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氷の女王

 

 巨大な蛇龍は、頭を再生させると、周りの地形を変えながら襲い掛かってきた。 その速度は尋常ではなかったが、リースさんとヴラナさんの二人がそれを捌きながら前進して行く。 援護を任された私は、死角からやってくる頭を打ち切っていった。


  不思議。 私の目に映らない程の速さで迫って来てるのに、身体が勝手に反応してる。 それに、暖かい。 吹雪で寒すぎる筈なのに、暖かい。 これは、母様の───。


「アンタ、何があった? 空気が凄いよ。 それに力もかなり上がったね」


「分かりません。 でも、凄く気持ちいいんです。 それに、空気は観えませんけど、感じるんです」


「それでも前には出るな。 今のお前でも本体には通用せん」


「はい。 分かっています。 感じますから。 アレは私にはどうしようもないですから」


 私の視線の先には、巨大な蛇龍が畝っている。 その本体に近づくには周りに生える無数の頭から繰り出される猛攻をしのぎながら、少しずつ前に進むしかなかった。


 痺れを切らしたのか、白蛇姫から蛇龍へと変わり果てたガデルベルナが咆哮を上げた。


 【ダ族共メガ! 我ハ崇高ナル龍族ナルゾ!】


「貴様が崇高なる種族? 勘違いも甚だしい」


「貰った力で自分から落ちていっただけでしょ。 バカな女だよ。 あんなイカレ女の言葉に惑わされてさ。 憐れ過ぎて涙がでるね」


 【黙レ! 我ハ落チタノデハナイ! 生マレ変ワッタノダ! コノ腐ッタ世界ヲ破壊デキルヨウニナ!!】


「アンタ、やっぱりまだ引きずってたんだね。 アレはアンタのせいじゃないよ、ガデルベルナ」


「何があったんですか?」


「話は後だ! 今は奴を倒す事を考えろ!」


 蛇龍の本体に近づくにつれ、猛攻は激しさを増していく。 それにしても、頭の一本一本の何という強さ。 ただ首を切り落としただけでは死に絶えず、頭だけで動いてくる生命力もあり、援護に回っている私は度々リースさんとヴラナさんに守られる時もある。 情けない。 いくら力が上がったとは言え、それでも私の実力はガデルベルナには遠く及ばない。 


 今も又、私に迫った頭の一本をリースさんが蹴り飛ばした。 身体が勝手に動き時もあれば、動かない時もある。 まだ、この不思議な感覚を使いこなすには時間が掛かるみたい。


「すいません! 油断しました!」


「油断じゃないでしょ。 見えてなかったでしょ、今」


「そうとも言いますね!」


「ドヤ顔で言うんじゃないよ。 空気を感じるんじゃなかったの」


「感じます。 けど、私の反応速度が追いついてませんね!」


「アンタさぁ・・・」


「流石に数が多かったな。 しかし、近づくにつれて強さも増していっている。 此処からが本番だな」


「再生力も落ちてきたかな。 気合入れなよ。 一瞬の油断、即ち死だよ」


「は、はい!」


 切り落とされた首からは再生する力も無くなってきたのか、倒れたまま動こうとはしない。 そんな中、一際大きく、本体と思われる蛇龍の頭と、その周りに二つの頭が畝っている。 


 【愚カ者共メ 再生デキナイノデハナイ シナイノダ!】


 突如、本体の口が開かれると、そこから巨大な冷気を吐き出した。  


「二人とも下がれ!」


 ヴラナさんが私達の前に出ると、白狼の姿のまま、正面から凍てつく冷気を受け止めていく。 余りの轟風と冷気に、ヴラナさんが前で受け止めてくれているにも関わらず、私は立っているのもやっとだった。


