追憶 白蛇姫と呼ばれた女
初めは、憧れだった。
私には歳の離れた姉兄がいた。 姉は国の中でも有名な学者となり、兄は武術に長けていた事から国を守る騎士団の団長を務めていた。
国の中でも一、二を争う程の良家の中、大きな期待を持って生まれてきた私は、生まれつき身体が弱かった。 少し歩いただけで呼吸が上手くできず、力が入らない身体では一人で食事も取れなかった。
そんな私を心配する両親だったが、幼い内から分かった。 両親は私を愛して等いない、と。 両親は病気が悪くなってはいけないと、私を部屋から出す事はしなかった。 分かっていた。 私という存在が、両親にとって恥ずかしいのだと。
私の世話はメイドが全て行った。 手洗いにさえまともに行けない私に対し、メイドは淡々とシーツを変えた。
部屋の外で、メイドと両親の声が聞こえた。
『あんな子、あたしの子じゃないわ』 『我が家の恥だ』 『無表情で気味が悪いです。 替えのメイドを雇ってください』
ある日には、下の部屋から楽しそうな声が聞こえる。 開かれている窓から聞こえる声で、兄が武勲を立てたと分かった。 両親の楽しそうな声。 メイド達の拍手喝采。 姉の甲高い笑い声。
私は、生まれて来てはいけなかった。
私は窓際に置かれたベットに横たわり、外から聞こえて来る子供達の声を聞きながら、窓から見える空と庭にあった大きな木を眺めていた。 私は時折、ベットに横たわったまま、届くはずの無い空に向かって手を伸ばした。
青い空に白い雲が浮かぶ姿は、今日も綺麗だった。
私が部屋に籠っている間でも、時は動き続けた。 庭にある青々とした葉を付ける大木を見つめていると、いつしかその葉も茶色く枯れ、そして雪が降る頃には葉は一枚も残らず散って行った。
そして、日差しが暖かくなった頃、また、大木は青い葉をつけていった。
そんな毎日を過ごしていた時、大木に新たな生命が舞い降りた。 小さな二羽の鳥が懸命に枝木を集め、そこを自分達の家とした。
二羽の鳥が寄り添う様にその家で過ごしていると、そこに新しい命が宿った。 小さな声で鳴き続ける三羽の子供達は、両親が持って来るご飯を心待ちにしているかのように鳴き続けた。
気づいた頃には、毎朝その鳴き声で目が覚め、ただジッとその家族を見つめるのが日課になっていた。 この子供達の成長を楽しみにしていた。
ある日、三羽いた子供達の中から、一羽の子供が巣からいなくなっていた。 私はベッドから何とか這い出ると、窓の外を覗いた。
地面に子供の一羽が倒れているのが見えた。 まだ、微かに動いてはいる。 そこへ、ご飯を取りに行っていた両親が戻ってきた。 私はホッと胸を撫でおろした。
良かった。 これで、あの子は助かる。
両親は、倒れている子供に目もくれず、二羽の子供達へご飯を与えると、再度ご飯を求め飛び立っていった。
力を振り絞り、何年か振りに部屋を出た。 手摺に捕まり、一歩、また、一歩。 ゆっくりと階段を降りた。 途中、メイドの一人と目が合ったが、メイドは何も言わず、知らぬ顔をした。
壁に手を付きながら大木まで歩いた。 微かに動いていた一羽の子供は、もう動いてはいなかった。
一羽の子供を手に、ベッドに腰を掛けた。 手の中に在る動かない“それ”を見つめた。
これは、私だ。
生きる気力を無くしかけた日、けたたましい声が響いた。 私は興味が無くなった大木にゆっくりと目を移すと、二羽の子供達が騒がしく鳴いていた。 そこへ、白い何かが大木に纏わりつきながら這いずっているのが見えた。
そして、子供達の声を聞いてか、両親が戻って来た。 白い何かに勇敢に挑む両親だったが、白い何かは強かった。 両親も、残った二羽の子供達も、簡単に白い何かの牙に掛かった。
その日から、鳴き声は無くなった。
ああ、そうか。 ようやく分かった。
私はその時、一つの答えに辿り着いた。
そうだ。 私が───
私が強くなれば全て壊せる
その日から私は身体を動かした。 廊下で倒れてしまった時、メイド達のクスクスした笑い声が聞こえていた。 誰も手を貸す者はいなかった。 雨が降ろうが、雪が降ろうが、私は少しずつ外を歩いた。 街の者は私を奇異の目で見ていた。 ただ、全てを壊す為だけに己を鍛え続けた。
私の中でまた一つ、炎が宿った。
両親が街を徘徊する私の事について、自警団から問われていた。 だが、両親は私の事等知らないと、そんな者はいないとシラを通した。
また、炎が宿る。 壊す。 全てを、壊してやる。
身体を動かし始めて、数年が過ぎた頃、国の大通りに人だかりが出来ていた。 私はそれを遠目で見ながら日課となった長距離走を続けていた。 何処かのお偉いさんでも来ているのか、だけど、私には興味が無い。 今はただ、強くなる為に、いや、全てを破壊する為に身体を動かした。
『アンタ、なんて名前?』
そんな私に、黒衣を纏った女性が果実を食べながら訪ねてきた。
誰?
