4-15・おーい、出てくるなー!
トランプのカードほどの大きさの黒い穴。
そこに向かい、両手をメガホンみたいな形にして、「おーい、出て……」と言いかけたクルミは、おれのほうを見た。
「なんかこれ、おかしくありませんか?」
「なんで。奥がよくわからない穴があったら『おーい、出てこーい』って言うのが基本だろ」
これは星新一の有名な短編、というかショートショートで、タイトルにもなっている奴である。
台風の翌日、山の中に突然開いた大きな穴に向かって、最初の発見者は「おーい、出てこーい」と大声でまず言い、次に小石を投げ込んでみる。
そして最後はとんでもないことになるんだけど、未読の人間は機会があったら読んでみるといい。
星新一の短編のいいところは、すぐ読めてすぐ内容を忘れてしまうところである。
本当はあと、けっこうブラックでシニカルであまり人間とその未来を信用していない、という点もあったりする。
「ぼくも昔それ読んだとき、ちょっと変だと思ったんだよ、ウルフ」と、ミナセは言った。
「出てこい、って穴に向かって叫んで、本当になにかが出てきたらどうするつもりだったんだろうね、ヒトの科学力では対応できないような怪物みたいなのとか」
「なんか口調が変わってたりしてない、ミナセ?」とおれが聞いたら、です・ます調で話すと、クルミとの差異化が難しいから、とミナセは答えた。
タメ口調ではおれにまず話してみて、うまくいったらみんなにも、だそうだ。
「で、いつごろぐらいに読んだの?」
「小学校中学年ぐらいだと思うよ。読書感想文に使えないかと思って。でもあまり短い話ではかえって難しいってわかった」
おーい、出てくるなー、ならまだいいけどよぉ、そもそも何がいるかわからねぇ穴に、最初に声かけとかしねぇよ、作者バカかよ、とミナセは言った。
「そこまで行くとキャラの口調設定のやりすぎだ。しかし言いたいことは納得できる。じゃあそんなことはしないで、地域の消防団とか警察呼ぶとか、穴の専門家に来てもらう、とかだな」
「いや、なにか言うのはいいのよ。ぼくが考えたのは、たとえばこれ」
『返せぇぇぇぇぇぇーっ!』
ミナセはそう叫んで、やりとげた、という感じでおれの顔を見た。
「なにを返してほしいんだ、ミナセくん」
「北方領土とか、あちこちの島かな?」
「いい考えだけど、それは日本国政府がやることだ。じゃ次、クルミね」
クルミは、よし、という感じで拳をかため、両脇を閉めて穴に臨んだ。
『大丈夫ですかぁぁぁぁーっ!』
「無難だな」と、おれ。
「無難ですね」、とミナセ。
「悪くないけどつまらない。もっとテンションあがるようなので呼びかけたい」と、ワタル。
ミドリは大きな机の上で、コピー用紙ぐらいの大きさの紙を何枚か広げてこつこつ書いていた。
この穴が、人が入れるぐらいにならないか計算していたらしい。
「うーん、どうもねぇ、できなくはないんだけど、大きくするの止めるのが難しいのよね。じわじわ大きくなって、計算では最終的に、100メートル四方ぐらいで止まると思うけど。自衛隊に待機しておくよう、学校の先生経由で頼まんとあかんよね」
「しょうがないな。その案はあきらめよう」
それに今ぐらいの大きさなら、出てくるとしても毒蛇ぐらいなもんだろう。
「じゃあワタル、あんた攻撃系の魔力あるんだっけ、やってみてよ」
おれが言うと、ワタルはミドリと相談して、なにか渡してもらってきた。
「これは、マジカルメガホン」
どうもミドリの魔法具に関する名前のつけかたには、センスというか、中二病的魅力に欠けている。
深淵の理、みたいにいかないものか。
でもアニメになったら「真円の断り」と発音では区別できないから、これでいいか。
ワタルは両腕をぐるぐる回して、はっ、ほっ、とか妙なポーズで気合を入れて、マジカルメガホンを手に取り叫んだ。
『動くなぁぁぁぁぁぁーっ!』
おれたちも動けなくなった。
これはユニークモンスターの「咆哮」、人の場合だと「威圧」という魔法だな。
リアルな人の世界だとスタンガン。
『お前らは完全に包囲されている!』
『今カラデモ遅クナイカラ原隊へ帰レ!』
固まっている間にワタルは連続波状攻撃をしてきた。
穴の中の敵にも効いてるんだけど、おれたちにもダメージが大きい。
ワタルは天井の塗料がぱらぱらと落ちてくるのに気づいて、ようやく状況がわかったようである。
ミカンちゃんはカウンターの裏側にいて、耳をふさいで小さくなっていた。




