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En Scène〜勇者パーティーにいじめられて追放された私、 謎のイケメンに拾われたら世界の裏側を運営する娯楽番組でした〜  作者: 悲魘破怨


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プロローグ

 夜の大地が、軋むような音を立てていた。


 魔王の一撃が地面を抉り、爆ぜた衝撃波が全身を叩く。

 ジゼルは踏みとどまりながら、必死に杖を握り直した。


「……ッ!!」


 勇者が前線で剣を振るっている。

 戦士も、魔法使いも、皆それぞれの役割を果たしていた。


 それでも――


(押し切れない……)


 魔王は、まるで“付き合ってやっている”ようだった。

 こちらの攻撃を受け、受け、受けながら、致命打だけは決して許さない。


 ジゼルは補助魔法を展開しながら、奥歯を噛みしめる。


(私……何も、出来てない)


 癒している。支えている。

 でも、それだけだ。


 前に出る勇者たちの背中を見ていると、胸の奥がじくりと痛んだ。


(このまま終わったら……。私は、何をしたことになるんだろう)


 その時だった。


 視界の端で、勇者の剣が弾かれる。

 魔王が、わずかに前へ踏み込んだ。


「来るぞ!!」


 誰かの叫びと同時に、戦場の空気が一変する。


 だが、次の瞬間。


 魔王の攻撃が、勇者ではなく、後方へと向けられた。


「……え?」


 視線が、合ってしまった。


 魔王の赤い瞳が、まっすぐこちらを捉えている。


(……私?)


 咄嗟に杖を構えようとして、遅れた。


 ほんの一瞬、思考が逸れたのだ。


(——あの人が、いれば)

 そんな考えが浮かんだ瞬間、自分でも驚くほど、意識が逸れた。


 理由なんてない。

 ただ、戦場で何度も救われた背中が、浮かんだだけだった。

 熱く、頼りになる、"彼"の背中を。


 魔王の一撃が、一直線に迫る。


「――ジゼル!」


 誰かが叫ぶが、もう間に合わない。


 そう思った、その瞬間。


 魔王の悍ましい一撃の横から、衝撃が叩きつけられた。

 魔力の刃が弾かれ、夜空へと散る。


 爆ぜる音。地を蹴る音。


 目の前に、ひとつの影が立った。


「……え?」


 遅れて、理解が追いつく。


 視界の前に、見覚えのある背中が立っていた。


 無造作に構えた武器。

 軽く肩越しに振り返る横顔。


「良かった、間に合ったみたいだな」


 その声に、胸が跳ねる。


 黒い外套。

 戦場には似つかわしくないほど、落ち着いた立ち姿。


 その顔を見た瞬間、胸が強く鳴った。


(……来て、くれた)


「大丈夫か!? 怪我は??」


 振り返った男は、どこか余裕のある笑みを浮かべていた。


「シグナスさん……!!」


 言葉と共に、安堵感からか、それとも全く別の何かからか。

 自分でもわからないが、両目から思わず涙が流れる。


 名を呼ぶと彼は少し微笑み、すぐに正面に向き直る。


「さあ最終局面だ!! 皆んな、気を引き締めろ!!」


 周囲が、遅れてざわつき始めた。


「今の……誰だ??」

「シグナスだ!!」

「まさか……。だってシグナスはあの時、私達のために……」



 そうだ。

 彼は敵の幹部と戦う際にも、私達に力を貸してくれていた。


 だけど、敵の罠にかかった私達を逃すために、その身を犠牲にして魔物の大群に立ち向かっていた。


 シグナスはそれ以上言葉を交わさず、前線へ踏み込んだ。


 勇者の横に並ぶ。

 まるで、最初からそこにいるかのように。


 そこから一気に戦況が、変わった。


 その動きには、迷いがなかった。

 剣と魔力が交錯する中で、彼だけが一段違う速度で戦っている。


(……やっぱり、すごい)


 勇者が踏み込みやすいように。

 仲間が攻撃しやすいように。


 シグナスは、必要な場所に現れて、必要な仕事をする。


 その戦い方を、ジゼルは知っていた。


(“助っ人”なんて言葉じゃ、足りない。まるで本当の勇し……)


 戦闘が続く中、ふと違和感が走った。

 ジゼルの手が。両の手で握る杖が、熱を持った。


「……!?」


 握っているだけなのに、魔力が集まってくる。

 制御していないのに、光が滲み始める。


(なにこれ!?)


