5-15・逆さまの館の秘密
クルミ「「映画大好きポンポさん」を見ました。とても面白かったです」
ミドリ「『映画大好きポンポさん』の上映時間は90分じゃなくて94分が公式なのね」
ワタル「『映画大好きポンポさん』を見た」
翌日、おれは茶道部の一年生3人を集めて、と言っても3人は部室に住みついているので、おれたちが集まって、校外学習のレポートに対する説教をした。
「なんのつもりだこれは! 部費でわざわざ遠くの映画館まで行って『タクシードライバー』見たのはなんのためだと思ってる!」と、おれは備えつけのホワイトボードをばんばん叩いた。
「あ、でも『映画大好きポンポさん』の映画代はわたしがみんなの分も含めて払いましたので……」と、クルミは言った。
そうそう、倍速メガネとかいう姑息な魔道具使わないで、そっちのフィルム上映も鑑賞したのだった。
財力に自信のあるクルミはそのあと、ほうじ茶を頭の上に乗せなくてもすむ、ちゃんと机のあるチェーン系のカフェの代金も出してくれたのだけれど、それはそれ。
なお、『アイリスへの手紙』は見なかった。
たぶん、自宅で倍速で見ても問題ない映画だったからじゃないかな。
さらに5分ほど、スコセッシ監督の素晴らしさと、バーナード・ハーマンの音楽のくだらなさについておれが熱く語っている間に、ミナセはホワイトボードにささっ、と、フィルム映写機の仕組みについて図で示した。
「フィルムの映像は、上から下へ、逆さ、つまり逆転した世界像として流されるんだ。そしてレンズと光によってスクリーンに映し出される。その光はとても強いので、直接目に当ててはいけないし、流れがすこしでも滞ったら、熱でちりちりとフィルムが溶けてしまう」
「で、『タクシードライバー』とどういう関係が?」と、ワタルは聞いた。
「ユー・トークン・トゥ・ミー?」とミナセは、映画の中のロバート・デ・ニーロと同じように、左手で自分を指差し、右手をかしゃかしゃ、とやると、しゃき、という感じで、袖口からホワイトボードを指し示す指揮棒のようなものを出した。
前日、なんかこそこそと、カーテンレールを削ったりしてたのはそのためだったのか。
『タクシードライバー』見ると、あの場面やってみたくなるんだよなー。
「映写機と逆の仕組みで、ぼくたちは世界を認識している。つまり、大きな世界を水晶体というレンズのある小さな「目」で見ているんだ。だから世界が正しい場合は、ぼくたちの頭の中は逆さま」
「ここでおれのほうが説明しておいたほうがいいかな。デ・ニーロが鏡に向かって話す場面、どうやって撮ったか、について」
普通に鏡に写ってる人を撮る場合、どうしてもカメラや撮影スタッフが映り込んでしまうから、映らないように角度をつける必要がある。
秋葉原駅のアトレ、道路に面している側のアニメパネルは、正面から撮ると自分が映り込むので、角度を変えて2方向から、みたいな。
「たとえは今ひとつよくわかりませんけど、ではどうやって?」
「その場面だけ、撮ったフィルムを裏返しにするんだ。上下反対じゃなくて左右反対の鏡像にする」
えーっ、と思うでしょ。
もちろん嘘です。
でもそうやると、素人でも簡単に「鏡に写った自分の像」が撮れることは本当。
「なにか質問がある人は、右手を挙げてみてねー」と、ミナセは言った。
「はい、先生。先生はどうして左手を挙げながら右手を挙げて、って言うんですか」と、クルミは聞いた。
「幼稚園の先生ならみんなそうやってるからねー。理由なんてないんだ」
「で、フィルム上映の場合はともかく、デジタル上映の映写機ってどうなってるのか、ってことなんよ。どうなってるん?」と、ミドリは聞いた。
「そ、そ、それは……よくわからない……すみません……」
おれは知ってるけど、説明は面倒くさくなるので省略するのである。
簡単にいうと、昆虫の複眼をものすごくややこしくして、高速で動かして写してる、と思えばいいのだ。
「DLP 映画」とかで検索するとか、図書館で調べたりするとどうかな。
DLPはデジタル・ライト・プロセシングの略ね。
要するにここで言いたいのは、世界は逆さま、あるいはおれたちの認識は逆さまだ、っていうことだ。
「それじゃあ、そろそろ真犯人の家まで行こうか」と、ほぼ専用のソファでごろごろしていたミロクは、むくり、と起き上がって、冷蔵庫から「あるもの」をおれに渡した。




