4-12・特別教室棟の構造
学校の図書室にあった、さかさまの本についているのは血だった。
ただしそれは鼻血ではなく、本をめくるときに手を切ったときのものである。
それを隠すために、犯人はその本をふくめて多数の本をさかさまにした。
犯人は天窓から、どうにかして入り込んだ。
ここまでがおれたちにわかったことである。
刑事事件、つまり傷害とか殺人レベルの犯行なら、現場検証や指紋照合も含めて、警察がきっちり解決するだろうけど、これはそこまではいっていない。
「いや、私はそこまで徹底した犯人探しは求めていないので」と、ミカンちゃんは再び同じことを言うことになった。
つまり犯人はどうでもいいということである。
犯人さがしはミステリーの基本だし、ネタによっては犯人とトリックが重要で、動機はどうでもいいという、謎解き専門のミステリー作家もいたりしたのではなかろうか。
動機にこだわっておもしろくなるミステリーなど、本格ジャンルではほぼないと言い切ってもいいくらいだ。
金と女、さらにせばめると遺産相続あるいは利権、でなければ嫉妬あるいは浮気、ぐらいしか、犯罪をおかす理由は、おれの想像力が貧弱なせいか、すっきり出てこない。
人間の心理として、殺したいほど憎い、という感情を持つことはありますよ、でも実際に殺したりはしない。
そう考えると、犯人が、たかが自分の血を隠すためにたくさんの本をさかさまにした、ということもありえない。
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さほど強くはないけれど、ときどき心地よさを越えるレベルの春先の風が吹いてきて、4人がけの机の上にワタルが敷いた新聞紙をわさわさとめくったので、ワタルはあわてた。
これは当初、天窓に出入りするためにためしに敷いたもので、そのためにすこしだけ汚れてしまったけれど、ミドリとワタルは共同で、地方版のイベント情報その他、ネットで確認するのは面倒なところをうなずきながら見ていたのだった。
「ごめんなさい」と、ミカンちゃんは言って、窓を閉めて空調のスイッチを入れた。
一般の教室ではまだ空調などを使わせる時期ではないのだけれど、図書室は本の管理などがあるため、温度・湿度に関してはゆるく、というよりそれなりに厳しく管理されている、というのがミカンちゃんの説明だった。
特別棟は特別教室がおおいため、窓の開閉と空調に関しては、管理責任者がいる限りでは自由度が高いらしい。
ミカンちゃんは説明してくれた。
「まず3階の調理室と理科室なんですけれど、実際にその部屋でなにかを作ったり、実験はじめると、換気扇を回さなければならないことも多くて、換気扇をまわすと空調のスイッチを入れてもなんかあんまり効かないんですよね」
「それから2階の音楽室。一般音楽室と部活用音楽室があって、これも練習によっては音が大きかったりするし、1階の美術室と学習室は、南向きの光とニンニクと汗が嫌いな生徒が多いため、遮光カーテンが常時引かれて、空調は動かしっぱなしです」
学習室は一蘭形式で、個別にシールドで囲まれていて、集中して学習とラーメンが味わえることになっている。しかしニンニク抜きはちょっとなあ。
「学習室はラーメン禁止ですよ!」と、ミカンちゃんは当たり前のことを補足した。
「えーと、犯人はおいしそうな匂いと、うるさい音と、ニンニクが嫌いな女子高生かな」と、おれはためしに言ってみたけど、言わないほうがいいぐらいに無視された。
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どうやらミカンちゃんはわれわれの犯人さがしにつきあうのにはもう飽きてしまったらしく、それではおまかせします、って図書室の通常業務にもどった。
逆さまの方はとりあえずそのままにして。
「でも普通に本を読むんだったらば本のページをめくるときには、ページの下の部分を親指でめくったりしないんですか」とミナセば聞いた。
「たしかにそうなんだけど、違うから逆さまの男なんだ。今度おれが、こんな偽の逆さまの部屋じゃなくて、本物の逆さまの部屋を知っているから、みんなで行こう」と、おれは言った。
えーと、なんだっけ、あ、そうそう、図書室の床で見つけた謎のカードの話だっけ。
カードというか、トランプかな。




