なんだい?何でも言ってごらん」
ライラは、にっこりと笑った。今まで夫に見せた中で、一番美しい笑顔で。
「私と、離婚してくださらない?」
「……は?」
今度はアランドが間の抜けた声を出す番だった。
「ラ、ライラ?何を言っているんだい?悪い冗談はやめてくれ。僕はこんなにも君を愛しているのに!」
『0』
「ええ、ええ。存じておりますわ。その溢れんばかりの愛を」
ライラはベッドサイドの引き出しから、ある書類を取り出した。商家の娘として、万が一のために用意しておいた離縁届だ。まさかこんなに唐突に、しかもこんな理由で使うことになるとは思わなかったが。
「さあ、サインを。慰謝料は請求しませんわ。手切れ金代わりに、今まで貴方が私から引き出したお金は差し上げます。その代わり、今すぐここで署名して」
「な、何を急に!君は疲れているんだ!そうだろ!?」
必死に取り繕おうとするアランドだが、焦れば焦るほど滑稽だった。だって彼の頭上の数字は、どんなに愛を叫んでも、どんなに悲痛な顔をしても、微動だにせず『0』を指し示しているのだから。
「理由は……そうね。『貴方の愛が重すぎたから』とでもしておきましょうか」
ライラは冷めた目で夫――いや、元夫を見据え、ペンを押し付けた。
愛なんて不確かなものより、この無慈悲な数字の方がよほど信用できる。
ライラの新しい人生は、この奇妙な能力と共に幕を開けたのだった。
「――というわけで、出戻りましたわ、お父様!」
実家であるメルフロント商会の会長室の扉を勢いよく開け、ライラは高らかに宣言した。
葉巻をくゆらせていた父は、目を丸くして娘と、その背後に積み上げられた荷台に乗った荷物の山を見た。
「ライラ!?一体何事だ!アランド君と喧嘩でもしたのか?」
『75』
父の頭上には、温かいオレンジ色の数字が浮かんでいる。ああ、なんて安心する数字だろう。これは純粋な親愛の情だ。
ライラは事情を説明した。もちろん、謎の数字が見えるようになったことは伏せて。「夫の愛が偽りだと気づいた」、「金目当てだった」という現実的な部分だけを強調して。
「……あの野郎。貴族のぼんぼんが、よくも私の大切な娘を!」
父は激怒し、すぐにでも伯爵家に乗り込みそうな勢いだったが、ライラはそれを止めた。
「いいのよ、お父様。高い勉強代だったけれど、目が覚めたわ。私、これからは商売に生きることにする」
ライラは決意に満ちた目で父を見た。
この「数値が見える」能力は、商売において最強の武器になるはずだ。
ライラの予想は的中した。
商会の別働隊として新しい店を任されたライラは、その能力を遺憾なく発揮した。
商談相手の頭上に浮かぶ数字は、単なる「好感度」だけではないと気づいたのはすぐだった。商談の場においては、それが「信頼度」や「下心」のバロメーターになるのだ。
「……今回の取引、我が社としては破格の条件をご提示させていただいているのですが」
『15(真っ黒な下心)』
「残念ですが、今回は見送らせていただきますわ」
口が上手いだけの詐欺師まがいの商人を笑顔で撃退し。
「……あの、自分は、口下手でうまいこと言えねぇんですが、品物には自信があります……!」
『70(誠実な職人魂)』
「素晴らしい品ですわね!ぜひ独占契約を結ばせてちょうだい!」
見た目は怖いが誠実な職人の腕を見抜き、積極的に採用した。
嘘を見抜き、真実を見極める「審美眼」を持つ若き女性商会長。
ライラの名は、瞬く間に王都の商業区で噂になった。
離縁から半年。ライラの店は連日大盛況で、実家の商会の利益も倍増していた。
「愛だの恋だの、そんな不確かなものに振り回されるのはもうごめんよ。私にはこの『数字』があるもの」
ライラは、王都の一等地に構えた自分の店の執務室で、売り上げ報告書を見ながら満足げに呟いた。
数字は嘘をつかない。数字こそが正義。
すっかり拝金主義、もとい「拝数値主義」となったライラは、充実した日々に満足していた。
そんなある日。
ライラのもとに、王城から一通の招待状が届いた。
それは、国の経済界の重鎮たちが集まる、大規模な晩餐会への招待だった。
