強さの意味
「銀の華は簡単に見つけられないんでしょ?」
「難しいな。 お前次第だ。 案内はしてやるがな」
「悪いね、女王様」
リースとフラウノアの二人は、吹雪の中を歩いていた。 リースは敢えて飛ばず、歩いた。 一歩、一歩進む事に考える。 魔女の血、そして、母親の血を受け継ぐ娘の事。 血を受け入れ、上手くコントロール出来ればこれ程戦力になる物は無い。 しかし、そこに辿り着ける者は滅多にいない。 まして、魔女と母親の血が入ったトレブル等、前例は無い。 何が起こるか分からない。 リースはその考えから、最後の一歩を踏み出せないでいた。
「この辺りでいいか」
「は?」
呟いたフラウノアは立ち止まった。 周りには何も無い。 ただ、吹雪に舞う雪原が広がっているだけだ。 フラウノア程の力を持っていれば吹雪も治められる筈だが、フラウノアは敢えてしない。 それが必要だと思ったから。
「あの娘が心配か?」
「・・・別に」
「嘘だな。 ダブル、いや、トレブルか。 何故、受け入れん」
「下手したら死ぬんだよ」
「そんな事、百も承知。 死んだら何だ? 何か貴様に不都合でもあるか?」
「アタシが錬磨してきたんだ。 寝覚めが悪いでしょ」
「また嘘か。 ダブルが寝る事などほとんど無い。 ハッキリ言ってやろうか?」
フラウノアゆっくりとリースに向き直る。 リースも又、フラウノアへと向き直った。 凍てつく吹雪が吹き荒ぶ中、フラウノアはゆっくりと口を開いた。
「貴様が怖がっているだけだ。 自分の手であの娘を殺す事をな」
「っ・・・!」
「気取って見せてはいるが、所詮貴様は臆病者だ」
その言葉でリースの表情が変わった。 フラウノアの首に手をかけ、力を込める。 しかし、フラウノアは全く意に介していなかった。
「図星を突かれて頭に血が上ったか。 相手の力量も見誤ったか? 臆病者の上にとんだ間抜けだな」
更に言葉を続けるフラウノアの首が絞まっていく。 しかし、フラウノアは涼しい顔でそれを受け止めている。
「取り・・・消せ!」
「そのつもりは無い。 貴様の心の中を言葉にしてやろうか? あの娘はアタシが守る。 アタシがいなきゃダメだから。 トレブルになんてさせない。 絶対に、アタシが守る。 こんな所か」
「!」
フラウノアの首を絞めていた手から力が抜けていく。
「自分の手を汚したくが無い為にそう言い聞かせてるのか? 稀少種、エルフハーピーのダブルともあろう者が笑わせる」
「・・・」
「臆病者でもあり、間抜けでもある。 出来損ないだな」
フラウノアの首から完全に離れたリースの手は、力なくダラリと下がった。 俯き、唇を噛みしめているのが見える。 そんなリースを見たフラウノアは、リースの髪を掴むと、自身の顔に引き寄せた。 吹雪は止まない。
「貴様、あの娘を舐めているだろう」
「舐めて、なんか・・・」
「いや、貴様はあの娘を舐めている。 自身の強さに自惚れ、自分が守ればそれで事が済むと思っている」
「・・・」
「ハナからあの娘の強さを見ようともしていない。 あの娘の事を信じようともしていない」
「・・・」
「あの娘が貴様の事を信じていなかった事などあるか? 一度でも、貴様についてこなかった事があるか?」
そうだ、あの娘はロイヤルクラウンで毎日行ってきた錬磨でも、何度気絶しようが、弱音を吐こうが、それでもリースと共に錬磨してきた。 旅に出てまだ短いながらも、リースの事を信じてずっとついてきていた。 でも───。
「だけど・・・アタシが守らないと・・・いけない」
「貴様、あの娘より自分が強いとでも思っているのか? このフラウノアから言わせるなら貴様より、あの娘の方が強い」
「そんな、事なんか、無い」
「腕っぷしだけが強さではない事は分かっているだろう。 貴様を慕ってついて来たんだろう? 何故、信じてやらない」
「・・・」
「貴様は誰だ」
「アタシ・・・」
「誰だ」
「アタシ、は・・・」
フラウノアはリースの髪から手を離すと、リースはその場に蹲った。 そんなリースを見下ろしながら更に口を開いた。
「信じてやれ。 それでも、どうしようも無い時は貴様があの娘を受け止めてやれ。 それが、弟子を持った貴様の役目だ」
「くっ・・・ううっ」
小さく震えるリースを見て、フラウノアは静かに思った。
『ダブルであるが故に、絶望する程の苦しみを知っている。 それがどれ程の物か、知ってしまっている。 お前は、優しすぎる。 そんなお前が、今まで何人のダブルをその手で屠ってきたのか。 中には友もいただろう。 ヴラナと同じく、この女も又、因果な運命を辿っている』
「リース」
「ん・・・」
フラウノアの言葉に、リースが僅かに答える。 それは吹雪に掻き消され、耳に届くかどうかという程小さかった。
「リース。 お前は確かに強い。 ダブルをコントロール出来る者は今この世界に数える程しかおらん。 そんなダブルの中でもヴラナと双璧をなす程だ。 だが、ヴラナとお前では決定的に違う事がある」
リースは答えない。 いや、答えを知っているのか。 何も言わず、ただ静かにフラウノアの言葉を待っていた。 まるで、言って欲しいかの様に。
