牡丹
【アギャアアア!!】
周囲にネヴァナローナの悲鳴が響き渡った。 悲鳴の中心地では、四肢を失ったネヴァナローナが夥しい黒い血の中で藻掻いていた。
「五月蠅いわね。 たかが手足を無くした程度で。 みっともないわ」
自身の服に着いた埃を払いながら立ち上がるアンナは、その手に持つ刀をネヴァナローナに向けながら口を開いた。
「まだ死なないで頂戴ね。 貴方には聞きたい事があると言ったでしょう」
【アギギィ・・・!】
尋常ではない激痛の中、ネヴァナローナはそれでもアンナを睨みつけていた。 魔族の意地、とでもいうのか、その表情は恐ろしい物だった。
「貴方、私達と会った時『手練れがいるという話』と言ったわね。 誰に聞いたのかしら?」
【グギィ・・・! 人間め・・・!】
恨み事を言うネヴァナローナに対し、アンナは刀を腹部に突き刺した。
【ギガァ! アガッ・・・】
「言いなさい」
アンナは再度腹部に刀を突き刺す。 ドス黒い返り血がアンナの顔に飛び散って行く。 しかし、アンナは行為を止めなかった。 躊躇無く、容赦無く、眉一つ動かさずネヴァナローナを見下ろしていた。
【まっ・・・までっ! こだえるっ! こだえるからぁ!!】
「早く言いなさい。 誰?」
【・・・っ・・・だ】
「何? 聞こえないわ」
ぶつぶつと呟くネヴァナローナの声が聞き取れなかったアンナは、顔を近づけた。 瞬間、ネヴァナローナは口から毒の棘を吐き出した。 凄まじい勢いで吐き出された毒の棘はアンナの顔面に突き刺さった。
筈だった。 ネヴァナローナの中では、これでアンナを殺せる筈だった。 しかし、アンナはその毒の棘を自身の歯で受け止めていた。 アンナは毒の棘をプッと吐き出すと、穏やかな表情で口を開いた。
「そんな事だろうと思ったわ。 毒を使う魔族は悪足掻きする。 ふふっ。 クラウディアの言った通りだわ」
【あ・・・あ・・・】
「さあ、言いなさい」
穏やかな表情の中で、それでもアンナの目は魔族すら恐れる程の物だった。 その目をみた時、ネヴァナローナは最後の力を使い、切断された足から蛇の様な身体を生やし、その死神から背を向けて這いだした。
【ひっ・・・いひぃ!!】
(人間じゃない!! アイツは死神だ・・・化け物だ!!)
目に涙を浮かべ、黒い血をまき散らしながら逃げ惑うネヴァナローナに、アンナは軽く溜息をついた。
「最後まで悪足掻き。 本当、みっともないわね」
渾身の力で這いずり、その場から逃げ出したネヴァナローナは、走馬灯の様に記憶を思い出していた。
『いい事? 必ず私の元に帰って来るのよ』
『はい! 人間共の首を持って帰ってきます。 楽しみになされてて下さい』
『いい子ね。 可愛い私のネヴァナ』
『ありがとうございます』
(アタクシの全てをこの御方に・・・)
走馬灯を見る時、それは人が死に瀕した時という。 それは、魔族にも同じ事が言える。 死神の気配が自分の背後に迫った事を悟ったネヴァナローナは、自分でも意図せず声を上げた。 それは、己が最後に頼れる者の名前だった。
【オ・・・オルベルス様ぁ!!】
「ありがとう」
ネヴァナローナが最後に聞いた音は、死神の感謝の言葉だった。
「オルベルスネーシア、ね。 流石に良い部下を持っているわ」
ドス黒い血だまりの中、細切れになった何かを踏みつけながら、表情一つ変えないアンナは仲間の元へ向かった。
「貴方もどう? 以前ネヴァナが持ってきた人間の血よ」
「ワタシハケッコウデス(私は結構です。 ソレヨリ、マダヒトクチモノンデオラレナイデハナイデスカ(それより、まだ一口も飲んでおられないではないですか」
「うふふ。 あら?」
「イカガサレマシタ?(如何されました?」
魔女の支配する東の大陸。 その大陸の中で、一際巨大な城がある。 かつては栄光と繁栄を誇ったこの地は、たった一晩で魔女の支配下になっていた。 そんな城の中の一室。 豪華な椅子に座り、まるで絵画の中の様な世界で、絵画の主人公でもあるオルベルスネーシアは優雅にグラスを傾けていた。
赤い美しい液体が入ったグラスを傾けながら、オルベルスネーシアは不敵に口元を歪めた。
「ネヴァナが死んだわ」
「ネヴァナガデスカ?(ネヴァナがですか?」
「うふふ。 折角、手練れがいると教えて上げたのに、馬鹿な子」
「ダレデショウカ(誰でしょうか」
「大方、アンナでしょう。 うふふ。 流石は第五部隊長、といった所かしら」
自分の部下が死んだことにも眉一つ動かさず、むしろ楽しそうに笑うオルベスルネーシアに、横に立つガルムボーンが口を開いた。
「ネヴァナハニシノタイリクヘノキョテンチョウ(ネヴァナは西の大陸への拠点長。 ヨロシイノデスカ(よろしいのですか?」
「うふふ。 少し、楽しくなってきたわね。 でも、心配はいらないわ。 私のお気に入りが向かったから」
「ソレハ、ソレハ。 センチハサゾウツクシイデショウ(戦地はさぞ、美しいでしょう。 シカシ、ネヴァナはハザンネンデシタネ(しかし、ネヴァナは残念でしたね」
「どうでもいいわ、あんな子」
「ネヴァナモカワイガッテオラレタデハナイデスカ(ネヴァナも可愛がっておられたではないですか」
