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真紀と譲のライトミステリーな日常(短編版)

失くなった傘の行方

作者: ウォーカー

 しとしと雨が降り続く梅雨の朝。

女子生徒である高山たかやま真紀まきは、

水たまりを飛び越えるように足早に学校への道を走っていた。

「こんな雨の日に寝坊なんて、まいったなぁ。」

水たまりを避け損ね、ローファーとソックスが雨に濡れていく。

そんな真紀を慰めてくれるのは、今差している傘。

真新しい青空のような青い傘だった。

「えへへ、この傘、最近買ったばかりのお気に入りなんだよね。

 おっと、見とれてる場合じゃなかった。急がなきゃ。」

真紀は傘をクルンと一回りさせ、学校への道を急いだ。


 真紀が学校にたどり着いた頃には、もう遅刻寸前。

校門こそ開いているものの、玄関には誰もいなかった。

「ここからが遅刻を免れるためのラストスパート。

 全速力で走るよ!」

真紀は自慢の傘を閉じると、無造作に傘立てに差し入れ、

靴を上履きに履き替えると猛然と走り始めた。


 そんなことがあって、真紀の一日は慌ただしく始まった。

でも慌ただしかったのは朝だけ。

遅刻を免れた後は、いつものように退屈な授業の連続。

教室の窓の外の光景はずっと雨で、

それもまた真紀の気分を重くさせた。


 事件は放課後になって起こった。

退屈な授業を終えた真紀が、学校の玄関へ向かう。

すると、傘立てを見て、異常に気が付いた。

「・・・あたしの傘が無い!」

真紀の買ったばかりのお気に入りの青い傘。

あの青い傘が、傘立てのどこにもない。

綺麗さっぱり消えてしまっていた。

「まさか、盗まれた?

 それしか考えられないよね。

 こんにゃろー!傘泥棒め、絶対逃さないぞ!