「ヴラナ!」


「案ずるな! 私にはそれ程効かん!」


 【此方モ忘レルナ!】


 本体とは別の頭が私達の真横に滑り込み、冷気を吐き出す。 その威力も又、本体からの冷気に勝るとも劣らない程の威力を持っていた。


「っ!!」


「風泣」


 リースさんが白い翼を思いきり羽ばたかせると、迫りくる冷気とぶつかった。 凄まじい衝撃音と共に、風は冷気を飲み込み、冷気を放った頭の一本を切り刻んでいった。 しかし、相手も又、化け物。 切り刻まれた頭からは出血も見られず、固い氷の鱗に傷を付けた程度だった。


 【ギギギ 小癪ナ!】


「厄介な鱗だね」


「本体に近い程、まともな攻撃では拉致があかんな」


「一点集中で行きましょう!」


「そうしたいけどね。 周りの二本が邪魔だね」


「私が囮になります。 その隙に・・・」


 私が更に言葉を続けようとした時、リースさんに首根っこを掴まれ引っ張られた。 途端に、私のいた場所に蛇龍の頭の一本が突っ込んできた。 積もった雪から大地の岩盤を抉り、激しい衝撃が私達を襲ったが、リースさんは勿論、ヴラナさんもその場から飛び退いて回避していた。


「油断しすぎだってば」


「す、すいません」


「リース! 私がなんとか二本抑えつける! その隙にやれ!」


 【舐メルナ! 犬畜生如キガ!】


 本体とは別の二本の頭が同時にヴラナさんに迫る。 ヴラナさんはその一本を抑えつけたが、もう一本が背後から迫って来ていた。


 【死ネ!!】


「くっ、やはり一本が限界か・・・!」


 蛇龍の頭がヴラナさんに届く瞬間、リースさんが間に入り込み、上下に開かれた巨大な口を両手で防いだ。 余りの威力にリースさんの足元が雪に埋まり、更に岩盤を抉った。


「ぐっ・・・・くああああ!!」


「リース! すまん!」


「礼は、後! くぅ・・・なんて力してるんだよ、ほんとに! 力を隠してたね! だからタチが悪いんだよアンタは!」


 【馬鹿共メ! 本命ハコッチダ!】


 一本をヴラナさんが、一本をリースさんが抑え付けた事により、私が完全に孤立してしまった。 そこを狙って本体自らが私へと突っ込んで来る。


「しまった!」


「この性悪が! 相手はアタシ達でしょうが!」


 【吠エロ吠エロ! 残リハ雑魚ダケダ!】


 迫りくる蛇龍に、私は刀を構える。 目にも映らない速度の筈なのに、感じる。 大丈夫。 もう、怖くない。 私の全身全霊の一撃、受けてみなさい!





 吹雪の中、キラキラとした美しい欠片が飛び散った。 蛇龍ガデルベルナに渾身の一撃を振るった私だったが、マキさんから預けられた刀は淡く、粉々に砕け散った。 ウィンクドレスに『相棒』を散らされた時の様に。