 こんな反応、今まで一度もなかった。

 戸惑うジゼルの視界の端で、シグナスの動きが止まった。


 ほんの一瞬。


 彼が、こちらを見た。


 目が合う。


 驚きと、納得が、同時に浮かんだ表情を浮かべ、次の瞬間。


「——拘束する!!」


 シグナスが声を張り上げ、何かを魔王に投げつける。

 それが何かはよくわからないが、紋様のものが空に浮かび上がり、対象の動きを完全に封じる。


「今だ!! やれ、ジゼル!!」


「え……!?」


 問い返す暇はなかった。

 杖の光が、限界まで膨れ上がる。


(どうして、私に……??)


 でも、今、撃たなければ。

 そう、わかった、考えるより先に、身体が動いた。


 ——眩い閃光と共に光が解き放たれる。


 全てを喰らい尽くす濁流は、空気を揺らし、大地を削ぎ落とし、そうして。

 魔王の影が、悲鳴もなく消し飛んだ。


 ——静寂。


 戦場にいる誰もが、声を出せなかった。


 数秒の逡巡の後、ようやく勇者が口を開く。


「……倒、した??」


 その声を号令に仲間達は歓喜の声をあげる。

 抱き合う彼らを尻目に、ジゼルは自分の手を見つめた。

 まだ、熱が残っている。


(……私が、やったの??)


 視線を感じて顔を上げると、シグナスがこちらを見ていた。


「お疲れ様」


 屈託のない笑みとその一言で、ようやく実感が胸に落ちた。


 ――確かに、何かが変わったのだと。



―――――――――



 魔王討伐の報は、夜が明けきる前に広がった。


 城下の広場には急ごしらえの灯が並べられ、酒と料理が惜しげもなく振る舞われる。

 兵士も、冒険者も、町の人々も――誰もが浮き足立ち、笑い、声を張り上げていた。


 勝利の宴。


 本来なら、胸が高鳴るはずの場だった。


 ジゼルは、広場の隅で、手にした杯をじっと見つめていた。


(……どうして、私なんだろう)


 魔王を倒したのは、確かに自分の放った一撃だった。

 周囲の誰もがそう言い、そう讃えた。


「すごかったよ、ジゼル」

「最後の光……あれは奇跡だ」


 言葉をかけられるたび、笑顔を返す。

 返しながら、胸の奥で、微かな違和感が膨らんでいく。


(あんな魔法……私、使えないはずなのに)


 攻撃魔法の才能など、なかった。

 支えることしかできない、自分が一番よく知っている。


 なのに。


 視線を上げると、少し離れた場所で勇者たちが囲まれていた。

 そして、その輪の中に――


「……シグナスさん」


 彼は相変わらず、場の中心にいた。


 肩を叩かれ、酒を注がれ、何か冗談を言っては笑いを取っている。

 戦場と同じ、自然体の姿。


 ジゼルの視線に気づいたのか、ふとこちらを見て、軽く手を上げた。


「おー、ジゼル。ちゃんと食ってるか」


 その一言に、なぜか胸が少し緩む。


「は、はい……」


 返事をすると、彼は満足そうに頷いた。


「ならいい。今日は目立ってたからな」


(……目立ってた)


 その言葉が、どこか遠くに響いた。


 本当に。

 本当に、私はそんな存在だったの?