『ああ、聞いといてこっちが名乗らないのは悪いね。 アタシは───』
『リース様!』
人だかりを掻き分けながら赤い髪の人女性がやって来た。 外見は男性にも女性にも見えたが、声で女性だと言う事が分かった。
『イリーナ。 いきなりで悪いんだけどさ、この娘、私が預かるよ』
えっ?
『リース様、突然その様な・・・』
リースと呼ばれた女性は私の手を取ると、先に歩き始めた。 私は懸命にその手を離そうとしたが、力強く握られた手を離す事が出来なかった。
『忘れてた。 アンタ名前は?』
急に振り返り、リースは私を見つめた。 その表情は何かを探っているかの様にも見えたが、私は数年ぶりに自身の名を口にした。
ガデル・・・ベルナ
『リース、貴女どういうつもり? あんな娘を拾って来るなんて。 相手の親には伝えてるの?』
『さあ? 親なんていないって言うからさ』
『さあ? じゃないわ』
『うるさいな。 あの娘の目、あれで分かるでしょ』
『分かるけれど。 それなら先に始末するべきでしょう』
『アンナ。 アンタね、まだ何もしてないガキを始末する訳にはいかないでしょ』
『どうして? ああいう娘は先に始末するべきよ』
『だからまだ何もしていないでしょ。 アタシがさせないようにするから』
『どうしてそこまで拘るの?』
『似てるんだよ、昔のアタシに。 何を憎んでいたのかすら忘れて、この世の全てを恨んでる。 あのままにしたら、大変な事になるよ』
それから、私はロイヤルクラウンへと連れてこられた。 そこで、私は初めて友と呼ぶことが出来る者達と出会った。 一人錬磨に励む私は声を掛けられ、私は特に拒絶する事も無くその者達と寝食を共にした。 同じ部隊兵として、皆で血反吐を吐きながら身体を鍛えた。
その頃から、私の中で何かが変わった。 全てを破壊する為に身体を鍛えていたが、それが薄れて行った。 この者達と共に生きていたい。 そう、考える様になった。
リースも私の事を気にしていたのか、二日も置かずに顔を出していた。 その度に話をし、錬磨を見てくれていた。 私はリースの事が好きだった。 リースもまた、私の事が好きだったと思う。
昔の記憶も奥底に閉じていき、新しい私として生きていたある日、私は遠征先で一匹の魔物と出会った。 幼い頃、あの大木の家族を葬った白い何かが大きくなった魔物だった。 強かった。 だが、私達はその魔物を倒した。
魔物が朽ち果てる真際、魔物の中から小さな白い何かが藻掻いていた。
私はその小さな白い何かを持ち帰った。
周囲の者はその魔物を始末しろと言ったが、私はしなかった。 餌を与え、育てた。 白い何かを連れて遠征にも出た。 白い何かは私の懐の中でずっと私達の闘いを見ていた。
リースに話すと、私が責任を持って育てるなら構わないと言ってくれた。 嬉しかった。
ロイヤルクラウンへ入隊して、三年が経った。 その日、既に部隊兵となっていた私と他に数名の友が遠征に出た。 私はその中で隊長を務めた。 場所を聞かされた時、何処かで聞いた覚えのある国だった。
その日、リースは私達の遠征についてこなかった。 初めての事だった。
“魔物”の討伐は容易かった。 私を中心に友と連携を取り、あっけなく殲滅した。 勝利に酔いしれていた私達に油断が合ったのも確かだと思う。 私達の目の前に現れた一人の“魔族”。 私はその魔族に対し、果敢にも挑んでしまった。
リースから言われていた、魔族が相手の場合、どんな力を持っているか分からない。 その為、迂闊に近づくなと。 私はその言葉を忘れていた。
魔族が何か呟き、私の前から霧の様に消滅すると、私の懐にいた白い何かが顔を出した。 そして、その妖艶な赤い瞳を輝かせた。
『ようやく、まともな身体になったか。 お前の心の闇、実に心地よかったぞ』
暗闇に引きずり込まれ、白い何かの声が“我”の頭の中に響いた気がした。
皆、逃げて───