 【我ノ身体ニ傷ヲツケタカ 雑魚ニシテハ上出来ダ 褒メテヤル】


 ガデルベルナ本体の額には薄っすらと刀傷が入っただけで、私にはその氷の鱗すら切る事も出来なかった。


 【死ネ】


「───!」


 リースさんが私の名前を呼んだ気がした。 その時、ドクンッと私の中で熱い何かが脈を打った。 そして、私は感じるまま、その感覚に身を委ねた。




 【ギィイイイ!!】



 ガデルベルナの咆哮が聞こえる。 いや、これは咆哮では無かった。 これは───苦痛からくる悲鳴だった。


 【コ コ娘ェ!! ヨクモ! ヨクモ 我ノ目ヲ!!】


 長く伸びきり、一本に束ねられ、捩じり込むように鋭く、硬質化した私の髪がガデルベルナの左目に突き刺さっていた。


「はぁはぁ・・・!」


 身体が熱い。 中から燃えるような、何かが噴き上がる程の熱さを感じる。 呼吸が上手く出来ない。 今すぐ倒れ込みたい。 でも、倒れる訳には行かないのよ。 


 【殺シテヤル!!】


 左目から夥しい血を流しながらも、私に迫ろうと、牙を向けたその時だった。


「力が弱まった! ヴラナ!」


「分かっている!」


 【シマッ・・・!!】


 思わぬ反撃を貰ったせいか、リースさんとヴラナさんにそれぞれ構っていた二本の頭は力を弱めた。 そんな隙を二人が逃がす訳なかった。


「風切!」


「ヴォルフバウンド!」


 風を纏ったリースさんの蹴りは、頭の一本を鱗諸共切断し、その斬撃は遠く離れた山の一部まで破壊した。 更に、ヴラナさんの力を貯めた前足の一撃は、頭を貫通し、雪や大地を抉り、巨大なクレーターを作り上げた。


 【ギガァア!!】


 強烈なニ撃を受けたガデルベルナも耐えきれなかったのか、本体から吐血する程のダメージを受けた。


「まだまだぁ!!」


「ぬん!!」


 二人は蛇龍の胴体を掴み、咥えると、お互いに力を込め、巨大なガデルベルナの本体ごと振り回し始めた。 巨体が振り回される影響で、周囲に豪風が巻き起こり、遂に私はその場に倒れ込んだ。 吹き飛ばされない様に必死に岩にへばりつく。 恰好なんてどうでもいい、手を離したら死ぬ。 それだけは分かる。


「はぁはぁ・・・やばいわこれ。 やっぱりあの二人も化け物だわ」



「オラァ!!」


「ぬああ!!」


 二人は同時に手と口を離し、ガデルベルナを巨大な岩山へと叩きつけた。 轟音と共に山が崩れ落ち、巨大なガデルベルナであっても、見えなくなる程大きな岩石に埋もれて行った。


「ハァハァ!」


「ふぅ・・・はぁ」


「すごっ・・・死んだでしょ、これ」


 人型に戻ったヴラナさんとリースさんは、肩で息を切らしながら崩れ落ちた山だった物を見つめていた。


「流石にダメージ有ったでしょ」


「ああ。 随分空気も小さくなっているな」


「ドヤ顔! 生きてる?」


「生きてますよー。 余り身体に力が入りませんけど」


 いつの間にか燃えるような身体の熱さから解放された私だったが、今度は身体が中々動かない。 プルプルと立ち上がった私に、リースさんが笑顔で近づいてくる。


「良かったよ。 アンタまで死んだら寝覚めが悪いしね」


「寝覚めって何ですか。 寝ないじゃないですか」


「うるさいよ。 それはそれとして───」


 笑顔のリースさんの額に怒りマークが浮かんでいるのが目に見えて分かった。 あっ、私、こういうのは見えるのね。


「いたっ!」


 ビシッとデコピンを受けた私は、その場に大の字に倒れた。 立ち上がる力が無い私は寝転んだまま口を開いた。


「何するんですか!」


「あの力は使うなって言ったでしょうが」


「知りませんよ! 何か感覚で使っちゃったんですから! それに、あれのお蔭じゃないですか!」


「ったく。 仕方ないね。 今回は許す。 でも、次は無いからね。 何となく分かったでしょ。 あの力は魔族の力だよ。 身体が変になったでしょ」



「・・・はい」


 あの燃えるような身体の熱さ。 そして、私が私じゃ無くなるような感覚。 やっぱりあれは魔族の力だったんだ。 カリテスって悪魔の女の血を取り込んだせいなのね。


「それでも、自我を保っているのが不思議だがな」


「多分、アンタを守っている空気のお蔭だろうね」


「母様・・・」


 私達三人が話している時、崩れ落ちた岩石が凄まじい勢いで吹き飛んだ。 嘘でしょ? ガデルベルナって女、あれでも死んで無いの?


