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言伝

 

 (は、速い!!)


 ソフィアの見えない剣がプリミアに迫った。 しかし、プリミアの瞳はその剣閃を捉えていた。 辛うじて躱したつもりだったが、プリミアの身体中に刀傷が出来、そこから血が溢れていた。


 そんな姿を見て、ジュナは倒れながらも驚愕の表情でプリミアを見つめていた。


 (ソ、ソフィア様の連撃を躱すなんて・・・! やっぱり私なんかが相手に出来る奴じゃない)


「なんという速さだ。 私でさえ躱しきれないとはな」


「初撃を避けられたのは初めて」


「くっくっ。 だろうな。 これ程の腕の持ち主だ。 相手になって生きていられる者がいる事が珍しいだろうな」


「今までいない」


 言いながら一歩踏み出すソフィアに対し、プリミアは一歩後退りをした。


 (さて、どうするか。 この程度の傷なら直ぐに回復する。 しかし、まともにやり合えばコイツには勝てない。 だが、逃げようにもコイツは私を逃がさないだろうな。 ならば───)


 一歩、また一歩と近づいてくるソフィアに対し、プリミアは覚悟を決めたかの様に立ち止まった。 そして、自身の力を最大限に発すると、禍々しい空気と共に牙を向いた。


「私が“禍渦”と呼ばれる訳を知るがいい!!」


「面白い」


 大きく息を吸い込むプリミアに対し、ソフィアはその場から動かず、剣を構えた。





「近づかず。 私が怖い?」


 プリミアはソフィアの間合いに入る事無く、距離を取って仕掛けていた。 自身の口から吐き出される空気の圧は、圧縮され、風の弾を作り出していた。 そして、ソフィアはその風の弾を剣で捌き続けている。


「戦略、と言って欲しいな」


「風を操る。 それで“禍渦”。 安直」


「私が付けた名ではない。 だが、気には入っている」


 風の弾を捌き続けるソフィアを傍で倒れたまま見ていたジュナは拳を握りしめた。


 (私のせいだ! 私が動けないからソフィア様も此処を離れる事が出来ないんだ)


「ソフィア様! 私の事は・・・はぁ、はぁ。 気にしないでください!」


「五月蠅い」


 ジュナの言葉も意に介さず、ソフィアはその場から動かずにいた。 そんなソフィアを見て、ジュナは再度、自身の力の無さを嘆いた。


 (ごめんなさい、ソフィア様。 ごめんなさい!)


「人間は愚かだ。 そんなマヌケさっさと捨て置けば良いものを」


「否。 大切な仲間」


「貴様もマヌケだな。 ならば共に死ね!」


 プリミアが大きく息を吸い込み、巨大な風の息吹を吐き出した。 ソフィアはそれを剣を回転させながら自身とジュナを守った。 そんな姿を見たプリミアが自身の手を大地に宛がった。


「マヌケめ! こっちが本命だ!」


 突如、ソフィアとジュナを含む大地から上方に向かって風の竜巻が起こった。 巨大な竜巻は周囲を破壊し、空に浮かぶ雲も吹き飛ばしていった。


「そこからは抜け出せん! そのまま切り刻まれるがいい!」


 巨大な竜巻を操りながらプリミアが叫ぶと、竜巻の中から一歩ずつ歩いてくる影が見えた。 そんな影を見てプリミアは後退って行く。


「バ、バカな・・・」


 影が近づき、遂に竜巻を抜け出すと、そこには傷一つ無いソフィアと、脇に抱えられていたジュナの姿があった。 ジュナはまともに呼吸が出来なかったのか、息が荒い。 しかし、ソフィアにはそんな姿すら見られなかった。


「け、剣一本で私の風を防いだのか!?」


「良い破壊力」


「かはっ!! はっーはっー!!」


「ジュナ、無事?」


「はっーはっー・・・は、はい」


 プリミアに目もくれず、ジュナの身体をいたわるソフィアに対し、プリミアは汗を掻きながら思案した。


 (に・・・人間じゃない。 どうする!? どうするどうするどうする!?)


