邪悪
槍使いの女性の言葉は意外な物だった。 “ロイヤルクラウンに入りたかった”この言葉を聞いた時、私は疑問を感じた。 ロイヤルクラウンに入りたいのなら直接来ればいいのに、何故こんな所で盗賊行為を行っているのか。
私が口を開くのより早く、リースさんが先に口を開いた。
「ロイヤルクラウンに入りたいって? だから盗賊の真似をしてたっての?」
「盗賊の真似なんてしてねえ。 ただ、食料とかを失敬してただけだ」
「それを盗賊って言うんだよ。 呆れたね。 アンタ程の強さならウチに来たら直ぐに部隊兵になれるってのに」
リースさんの言葉に槍使いの女性が驚愕の表情を浮かべた。 それから口をパクパクとした後、声を荒げた。
「て、てめえ等ロイヤルクラウンの連中か!?」
「そうだよ。 証拠に・・・あっ、しまった。 カードは酒場のオヤジに貸してたんだった」
「これです」
リースさんに代わって動ける様になった私が漆黒のカードを見せた。 それを見た槍使いの女性はカードと私達を何度も見比べると大きな溜息をついた。
「街の自警団やその辺りの傭兵にしちゃ強い訳だ。 それならそうと言ってくれよな」
「いや、言う前に先に襲って来たのはそっちじゃないですか」
「違いねえ。 悪かった」
「何で女を狙う? 売ったりしてるとか?」
リースさんの言葉に槍使いの女性が険しい顔つきで答えた。
「そんな事しねえよ。 街の者なら放っておくんだがな。 この辺りにも魔物はでるからな。 保護を兼ねてるんだ」
「そのまま街に行かせた方がいいでしょ。 それにアンタなら街の自警団に入ればトップの実力じゃない?」
「まあ、な。 ただ、俺は街には近づけねえ。 悪いが理由は言えねえ」
腕を組んでプイっと口を閉ざした槍使いの女性に、リースさんが髪をかき上げながら口を開いた。
「ま、色々あるって事か。 で、アンタ名前は?」
「ライ」
「ライさんですか。 格好いい名前ですね。 私は───」
「ああっ!」
私が自分の名前を名乗る瞬間、ライさんは声を荒げながら立ち上がった。 私の朧牡丹の傷も深くは無く、動く事に問題はなさそうだった。 少し悔しくも感じる。
「何? 何かあった?」
「いや、あいつ等にロイヤルクラウンの連中が来たって教えてやらねえと!」
「ああ、あの手下?」
「あいつ等も元は傭兵だったり王国の騎士だったりするんだけどな。 取り合えずアジトに案内する。 こっちだ」
言いながらライさんは浮かれ気味な空気を出しながら先を歩いて行く。 そんなライさんを見ながら私はリースさんに声を掛けた。
「ついていって大丈夫ですかね」
「問題ないよ。 盗賊っても命までは取ってないみたいだし。 それなりに罪は償わせるけどね」
言いながらリースさんもライさんの後について行った。 私も銀雪花を腰に差し直すと、二人の後を追った。
闇が支配する東の大陸。 そんな大陸の中、一際闇が深いと言われている場所がある。 魔物は当然、魔族ですら近づく事を恐れる程にだ。 それは巨大な城の中の地下。 以前、人間達が繁栄を築いた時には罪人達を閉じ込めていた場所であろう牢獄には魔族でさえ吐き気を催す程の邪悪な存在があった。
そんな地下へ、三美凶の長女であるオルベルスネーシアが長い石造りの階段を降りて行く。 無数にある牢獄の中には何の存在も感じられないが、一番奥の牢獄の中から四つの空気を感じる。
一つは牢獄の門番をしている女魔族。 空気から分かるその強さはネヴァナローナを超える程の強さを持っている。 それ程の者が牢の門番をしている事から、中に入っている三つの邪悪がどれ程の者かを否が応でも分からせて来る。
「オルベルス様。 どの様なご用件でしょうか?」
牢の門番の魔族が口を開くと、オルベルスはその美しい蒼い髪をかき上げ、口を開いた。
「牢を開けなさい。 三人の中の二人に用があるわ」
「出来ません。 この牢は強力な封になっております。 更に本人達にも何重にも封を張って抑えつけております。 牢を開けるだけでも危険です」
「私を誰だと思っているの? 御母様の命よ」
その言葉を聞いた門番の魔族は牢の鍵を取り出すと、オルベルスに向かって口を開きながら手渡した。
「私の命は此処までです。 オルベルス様、ご武運を」
「ええ。 有り難う。 一人は出さないつもりだから別の者を寄越すわね」
「はい」
会話が終わると、オルベルスが牢の鍵を開ける。 そして、中に一歩足を踏み入れると、門番の魔族が何かに押しつぶされたかの様に潰された。 初めから赤い血液だけがそこにあったかの様に、魔族の女は跡形も無くなった。
「封をしているにも関わらずこれ程とはね。 姿を見せなさい」
オルベルスが暗闇に声を発すると異形の姿をした三“匹”の魔物が姿を現した。 身体中に封の札を張られており、その者達の強さが見て取って分かった。
「御母様からの命よ。 二人、出して上げるわ。 外に出たい者は?」
その言葉を聞いた三匹の魔物の中、二匹が我先にと歩み寄って来る。 そんな中、オルベルスは近づいてきた二匹に近づくと、張られていた封に手を掛けた。