「貴様・・・いや、お前は優しすぎる。 特にあの娘にはな。 それがお前の強さの一つだ。 それは、強大な力を生み出すだろう。 だが、優しさは時に凶器となる。 あの娘はな、お前に認められたい。 褒められたい。 共に戦いたい。 そう思っている」
分かってはいる。 リースに認められたくて、褒められたくて、一緒に横に立って戦いたい。 ずっと、そんな気持ちが溢れているのは分かっていた。 それでも、リースは見ない振りをしてきた。 敢えて、そうしてきた。
「あの娘を傷つかせない事が優しさか? 違う。 あの娘を守るのが優しさか? 違う。 信じてやれ。 そして、共に手を取り合い、強大な敵へと抗え。 抗って、抗って、抗って、最後まで抗い続けろ」
「抗う・・・」
「そうだ。 抗え。 あの娘はお前と共に生きていく事を望んでいる」
フラウノアの言葉を聞いたリースは立ち上がった。 真っすぐにフラウノアを見つめるリースの瞳は、まるで宝石のような淡い緑色の輝きを放っていた。 吹雪はもう吹かない。
「良い目だ、リース。 お前はこの度の戦闘でエルフハーピーの力を得たな。 しかし、それはほんのきっかけを掴んだにすぎん。 お前は本来のエルフハーピーを知らぬ」
「本来の、エルフハーピー・・・」
「母親を知っているか?」
「いや、知らない」
「生きている」
「なん、だって・・・?」
リースは困惑した。 記憶がある時、既にリースは一人だった。 暗い森の中、リースはたった一人で生きてきた。 魔物を狩り、血肉を食し、時には死に掛けた事もあった。 それでも、リースは一人で生きた。 それが、当たり前だったから。
正直、恨んでいる。 何故アタシがこんな生き方をしなければいけないのか。 魔物を狩り、血肉を貪りながら思っていた。 親への恨みがアタシを一人で生かしてきた。
「お前の母親は生きている。 場所も分かる」
「それが、何? アタシには関係無いよ」
リースの鼓動が早くなる、呼吸が荒い。 成長するにつれ、親への記憶も、思いも封じてきた。 殺したい程に憎かったそれも、大人になるにつれ、薄れて行った。 いや、敢えて考えない様に記憶の中に封じ込めていた。
「会うといい。 ヴラナも先日、会いに行っている。 その隙を突かれ、襲われたたみたいだがな」
「だから、アタシには関係無いってば」
リースは小さく答えた。 しかし、フラウノアはジッとリースを見つめ続ける。 暫く沈黙が二人の間に漂ったが、リースが根負けしたのか、小さく息を吐いて口を開いた。
「アタシは生まれた時から一人だったんだよ。 今更、母親に会った所で関係ないでしょ」
「生まれた時から一人な者はいない。 お前、何故自分が捨てられたか分からないのか」
「ダブル、だからでしょ」
「分かっているなら尚更だ。 彼女に会いに行け。 エルフハーピーは世界に何人もいない。 その中で唯一居場所が分かるのが彼女だ」
「だからって・・・」
「強くなりたくはないのか? ハッキリ言うが、お前では三美凶にすら手も足も出ないだろう」
その言葉を聞き、リースの眉間に皺が寄った。 昔、オルベルスネーシアに殺されかけ、先日のウィンクドレスには赤子扱い。 エルフハーピーの力を纏った状態でも、フラウノアとプラムベティの威嚇合いに手を出すことは出来なかった。 レベルが違う。 リースは肌で感じていた。
「強く、なれる?」
「お前次第だ。 だが、会いたくても会えない者もいる。 お前は、どうする」
そう言われ、愛弟子の顔が浮かぶ。 母親を殺され、挙句に自分も魔女の血を入れ込まれた。 それからの記憶が無いあの娘はどうやって生き延びてきたのか。 あの娘も又、記憶を封じ込めている。 無意識にだが、想像以上の絶望が会ったに違いない。
「・・・場所は?」
「北の大陸だ。 世界でも最大の深さを誇るオラールの森。 そこに一つの湖がある」
「湖?」
「彼女はそこで暮らしている。 オラールの森は知っているか?」
「いや、北の大陸には行ったことがあるけどね」
「生半可な者では踏破は不可能だ。 あそこに住む魔物もそこそこ手強い。 あの娘にはいい経験になる」
フラウノアの言葉に頷いたリースは先に進もうと歩みを進めかけた。 しかし、フラウノアがそれを制した。
「何処へ行く?」
「取り合えず次の行き場が決まったからね。 後は銀の華を見つけないと」
「此処にある」
「何処?」
「此処だ」
フラウノアは自身の手をリースの前に差し出すと、そこに氷の華を作り出した。 銀色に輝く薔薇の形をした華はキラキラと美しい輝きを放っていた。
「・・・意地悪だね」
「この華はこのフラウノアにしか作り出せん」
「成程? 確かに滅多に見つからない訳だね」
「リース。 これをお前に託す。 エスター以来、お前で二人目だ。 あの娘と共に生きろ」
「ん、ありがとう女王様。 少し、前に進めた気がするよ」
「歳を取り過ぎた。 少し、世話がしたくなっただけだ。 早く行け」
リースは小さく頷くと、白い翼を羽ばたかせ、空を駆けた。 そんなリースを見送りつつ、フラウノアは姿を変えた。
「さて、後はあの娘の刀を打つか。 あの娘の手に馴染む様にせんとな。 いや、切れ味を追求するもよし。 まてよ? 女だからな、少し飾りでもつけてやるか」
独り言を言う、“マキ”はふと我に返り、頭を掻きながら小さく呟いた。
「いかんな、本当に歳を取り過ぎた」