 ジリジリと後退するプリミアだったが、ソフィアの睨みで動きを止めた。 歴戦の魔族さえ睨みだけで動けなくする程、ソフィアとプリミアの力には大きな差があった。


 (くそっ! くそっくそっ!! だからネヴァナローナと代わっていればよかったんだ! 嫌だ、嫌だ嫌だ!! 死にたくない・・・!)


「初撃は躱せた。 次は本気で行く」


「ぐっ・・・」


 剣を構えたソフィアが近づいてくる。 それにつられ、プリミアは後退する。 二人の間合いが詰まる事は無かったが、二人のその動きから、どの様な結末になるかは火を見るよりも明らかだった。


 しかし、得てして結末というものは意外な形で崩れる物である。



「プリミア!!」


「!?」


 突如、空から轟雷が轟くと、プリミアの傍にはイルミディーテが立っていた。 そんなイルミディーテを見て、ソフィアが眉を顰めた。 そして、イルミディーテを見たジュナが叫んだ。


「あれは・・・“渦雷”!? くっ・・・敵の援軍なんて!」


「イ、イルミディーテ!! 来てくれたのか!」


「貴女がこんなに苦戦するなんてね。 相手が誰かと思えば、ブルデンバウム最強のソフィア、ね。 プリミア、二人なら勝てるわ。 やるわよ」


 イルミディーテの援軍を得て、プリミアが喉を鳴らした。 まるで、子供が大人を連れてきたかの様な意地悪い顔で。


「く、くっく。 マヌケ共! ここからが本当の戦いだ!」


「援軍が来て随分と威勢がいい」


「黙れ!! 貴様は私が喰い殺してやる!」


 プリミアとイルミディーテが構えると、ソフィアも剣を構えた。 ジュナはそんな三人を見て、ゴクリと唾を鳴らした。 相手はどちらも名の知れた魔族。 いくらソフィアといえど、二人を相手にするのは分が悪い。 自分が戦うのだ。 そう心に秘め、身体の痛みと戦いながら立ち上がった。


「ソ、ソフィア様! 私も、戦います!」


「邪魔。 離れて」


「わ、私もまだ戦え・・・!」


「アンナ様、イリーナ様。 ジュナをよろしくお願いします」


 ソフィアが虚空に向かってそう呟くと、ジュナの傍にアンナとイリーナが姿を現した。 そして、アンナは二刀の剣を構え、イリーナはジュナを抱き抱えた。


「イリーナさん!?」


「ジュナさん。 私達は引きましょう。 正直、この戦いにはついていけません。 あの二人の魔族は私達より強い。 ここはアンナ様とソフィア様に任せましょう」


「で、ですが・・・!」


 アンナがソフィアの横に立ち、チラッとジュナを見ると、また、プリミアとイルミディーテへと目を向けながら口を開いた。


「その子がジュナ? 若いのに良い力を持っているわね。 イリーナ、命令よ。 その子を何が何でも守りなさい」


「はい。 この命に掛けてでも」


「待て!! 逃がすかマヌケ!」


「止めなさいプリミア。 あんなクズ共、後で殺せるわ。 それよりこっちに集中しなさい」


 歯軋りを起こすプリミアを一瞥したイリーナはジュナを抱えたまま姿を消した。 そして、その場に残った二人の人間と二人の魔族が対峙した。


「さて、前の毒使いとは比べ物にならないわね。 ソフィア様、手を貸します」


「感謝。 彼方は私に」


 そう言うと、ソフィアはプリミアへと剣を向けた。 それを見て、プリミアは一歩後退った。 プリミアはソフィアに対し、完全に戦意を喪失しており、最早戦うまでも無い有様だった。


「プリミア、私がいるわ。 何も一対一に拘る必要は無いわ」


 イルミディーテの言葉にプリミアの目にも火が灯った。 そして、イルミディーテの前に躍り出ると、牙を剥き出しにした。


 そうだ、私は一人では無い。 いくらロイヤルクラウン第五部隊長のアンナが来たからと言って、それが何だ。 私達が二人で戦う時、どんな奴でさえ倒してきた。 昔戦ったクラリスとか言うダブルでさえ、私達は倒した。


 勝てる! 私達二人が揃えば三美凶でさえ倒すことが出来る! 三美凶に劣るコイツ等なら私達が負ける筈は無い!