瞬間、電撃が走ったかの様にオルベルスの手を弾いたが、オルベルスは楽しそうに口元を歪めると、そんな衝撃を意に介さず二匹の封を取り除いた。
「ああ。 いい気持ち」
「この私に封をするなんて良い度胸ですね? ねえ? オルベルス様」
「私の命に従いなさい。 先ずは御母様に───」
「貴女の命令に従うつもりはないですよ? オルベルス様」
「好きにさせてもらう」
二“人”の魔族はオルベルスの言葉に従う気はさらさら無く、オルベルスの横を通り過ぎ、牢から出て行く。 そんな二人を見て、オルベルスの目付きと空気が変わった。 そんな空気を感じたのか、二人の魔族はオルベルスへと振り向いたが、そこにオルベルスの姿は無かった。
「あまり───」
振り向いた二人の背後から声が聞こえる。 一瞬にして、二人の背後に回り込んだオルベルスは声の方に振り向いた二人へと殺気の籠った視線を向けた。
「調子に乗らないほうがいいわよ? 封が解けて直ぐに死にたくはないでしょう?」
並の魔族や人間ならばその威圧だけで殺せてしまいそうだが、対峙する二人もまた、並の魔族ではない。 オルベルスの殺気すらも心地良く感じている。
「ふうん。 流石に三美凶ですね? オルベルス様」
「ああ。 いいね。 その殺気」
「黙ってついてきなさい。 御母様に───」
オルベルスが踵を返し掛けたその時、二人の魔族は飛び上がり壁を破壊しながら外へと飛び立った。
「ちっ。 クズ共め。 まあいいわ。 ガデルベルナにあの二人。 流石にドレスも大人しくなるでしょうし。 後は人間共が死滅しない様にしなくては、ね」
一人口元を歪めたオルベルスは地下牢獄を後にした。 牢に残された一匹の魔物はそんな光景を黙って見つめていたが、鍵のかかっていない扉もそのままに、自ら牢の奥に消えて行った。
「はあ。 久しぶりの外の空気」
「私は好きにさせてもらいますけど? 貴女は如何しますか?」
「腹が減った」
「食べすぎると太りますよ? 私みたいに体系に気をつけないと」
「こんな所でも女王様気取り? くだらない」
「気取ってなんかいません。 私は従順な部下が欲しいですね」
「群れるのは弱い証拠。 閉じ込められて力も無くしたか」
「殺してやりましょうか?」
魔族の一人が殺気を込めながら睨みつけると、もう一人の魔族も睨みつけながら口を開いた。
「はっ。 御前如きじゃ前菜にもなりゃしない」
「良い度胸ですね。 分かりました。 死ね」
片方の魔族が手を伸ばすと、もう一人の魔族が掌に赤い球体を作り出した。 そうして、二人がぶつかる寸前何も無い空間から声が発せられた。
「止めて下さい。 二人共」
二人の間から割って入る様に地面から現れたのはプラムベティだった。 そんなプラムベティを見て、ぶつかる寸前だった二人の魔族の動きが止まる。
「今度はプラムベティ様? 三美凶も暇なんですね?」
「五月蠅い奴が来たな」
「いい加減にしてください。 二人共御母様に挨拶をしてもらいます」
「断る。 隙をついて封までしておいて挨拶しろって? 奴に従うつもり等ない」
一人の魔族がそう言うと、もう一人の魔族は何かを感じたのか、プラムベティへと歩み寄った。
「私は挨拶させてもらいますわ。 プラムベティ様、申し訳ありません」
「分かりました。 もう一度言います。 貴女も御母様に挨拶を」
プラムベティは断ってきたもう一人へと目を向けたがその魔族はプラムベティを見下した目で口元を歪めた。
「何度も誰に言っているんだ? プラムベティ。 まあ、御前なら主菜になるな。 ここで腹ごしらえしていくか」
「・・・」
今度は頑なに断る魔族とプラムベティの間で殺気のぶつかり合いが起こる。 そんな二人を見ながら残った魔族の女が楽しそうに口元を歪めた。
「ドレスお姉様を捉えなさい。 それで手を打ってあげます」
「ドレス? ウィンクドレスを? 姉妹喧嘩でもしたか?」
「そういう訳ではありません。 ガデルベルナも向かっています。 二人なら出来るでしょう」
プラムベティから発せられたガデルベルナの名を聞いた魔族の一人が口を開いた。
「人間から魔族になった実験体の一人ですね? 良く生きていましたね」
「長い時間を掛けて少しずつ成長させました。 二人でドレスお姉様を捉えてください。 良いですね?」
「御前の命令に従うつもりは無いし、あんな魔族擬き必要ない、が。 ウィンクドレスと殺り合えるとなるとそれだけで腹一杯になるな」
「いいじゃないですか。 そのまま三人共死んでくれれば尚良しですけど」
プラムベティの傍にいた魔族の女が口元に手を当てながら喉を鳴らした。 そんな魔族の女を見ながら赤い球体を作り出した魔族が歪んだ顔で口を開いた。
「私を誰だと思っている。 いいさ。 ウィンクドレスは私が殺してやるよ。 このベスキュビアがな」
そう言うと、ベスキュビアはその場から消え失せた。 そして、残されたプラムベティは諦めたかの様に呟いた。
「捉えろ、と言ったんですけどね」




