3.奇妙な依頼
いつものようにXアプリを開いて自作小説の更新情報をポストしようとしたら、メッセージに①と青字の通知が表示されていた。
私宛にくるDMのほとんどはフォローのお礼なので、前回アクセスした時フォロー追加した人からだろうと思って開いた。
(突然のDM失礼します はじめまして[コンニチハ] 私はたけりゅぬさんの辻沢シリーズのファンです[ハート])
こんなふうに直接ファンですなど言われたことがなかったので嬉しかった。
だが、マルチや投資の勧誘の可能性もあるから警戒してカウントを見てみると、Dとあった。
盗作者と同じ垢名だ。
同一人物か確認するためプロフにあったアドレスをたどると投稿サイトKのDのページが開いた。
その途端あの時の不愉快な気分が蘇って来たので無視しようと思ったが、もしかしたら盗作を謝罪する気かもしれないと返事をした。
(初めまして 私の作品を読んで頂きありがとうございます)
と返すと待っていたかのようにすぐに返信が来た。
(お返事ありがとうございます[アリガト] DMさせていただいたのは どうしてもたけりゅぬさんにお願いしたいことがあったからです[マジメ])
謝罪でなくお願い? しかも絵文字付きで? 自作で「辻沢町」や「宮木野線」を正式に使用させてほしいということか。
そうだとしても、まず無断で使用したことを謝るべきだと思うが、
(お願いとはなんでしょう?)
(実は私の友人が行方不明になりまして たけりゅぬさんに一緒に探してほしいのです[オネガイ])
訳がわからなかった。まず、行方不明なんて今時あるのかと思った。
誘拐? 神隠し? ワンチャンただの家出では?
一緒に探せって? 本当に行方不明なら警察に行けよ。警察がだめなら探偵とか雇えばいいじゃん。
見ず知らずのWEB小説家に頼むことか? アホなの? としばらく考えていると、
(この子なんですけど だめでしょうか[フアン]?)
というメッセージと同時に画像を送って来た。
そこにはピンクの髪をポニーテールにした色白の若い女性が映っていた。
私はその少女を見て驚いた。なぜなら辻沢シリーズの主人公の一人、調レイカのイメージそのままだったからだ。
(これは?)
(レイカっていいます[カワイイ] 大学の同じサークルの子でゲーム実況の配信をしてます ピンク髪をしているのは実況中だったからで普段は清楚な子です レイカも配信用のハンドル名で本名は違います[ソレナ])
レイカというHNに一瞬驚いたが、Dには前科があるので、もしやと思い、
(レイカ?)
(分かっちゃいました?[テヘペロ] 辻沢シリーズから取りました 友達もファンなんです 無断ですみません[ゴメンネ])
無邪気な感じで謝られた。
自作をコスプレされて悪い気はしなかった。この感じからして例の盗作小説もファンメイド感覚で書いていたのかもしれない。
そうならば、今のを小説への謝罪と受け取ってもいい気がした。
(大丈夫です。使っていただいてありがとうございます)
(よかった[ウレシイ] じゃあ一緒に探してもらえますよね[マエノメリ])
そうだった。このレイカは行方不明になっていて、私に一緒に探してほしいというのが趣旨だった。
でもファンでコスプレしてるから応じるというのは違う気がした。
(どうして私に?)
(動画よく見てください[マジメ])
動画? 画像の下にリンクが張ってあった。それを踏むと動画が再生された。その動画にはさっきのピンク髪の可憐な少女が映っていた。
動画のレイカは古びた倉庫を背にして手に持った長い棒を振りまわしていた。周りを見回し、
「多すぎなんよ、ひる人間が!」
とわめいていた。そして突然、何かに引きずり倒されるように姿が消えて画面が真っ暗になって終わった。
今レイカが「蛭人間」って言った気がした。
蛭人間とは辻沢シリーズに出て来る人外で、辻沢で行われる違法バトルゲームのエネミーとして造られたホムンクルスだ。
けれど、それは全部私の小説の中の話。
(これはどういうこと?)
(レイカはスレイヤー・Rの実況してたんです[エライ] それでこんなことになってしまって[シンパイ] 無事かどうかもわからなくて だから早く探しにいかなくちゃいけないんです[イソゲ])
違法バトルゲームの名前が「スレイヤー・R」だった。
「スレイヤー・R」は生身の人間がフィールドに出て行うリアルバトルゲームで、プレイヤーはスレイヤーとなってチームを組み、青墓の杜に放たれた蛭人間を駆逐するのを目的とする。
エネミーの蛭人間は凶悪凶暴で、両手に鎌爪を持ち、スレイヤーと見ると襲って来る。
違法とされるのは、その戦闘が苛烈すぎて開催すれば必ず死人が出るからだった。
それを女子が実況するなんて文字通り「無理ゲー」だし、そもそも論で、そんな危険なバトルゲーム、小説では可能でも実際に行われるわけもない。
合法範囲でどこかで開催されたとかか?
(開催地はどこ?)
(辻沢の青墓の杜じゃないですか[イライラ]!)
絵文字がイラついていた。当たり前だと言いたげだった。
「スレイヤー・R」は辻沢の南にある樹海、青墓の杜で行われる。そんなことは知っている。
あの倉庫だって青墓の杜の広場にあるのと同じに見えた。
しかし何度も言うが、それは私の小説の中の話だ。
(だからたけりゅぬさんにお願いしてます[シンケン] 辻沢に一番詳しいから[スゴイ])
しばらく返信せずにアプリの画面の向こうのDを想像した。
普通だったらからかわれたと思うべきだ。
しかしDのやりとりには真剣さがあったのでそうは思えなかった。
行方不明の友達のためというより、D自身の命が掛かっているかのような、そういう切迫した何かがあった。
Dは現実と仮想の区別できなくなってるのかもしれなかった。
そういう精神状態になるのはよくわかった。
私も小説を書いていると現実と仮想が逆転して、現実なんて小説の劣化版だと思う時があるからだ。
だが、Dに付き合うつもりはなかった。
(辻沢へはどうやって行くのですか? 私は知りませんよ)
(それは調べます[フアン] 行き方が分かったらご一緒してくれますか[ドキドキ]?)
辻沢は架空の土地だ。行き方などあろうはずはない。
どうせ分からないし、このセッションを早く終わりにしたかったので、
(いいですよ)
と応えた。
([ヤッホー]またご連絡します[タノシミ])
それでDとのやり取りは終わったのだった。
二度とDから連絡は来ないだろう。ただ一抹の不安はあった。
Dの友人のレイカは青墓の杜で消息を絶った。それが本当なら彼女は辻沢へ行ったことになる。