「へえ、新参者の私にまで声がかかるなんてね」
これは商売のチャンスだ。ライラはドレスを新調し、気合を入れて王城へと向かった。
煌びやかなシャンデリアの下、着飾った貴族や大商人たちが談笑している。
彼らの頭上には、今日も様々な色の数字が渦巻いていた。『60』『45』『20』……。欲望と計算が入り混じる、まさに伏魔殿だ。
「あら、あれは……」
会場の一角が、奇妙に静まり返っているのに気づいた。
人々が左右に割れ道を開けていく。その中心を、一人の男が歩いてきた。
夜の闇を凝縮したような漆黒の髪に、凍てつく氷河のようなアイスブルーの瞳。
彫刻のように整った顔立ちだが、そこには一切の感情が浮かんでいない。
彼が通るだけで、周囲の気温が一度下がるような錯覚すら覚える。
「……『氷の宰相』、オルガ・フォン・クロウリー公爵閣下だわ」
誰かが小声で囁いた。
若くして国の実権を握る冷徹無比な能吏。女嫌いで有名で、彼に微笑みかけられて返事をできた令嬢はいないという、生ける伝説。
ライラも噂は聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。
(うわぁ、本当に氷みたい。近寄りがたいわね。)
ライラは関わらないようにしようと、そっと視線を逸らそうとした。
その時。ふと、好奇心が湧いた。
あんな鉄仮面のような男の頭上には、一体どんな数字が浮かんでいるのだろうか。
きっと、他人への関心が薄い『10』とか『20』くらいの低い数字に違いない。
怖いもの見たさで、ライラはそっと彼の頭上を見上げた。
「………………は?」
二度目だ。この能力に目覚めてから、ライラが思考停止したのは。
自分の目を疑った。何度も瞬きをした。けれど、その光景は変わらない。
氷の宰相、オルガ・フォン・クロウリーの頭上。
そこには、他の誰とも違う、禍々しいほどに真っ赤な光を放つ文字列が、激しく点滅していたのだ。
『100(測定不能)』
「……え、壊れた?」
ライラは呆然と呟いた。
数字がバグっている。100なんて初めて見たし、そもそも親とかでさえ80前後だったのにどう考えてもおかしい。
恐る恐る視線を下げると、氷の宰相と目が合った。
相変わらずの絶対零度の無表情だ。どう見ても「私のことなんて路傍の石ころ以下だと思っている顔」だ。
だというのに。
『100(激しい点滅)』
頭上の数字だけが、まるで熱暴走した機械のように、狂った数値を叩き出していた。
「……ごきげんよう、メルフロント商会長」
地面の底から響くような低音。
オルガ・フォン・クロウリー公爵が、ライラの目の前で足を止めた。
周囲の空気が凍りつき、遠巻きに見ていた貴族たちが「ああ、あの成り上がり女、ついに氷の宰相に粛清されるのか」とひそひそ噂するのが聞こえる。
ライラは背筋を伸ばし、努めて冷静にカーテシー(膝を折る挨拶)を返した。
心臓は早鐘を打っている。恐怖ではない。目の前の「異常事態」への困惑でだ。
「お初にお目にかかります、クロウリー閣下」
顔を上げる。
至近距離で見る彼の瞳は、本当に氷河のように冷たく、感情の欠片も見当たらない。
まるで人を人とも思っていないような、絶対零度の無表情。
だが。
『100』
彼の頭上には、ただその数字だけが浮かんでいた。
それも、今まで見たことがないほど鮮烈で、目が痛くなるような真っ赤な『100』だ。
「……何か?」
ライラが凝視していることに気づいたのか、オルガが眉をひそめた。その仕草だけで、周囲の貴族がヒッと息を呑む。
しかし頭上の数字は『100』のままで、微動だにしない。通常、人の感情は揺らぐものだ。メイドのリサも些細な問答で55から56へと動いた。
なのに、彼の数字はまるで彫刻のように固定されている。カンストしているから動かないのだと、ライラは直感した。
「いえ、その……閣下の頭上に、少し……いえ、なんでもありません」
まさか「あなたの頭の上に、満点の数字が浮かんでいます」とは言えない。
