裏の顔
「エマ、遅いわね」
ロザリーさんから暫く待てばエマが来ると聞かされた私は、食堂で一人お茶を飲んでいた。 しかし、いくら待ってもエマがやって来る気配は無く、数人いた部隊兵の人達もいなくなり、広い食堂で私は独りぼっちになっていた。
「何かあったのかしら。 これを飲んだら一回部屋に───」
「失礼します」
「ひぇ!! び、びっくりした」
「申し訳ありません。 ドヤ顔様、でしょうか」
私が一人愚痴ていると、いつ現れたのか、私の後ろに黒いメイド服を着た女性が声を掛けてきた。 突然声を掛けられ驚いた私に、メイドさんは表情一つ変えなかった。
「あ、周りからは“何故か”そう呼ばれますけど、それが名前じゃなくてですね」
「クイーン様がお待ちです。 お連れします」
「えっ。 クイーン様?」
「ロイヤルクラウン第一部隊・部隊長クイーン様です」
クイーン様。 確か、リースさんと旅に出るのを決めた日に、見た事がある。 直接話した事はないけど、私の事を良く思ってなかった気がする。
少し、考えた私は、メイドさんに連れられて食堂を出た。 あのまま待っててもエマがいつ来るか分からないし。 それに、幹部部隊の部隊長さんのお誘いを断る訳にもいかないしね。 エマには、部屋に戻って来た時に話せばいっか。
「クイーン様。 お連れしました」
黒服メイドさんに連れられ、ついた場所はロイヤルミュートを一望できるテラスだった。 クイーンさんはその街並みを見つめており、黒服メイドさんの声でゆっくりと此方を振り向いた。 夜風がクイーンさんの髪を撫で、その佇まい、美貌から、私は純粋に見惚れてしまった。
「ありがとう。 私にはいつものを。 この娘には特別酒をお願いしますわ」
「あっ、私はお酒は・・・」
酒という言葉を聞き、私は慌てて首を振った。 しかし、クイーンさんはニッコリと微笑むと、その美しい唇を開いた。
「酒といってもアルコールは入っていませんわ。 御安心なさい」
「は、はぁ」
私に配慮してくれた事が嬉しくもあり、同時に、気味の悪い気持ちにもなった。
どうして私がお酒が飲めない事を知っているんだろう? リースさんにでも聞いた? でも、あのリースさんが私の事を簡単に喋る筈がない気もする。
気味の悪い感覚のまま、周りを見渡すと、テラスには、一つのテーブルと二つの椅子が置いてあった。 いつも此処で御茶を楽しんでいるのだろうか、クイーンは手摺から離れると、黒服メイドが引いた椅子に優雅に腰を掛けた。
「此方へ」
クイーンさんがそう言いながら手を差し出す。 私は、緊張しながらも、空いている前の椅子に立った。 すると、黒服メイドさんが椅子を引いた。 私はこういう扱いを受けた事が無く、どうしていいか分からなかった。
「あっ、えっと・・・すいません」
何故か謝りながら、椅子に腰かけると、黒服メイドさんはその場から消えた。 恐らく、クイーンさんが言われた飲み物を準備にしに行ったのだろう。 そんな中、目の前にいる美しさの象徴の様な方を見つめていると、クイーンさんと目が合った。 瞬間、私の顔が熱くなるのが分かった。 咄嗟に目を逸らした私に、クイーンさんが言葉を掛けた。
「どうしてお酒が飲めないか分かったのか、ですわね?」
「あ、えっと、はい。 リースさんから聞いたんですか?」
「いいえ。 リースもお酒は飲めないですもの。 似た貴女もそうじゃないかと思っただけですわ」
「そう、なんですね。 配慮して下さってありがとうございます。 綺麗な上にそういう事もできるなんて、憧れちゃいます」
「嬉しい言葉、ありがとう。 貴女とは一度、お話したいと思いまして」
「私とですか?」
「そう。 何せ、我がロイヤルクラウン始まって以来の特別な娘ですものね」
そう言うと、クイーンさんは目を細めて微笑んだ。 その時、私はこの美しい人から、何か冷たいものを感じた。 微笑んではいるけれど、何処か、私を敵視している様な、そんな気がした。
「クイーン様。 お待たせ致しました」
そんなクイーンさんの視線を受け止めていると、黒服メイドさんがトレイを手に戻って来た。 クイーンさんの前にはカップを、私の前にはグラスを置くと、それぞれに飲み物を注いでいった。 私のグラスには、赤黒い、少しとろみのある液体が注がれている。
何かしら。 初めて見る飲み物ね。 でも、何だろうこの感覚。 凄く、凄く美味しそう。
「どうかしら。 お口に合うと良いのですけれど」
「あ、頂きます」
私は注がれた赤黒い液体を何の迷いもなく口に含んだ。 少し、酸味がある。 とろみのせいか、喉に引っかかる感じがする。 だけど、美味しい。 私は余りの美味しさに、こういう場では失礼かもしれないけど、一気に飲み干してしまった。 美味しいですと感想を言おうとクイーンさんを見た時、クイーンさんも、黒服のメイドさんも目を見開いて此方を見ていた。
「えっ?」
「あっ、いえ、何でもありませんわ」
慌てて自分のカップに口をつけたクイーンさんを見て、私は首を傾げた。 何か失礼な事でもしてしまったかしら。 でも、ほんとに美味しかったからしょうがないわよね。 作法とか知らないし。
「あの、それで、私を呼んだ理由って何でしょう」