 まだ学校の中にいるかもしれない。

 あたしが絶対に探し出してやる。」

真紀は怒りの形相で、学校の中へ戻っていった。


 その後、真紀は学校中を探し回った。

しかし、真紀の傘を持っている人は見当たらなかった。

それでも諦めずに探し回り、それでもやっぱり見つからず、

学校内に残っている生徒もいなくなった頃、

真紀はトボトボと学校の玄関へと戻ってきた。

傘立てを見ると、そこには真っ黒なコウモリ傘が一本残っているのみ。

真紀の自慢の青い傘は、やはりどこにも見当たらなかった。

「はぁ・・・。あたしの傘、どこ行っちゃったんだろう。

 もう誰かに持ち出されちゃったのかなぁ。」

外はずっと雨が降り続いていて、真紀の涙雨が降りそうになった頃。

一人の男が玄関に姿を現した。

「おや、君は高山君じゃないか。

 こんなに遅くまで残って、何をしてるんだい?」

その男は、名前を細田ほそだゆずるといい、

真紀の学年の現代文学を担当している先生だ。

真紀は細田に懐いていて、何かと世話を焼いてもらっている。

その細田が現れたのを見て、真紀は救世主様とばかりに、

細田にひしとしがみついた。

「細田先生、聞いて下さいよ~。

 あたしの買ったばかりのお気に入りの傘が無いんです。

 盗まれちゃったみたいで。」

しくしくと鳴き真似をする真紀。

細田は面食らった様子で、とにかく真紀を落ち着けようとした。

「まあまあ、高山君、落ち着き給え。

 何があったのか、詳しく話してご覧?」

そうして、真紀は細田に事情を話し始めた。

今朝、寝坊して、慌てて学校へ登校したこと。

傘は確かに学校の玄関の傘立てに入れたこと。

それが、放課後になると、姿を消していた。

学校中、どこを探しても、傘は見つからなかった。

そうして、学校に生徒がいなくなった頃、玄関に戻ってきたこと。

真紀が話し終わるまで、細田は大人しく話を聞いてくれていた。

「・・・というわけなんです。

 あの傘、あたしのお気に入りだったのに。

 この学校に人の傘を盗む人がいるなんて、信じられなくて。」

落ち着いた真紀は、目尻を指先で拭った。

それからしばらく、雨音だけが学校の玄関に響いていた。

細田は何事かを考え込んでいて、真紀は心配そうにそれを見ている。

そして。

細田は、ふっと顔を上げて言った。

「高山君の傘のありかがわかったかもしれない。」


 真紀のお気に入りの傘が消えた。

真紀は学校中を探したが、傘は見つからなかった。

しかし、細田は、真紀から話を聞いただけで、

傘のありかがわかったかもしれないという。

真紀は細田にすがりつくようにして顔を見上げた。

「細田先生!あたしの傘はどこにあるんですか!?」

細田は、まあまあと真紀を落ち着かせようとした。

「それはこれから話すとして、まずは落ち着いて。

 今日一日のことを振り返ってみようじゃないか。」

「今日一日のことですか?はい・・・」

それと傘と何が関係あるのか。

真紀は疑問を感じながらも、細田に従った。

細田は人差し指を立てて、確認するように話し始めた。

「まず、高山君、今朝は寝坊して急いでいたそうだね?」

「は、はい・・・。あっ、でも出欠確認には間に合いましたよ!」

「うん、それはいい。それよりも。

 朝、学校の玄関に来た時、傘をどうしたか覚えているかい?」

「傘ですか?学校の玄関の傘立てに入れたと思いますけど。」

この学校の玄関にある傘立ては、共用の長方形の大きなもので、

個別に鍵などをかけることはできない。

雨の日など、傘立てが手狭で傘であふれることもある。

それを考慮して、細田が言う。

「高山君、傘を入れた場所は覚えているかい?」

「傘を入れた場所ですか?そこまではちょっと。急いでたので。」

「そうだろうね。

 では次、人が傘を盗む時、その理由は何だと思う?」

「傘を盗む理由?」

「目的、と言い換えてもいい。」

「それは・・・あたしの傘が気に入ったから?」

「もしそうだとすれば、高山君の傘を盗んだ者は、

 自分が差してる傘ともう一つの傘を持っていたことになる。

 これって不自然に見えるんじゃないかな?

 傘を二本持っていた者を探せば、明日にでも見当がつくだろう。

 でも実際はそうじゃない場合。

 人が傘を盗む時、その理由は、自分がその傘を使うためだ。

 急に雨に降られたりした時に、濡れたくなくて手近な傘を盗むわけだ。

 その場合、高山君の傘のような派手な傘は、

 目立つので足がつきやすく盗むのに適さない。

 そして、今日は朝から一日中、雨が降り続いている。

 以前から学校に泊まり込みでもしていたのでもない限り、

 傘を持ってない人はいないだろう。

 だから、今日に限っていえば、学校の傘を盗む必要がない。」

「自分の傘が壊れたから、あたしの傘を盗んだって可能性はないですか?」

「その場合は、壊れた傘が捨ててあるだろう。

 でもここには壊れた傘はない。だからその線はないだろう。」

「・・・なるほど。

 あたしの傘は盗むのに向かないし、盗まれる理由もないんですね。

 じゃああたしの傘は今どこに?」

「そこで確認なんだが、

 高山君は傘を求めて学校中を探し回っていたそうだね。」

「それでも傘は見つかりませんでした。」

「うん。傘は見つからなかった。

 それだけでなく、生徒も見つからなかったんじゃないかい?」

「言われてみれば、今日はもうみんな帰ったみたいで、

 どこの教室も空になってました。

 それで仕方なく、あたしは玄関に戻ってきたんです。」

「そうだろう。

 今、学校に残っているのが、高山君と私だけなのは、

 実は傘立てを見ればわかることなんだ。」

「傘立て?」

言われて真紀は傘立てを見る。

そこにはやはり、真っ黒なコウモリ傘が一本あるだけだった。

細田もそれを見て言う。

「雨の日だから、みんな傘を持っているに違いない。

 だから傘立てに傘が一本しかないということは、

 今、学校に残っているのは一人だけということ。

 ちなみにあの黒い傘は私の傘でね。」

「あっ、男の人向けだから、大きな傘なんですね。」

「うむ、そうなんだよ。」

傘立てには傘が一本だけ。

つまり今、学校に残っているのは、コウモリ傘の持ち主の細田と、

傘を失くした真紀の二人だけになる。

それでは真紀の傘を盗んだ犯人はやはり傘を持ち帰ったのだろうか。

いや、それには真紀の傘は派手すぎる。

もしそうなら、今日の解決は無理でも、明日には犯人がわかるだろう。

そんなことをする人が、この学校にいると思いたくないが。

その場合は、今日のところは、細田の傘に入れてもらえばそれでいい。

だが、細田の話によれば、そもそもそんな犯人はいないらしい。

では、真紀の傘は今どこに?

