5-7・本の読みかたとめくりかた
「図書室の本についていた血の件に関しては、非リアル要素がほぼないから、自分に説明させてくれ、逆さまの男、などというたわけた話を除けば、な」と、ミロクは最後のほうを強調しながら、英語だとイタリック体、下手な翻訳者だと傍点つきになるくらいの勢いで言った。
この程度の事件に、怨念とか呪われた、みたいなものを入れるのは無理があるので、非リアルにはときどききびしいミロクを名探偵役にしたほうがいいだろう。
「じゃあまず、縦書きの本を読んでみてくれ、ウルフ」
はいはい………………。
おれは肩を揺さぶられて気がついた。
「集中しすぎ! そこまで真剣に読まなくてもいいから。ていうか、30秒ぐらいしか経ってないんだけど……30ページも読めるのか」
「ええと……一度読んだ本だし、そんなに「も」と言われることかな」
「ちなみに、文庫のライトノベルならどのくらいの時間で読める?」
「前にもはかってみたんだけど、1時間で5冊が限度かな。2時間で10冊はちょっと無理だった」
「うーん……今のところ関係ないから、こっちに置いといて。今、ウルフはどうやって本を読んだか、みんなもわかるだろう」
「どうやって、って、みんなと同じだと思うよ。縦書きの本は、右側が綴じられているから、左手で持って、右手の親指で本の下をめくる。ぱぱぱっ、と」
「じゃあ、横書きの本でやってみてくれ」
ミロクは英訳の『Kinkaku』、つまり『金閣寺』をおれに渡した。
「中身は読めなくてもいいからね」
馬鹿にしてんのかおれを、と思いながら言われたとおりにしてみた。
「ほら、横書きの本は右手で持って、左手の親指でページをめくるだろ、それが正しい読みかたなんだ」
「えー? わたしの知ってる異世界では、横文字の本を日本語と同じように、右手の親指でめくってる人もいたんですけど。つまり、横文字なのに右綴じの本」
「それは……アニメ製作者の解釈違いなんじゃないかな」
そもそも、アニメ見る人間が、異世界の本が右綴じか左綴じか、気にしたりするか普通。
「しかし、クルミの言うことも一理あるんよね。つまり詠唱時には右手にワンズを持って、左手に魔導書を持っていたほうがやりやすいんよ」
「ページめくりはどうすんの?」
「◯◯の呪文、とか言うと、めくり専門の精霊がサポートしてくれる」
「では次に、ミナセがやってみてくれ」と、ミロク。
「はい。あ……あれ? どうもうまくいかないな……」
「それはだね、横文字の本を左手で持って、右手の親指でページめくりをしようとしているからなんだ。手首を変な角度にしないとむずかしいだろ」
そう言ってミロクは、おれが逆さまの図書館の除籍本としてもらった『World of Nude』、世界全裸全集のModern編という、厚くて固くて重い本をミナセに渡した。
「これ、紙が厚くて全然無理ですよ!」
「そうだろう、じゃ、いいことを教えてあげよう、本を左手で持ったら、右手の人差し指でページをめくるんだ」
「なるほど、これなら分厚い本でも、あ、いけね、紙で指を切っちゃった」
「気をつけないと指を紙で切っちゃうからな。なおその手の指の傷はなかなか治りにくい」
「切る前にそういうの言ってよ!」
「もう手遅れー」
血を流しているミナセの指には、ミドリが出してくれたマジックバンドエイド、は商品名だから使えないかな、マジックガーゼ付き絆創膏が貼られた。
「5分ほどすれば元通りなんよ、もっと深手だとか、命にかかわるようなもんだったら違うやりかたもあるけど」
「わかりました、ミロク!」と、クルミは言った。
「図書館の、重くて厚くて固い本の上部に血がついていたのは、そういうわけなんですね!」
「ちがーう!」と、ミロクは異議を唱えた。
「古くて固くて重たい本!」
「え、固くて厚くて重い本、じゃなかったっけ」と、おれは疑問に思った。
「厚くて重くて固い本だよ、ウルフ」と、ミナセ。
こんなことについて言い争ってもしかたがないから、厚くて・重くて・固い本、ということにとりあえずすることにした。
形容詞の50音順である。
古くて、の部分は省略された。
「一冊の本を血で汚してしまったので、それを隠すためにある人物が、横組の本をすべて逆さまにしたんだ」と、ミロクは説明した。
「えー? それじゃ逆さまの男は?」と、おれ。
「そんなもんはいない!」と、ミロクは、漫画だったら青筋の怒りマークが出るぐらいの勢いで言った。