「ああ。 それは、もういいですわ。 十分に“見せてもらいましたから”」
「は?」
「成程、まさか此処まで進んでいるとは思いませんでしたわ。 経過は順調という事ですわね」
「あのっ、何の話ですか?」
「いいえ、此方の話ですわ。 もう少し飲みましょう。 代わりを」
「はい」
クイーンさんは黒服メイドさんにそう命じ、黒服メイドさんが室内に戻って行った。 そんな中、視線を感じると、クイーンさんが目を細めて此方を見ていた。 まただ。 また、この冷たい視線。 心を見空かれている様な、何か、何かとても嫌な視線。 そんな視線の中、リースさんが目を細めながら口を開いた。
「リースとの旅はこれからも続ける様ですわね」
「は、はい。 次は北の大陸に行くと言ってました」
「そう、北の大陸。 あそこは良い所ですわ。 自然も豊かですわね」
「そう、なんですね」
「ええ。 ああ、そうですわ。 北の大陸に行く前に東の大陸の事は御存知かしら?」
「それが、余りよく知らないんです。 確か、魔物や魔族はそこから来るんですよね?」
「ええ。 急ぐ旅でもないのでしょう? 北の大陸に行く前に、己達の相手がどの様にして来ているのか、我がロイヤルクラウンがそれに対してどのように対抗しているのか、知るのも良いのではなくて?」
「リ、リースさんに言ってみます」
「是非、そうなさい。 貴女にとって“実りのあるもの”になりますわ」
それから、私とクイーンさんの間に会話は無かった。 お代わりを持ってきたメイドさんがクイーンさんのカップと、私のグラスに飲み物を注ぎ、静かにカップに口を付けるクイーンさんを見ているだけの時間が過ぎた。 どの位時間が経ったのか、冷たい風が吹いてくると、クイーンさんの綺麗な金髪が靡いた。
「風が、出て来ましたわね」
「そう、ですね」
「もうよろしいですわよ。 お戻りなさい」
「は、はあ」
そう言われると、私は席を立った。 戻り際に、一度振り向いてクイーンさんを見た時、クイーンさんも席を立ち、ロイヤルミュートの街並みを眺めていた。 風で揺れる金髪は、美しくもあり、怖くもあった。 その後ろ姿を暫く見ていたが、私は踵を返してその場を後にした。
「驚きましたわね」
「はい」
「普通の人間なら、あんなもの絶対に飲まない。 まして、美味しいという言葉が出る事がありえませんわ」
「は、い・・・はぁはぁ」
クイーンはそう言うと、テーブルに置かれた空のグラスに赤黒い液体を注いだ。 少なくとも普通の液体には見えないそれを見ると、眉間に皺を寄せる。 後ろでは、荒い息使いが聞こえており、我慢が出来ないと言ったそんな声の主に、クイーンはグラスを手渡した。
「よろしいんですか?」
「お好きになさい」
クイーンがそう言うと、黒服メイドはその赤黒い液体を飲み始めた。 目を閉じ、心から味わう様に飲み干すと、頬に手を当て、その余韻に浸っていた。
「さ、て。 彼女の今の状態が見れただけでも十分ですわね。 空気の濃さも非常に順調。 貴女は一度“あちら”にお戻りなさい。 勿論、報告を忘れない様に。 よろしいですわね?」
「はい。 因みに、今、東との大陸境には誰が?」
「レディがいるので余り近づかない方がいいですわね。 もう一人はツマミにもならないでしょうけど。 でも、オリガとイディスの二人を交代要員として派遣している筈ですわね。 後は、そうですわね・・・暫くはリースと彼女には近づかない方がいいですわね。 ベルビューヌも危なかったのでしょう?」
「現在は回復に努めているみたいで。 ガデルベルナが仕留めてくれれば良かったんですが」
「南の氷の世界には厄介な者がいますわ。 ガデルベルナでは難しいですわね。 一先ず、誰をお送りになるのかしら?」
「オルベルス様次第ですが、牡丹様を送る手配を」
「そう。 牡丹、ね。 レディならば兎も角、オリガとイディスも強くなったとはいえ、牡丹には勝てませんわね。 “部隊長”クラスでもいなければ」
「北の大陸で厄介なソフィアも今は此処に。 アンナも暫くは此処に詰めるでしょう。 レディと交代すれば大丈夫ですよ」
「そうですわね。 あちらはお喜びになられるかしら?」
「ミルノアの時はお喜びに。 オリガもイディスもかなりの手練れ。 褒美は大きいでしょう。 それでは、私はこれで」
黒服メイドはそう言いながらメイド服のスカートを摘まみ上げ、クイーンに頭を下げた。 クイーンはその姿を目を細めて見つめると、軽く溜息を付きながら口を開いた。
「その姿は目立ちますわ。 元の姿になるのを忘れない様」
「いけない。 “こちら”に居るのが長かったせいで忘れていました」
黒服メイドはそう言うと、見る見るうちに姿を変えた。 ロイヤルミュートには居る筈のない種族の姿になった女は、クイーンに頭を下げた。
「では、失礼しますー。 ソレ、また飲ませて下さいねー。 こっちじゃ立場上中々飲めないのでー」
舌を出しながら無邪気な顔で言う女に、クイーンは何も答えなかった。 姿を変えたメイドだった女がいなくなると、クイーンは星空を眺めながら、誰に言うわけでもなく口を開いた。
「悪く思わないでちょうだい。 これも、ロイヤルクラウンの為ですわ」




