7-7・Saと書いてあったら砂糖
パクリかどうかは不明だけど、犯人がチェスタトンを読んでいるのは間違いない。
チェスタトンのブラウン神父シリーズは、シャーロック・ホームズと比べると知名度は低いけど、エラリー・クイーンよりは知られていて、エルキュール・ポワロほどではない名探偵である。
名探偵というより、神学的・逆説なこと言って読者と登場人物を混乱させるヒトかな。
「凶器は大きすぎて見つけられない」とか「木を隠すために森を作った」とかね。
単なる謎解きだけじゃなくて、嘘のつきかたを勉強したい推理小説好きにはとても人気がある。
最初の短編集『ブラウン神父の童心』冒頭は、怪盗フランボウが船着き場から降りるのを、銭形警部みたな職業警察官であるヴァランタンが待ち受けるところからはじまる。
つまり、空港に飛行機が到着するのを待ちかまえていたおれたちと同じ。
気がつかなかったけど、空港の風景描写までそっくりだ。
そして、ブラウン神父が立ち寄ったあとには、「塩」と「砂糖」の中身が入れ替わった容器が残っていて、という展開で、くわしいことは短編「青い宝石」を読めばわかる。
そして、今おれたちがいる空港内の、ハンバーグとカレーのおいしい店には、どう見ても砂糖の容器にしか見えない塩の入った、Siと上面に書かれている容器と、振りかけ用の穴が開いていてSaと書かれて砂糖が入っている容器。
「どういう意味なんですかね」と、ミロクに聞いてみたら、さあ、ということだった。
聖剣の行方を知っていて、ひょっとしたら持参しているかもしれない1年生の生徒会委員・メイコは、ここでコーヒーを頼むと、われわれと入れ違いぐらいの感じで、そそくさと出ていったのだ、とワタルは言った。
現在追尾しているのはミドリとミナセの組で、生徒会の人間およびメイコのクラスメートのモウくんの二人組は別行動をしているらしい。
「そんなの考えなくてもわかるじゃないですか! Saは「砂糖」でSiは「塩」ですよ!」と、おれの助手であるクルミは断定した。
普通、SaはSalt、つまり「塩」で、「砂糖」はSu、Sugarなんだけど。
おれはじっと黙ってクルミの顔を見た。
「どうしましたか? わたしの顔になにかついているんですか?」
うん、ついてるよ、食べかけのハンバーグの切片が口の右端に。
「いや、なんか残念だな、と思ってさ」
しゃべったり、なにか食べたりしていないときのクルミは、東欧系の各種美人的要素が集まったような風貌と体型をしている。
深い神秘的な濃青色の虹彩がある大きな瞳、太陽光を集めて煮溶かしたようなふわふわの金髪、すっきりとした鼻と大きすぎない口。
その口を大きくあけて、クルミはハンバーガー定食のよくばりセットをばくばく食べている。
普通の高校生男子なら、クルミが歩いてるところを見ただけで一日幸せになれるかもしれない。
にこっ、とかされると神々しさのあまり拝んでしまうかもしれない。
「ウルフも一口食べたくなりましたか? あげますよ?」と、クルミは未使用のナイフでハンバーグをきれいに切り取り、未使用のフォークでおれの前に差し出すと……。
「はい、あげた」
10センチほど上にあげた。
小学生かよ。
「いや普通、コーヒーに塩は入れないんじゃないの」とおれが言うと、入れますよ、とクルミは言って、おれの手元のホットコーヒーに、「Sa」の容器から塩をひとつまみ入れて、未使用のスプーンでかき混ぜると、はい、と渡してくれた。
「……これは……」
クルミは、どう、どう、どうですか、と反応を待っている。
「悪くないね、今までに体験したことのない味というか」
ねー、とクルミは、となりのワタルとうなずきあい、ハンバーグにぱさぱさ、と砂糖をふりかけた。
あっ、かけすぎちゃった、と言ったときには、ところどころに山ができていて、ゆっくりと溶けながらハンバーグ色に砂糖が染まっていた。
「肉料理、とくにひき肉を使ったものには、砂糖を使うと味がまろやかになるのです!」
いやおれも知ってるけどさ、それって火を通す前の話じゃなかったっけ。
*
ワタルは席を立つと、別のところからふたつの容器を持ってきた。
上蓋に「さ」と書いてあって、穴がたくさん開いている容器で、たぶん中身は砂糖。
同じく、「し」と書いてある、中に小さなスプーンがある容器で、たぶん中身は塩。
ここはなにか、あやかしレストランなのか。
とかしているうちに、ミドリたちから連絡が入った。
メイコは別の店で別の食事をしているらしい。
それじゃお先に、と言って、ミロクとワタルの組は出ていった。
おれは、クルミが頼んだチョコレートよくばりパフェを食べ終わるまで待たなければならなかったので、すこし遅れて店を出た。
空港の到着ロビーは、すこしずつ明らかにヒトが増えていた。




