7-5・攻撃用と防御用と干渉用の指輪
広い空港ロビーの中央よりやや到着ゲートから離れたところに、回転する円形の白い台があって、「AMAHA」という金色の文字が胴の脇に印字されている、黒いグランドピアノが置かれている。
最近は駅や空港など、ヒトの出入りが多い場所によく置かれている「街かどピアノ」で、今はネコ探偵のひとりであるクロサがベートーヴェンの『クラヴィアータ』を熱演している。
しかし、その弾いている手元をおれたちに見せないのは、この部分の演出が低カロリーアニメに依拠しているからだ、というのがクルミの話だった。
たしかに、楽器を演奏するアニメは難しいし、テキストで表現するのはもっと難しい。
ここで高音部の3連符8小節が右手ではなく左手で、みたいなこと延々と書いてもおもしろくならないので、かっこよくてとてもベートーヴェンぽかった、で済ませるのが普通だろう。
クルミは、いつもアクセサリーなんて紺珠が先っちょについてる首飾りとか、高そうな髪留めといった実用的なものしかつけていないのに、今回はいざ、というときがありそうなので、と、右手に3つの指輪をしていた。
小指から順番に、金・銀・銅、あ、これは中指から順番に銅・銀・金のほうがいいのかな。
中指から攻撃用・防御用・干渉用とのことで、クルミは銅の指輪をひとつはずした。
「はい、それでは一緒に、ゾルト……」
「ゾルトラ……やっぱりやめようよ」
盗作になっちゃうからね。
「あっ、そういえば肝心のことを言うのを忘れてました。わたし、魔法を使うととてもお腹がすくのです!」
「えっ、ミドリはそんなことなかったじゃん」
「ミドリの場合は術後、周囲に薄く広がっている純粋マナを大量に吸収しているのです。カスミを食べる、みたいな感じなんですけど、専門魔法職以外のモノにはリスクが大きいものでして……だから! このあとハンバーグ定食をごちそうしてください。演算処理による攻撃魔法の真髄をごらんにいれます」
はいはい。
「デザートにはチョコレートパフェをつけて」
ここの店、パフェだけでも立ち食いそば屋の5倍ぐらいの値段なんだけどな。
いちおう、部長であるミロクの許諾をもらおうと思って通知してみたら、ミロクと1年生のワタルは、今ちょうど上うなぎ二段重を食べているところだし、問題ないんじゃないの、という返答があった。
真面目に聖剣とその持ち主であるメイコのありか・居場所を探しているのは、ミナセとミドリの組、およびメイコの友だちであるモウくんと生徒会委員の組だそうで、ミロクたちは連絡を待っているところだ、とのことである。
「それじゃあ、いきますよ、ゾルトなんとか、じゃなくて」と、クルミは片手に持った銅の指輪を思い切り放り投げると、指輪は熱演しているクロサの頭上10メートルほどのところで止まった。
「寂滅」
あかがねと金色に染まった球体が1メートルほどに広がり、新型ウィルスのようなトゲトゲを持ったトゲのようなところから、雷のような高圧電流の銀色の光が飛び、周囲に散らばることはなく、クロサがいる台めがけて降り降りた。
「これはテスラ球という、見た目は派手だけど即死するほどの効果はない術式展開です。よく見ててくださいね」
クロサの周辺に薄い虹色の、シャボン玉のような防御膜が生じ、電光が当たる部分には適切に力を吸収して、すこしの間白くまぶしく光る。
「乱数を用いた演算による攻撃演出は、このように、いかにも攻撃してるぞ、とわかるように作ることはできます。つまり、高カロリーに見えながら作画演出的には、共有情報としての類似モジュールが流用できるので、たいしたことはないのです」
「じゃあ、チョコレートパフェはなくてもいいかな」
「それはそれ、なのです」
確かに、街かどピアノの周りに集まっていたヒトたちは、パニックになったような感じで八方に散らばっている。
しかし……。
「なんか、見てたヒトが逃げる速度、遅くない? 普通こんなことがあったら、津波が来たようなもんだから、後ろも見ずに一目散に走り去るんじゃないの?」
走ってるヒトはいない。
せいぜい、早足で、うしろを振り向きながらおもむろに動いている。
「あー、これはNPCじゃなくて、ちゃんとヒトのエキストラを使ってますね。ざっと300人ぐらいいれば、このロビーはいっぱいのように見せることはできますから。あっ、笑いながら逃げてるヒトもいる! あれはダメなエキストラだなー」
もうずいぶん前から、映画の中のモブ、つまりエキストラは、怪獣に襲われてパニックになっていても走ったりはしない。
実際に転んで怪我したり、将棋倒し、じゃなくて群衆雪崩になったら危ないからね。
クルミが攻撃魔法を使っても、クロサは平気で演奏を、そのまま5分ほど続けて、終わると立ち上がってみんなに頭を下げてあいさつをした。
「こら、あんたらまたそんな悪さしおって! 魔法は滅多なことに使っちゃいかんと、あれほど言っといただに!」と大きな声が頭上からした。
天井近くに、ぼんやりと巨大なヒトの顔が浮かび、だんだんはっきりとしてきた。
これは……ウディ・アレンの、じゃなくて、おれのかあちゃん? じゃなくて。
「女神さまが顕現してしまったようです」と、クルミは小声で言った。
するとここは、転生の女神がかあちゃんだったら、という、嫌な異世界なのか。




