4-8・ワタルはいろいろ隠してる
高校の図書室に漂う、ほどほどに乾燥した樹木、つまり紙の匂いと、ほのかに香る生活臭、つまり食べ物の匂いに囲まれて、お手洗いに行って戻ってこないクルミと、おれたちの飲み物に関する注文を聞いて1階の自動販売機に行ったミカンちゃんを除いて、茶道 探偵部もしくは異世界部の4人のうち、ミロクとミナセは、読みたいような本があるか探してみる、と言って書架のほうに行き、ミドリは魔法の痕跡のようなものがないかどうか調査したいと言って、魔法の巻き尺のようなもので例によって図書室のあちこちの採寸をはじめた。
そのようなものを正確に記録する必要があるのは、アニメや実写映画ぐらいなもので、小説や漫画はいい加減にやっているから、魔法の痕跡という名目で、実はミドリはこの世界のリアルさについて確認したいだけなんじゃないか、と思う。
もっとも、すべての採寸がリアル通りだったとしても、それはこの世界がアニメか実写映画ではない、ということの証明にはならないんじゃないか、と思う。
そりゃ、昔の映画だったら天井部分に照明その他撮影用の機材を置くため、「天井はないものとする」みたいなのもあったけど、今は普通に、角度を変えて天井も撮す。
とはいえ、うまいことワタルとおれはふたりきりになったので、前からおれは興味があったことについて聞いてみた。
「ワタル、お前はなにを知っている」
この場合、より正確に言うなら、どこまで、のほうがいいんだろうか。
なぜ、逆さまの本のうち、クルミに犯人とその動機を調べさせるために選んだ20冊ほどの本の中で、ワタルいわく「ケモノの血」がついていたものが混じっていたのか。
「えーと、だな、つまり、クルミにある人物に会わせるためなのだ」
「誰に?」
「それは言えない」
これが先輩のミロクだったら、そんなこともわからないのか、とえらそうに言いながら説明してくれるはずなんだけど、ワタルは知っていることの半分、いや10分の1くらいしか教えてくれないのである。
クルミはでたらめを言う探偵で、ミドリは推測しすぎる探偵、そしてワタルは言いすぎない探偵だ、みんな異世界人なんだけど。
「こういうのって、おれが見聞きできないところでなにがあったか、っていうの、たとえばミドリの一人称とか三人称視点で幕間的にみじかく語られたりするんじゃないの?」
「小説や物語ならねえ、いくらでもあるけど、ウルフ、ここはリアルなんだよ、だから、ウルフが体験していないことは、誰かの伝聞でしか知ることはできないと思いねぇ。そして、その伝聞は嘘とか話をを盛っている部分があるだろうし、語り手にとって都合の悪いことは語られない」
面倒くさいな。
『わたしがお手洗いで顔を洗って脇を見ると……』とか『クルミは自分のそばに誰かが立っているのに気がついた』という描写は出てこないのか。
しかし、クルミがお手洗いで誰かと会う、ぐらいはわかったから、この話は伏線として置いておこう、と、作者なら思うだろう。
もうしばらく待っていると、飲み物を買ってきたミカンちゃんが戻って、クルミも戻って、全員が席についた。
「できればもっと調べてみたいんだけど、ワタルのネコ軍団とか使えないかな」と、おれは聞いてみた。
「ネコのモチベーションはあんまりそういうものには向かないのだ。たぶん図書館の中でいちばん爪とぎに向くような本を探すだけだと思う」と、ワタルは言った。
「今のところわかってるのは、犯人は逆さまの男だ、ということだな」
「ちょっと待ってくださいよ、ウルフ。なんで女性でないと断言できるんですか」と、ミナセは聞いた。
「スカートのまま逆さまになると大惨事になるだろ。だから」
「じゃあ、スカートをはいていない女性でもいいじゃないですか」と、ミナセはまたホワイトボードになにか表のようなものを書き始めたので、おれはあわてた。
「わかった。じゃあ犯人はスカートをはいた女性および男性ではない、ということにしておいたらどうだろう」
「あと、この中に犯人はいない、というのも入れておくか、あまりにもアンフェアになりすぎるので」と、ミロクは言った。
「自分は、犯罪の規模から言って、つまり世界認識に歪みを生じさせる事件性から、犯人はチェスタトンを読んでいる、ということにしたいのよね」と、ミドリは言った。
「ええと、それだったら普通に、犯人はエラリー・クイーンを読んでいる、じゃダメなの? 逆さまの部屋で、ミカンちゃんもいるし」と、クルミは言ったけど、異世界人以外のおれたち3人は首を横に振った。
3人はみんな、エラリー・クイーンの国名シリーズを読んでいないのである。
あんなの面白がるのは、本格ミステリー好きだけだと思うよ。
おれたちが読んでいるのは、たとえば『十日間の不思議』以降の、後期クイーン問題と関係ある奴なのだった。
いや、『チャイナ蜜柑の秘密』は、題名ぐらいは知ってますけど。




