過去と魔女
東の大陸。 今、この国には陽の光は無い。 常に雲に覆われ、闇に覆われた世界。 その大陸に、一つの城が在る。 遥か昔、その城は人々が暮らし、平和な国だった。 東の大陸はその城が大陸全土を治め、北、西、南の大陸との和平協定を結び、世界を守っていた。
そんな東の大陸の山奥の小さな村で、一人の子が生まれた。 だが、生まれてきた子は人ならざる者だった。 魔族と人間の間に生まれた子は、周りから忌み嫌われた。 父親は分からず、母親は子を産んだ後、直ぐに現世を発った。
子は誰にも育てられる事も無く、森に捨てられた。 そんな子を、魔物が襲った。 しかし、子に喰らいつかんとする魔物は一瞬で肉塊と化した。 生まれたばかりの子はその魔物の魂を喰らい、生き続けた。
やがて、十年の月日が経ち、村の者はその子の事を忘れていた。 そんなある日、夥しい魔物と魔族、そして、それを従える少女が村を襲った。 限りない残虐を行い、村は物の数分で消えて無くなった。
少女と魔物、魔族の群れはそれだけでは収まらず、周囲の村や街を襲った。 これを異常事態と捉えた東の大陸最大の国は、その者達を討伐するべく戦力を募った。 そして、東の大陸で遂に人間と魔族、魔物の戦争が始まった。
『報告! 夥しい数の魔族と魔物の群れが迫って来ています! その数、三万にもなる模様!』
女王の間に慌ただしく入って来た兵士の報告に、女王は立ち上がり悲痛な声を上げた。
『ロイヤルクラウンとブルデンバウムから援軍は来ぬか!?』
『ダメです! 大陸境付近の魔族の群れに抑え込まれています!』
『国の者の避難はどうなっておる!』
『半数は国は離れましたが・・・!』
『いかぬ! 全国民を避難させよ! 国民の命が一番なのじゃ!』
兵士の言葉に、女王の隣でやり取りを静かに聞いていた女性が前に躍り出た。 空気、雰囲気、全てから普通とは違う、歴戦の者だという事が分かる。
『私が出ます。 戦力を集めて』
『クラリス様!』
『女王様、此処は御引き下さい。 貴方がいなくなればこの国は終わりです』
『じゃが・・・!』
『女王様。 私の力をお忘れですか? 私も貴方と同じ身体。 この国に、貴方様に仕えられた事、嬉しく思います』
『城壁が破られます!! これ以上は持ちません!!』
『衛兵。 女王様を頼むわ。 他の者は私についてきなさい!』
そんな中、城下町は地獄絵図だった。 逃げ遅れた町民や、勇敢にも立ち向かった兵士達は魔族や魔物に蹂躙されていった。
『ぐぁ・・・!』
『ぺっ、不味い。 やはり喰うのは魂に限る』
兵士の一人の肉を貪った少女が気だるそうに息絶えた兵士を投げ捨てると、魔物の一匹がそれを貪っていく。
『ねーねー。 この城さー壊したらダメ何だよね?』
『みたいよ。 何でも住居にするとか』
『ふーん。 でも、つまらないね? 少しは手ごたえのある人間がいるかと思ったけどさ』
『所詮、人間なんてこんなものよ』
少女の後ろでは魔族の女性達が呑気にお喋りをしている。 そんな時、一人の女の子が倒れる女性の傍で泣き続けていた。 それを見逃す程、魔の者達は甘くは無い。 そんな少女に、近くの魔物の一匹が少女に迫った。
『ママー!!』
『ガウゥ!』
魔物の一匹が少女へと牙を向ける。 瞬間、魔物へと一つの影が迫った。
『させないわ!』
迫った魔族に、一人の女性が爪を振るった。
『ギャウ!』
真っ二つに切断された魔物は、跡形も無く塵と化した。 そして、少女を助けた女性とその後ろに屈強な兵士が並び立った。
『これ以上、好き勝手させないわ! 私達が相手よ!』
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鋭利に伸びた爪、尖った耳。 クラリスも又、普通の人間とは言えない姿だった。 そんなダブルの女性に魔族の者達は舌なめずりをした。
『面白いのがいるかも』
『ダブルね。 少しは楽しめそうね。 私より美しいのが鼻につくわね』
そんな魔族の者達の言葉に、魔の者達を指揮する少女が人間の死体を椅子代わりにした姿で口を開いた。
『プリミア、イルミディーテ。 相手をしてやれ』
『はーい』
『ふふ。 少しは楽しませてよ?』
角に花飾りを付け、少女の様なあどけなさが残るプリミアと、角こそ生えていないが、その牙から魔族と分かるイルミディーテが対峙した。
『はぁはぁ・・・!』
『まさか防護壁を張れるなんて思わなかったわ。 貴方、随分強かったわよ』
『私達が二人がかりじゃなきゃ勝てたかもしれないのにな』
互いに全力のぶつかり合いで、周囲の街が破壊されてしまっていた。 プリミアとイルミディーテも真の姿を解放しており、普通の魔族とは違う事が分かった。
『くっ・・・』
(まさかここまで強いなんて! 兵士達も全滅・・・か)
『パートナーに差があり過ぎたわね。 貴方の強さに他の兵士がついていけてないわ』
『残念だったな』
手練れの兵士数十名と、クラリスに対し、たった二人の魔族二人の力の差は大きかった。 兵士達は全滅し、血を流し膝をつくクラリスに対して、二人の魔族は多少傷がついている程度だった。 忌々し気に睨むクラリスを無視し、プリミアが魔を指揮する少女に声を掛けた。
