5-2・通りゃんせ
かつては大使館であった敷地に立つ建物は、英語学習のためのコミュニティセンターになっていて、2階までは誰でも入れるけど、そこから上は職員と関係者、つまり登録者のみが利用できるということになっている。
おれが事前に話をしておいたため、職員はおれたちの学生証をざっと確認して、オーケー、と言った。
「この学習施設は、日本の教育課程だと高校1年から使えるようになってるので、自分も登録しておいたんだ。でも、家からは遠いんだよね」と、おれは言った。
「ほら、ここが逆さまの図書室だ!」と、おれは力を込めて言ったけど、みんなは特にリアクションがない。
確かに、本が逆さまに並んでいるわけではないので、どこが? というクルミの疑問の声、というかつぶやきももっともである。
「よく見ろよ、本の並びかた! 日本の図書館とは違ってるだろ」
「えーと、あっ、文学系の棚を見てわかりました。日本だと作者別五十音順に、左から右へ並んでるところが……」
「ここの図書室の棚は、アルファベット順に右から左へ並んでる。だから逆さまの図書質なんだ」と、おれは言った。
「この本をたとえば、10冊ほど逆さまにしてみよう。そうすると、本は「逆さまの逆さま」になって、左から右へアルファベット順に並べ変わる」
「ただ、私にはどうもよくわからないことがあるんよ」と、ミドリが言ったので、おれは緊張した。
「どうして英語の本って、背表紙の文字が上から下に並んでんの? 下から上でもいいじゃんよ」
「そ、そ、それは多分グーテンベルクがそう決めたから、じゃ、ないかな……」
「声に力がない!」と、ミドリはダメ押しをした。
「ペーパーバックに関しては、英語圏では一番最初のペーパーバックとされているペンギン・ブックスがそうだったからかな。ドイツ語とかフランス語の本は下から上にタイトルが並べられている背表紙の本もけっこうあるし、英語の本でもすくないけどそういうのあるよ」と、ミナセが言って、おれが逆さまにした本を机の上に置いた。
「こうやって、背表紙が上下逆さまにならないように積む。でもって右手で一冊取り出して、右手で持って、左手でページをめくる、うまくいくだろ」と、ミナセ。
ちなみに、それも嘘である。
もっとも、電子書籍の場合だと、背表紙というものがそもそもないので、背表紙の文字がどうであろうと、ほぼ関係がない。
文庫本だとガガガ文庫が濃紺だったり、MF文庫Jが緑色だったり、あるいは各出版社が作家別に色をそろえていたり(新潮文庫だと、三島由紀夫の「赤」みたいなの)しているんだけど、今となってはそんなに重要なものではないのだった。
おれは、部員たちが「逆さまの図書室」の蔵書や配列に、きゃあきゃあ言うほどではないけど、興味深げに見て歩いているのを横に見て、3階の窓から下を見下ろしていた。
外からは見えない庭園は、西洋風の幾何学的なものではなく、カエデやマツ、サクラやナラという和風庭園風の木々が広がって、その合間を不規則に、むきだしの道が続いていた。
建物のすぐ下から左にかけては池があり、そこから奥に、つまり南のほうには道が続いていて、池のそばには東屋があって、左方向、つまり西に1本、さらに図書室のある建物からは2本の道があった。
これは……東京、というか江戸を模した配置になっているのか。
東屋の先には、やや大きめの灯籠、そして手前には大きな街灯、これは東京タワーとスカイツリーかな。
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図書室は、おれたちの学校の4倍ぐらいの大きさで、蔵書もたくさんある。
借りられるの? というワタルが聞いたので、身分証を持ってれば外国人でもあやかしでも異世界人でも利用カードを作ってもらえるよ、ひとり10冊までで2週間、延長手続きをすればさらに2週間だけど、返しにいかなければならないのがなー。
その点、電子書籍のほうが楽なのだった。
学校の図書室の2倍ぐらいある窓は、遮光ガラスでできていて、遮光カーテンも引いてあるため、本が日焼けする度合いは少ない。
そして、窓の枠にそってちょっとした張り出しが作られていて、大形本はその下に並べられ、張り出しの上の部分には、おれたちの部室にあるよりは高級そうな、しかし図書室に置くよりは歴史資料室にあったほうがいいような、測量器械や実験用具、ブリキのおもちゃ、石造りの斧といったもののレプリカがあった。
その中におれは、面白そうなものをひとつ見つけたのだった。