ライラは必死に本当のことを言いたい衝動を押し殺し淑女の笑顔を浮かべた。
「商会の業績、聞いている。……悪くない」
オルガは短くそう告げた。言葉少なで、どこか突き放すような物言い。
だが数字は『100』。一点の曇りもなく、彼がライラを(もしくはライラの商会を?)最高評価していることを示している。
「光栄ですわ。もしよろしければ、今度当店へ」
「……検討する」
そっけなく答え、オルガは背を向けた。
去り際、彼の耳が真っ赤になっているのをライラは見逃さなかったし、頭上の数字が『100』がより激しく揺れ動いているのも見逃さなかった。
「……面白い人」
ライラは口元を緩めた。
氷の宰相?いいえ、彼はただの「不器用すぎる奥手な人」のようだと思った。
それからというもの、オルガは頻繁にライラの店を訪れるようになった。
もちろん、毎回「公務のついでだ」、「視察だ」と氷のような無表情で言い訳をしてくるが、頭上の『100』が、嬉しそうにぼんやりと発光しているのでバレバレである。
ライラにとっても、彼の来店は楽しみになっていた。
表では無表情だけれど、本当は好印象を向けてくれている彼との時間は、嘘つきだらけの商売の世界で唯一の安らぎだったからだ。
だがある日、その穏やかな時間をぶち壊す招かれざる客が現れた。
「ライラ!ああ、やっと会えたね!」
店に飛び込んできたのは、かつての夫、アランドだった。相変わらずの美貌。仕立ての良い服。そして甘い笑顔。以前と変わらない完璧な「理想の夫」の姿がそこにあった。
ただ一つ、変わらないものがもう一つ。
『0』
彼の頭上には、今日も変わらずに『0』が浮かんでいた。
「……何の用かしら、アランド様。私たちはもう他人でしょう?」
ライラは書類から目を離さず、冷たくあしらった。
だがアランドはめげない。カウンターに身を乗り出し、ライラの手を握ろうとする。
「他人だなんて悲しいことを言わないでくれ。僕は馬鹿だった。君を失って初めて気づいたんだ。僕が本当に愛していたのは、家柄でも金でもなく、君自身だったんだと!」
熱っぽい告白。店内にいた客たちが、何事かと注目する。
涙ながらに愛を語る元夫。事情を知らない者が見れば、感動の復縁劇に見えるかもしれない。
しかしライラには見えていた。
彼の頭上の『0』が、微動だにしていないのを。
1も上がらない。これほど熱烈に愛を叫んでいるのに、感情の数値は凪のように静まり返っている。
「君もまだ、僕を愛しているだろう?意地を張らずに、やり直そう。僕たちは運命の……」
「――帰れ」
店内の空気が一瞬で凍りついた。
ライラが発した言葉ではない。
入り口に立っていた、オルガ・フォン・クロウリー公爵が放った言葉だった。
「……ク、クロウリー公爵!?な、なぜここに……」
アランドが青ざめて後ずさる。
オルガは無言で歩み寄り、ライラとアランドの間に割って入った。
その視線は鋭く、アランドを射殺さんばかりの迫力だ。
「営業妨害だ。衛兵を呼ぶ前に失せろ」
「こ、これは夫婦の問題です!公爵閣下には関係ないでしょう!ライラだって、僕の愛を受け入れたがっているんだ!」
アランドが叫ぶ。
オルガはちらりとライラを見た。無表情のまま、目で問いかけてくる。
『本当にそうなのか?』と。
ライラはため息をついた。
そして、カウンターから出て、アランドの前に立った。
「アランド様。一つだけ教えて差し上げますわ」
ライラは、かつての夫を憐れむように見上げた。
「私、人の嘘が分かるようになりましたの」
「え……?」
「貴方がどれだけ愛を囁いても、その言葉に心が伴っていないことくらい、今の私にはお見通しですわ」
ライラは指先で、彼の頭上の『0』を弾く真似をした。
もちろん彼には見えていないが、ライラにはその数字がはっきり見える。
「『君自身を愛している』? よくもまあ、そんな透き通るような嘘が言えたものですわね。貴方の心は正直よ。貴方の頭の中にあるのは、私の店が稼ぎ出した利益のことだけでしょ?」
「そ、そんなことは……!」
図星を突かれ、アランドが狼狽える。
