3-11・その夜の食事の予定など
アカネがプロの探偵に依頼したのは、もう忘れていると思うので、探偵の証言によると、以下の通りである。
「部屋の鍵なくしちゃったんで、なんとかなりませんか」
これは、嘘でもなければ真実でもない。
「つまり「なくした鍵」と「なくしてなかった、しかしなんとかできなかった鍵」のふたつの意味がある、というのが、ミロクの推理だった。
そ、そうなんですよ、とアカネは言い、バッグの中、比較的軽く手を入れれば届くような内側のポケットから、鍵を出した。
それは、カラスが持っていったほうの鍵と同じものだった。
どちらも、さほど使いこまれたという感じではない。
「ミドリも、ドアを開けるときに鍵穴から見つけたものを出して」と、ミロクは言った。
ミドリは、ちょっと待ってね、と言って、空中に指で10センチぐらいの四角形を描いた。
どうやら、ミドリは異世界ではありがちな「なんでも入れられて取り出せる箱」を持っているらしい。
薄く緑色に輝いている、空中の四角い窓から、ミドリは一枚の小さな紙のようなものをつまみ、ほい、とミロクに渡した。
「なるほど、これが鍵穴に挟まっていたため、うまくあかなかったんだな」と、ミロクは言って、じっくり眺めたあと、おれに渡した。
短辺が1センチほどの二等辺三角形、つまり長辺が√2である正方形の断片だろうか。
素材は、どうも紙ではなくプラスチックのようで、軽く曲げても元の形に戻る。
さらに、角の、角度が90度と思われる部分は、やや丸みを帯びていた。
「さて、この断片はなに?」と、ミロクは聞いた。
「えーと、1×1×1/2だから、0.5平方センチ?」
小学生の算数である。
違う、と、ミロクは言った。
「√2×√2×1/2×1/2、で2/4、つまり1/2平方センチだ」
確かに長辺と高さで計算するとそうなるね。
いやちょっと違うのね、これの2辺は1.02センチと1.04だから、斜辺が……と、ミドリは言いはじめた。
ああ面倒くさいな。約1センチの正方形の半分の面積でいいじゃんかよ。
そんなんじゃなくて、約√2センチの正方形の1/4の面積なんよ、とミドリは主張した。
あのー、と、そこでクルミが手を挙げて口を挟んだ。
それって、本当に正方形の切片なんですか?
あと、つい熱心になってしまったけど、これの面積を求めても事件の真相には全然近づかない。
つまり、誰が、なんの目的でそのようなことをしたのか、である。
「あー、多分これはモリワキのしわざだな」と、ミロクは力強く断言した。
どうも学内、というかこの町内には、モリワキという名前のワルモノがいて、手下などを使いながら悪いことをしているらしい。
「どうしてそうなっちゃったんだろうねえ、モリワキ」
それは多分名前のせいなんじゃないかな。
*
事件の真犯人と動機は曖昧のまま、迷い猫と失われた鍵の問題は解決したので、おれたちは解散することにした。
寝込んでいたワタルを、ばしばし、と手際よくクルミは平手で殴って、それでも目を覚まさない。
しょうがないから部室の、わたしたちの寝床まで背負っていきます、とクルミは言い、そういうの魔法でなんとかならないの、とおれは聞いたけど、なんでも魔法で解決しようと思うのは、甘えです、とのことである。
ミドリは、それではこの電子契約書に署名を、と言って、アカネと魔法のサブスク契約を取り交わした。
料金は銀行口座から自動引き落としになってるのね、契約解除はいつでも可能なのね。
払えなくなった場合はどうなるの? 地獄行き? と、アカネは聞いた。
そんなことはないのね。昔はローン地獄、今はリボ地獄というきついのもあるんだけど、サブスク地獄はたいしたことないから、せいぜい沼ぐらいなもんだから、と、ミドリは言った。
探偵のふたりは、結局おれたちはなにもしなかったから、と料金は受け取らなかったかわりに、冷蔵庫から取り分けたふたつの袋のうちのひとつだけを持って帰ることにした。
こっちの袋のほうは、生ゴミを出す日に絶対に出すように、とは言い残した。
春の盛りとはいえ、ミドリが落雷と豪雨を、この地域にもたらしたため、夜の空は澄んでいて寒く、満月に近い月がよく見えた。
「ミナセから連絡があって、今晩はポトフを作りました、だってさ。一緒に食べてかない?」と、おれはミロクに聞いてみた。
「いや、今晩は久々にアニと食事をしようと思って」
「あの消費期限ぎりぎりのやつを?」とおれが重ねて聞いたら、肘で思い切りどつかれた。
「ところで、どうしてキジネコが家を飛び出したのは、ミドリの爆裂魔法のせいじゃなくて、DV男がアカネのマンションのドア蹴飛ばしたせいだってわかったの?」
「ん……それはその、なんだな、名探偵っぽくて恥ずかしいんだけど」と、ミロクは言った。
「あのネコ、思ったよりも濡れてなかったんだ」
元ネタはヒッチコックと東川篤哉です(多分)。失礼ながら読者様はバカではありませんか、みたいな。