真紀の疑問は当然、そこに行き着く。

「細田先生。

 今、学校にはあたしたち二人だけ。犯人はいない。

 じゃあ、あたしの傘は今どこにあるんですか?」

「それだがね、話をもう一度最初に戻してみようか。

 高山君は朝、傘を傘立てのどこに入れたんだい?」

「だからそんなの覚えてませんって!

 適当な場所に差しました。」

「それなんだよ。この事件のキモは。

 高山君、君は朝、遅れてきたものだから、

 傘立てはいっぱいだったんじゃないかな?」

「あーそういえばそうだったかも。

 だから適当に入れました。」

「傘でいっぱいの傘立てに、無造作に傘を入れたら、どうなると思う?」

「・・・もしかして、他の傘の上に?」

「そう。高山君は誤って、他の傘の上に傘を差し込んでしまったんだ。

 すると、傘の中の傘は、見た目からは見つけにくくなる。

 特に、外側の傘が大きいときはね。」

「じゃあ、まさか、あたしの傘は今・・・!」

真紀と細田が傘立てに近付く。

そこには一本だけ差してある大きな黒いコウモリ傘。

その内側を覗くと、青空のような青い傘が刺さっていたのだった。


 朝、遅刻しそうだった真紀は、傘を閉じると、

傘でいっぱいの傘立てに適当に乱雑に傘を差し込んだ。

そこは奇しくも細田のコウモリ傘の上で、

真紀の傘は細田の大きなコウモリ傘の中に潜り込んでしまった。

それが、真紀の傘が消失した事件の真相だった。

真紀は頭を掻いて恥ずかしそうにしている。

「てへへ、なんだ、あたしの早とちりだったんだ。

 そうだよね。この学校に、人の傘を盗む人なんていないよね。」

「それはいいのだけれど、高山君。これはどうしてくれるのかな?」

細田が黒いコウモリ傘を開いて見せる。

そこには真紀の傘が刺さった穴が開いてしまっていた。

真紀はそれを見て、バツが悪そうに言う。

「ごっ、ごめんなさい・・・。

 あたしのせいで、先生の傘に穴を開けちゃって、どうお詫びしていいか。」

すると細田は表情を緩めた。

「なんてね。この傘はもう古いものだから、買い替え時だったんだよ。

 だから高山君が罪悪感を感じる必要はない。」

「そんな!それじゃあたしの気が済みません!

 あたし、ちょうど今、かわいいラッピングテープを持ってるんです!

 それで細田先生の傘の穴を塞ぐから、ちょっと貸してください!」

そうして真紀が細田からコウモリ傘を奪い取ることしばらく。

真っ黒なコウモリ傘は、花模様のテーピングが施された傘に変貌していた。

厳ついコウモリ傘に似つかわしくない、可愛らしいフラワーテープ。

細田は少し顔を引き攣らせている。

「・・・これを、私が使うのかい?」

「はい!かわいくていいと思います!」

「そ、そうだね。ありがとう・・・」

そうして、真紀と細田の二人は、各々傘を差して学校の玄関を出た。

夕方になっても梅雨の雨はまだまだ止む気配がない。

だが真紀の傘は梅雨の空に青空を、

細田の傘は青空の下に咲く花を連想させた。

そんなかわいらしい組み合わせの傘は、怪我の功名、

傘が盗まれたり壊れたりしなければ起こらなかったもの。

たまにはこんな日があってもいいなと、

真紀も細田も梅雨に負けないような晴れやかな笑顔を浮かべていた。



終わり。


 とうとう梅雨本番。

梅雨のお供の傘の話にしました。


真紀の傘は盗まれてしまったようで、

でも盗んだ犯人がいる話にはしたくなくて、

実は細田先生の傘の中に紛れ込んでいただけということになりました。


昔はよく傘を盗まれたもので、傘立ては使わないようにしてました。

傘を盗まれた人が、更に人の傘を盗み、という連鎖もしばしば。

なので、今は傘袋があるので助かっています。

少なくとも、鍵付きの傘立てを用意するよりは安くつくでしょうから。

中には傘袋があるのに、傘を置いていく強者もいますが、

傘を何度も盗まれた経験のある私には、とても真似できそうにありません。


お読み頂きありがとうございました。



2025/6/20 誤植訂正

第5段落14行目

(誤)細田ほそだまもる

(正)細田ほそだゆずる



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