6-4・安眠枕と苦眠枕
『こら、こんな簡単なこともわからないのか』と、おれは、ばち、と頭を叩かれる。
『ここんところは、この公式の応用だろ、XをX+1にして』
「あっそうか、さすがはミロク」
午後に数学の課題をやるのはヘヴィーである。
とはいっても、何が楽なのかはわからないな。
歴史、とか化学、だったらよけい眠くなるだろうし。
「どうやらまたなにかおもしろい遊びをはじめたようだな」と、庵の戸を開けてミロクがやってきた。
『あっ、私のにせもの! だめだぞ、あんなやつにだまされては!』
何がにせものだ、と、ミロクはミナセが右手の指で操っていたマジック指人形を取り上げた。
「あれ、ミロクがふたりいると思ったら、にせものだけが残ってる?」
*
ミロクが集中してくる、と言って学習室に行ったので、その間にミドリはフィギュアのミロクとコミーのほかに、指人形とあみぐるみを作ってくれたのだ。
ミロ人形、ミロぐるみ、それにコミ人形とコミぐるみである。
「と、このように、コミーがいなくてもこの指人形をうまく使えば、教室にいたように見せかけることはできるのね」と、ミドリは言った。
確かに、ミナセが動かしてるミロ人形は、そこにミロクがいるようにしか思えなかった。
「しかし問題点はふたつあるのよね。まず、指人形を動かしてる間、そのヒトは教室にいないといけない」
うんうん。
「あと、コミーの音声と動きに関するデータが欠けているから、収集せんとあかんね」
問題は着実に、怪しげな方法で解決に向かっている。
*
おれたちの学校は、授業には別に出なくても問題ないんだけど、伝達・確認事項があるため毎日3回、朝と午後と夜にあるクラス・ミーティングには、最低週に2回は顔を出すように言われている。
朝にはクラスの1/3ぐらいは出席して、放課後前には19/30ぐらい出てて、夜には……クラスの人数があれくらいだから……とにかく。
出られないのは、病んでるか死んでるか、すでに学校をやめている生徒で、ひとクラスにひとりかふたりぐらい、ということにしておこう。
それじゃ、午後の聞き込みはお前らにまかせた、とミロクはミドリが用意したマジック寝具にくるまって(掛け布団と敷布団とシーツと枕)、寝ようとしていた。
「なんで?」
「私とワタルは、夜中~早朝にかけて、コミーの行動を探ることにしたんだ。学校に来てないってことは、その時間に寝ていて、夜に行動している可能性もあるから」
ミロクは、NOと赤字で書いてある枕を頭の下にすると、30秒ぐらいで眠ってしまった。
しかしその様子がおかしい。
「うん……うん……ううん……行かないでママ……なんで私を置いて……」
苦しそうである。
過去に自分に起こったことを思い出してるのか?
しかし、ミロクの母親は……。
「これは安眠・苦眠枕なのね。NOの面を上に向けて寝ると悪夢に襲われるのよ。どんな夢みてるか、っての確認してみる?」
ミドリはミロクの頭の上にスクリーンみたいなものを展開した。
顔がはっきりしない母親らしき人物が、幼稚園児ぐらいのミロクと思われる子に話してる。
『あんたはいらない子……』
「あー、夢に出てきたからといって、本当にあったこととは限らないのね。以前に見た映画とか読んだ小説に影響されてるんじゃないかな」
だいたいわかった。
これはParadox Liveという幻影ラッパーに関する物語だな。
「まくラッパー、あるいはトラウ枕……」と、クルミはつぶやいた。
「そういえば、枕の横に強~中~弱、ってスライドがあるけど」とおれは言って、すこしだけ「強」のほうにしてみた。
「許さない……許さないぞ私は…たとえ世界が滅びようとも……」
闇落ち!
やっぱこれ、YESのほうにしとかんと、ヒトの心が壊れてしまうのね、と言ってミドリは軽くミロクの頭を持ち上げて、黒字でYESと書いてある面に枕を変えた。
「スヤー………」
「ふう、これで魔王城の仲間もひど段落でござるな」と、ミナセは言った。
「こら! なんで黒豆買ってくるんよ、かーちゃん! ……肉豆腐と……あんみつ……」
安眠枕でもミロクは怒るんだな。
しかし、かーちゃん、って。
なお、このエピソードは、コミーの謎に関する手がかりでもなんでもない。
ヒトの記憶は、読んだり見たりした物語と大差ない、というだけのことである。




