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不審火  作者: 近衛モモ
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落ちこぼれシンドローム


 そうだ、墓参りに行こう。


 八月の半ば、そう思い立って帰省した連休、実家は台風の直撃を受けていた。


 典型的な夏の台風だと呼ばれるそれは足が遅く、列島に上陸したまま居座るタイプのものだった。

強風と長雨。それがお盆の連休に突撃してきたのだから、これほど迷惑な話しもない。

 行きはよいよい、帰りは怖い。

 行ったっきり公共交通機関の乱れで帰って来られない可能性がある為、ほとんどの社会人は予定を早めたり、逆に延期したりといった変更を余儀なくされている。

 そういう点では無職はいい。

 仕事の都合を考慮せず、年中どこにいたって誰にも文句を言われないのだから。

「アンタだけよ、そんなにのんびりしてるの。」

 と、母が言う。

 夕食のあと、居間で寝転びテレビを見ていた時だ。連休の初日、この悪天候の中をなんとか電車で実家まで辿り着くと、一度座った途端に尻に根が生えたかのように動くのが面倒になってしまった。

 イラストレーターの仕事をしながら送金してくれている母。消防士だった父は早くに亡くなり、浪人してから一切の向上心も湧かずダラダラ過ごしているダメ息子が俺。


 落零 風太郎。職業、無職。


「墓参りは明日でいいよ。確か、昼頃に一瞬晴れるんじゃなかった?」

「台風の目に入るだけよ。連休最後まで天気悪いって。」

「鈍足だなぁ。」

「帰って来るなり、ご飯を食べて寝転んでいるアンタよりマシでしょ。大学入って資格取るって言うから、わざわざ東京へ行かせたのに。」

「いいんじゃない。もう諦めて就職することにしたんだから。」

「就活してる?」

「何を持って何処へ行けばいいかわからないんだよ。」

 テレビでは少年向けアニメの再放送をやっているが、台風情報が割り込んでいる為、画面が一回り小さくなっている。

内容はわからないが、実家のテレビがついているのを眺めているだけで、この安心感だ。

「それじゃあ、年中帰って来られるじゃない。わざわざお盆の連休使って帰って来るから、仕事決まったかと思ったのに。」

「働きたくないんだ。」

 それより他に考えがない。

「お客さんは自分勝手だし、上司は意地悪だし。みんな僕をバカだと思ってる。」

「挨拶しないからよ。」

「自分から挨拶したくなるような相手なら自然にするさ。義務でやる挨拶に中身なんかないよ。」

「そんなのみんな無いわよ初めは。通りすがりに言っときゃいいの。第一、働いた経験無いじゃない。」

「アルバイトくらいならしたことあるよ。」

「バイト…はぁ…。」

 母は教育的指導を断念したようだ。その諦めの早さが遺伝した可能性はないかね?

 障子と窓を挟んで、その向こうは暴風雨の吹き荒れる暗闇。

 紐付き電灯の微妙な明るさの下、こたつ布団を外しただけで、こたつだった時と何ら上に乗っているものが変わらないゴチャッ…としたテーブルの横に、座椅子の背を倒して寝転んでいる。平穏な時間。

 テレビはアニメの放送が終わり、今入っているニュースをお伝えしますの時間になる。

 冷房が効いて涼しい室内。でも扇風機は年中出ている。何処か遠い街の盆祭りの様子が映る。花火が綺麗に上がっている。

「そういえば、こっちの祭りは?」

「さぁねぇ、子供が出ていくと、祭りにはとんと縁がなくなるの。台風で今年は中止かしら。」

 人混みも蚊に刺されるのも嫌いなので、祭りなんて死んでも行かない。

 でも花火は遠巻きに見たかった。蚊帳のある冷房の効いた部屋から、遠巻きに。

「そろそろお風呂行きなさい。」

「それ久しぶりに聞いたな。」

 嬉しそうに言うと、母もちょっと嬉しそうに笑う。

「何よ、急に。」

「もう一回、言って。」

「早くお風呂行きなさーい。」

「はーい。」

 親の有り難みなんて日頃は感じていないが、甘えられる存在がいるのは嬉しいことだ。



 普段はシャワーで済ましている行水も、久方ぶりに湯舟にじっくりと浸かる。すると、窓の外からドンドンと何か爆ぜる重たい音が聴こえてきた。



 やはり今年も、何処かで花火は上がっている。

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