「可愛がる? 私が? うふふ。 ガルムボーン、貴方勘違いしているわ。 私、あの子嫌いだったもの」
そう言いながら、オルベルスネーシアは手に持っていたグラスの中身を床に落としていく。 敷かれたカーペットに落とされた赤い液体は、黒い染みを滲ませていく。
「だって、毒を使うなんて美しくないわ」
「こっちも終わった様ね」
「アンナ様! ご無事ですか!?」
「問題ないわ」
アンナが仲間の元に着くと、そこには無数の魔物と魔族が倒れていた。 部隊兵二人は大なり小なり傷があるものの、重症ではない。 宿舎兵も疲れが見えるが、大きな怪我は無い様だった。
「任務を続けるわ」
「アンナ様、暫く休息をとれますか? 宿舎兵達も消耗が大きいです」
「仕方が無いわね」
溜息をつきながら話すアンナに、部隊兵の二人はホッと息をつく。 そんな中、部隊兵の一人は思う。 群れの中で一際大きな空気を持つ魔族の女をアンナが引き受けた。 それを、汗の一つもかかず仕留め、戻って来たと思ったら直ぐに任務を行う。 化け物じみた強さだと改めて感じていた。
「あら?」
辺りを見回していたアンナが声を出す。 そして、刀を取り出すと、目に映らない速さで倒れていた魔族を切り刻んだ。
「駄目じゃない。 まだ息があったわ」
「は、はい。 申し訳ありません」
もう動く力も無かった魔族に止めを刺したアンナを見て、その場にいた五人がゴクリと喉を鳴らした。 容赦が無い。 そして、躊躇も無い。 徹底的なアンナの姿を見た者達は、恐怖を感じた。
「休息は十分でしょう? 行くわよ」
まだ五分も経っていないが、アンナは先を歩き出す。 他の者もよろよろと立ち上がり、後に続いて行った。 再度、部隊兵の一人は思う。
厳しいお方だ。 ロイヤルクラウンでは穏やかで、周りからの評判も高いお方だが、戦場となるとこうも違うのか・・・。
しかし、そんな考えを持つ者達にはアンナの心の内は分かってはいなかった。
(先遣隊であのレベル、ね。 急がないと手遅れになるわ)
「くっ・・・たった一人にここまで押されるなんて!」
「ミルノア部隊長! 一度、撤退しましょう! このままでは全滅します!」
「駄目よ! 此処で私達が退いてしまったら付近の街や国が襲われる! 何としても抑えるの!」
「しかし、もう兵が・・・」
「分かっている! 此処が踏ん張り所なの! 援軍はまだなの!?」
東の大陸と西の大陸の大陸境では激しい戦闘が繰り広げられていた。 ロイヤルクラウンの部隊が最前線で魔物や魔族の進軍を抑えていたが、最近になってそれが難しくなっている。 魔物や魔族の数は日に日に増え、ネヴァナローナの様なそれなりにレベルの高い魔族も西の大陸に入り込んでしまっている。
そして、今もまた、たった一人の魔族によって一つの部隊が窮地に立たされていた。
その時、第九部隊部隊長ミルノアの目前で爆発が起こる。 それにより、二つの空気が消えた。 爆炎の中から一人の魔族が姿を現すと、ミルノアは歯軋りを起こした。 魔族の女性の周りには牡丹が舞い続けている。
【綺麗】
「化け物めっ・・・!」
恨みがましく睨むミルノアの前に、一人の部隊兵が震えながら立った。 目には涙を浮かべて、構える剣は震えていた。
「リダ・・・アビー・・・」
先程、空気の消えた二人の名前なのか、部隊兵は声にならない声を上げながら、魔族の女性に向かって駆けだした。
「駄目よ!!」
ミルノアが止めるより前に、部隊兵に牡丹が触れた。 瞬間、牡丹は爆発を起こした。 飛び散った肉片を浴びながら魔族の女性は呟く。
【綺麗】
「ぐっ・・・!」
巨大な鉄球を構えたミルノアは魔族の女性に向かって放り投げる。 凄まじい速さで迫る鉄球だったが、牡丹に触れ、爆発を起こす。 そして、鉄球は爆発の衝撃で弾かれてしまう。
「無機物にも反応する。 でも、華自体はあの女の周りを浮いているだけ。 当の本人はゆっくり歩いてくる。 中、遠距離から攻撃を仕掛け、足止めする。 ダリア! 速さのある貴方はロイヤルクラウンへ向かいなさい! 援軍を頼むわ!」
「はい!」
冷静に分析を行い、傍にいたダリアへ声を掛ける。 言われたダリアは、直ぐに反応し、一目散に撤退していった。
「残った者は相手と距離を取りなさい! 接近戦は厳禁! 何としても抑えるのよ!」
「「「はいっ!!」」」
残った数名の部隊兵と、ミルノアは魔族の女性と距離を取り、一斉に攻撃を開始した。
数十分後、そこは無残な状態に変わり果てていた。 残った部隊兵は全滅。 全員が肉片と化している。 更に、部隊長ミルノアも魔族の女性の前に膝まづいていた。 ミルノアは既に片腕が無い。 意識も朦朧としている中、ミルノアは思う。
(少しは・・・時間が稼げた筈。 ダリアがロイヤルクラウンへ向かえば、必ず何処かで先に援軍を呼びにいった二人と出会う)
ミルノアは思いながら、仲間だった周りの肉片へと目を向けた。
(御免なさい)
そんな中、魔族の少女がミルノアの顎を持つと、自身の顔へと近づけた。 そして、ジッとミルノアを見つめる魔族の女性は、首を傾げながら呟いた。
【あなたは綺麗?】