『ベ・・・ベルナ・・・。 どうして?』
気づいた時、我の耳に入ったのは友だった者の声だった。 我の周りには夥しい血液と、倒れ伏せている友だった者達の姿だった。 そんな友だった者達を見て、我には何の感情も湧かなかった。
我の目に映るのは、一つの街。 記憶の奥底に閉ざしていた何かが、我の中で爆発した。
『あれ? ベルナは?」
『リース様。 ベルナさんなら遠征に行かれましたよ』
『遠征? アタシ聞いてないよ? 何処に行った?』
『何でも───』
『なっ!! クソッ!』
『あっ、リース様! 何方へ!?』
『ベルナを追う! アンナを寄越す様にアルテアに言いな! それからクラウディアに“準備”だけしておいてってのも忘れないでよ!!』
人々の悲鳴が耳に入る。 我が力を解放した時、懐に眠る白い何かが我を包み込んだ。 そして、全てを破壊した。 大人も女も歳は関係無かった。 白い何かは全てを喰らいつくした。 途中、自警団らしき者達がやって来た。 中には見覚えがある男もいたが、我を見るなり驚愕していた。
皆。 逃げて。 貴方達じゃ・・・。 誰か。 誰か、私を、私を───
街の全てを破壊し尽くした我は瓦礫の山の上に立った。 来る。 きっと、彼女なら我を追って来る。 我は自身に憑りつく“白蛇”を撫でながらそれを待った。
そうだ。 彼女なら、きっと私を───。
『ベルナァ!!』
『くっ、くふふ。 くふふふ。 ようやく来てくれたわねぇ?』
リース。 やっぱり来てくれた
『アンタが、やったのか』
『そうよぉ? とっても楽しかったわぁ』
違う。 私は、こんな事───
『この・・・大バカ女! 何でこんな・・・!』
『言ったでしょ? 楽しかったって。 楽しい事をする事が悪い事なのぉ?』
違う───
『アンタはやり過ぎた。 アタシが面倒を見始めたんだ。 最後まで受け持って上げるよ』
『できるかしらぁ? その甘い性格で私を殺せる?』
リース、早く。 早く私を───
『やるよ。 目を離したアタシに責任がある。 覚悟しなよ“ガデルベルナ”』
『くふふふ。 楽しみましょうねぇ?』
数十分後、我が地に倒れ、リースがその上から見下ろしていた。 多少傷は負っているが、その表情は険しい顔つきのまま、力の差は明白だった。
やっぱり、リースは強かった。 何だか、それが嬉しくも感じる。
『くっ、ふふ。 流石だわぁ、リース』
『ガデルベルナ。 終わりだよ』
『くふふ』
ありがとう。 リース。 これで、ようやく───
その時、私の頭の中で白い何かの声と、聞いた事の無い女の声が響いた。
『グッ、この女・・・まだ全てを奪えぬとは大した精神力だ。 思う様に身体が動かせぬ』
『情けないのう。 どれ、ちとわらわが手伝ってくれよう』
瞬間、私の中で何かが脈を打った。
ああ、感じる。 私が私じゃ無くなって行く。 リース・・・皆・・・
何かの力が私の身体の中に入り込んで行く。 私じゃ無くなっていく感覚の中、私として最後に見た光景は、悲痛な面持ちをするリースだった。
そして、握られた拳が我に振り下ろされる事は無かった。
『リース!! どういうつもり!! 何故止めを刺さなかったの!』
『・・・ゴメン』
『謝って済む話じゃないわ! 見なさいこの街の有り様を! 私達意外の生命の灯は何一つ残っていないわ!』
『・・・』
『追い詰めて起きながら止めも刺さず、挙句逃げられるなんて・・・!』
『ゴメン』
『・・・だからあの時言ったのよ。 貴女の甘さが招いたのよ』
『分かって・・・る』
『はあ・・・。 四名はこの場の検証を行って。 残りは先に保護した者達をロイヤルクラウンへ運びます。 迅速に動く事』
『はっ!!』
『ベルナ・・・』
疼く。 この身体が、この左眼が疼く。 壊してやる。 あのお気に入りの娘も、駄犬風情も。 そして───
あのエルフハーピーの全てを喰らいつくしてやる。