 問いは口に出せず、杯の中で揺れる酒を見つめる。


 周囲の喧騒が、少しだけ遠のいた。



 宴が一段落したのは、夜も更けてからだった。


 人々が思い思いに散っていく中、ジゼルは城の回廊に出て、夜風に当たっていた。


 冷たい空気が、火照った頬を撫でる。


「……考え事か」


 聞き覚えのある声に、肩が跳ねた。


 振り返ると、柱にもたれてシグナスが立っていた。

 昼間の喧騒とは違い、静かな表情だ。


「シグナスさん……」


 呼ぶと、彼は少しだけ照れたように視線を逸らす。


「今日は、すごかったな」


「……私、何も……」


 言いかけて、言葉が止まる。


 彼は否定も肯定もせず、夜空を見上げた。


「結果として、あの場は終わった。それで十分だ」


「でも……私、自分でやった気がしなくて……」


 正直な言葉だった。


 シグナスは一拍置いてから、こちらを見る。


「なあ、ジゼル」


「はい」


「不思議なんだろ。突然、自分でも知らない力が出て」


 驚いた。


 彼は、ジゼルの迷いを言葉にしただけだった。

 それなのに、胸の奥が少し温かくなる。


「俺も、たまにある」


 静かな声だった。


「守りたいものがある時、身体が勝手に動くこと」


「……守りたい、もの」


「家族とか、仲間とか。生まれ育った場所とか……あと、放っておけない奴とか」


 そこで一瞬、こちらを見る。


「……お、顔赤いな。夜風に当たってるからか」


 からかうような口調に、思わず顔を伏せる。


 小さく睨むと、彼はすぐに肩をすくめた。


「ま、深く考えなくていい。今日は勝った。それでいい」


 そう言って、ぽん、と頭に手を置かれる。


 驚いて目を瞬かせると、彼はもう一歩引いていた。


「休め。明日も動く」


「……はい」


 短い会話。

 それでも、胸の奥がじんわりと温かい。


 去っていく背中を見送りながら、ジゼルは思った。


(この人は……前に出る人なんだ)


 戦場でも。

 宴でも。


 誰かを守るために、自然と前に立つ人。


 それなのに、二人きりの時だけは、こんなにも近い。


 その距離感に、胸がざわついた。



 翌朝。


 目を覚ました時、ジゼルは最初に、嫌な予感を覚えた。


 宿の窓から差し込む光は、いつもと同じなのに。

 何かが、足りない。


 慌てて身支度を整え、外に出る。


「……シグナスさん?」


 呼んでも、返事はない。


 広場。

 回廊。

 昨夜の宴の名残。


 どこにも、彼の姿はなかった。


 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


(……いない)


 理由も、前触れもなく。


 ただ、一人分の空白だけが、そこにあった。


 ジゼルは、知らず拳を握りしめていた。


 この違和感が、何なのか。

 まだ、わからない。


 けれど。


(……終わったわけじゃ、ない)


 そんな予感だけが、確かに残っていた。



―――――――――




 朝の空気は、思ったより冷たかった。


 ジゼルは城下の通りを歩きながら、何度も周囲を見回していた。


(……いない)


 広場にも。

 城の回廊にも。

 昨夜、少しだけ話したあの場所にも。


 どこにも、シグナスの姿が見当たらない。


 胸の奥が、落ち着かない。


 理由ははっきりしているはずなのに、

 言葉にしようとすると、少しだけ曖昧になる。


(……ちゃんと、お礼、言えてないし)


 魔王討伐の最中、助けてもらったこと。

 それだけじゃない。


 昨夜の会話。

 何気ない言葉。

 頭に置かれた、あの手の感触。


 考えているうちに、視線の先に勇者の姿が入った。


 仲間に囲まれ、剣を肩に担ぎ、いつも通りの調子で笑っている。


(……)


 一瞬、足が止まる。


 声を、かけようとして――


 喉の奥で、言葉が引っかかった。


 戦う前のことを、思い出していた。


 作戦の確認をしようと近づいた時。

 勇者はちらりとこちらを見て、すぐに視線を逸らした。


 ――「後でいい」


 それだけ言って、剣士と話し始めた。


 その“後”は、結局来なかった。


 まるで、最初から自分は数に入っていなかったみたいに。


(……いつものこと、だよね)