「くっく。 そうだな、イルミディーテ。 見せてやろう、私達の本気をな!」


「ええ、私も力を・・・出し・・・」


 その時、プリミアは違和感を覚えた。 明らかに驚愕しているソフィアとアンナ。 だが、プリミアを見ていない。 プリミアの後ろを見ている。 何だとプリミアが後ろを振り向いた。 



「がっ・・・ふっ・・・!」



 振り向いた瞬間、プリミアの顔に血が飛び散って来る。 プリミアはそれを顔面に受けたが、目を閉じる事は無かった。 否、閉じる事が出来なかった。 その光景を目の当たりした為だ。




「お前等二人はいつもあの女の傍にいるからな。 こういう時を待っていた」




 イルミディーテの胸部に手が刺さり、心臓を貫かれた風穴。 そして、それを開けた者。 その光景を見た時、プリミアは“そこにいる筈のない者”の名前を呟く事しか出来なかった。





「ウ・・・・ウィンクドレス・・・様?」




 ウィンクドレスはイルミディーテの心臓を握り潰すと、ゆっくりと手を引いた。 完全に事切れたイルミディーテが倒れ込むと、プリミアは時が動いたかの様に、イルミディーテを抱き抱えた。


「イルミディーテ!! そんなぁ!!」


 名を呼ぶプリミアに対し、イルミディーテから返事は無い。 そして、プリミアはウィンクドレスへと目向け、牙を剥き出しに叫んだ。 その瞳には魔族であっても涙が流れる事がある事が確認できた。


「何故です!! ウィンクドレス様!! 何故、イルミディーテを!」


「あの女から貰った力で随分といい思いをしただろう?」


 叫ぶプリミアに対し、ウィンクドレスが掌を向けた。 そして、赤い球体を作り出すと、プリミアはその球体に閉じ込められた。 悟ったプリミアが球体を破壊しようと全力で叩くが、球体はビクともしなかった。


「いやだ・・・・嫌だあああ!!」


「死ね。 “出来損ない”」


 ウィンクドレスが掌を閉じると、赤い球体が震え出し、内部から爆発を起こした。 そして、球体が壊れると、夥しい血液が溢れ出た。 中にはプリミアの原型は無く、初めから血液だけしかなかったかの様な有様だった。


「ウィンクドレス。 どういう事? まさか私達の味方をする訳ではないわよね?」


「寝惚けているのか? それとも今此処で殺してやろうか?」


「私達二人を相手にするつもり? 舐めて欲しくないわね」


「舐める? ハ、ハハ。 アハハハ!」


 アンナの言葉に心底可笑しそうに笑うウィンクドレスだったが、落ち着きを取り戻すと、強烈な圧と禍々しい空気を放ちながら口を開いた。


「舐めているのはお前達だろう? 二人なら私に勝てると思ったか?」


「っ!!」


 (これが三美凶の次女。 ウィンクドレス。 成程。 桁違いの強さ。 アンナ様と二人でも分が悪い)


 暫くお互いの睨み合いが続いたが、ウィンクドレスが圧と空気を解き放つと、手を上げながらニヤけた顔で口を開いた。


「止めだ。 お前達にはまだまだ働いて貰わなくてはならない」


「どういう、意味かしら?」


「言伝を、頼もうか。 出来損ないのダブルとクズな魔女擬きにな」


 名前を呼ばなくてもアンナには誰の事かと分かった。 南の大陸でその二人とウィンクドレスは一戦交えている。 そんな二人に伝言を頼むという事は、ウィンクドレスにとってあの二人がどういう存在なのかは分からないが、少なからず何かしらの思いはあるらしい。


「まず、ガキ共が世話になった。 それから、さっさと“此処まで来い”とな」


 そう言うと、ウィンクドレスは赤い球体を作り出し、その中に入ると、空気も残さず消えて行ってしまった。 “見送った”アンナは額に手を当てながら溜息交じりに呟いた。


「リース、ドヤ顔。 貴女達ウィンクドレスに何をしたのよ。 はあ、本当に紅茶が飲みたいわ」


「同意。 喉が渇いた」


「イリーナが別の部隊の派遣を要請してくれるまで我慢しましょうか」


「・・・はぁ」


 ソフィアの溜息はアンナの耳に届いたが、アンナは知らない振りをした。

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