その反応だけで十分だった。周囲の客たちも「なんだ、金目当てか」、「最低だな」と白い目を向ける。
「二度と私の前に現れないで。……今の私には、貴方の嘘の愛よりも、不器用で言葉足らずな方の誠実さの方が、ずっと価値があるのですから」
ライラはそう言って、オルガの方を振り返り、にっこりと微笑んだ。
『100』
オルガの頭上の数字が、カッと強烈な光を放った。
まるで限界を超えて発光するかのような、眩い赤。
数値こそ『100』のままだが、その輝きは店全体を照らすほど(※ライラにしか見えない)激しく脈動している。
現実のオルガはといえば、口元を片手で覆い、耳まで真っ赤にしてそっぽを向いていた。
「……そ、そうか。……なら、よし」
絞り出すような声と共に、オルガは咳払いをして居住まいを正すと、未だその場に立ち尽くしていたアランドへと視線を戻した。
その瞬間、店内の空気が再び凍りつく。
先ほどまでのライラへの不器用な態度は霧散し、そこにいたのは紛れもない、冷酷無比な「氷の宰相」だった。
「……まだ、いたのか」
低く、地を這うような声音。
言葉少なだが、その瞳は雄弁に語っていた。『これ以上、私の大切な女性の視界に入るな』と。
「ひっ……!」
アランドは短い悲鳴を上げ、後ずさった。
格が違う。公爵という身分以上に、その背負っている覚悟と纏っている気迫が。
アランドは自身の浅ましさを灼き尽くされるような居心地の悪さに耐えきれず、脱兎のごとく店から逃げ出した。
嵐が過ぎ去り、店にはまた穏やかな静寂が戻った。
ライラは淹れたての紅茶をそっとテーブルに置く。
「……すまない。怖がらせたか」
湯気の向こうで、オルガがぽつりと呟いた。
眉間に皺を寄せ、気まずそうに視線を逸らす。その横顔は、最強の権力者とは思えないほど頼りなげだ。
「いいえ。……助けていただいて、嬉しかったです」
「……そうか」
オルガはカップを手に取り、口元を隠すように俯く。
その耳が、ほんのりと赤く染まっているのをライラは見逃さなかった。
「俺は、気の利いた言葉は言えない。元夫殿のように、甘い愛を囁くことも、器用に振る舞うことも苦手だ」
「ええ、存じておりますわ」
「だが……」
オルガが言葉を切る。
躊躇い、迷い、それでも意を決したように彼はゆっくりと顔を上げた。
アイスブルーの瞳が真っ直ぐにライラを捉える。
「君が築き上げてきたもの、君という人間を俺は誰よりも尊重している。……それだけは、信じて欲しい」
たどたどしく、けれど熱の篭った言葉。
その不器用な告白と共に、彼の頭上に浮かぶ数字が、カッと音を立てんばかりに輝いた。
『100』
その数字は、揺るぎない真実。
それはどんな甘美な言葉よりも雄弁に、彼の胸の内にある情熱を叫んでいた。
言葉にすれば壊れてしまいそうなほど純粋で、火傷しそうなほど熱い想い。
ライラには、それが見えた。
だからもう、言葉なんていらない。
「ふふ、オルガ様」
ライラは悪戯っぽく微笑み、テーブル越しにそっと彼の手へ自身の指先を重ねた。
「貴方のその『分かりにくい』誠実さが、私にはとても『見えやすい』ですから」
「……?」
きょとんとする氷の宰相。
重ねられた指先の熱に驚いたのか、頭上の数字がボッと火がついたように明るく、嬉しそうに明滅を繰り返している。
「これからは、もう少し頻繁にお茶をご一緒しませんか?商談ではなく、ね」
そう囁けば、目の前の不器用な男性は、耳まで真っ赤にして小さく、けれど確かに頷いた。
頭上の赤い光が、まるで祝福の灯火のように二人を優しく照らしている。
嘘つきだらけの世界で見つけた、たった一つの真実。
この奇妙な能力も悪くないな、とライラは心から思った。
氷の宰相が溶かされる恋物語は、まだ始まったばかりなのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ライラとオルガには、これからお互い距離を縮めて幸せな関係を築いて欲しいです。
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