 支える役。

 回復役。

 前に立つ人たちの、ついで。


 そう割り切ってきたはずなのに。


 昨夜の宴の光景が、重なった。


「いやー、最後のは派手だったな」

「正直、あれは運だろ」

「当たればラッキーってやつ?」


 冗談めかした声。

 悪意がないからこそ、余計に刺さる言葉。


 笑って流すしかなかった。

 実際、自分でも“まぐれ”だと思っている。


(……だから、今さらだよね)


 ここで声をかけるのは、場違いだ。


 ジゼルは小さく息を吐いて、勇者から視線を外した。


 そのまま歩き出そうとして――


 角を曲がった先で、騒がしい声が聞こえた。


「ずるいぞ!! おまえはいいよな、あんな可愛い子と楽しく遊べて!!」

「遊んでねえ!!」


 反射的に足を止める。

 その声にの片割れに、ひどく聞き覚えがあった。


 壁際の影から、様子をうかがうと。


 そこにいたのは――


「……シグナス、さん?」


 シグナスが、誰かと揉み合っていた。


 いや、正確には。


「お前さぁ!! 毎回毎回、陰で見ているおれらの気持ちになれ!! 侘しいわ!!」

「役なんだからしょうがないだろ!! それに今回はせいぜい頭撫でたくらいだろうが」

「それが羨ましいんですぅ〜!!」


 黒い外套の男――シグナスと、

 黒子のような装束の集団。


 数人が入り乱れ、完全に小競り合いになっている。


「テメ、このやろ!!」

「はぁ? 人気ない自分を呪えよ、アルファ!! このモブが!!」

「はい完全にプッチンきましたー」


「ち、ちょっと落ち着いてくださいってアルファさん……!! シグ先輩は何も悪くありませんから!!」

「デ、デルタ君……私じゃ止められませんぅ」


 一人はシグナスを庇う様に声で止めに入り、

 一人は泣きそうな声で、項垂れている。


「ベータ。客観的に見て、君は役に立っていない」

「ガンマ、バカは黙っておけ!!」


もう1人の男はそれを冷静に見つめていた。


 ――完全に、喧嘩だ。


 喧嘩と言っても、本気ではない。

 肩を掴み、軽く拳をぶつけ合う程度。


 なのに。


(……なに、あの人たち)


 冒険者でも、兵士でもない。

 でも、ただの町人とも違う。


 何より。


 シグナスが、あんなふうに言い合っている姿を、

 ジゼルは初めて見た。


「今に見ておけよ、俺だってすぐにアクターズ入りしてやらぁ!! そしたら一躍トップスター、お前なんか端役だ、端役」

「寝言は寝て言え。花のないお前に主役は無理だ。恋愛もな」

「こんなムッツリがうちの機関の花形とは、聞いて呆れますわ!!」


 言葉の端々が、どこかおかしい。


 この世界の人間の会話じゃない。

 でも、だからこそ。


 ジゼルの胸が、ひどくざわついた。


(……シグナスさん、あなた……)


 問いかける前に。


 アルファと呼ばれた男が、ぐっと距離を詰めて――


「……あ」


 思わず声が漏れた、その瞬間。


 シグナスが、こちらを見た。


 一瞬だけ、目が合う。


 そして。


「あ」


 同じように、短く声を出して。


「……見えてる?」


 黒服たちの視線が、一斉にジゼルへ向く。


「え?」

「えぇぇ……?」

「む?? 彼女は今回の主演の娘」


 空気が、ぴたりと止まった。


 ジゼルは、逃げ場のない場所に立ち尽くしながら、

 ただ一つだけ、確信していた。


(……私、見ちゃいけないものを、見た)


 そして。


 この出会いが、

 昨夜の“終わり”なんかじゃないことを。

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