「まだあんな力があったか」


「しつこいさだけは蛇みたいな女だからね」


 吹き飛んだ岩石の跡地から、ガデルベルナが人型となって現れる。 しかし、その姿は凄惨だった。 左腕が無くなり、残った右腕で抑えている左目からは血が絶えず流れている。


「ゴミ共・・・!」


 怒りに震え歯軋りしながら、更に足を引きずりながら近づいてくるガデルベルナだったが、その圧は衰えておらず、むしろ怒りと恨みで更に増しているように感じる。


「はっ、ザマ無いね。 いい加減に・・・! 離れるんじゃないよ」


「何か来るな。 二人か」


 ヴラナさんが明後日の方を睨みつけたかと思えば、リースさんは倒れたままの私を起こし、私を抱き寄せた。 瞬間、ガデルベルナの傍に何かが飛来し、雪原に降り立った。





「なんて様なの。 ガデルベルナ」


「ベルナちゃん恥ずかしいー」


「プリミア! イルミディーテ!」



 この寒さの中、水着の様な恰好の悪魔の女二人は、ガデルベルナの姿を見て飽きれと笑いを飛ばしていた。


 援軍? 正直、私はもう戦えないわよ。 せめて対した相手じゃ無ければいいんだけど───。


「“禍渦”と“渦雷”。 やっかいな奴等がきたね」


「強いな」


 短い言葉だったけど、リースさんとヴラナさんの声と、顔つきからして只者ではないみたい。 私の思惑は淡く崩れ去り、心の中で落胆する。 空気を感じる事も出来なくなった私は本当にお荷物にしかならない。 悔しい。 悔しいけど、どうしようもない。


「まぁ、でも? 相手は手練れのダブル二人かー。 仕方ないかも」


「ベルナ、貴女のその腕、その目。 成程、流石はロイヤルクラウンの幹部リース。 それに、白狼虎ヴラナブランと言った所ね。 楽しめそうね」


「腕はアタシ、内臓の損傷はヴラナ、目はこの子だよ」


 リースの言葉にプリミアとイルミディーテと呼ばれた二人は目を丸くすると、歯軋りするガデルベルナに振り返った。 そして、少女の様な悪魔は大声で笑いながら口を開いた。


「キャハハ! 嘘ー! ダブル二人はともかく、あんな雑魚にやられたの? ちょ・・・ベルナちゃん笑わせないでよ!」


「笑ってはだめよプリミア。 くっ、くくく。 ガデルベルナも真剣だったのだから。 くくっ」


 もう一人の比較的大人の女性であるイルミディーテも口を抑えながら笑いを我慢できずにいた。


「貴様等! 我を愚弄するか!」


「雑魚は引っ込んでなよー。 所詮貰い物の力。 それがベルナちゃんの限界だったんだよ。 後は私達がやるからさぁ」


「早く帰って格下の魔物でも狩ってなさい。 お姉さんの言う事は聞くものよ?」


 二人の言葉にガデルベルナは激しく憤怒すると、千切れ落ちた腕から白蛇を生えさせ、二人の悪魔に向かって放った。 しかし、その白蛇をプリミアは片手で受け止め、引き千切った。


「ギッ・・・!!」


「だーかーらー、引っ込んでなって」


「力が弱まった貴方では私達の相手にならないわ」


「おのれ・・・!」


 そんなやり取りを見ていたリースさんは小さくヴラナさんへと呟いた。


「仲間割れかな。 チャンスだね。 ヴラナ、どっちがいい?」


「そうだな。 私は・・・いや、此方も援軍が来たようだ」


「みたいだね。 洞窟の外にいた白狼に話はしてたけどね」


「分かっている。 私の仲間を使うとはな。 手際の良さは“彼女”に似ているな」


「誰だって?」


「さぁ、な。 来たぞ」



 突如、吹雪が強くなり始めると、その吹雪が一つの集合体として集まってくる。 そして、集まった吹雪は巨大な氷の柱となり、それが割れると、中から一人の女性が現れた。 正に、氷の女王と呼ぶに相応しい姿の人が。


「このフラウノアが治める地で随分な暴れようだな、クズ共」



挿絵(By みてみん)

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