2-4・カラスとネコとワタルは友だち
おれたちが利用している茶道なんとか部は、まわりが雑木林と竹林に囲まれていて、さらに今はミドリが手配した魔法による防護バリアが張られていて、なにも知らないヒトには、ただの林にしか見えないはずである。
その一角には、水源はどうやら目に見えない地下から流れ出している泉があり、高校が設けらているやや小高い丘から、かつては小川だったものが暗渠になっていて、ずっと下のほうまで流れている。
現在、その流れは、異世界人で忍者、というか武官かつ闇魔法属性のワタルが、一部をせき止めていて、やや深めの淀みができていた。
季節なのであちこちに、これはサクラの花びらによる花筏が浮かび、サクラ色でないところの水の色は水色ではなく緑で、カラスが水浴びをするにはよさそうな深さの場所がいくつかあった。
その中で、やや深めの淀みに、ワタルは背中を上にして浮かんでいた。
おれよりも早くそれを見つけたクルミは、しー、しー、しー、と、左手の人差し指を一本立てて、自分、おれ(クルミの右側)、それに誰もいない左側に合図をした。
そして、ダムでせき止められていた小さな湖のかたわらに置いてあったクナイ、っていうのかな、忍者が手裏剣じゃなくて投げる小さな短剣を数本手に取った。
どうやら、ワタルが並べておいたものらしい。
あっという間もなく、クルミは右手で水の上の、ワタルの死体(と思われるもの)にクナイを投げつけた。
水の上の物体は、ワタルではなく、ヒトの形をした藁人形だった。
いや、藁人形に姿を変えたのかな。
ちっ、と、クルミは舌打ちをした。
「代わり身の術、ですか?」
言い回しはおしとやかだが、その前に、ちっ、と言ったのをおれは聞き逃さなかった。
「いきなりそんなことをするな。せっかくカラスが集まって来たというのに」
声のするほうを見ると、面妖なことに、ワタルの、胴体がない生首があった。
こういう怪異に慣れていない者なら、腰を抜かして股間をオイル漏れで濡らしていたかもしれない。
しかし、異世界人だったら多分なんでもありなんだろう、というおれの、おおらかな気持ちが、仰天しきるという気持ちを抑えていた。
「こうやって地面に体を埋めてると、心が落ち着くのだ」とワタルは言い、おれはワタルの頭にすらふらと舞い落ちていたサクラの花びらを払いながら、カラスに頭を突かれたりしないの、と聞いた。
「んー……ときどき……あとネコも……」
よっこいしょ、と地面から体を出したワタルは、おれたちにダムの説明をした。
カラスは腐った肉が浮かんでいる水が好きなのだ。ただし、あまり腐りすぎてると、ネコがその水を嫌うので、かなりマメに、春から夏にかけてはきれいにする必要がある、らしい。
「この池に、ウナギはいるの?」と、ためしにおれは聞いてみた。
「んー、たぶんいない。ヘビとかカエルはいるかな」
ワタルは動物の言葉がわかるのです、と、クルミは、自分のことのように誇らしげに、異世界人の存在程度には存在感がある胸をそらして言った。
「ところで、ミドリは何してんのよ」
「ミドリは、この町を測ってています」と、クルミは説明した。
「そんなの、ネットにマップとかストリートビューとかあるやん」
「甘いな」と、ワタルはまたしても鼻で笑いながら言った。
「ロサンゼルスからアリゾナ州のフェニックスまで道があるとしよう。その道はたしかにネットで、画像とともに確認することができる。しかしそれはリアルか? 地図作成者が捏造したものではないのか? 山手線でも、卿が知っているつもりの、池袋や新宿の表通りはともかく、路地や裏道はリアルか?」
なんでこう、かつて非リアルだった子は、リアルに関して懐疑的なんだろうか。
「さすがに、池袋が存在しない、ってことはないだろう」
「じゃあ、田端は?」
おれは一瞬、間をおいてしまった。
「田端は……その……田端は、あると思えばある?」
「もっと力強く!」
うるせえな。
田端の住人に失礼だろう。
しかしさらに、田端になにがあるのかとワタルに聞かれると、どうも曖昧なことしか言えないのが困る。
パチンコ屋とか、大きな陸橋はあったかな。あとマクドナルドもあるね。
おれが30秒ほど沈黙して、うまいことごまかそうと思っているうちに、ミドリが戻ってきた。
なにやらすこし薄汚れているうえ、疲労しているようでもあった。




