ドヤ顔、宿舎兵となる
『母様! 行かないで母様ー!!』
『あなたはここで待っているの。 大丈夫、すぐに戻るわ。 お父さん、この子をお願いします』
『わかっとる。 気をつけていくんだぞ』
『嫌だ! 母様ー!!』
『エスター! すぐに来てくれ! 村の者は全員避難させたがあの数の魔物は自警団じゃ抑えきれん!!』
『分かっています。 自警団の方を下がらせてください。 何か妙な空気を感じます、危険です』
『わかった! すぐに伝える!』
『また銀雪華を手にするとは思わなかったけど・・・。 この子の未来の為。 行ってきますね』
『母様ー!!』
「母・・・様」
涙を流しながらぼんやりと目を開けると小さめのシャンデリアが目に入る。 淡い光が優しく降り注ぎ私を照らしていた。
夢・・・か。 凄い昔の夢を見てた気がする。 最近見なくなっていたのにな。 それよりここは何処だろう。 私試験を受けて・・・あ、そうだ。 オリガさんに合格を告げられた後気絶しちゃったんだ。
その時、私は人の気配を感じ、そちらに顔を向けた。
「起きた? 目を覚まさないからこのまま死ぬのかと思ったわ。 それでもいいけど」
その人は水差しを手にベットの横に備え付けられたコップに水を注ぐと、上半身だけ起こした私に手渡す。
「意識はハッキリしてるみたいね」
「オリガ・・・さん?」
「バカね。 違うわ。 私は姉さんじゃない」
「姉さん・・・?」
「判らないの? あなたとは会った事あるわよ? ほら、城門に姉さんともう一人門兵がいたでしょう? 私はそっちの方よ」
あ、確かにいた。 ジッと佇んでいた門兵さんがいた。 この人はそっちの人なんだ。 それにしても別嬪さんでオリガさんとそっくり。 双子かしら?
「ようやく合点がいった? それにしてもあなた面白い空気をしてるのね」
「面白い空気?」
「ええ。 なんと言えばいいのか・・・。 言葉にするのは難しいけど、暖かい感じがする」
「・・・」
そんな話をしていると部屋の扉が開き、見知った人物が入ってくる。 その人物は入ってくるなり、椅子に腰かけ水差しから水を継ぐと一気にそれを呷った。 そして、私を見つめて口を開いた。
「お目覚めか」
「今起きたところ。 姉さん怒られた?」
「いや、試験は一任されている」
「良かった。 この子の事でアンナ様に怒られたんじゃないかと心配だったから」
「アンナ様に会う事など中々ない。 ロザリー様に伝えた」
「そう。 それで、処遇はどうするって?」
「宿舎のE-五番に入れる」
「E-五番。 この子も問題児扱いか」
何の話? ロザリー様とかアンナ様とか、E-五番って何? 私の判らない事で話を進めないで欲しいわね。 とりあえず聞いてみようかしら。
「あの・・・」
「そうね、馬鹿なあなた相手にどこから説明すればいいか」
「宿舎に入れてからでいい」
「うーん。 まぁ、それがいいかもしれない」
「あの! 宿舎って何ですか?」
「ああ、宿舎はロイヤルクラウンの兵を育てる所。 あなたと同じように試験を受けて合格した者はそこに入って鍛える訳」
「お前はその中で最下位ランクだ」
「さ、最下位・・・?」
「姉さん、そんな言い方ないでしょう。 使い物にならないと言わないと」
どっちにしろ酷いじゃない! この人、言葉の端々に毒ついてくる人だわ。 それに多分自分で気づいていないからタチが悪いわね。
「とにかく、あなたは宿舎兵として───」
その時、扉をノックする音がする。 オリガさんが立ち上がり扉を開けると、そこには一人の黄服メイドさんが立っていた。 オリガさんと黄服メイドさんが話をすると、オリガさんは私に声をかけた。
「お前の受け入れが整った。 さっさと行け」
「え、あ・・・はい」
私は立ち上がり、ベッドサイドに立て掛けられた“相棒”を手にする。 試験の時に受けたキズや体の痛みは無く、直ぐに歩くことができた。
扉の前で待つ黄服メイドさんについて行こうとすると、近くに立つオリガさんが口を開いた。
「お前、イディスに礼は?」
「あ、ありがとうございました!」
「頑張りなさい」
「はい!」
「さっさと行け」
バタンと絞められた扉を見つめながら私は思う。
二人とも凄い別嬪さんなのに刺々しい言葉が多いわ。 でも、気絶した私を介抱してくれたんだから悪い人達じゃないよね。 ありがとうございました。
私は再度扉に向かって深々とお辞儀をすると、待っていた黄服メイドさんについて行った。
sideイディス
「試験で気絶する子は多いけど、ここで介抱するなんて初めてじゃない?」
私はテーブルを挟んで姉さんと向かい合って座る。 姉さんは水を飲みながらブスッとした顔で答えた。
「ああ」
「姉さんが抱えて連れてきた時は驚いた。 普通は医務室でしょ? なんで此処へ?」
「わからん。 そうしたかっただけだ」
そうしたかっただけ、ね。 私には判る。 双子だから。 姉さんはきっとあの子に何かを見た。 あの独特な空気を感じたから此処へ連れてきた。 私にも見せる為に。 お蔭で私はあの子をじっくり見る事が出来た。 何度見てもあの独特な空気は今まで感じた事がなかった。 馬鹿だけど不思議な子。
「そういえば名前は何ていうの?」
「知らん」
「知らないって聞いてないの?」
「ああ。 ドヤ顔でいいだろう」
「ドヤ顔? 面白い名前」
「どうでもいい事だ」
そう言うと姉さんはベットに横になる。 せめて着替えてから横になってくれればいいのにと私は姉さんに近づく。
「イディス。 あの空気をどう思う」
天井を見つめながら姉さんが口を開いた。 やっぱり気になってるのね。
「独特。 不思議だと思うけど」
「それだけか?」
「・・・どうして?」
「いや、いい」
姉さんはそう言うとゆっくり目を瞑り、寝息を立て始めた。
だから着替えを・・・。 溜息を付きながら私は思う。
疲れている? あの姉さんが? 珍しい。 先見眼を使い過ぎたからかもしれないけどこんな事は今までなかった。 あのドヤ顔との試験がきつかった? ・・・そんな訳ないか。
私は窓際に立ち、空を見上げる。 夕日で染まった空に二羽の鳥が仲良く飛び立っていた。