『食べますか?』
『面白い奴だ。 力だけは喰う。 後は好きにしろ』
『分かりました』
近づいてくる少女に、クラリスは力を振り絞り最後の一撃を放った。 しかし、その一撃もイルミディーテによって腕を抑えつけられてしまった。
『もう防護壁を張る力も無いわね』
少女はクラリスの顔を掴むと、顔を近づけた。 その時、クラリスは少女の瞳を見た。 そして、その瞬間、全てを察したクラリスは、ゆっくりと瞳を閉じた。
『女王様・・・申し訳ありません』
完全に力を吸い取られたクラリスの身体は、糸が切れた人形の様に倒れた。 その目からは完全に光が消え失せ、涙だけが光っていた。
『どうされました女王様!』
『早く此方へ!』
秘密の地下通路の入り口前で、女王を足を止めた。 付き添いの衛兵二名が女王を急かすが、女王はその場から動かなかった。
『わらわはこの国の女王。 皆を後に一人逃げる訳にも行かぬ』
『何を仰います! クラリス殿の覚悟をお忘れですか!』
『女王様! 貴方は生きておらねばなりません! その“御身体”の為にも!』
『ならぬ! お前達だけでも生きるのじゃ。 そして、この事を各大陸の国々に伝えよ』
『女王様!』
『良いか。 わらわからの最後の命令じゃ』
女王の言葉に衛兵は黙り込み、涙を流した。 そして、女王は衛兵二名の背中を押し、言葉を掛けた。
『わらわはこの国が、大陸が好きじゃ。 そなた等はどうじゃ』
『わ、私も。 この大陸と国が好きです』
『私もです!』
『うむ。 それが聞けてわらわは嬉しく思う。 そなた等は生きるのじゃ。 生きて生きて生きてくれ』
『女王様!』
『女王・・・様』
『世話になったの。 さらばじゃ』
笑顔で言うと、女王は地下通路への扉を閉めた。 残された二人の衛兵は、女王の最後の命令を果たす為、泣きながら暗闇の通路を走り去った。
『女王自らの御出迎えか』
『来おったな、魔女めが』
『私を知っているのか?』
『あれほど東の大陸を暴れ回っておいて知らん訳がなかろう』
『それもそうだ』
少女がくっくっと喉奥で笑う。
玉座の間にて、女王は一人、佇んでいた。 その手には杖が握られており、佇まいからただの人間ではない事が分かる。 女王の周りには燃え盛る炎の様な熱い空気を漂っていた。
『玉座の間が死に場所とは、おあつらえ向きだな』
『ここで果てるのはわらわではない! お主の方じゃ!』
女王は手に持った杖を少女に向けると、杖の先から火球が飛び出した。 それは、徐々に大きくなり、少女をまともに包み込んだ。
『どうじゃ!』
『くっ・・・』
『ほほほっ! 流石の魔女とてこれは堪えるであろう!』
『くくく。 ふふふ。 私が相手では無かったら楽しめたであろうにな』
少女の身体の周りには薄い緑色の膜が張られていた。 更に、一瞬に炎が鎮火すると、無傷の少女が女王へと歩み寄った。
『そ・・・それはクラリスの・・・! ぐっ・・・うう』
女王はこれまで、幾たびも見てきた防護壁を見ると、少女へ怒りをぶつけた。
『おのれ貴様ぁ!!』
『くだらん』
女王が更に杖を振るおうとしたその時、少女が軽く腕を払った。 その衝撃で目に見えない斬撃が女王を襲い、杖を持った腕ごと切り落とした。
『ぬぐぅ!!』
『私が欲しいのは別の物だ。 炎を操る力も面白いがな』
少女は女王を見つめると、女王は切り落とされた腕を再生させていた。 あっと言う間に元の腕に戻った女王は唇を噛みしめながら少女を睨みつけた。
『そう、その力だ。 素晴らしい生命力。 何のダブルか知らないが、良くぞまぁ人間共の王になれたものだ』
『国の者がわらわを信じてくれたのじゃ! 愚弄するか!』
『安心しろ。 この国は私が率いてやる』
『お主の様な魔女にこの国を暮れてやる道理は無い!』
『強い者が国を治める。 当然の事だ。 貴様の力、頂くぞ』
少女が女王に一瞬に近づき、女王の顔を掴むと、無数の牙が生える暗黒の口を開いた。 それを見た女王は、最後まで少女から目を離すことは無かった。
『必ずやお主に裁きが下るであろう! その時! わらわ達の怒りと恨みを知るがいい!!』
『楽しみだ』
その日、東の大陸最大の国の歴史が終わった。
「ほほほっ。 よう来た、ドレスよ」
魔女の間。 玉座の間であったこの場所は、煌びやかな姿は何処にもなく、霊体が無数に漂う闇の場所となっていた。 そんな部屋に、一際目立つ巨大な椅子に腰かける女性がいた。 闇に覆われ、顔を視認する事は出来ないが、離れていても分かるくらい濃厚な死の香りがしている。
「何の用」
自分の生みの親に対しても、ウィンクドレスは態度を改める事はしなかった。 元々、この女に忠誠を誓っている訳ではない。 自分が生まれた素性も知っているウィンクドレスは、この女の事を心底毛嫌いしていた。
「そう敵意を出すでない。 この者達も怖がっておる」
霊体にも恐怖はあるのか、ウィンクドレスの周りには霊体が一切近づいてはいなかった。
「久方ぶりにあったのじゃ。 食事でもせぬか?」
「断る」
「新鮮な人間の肉じゃぞ? それも中々の手練れ。 ドレスが気に入ると思って残しておいたのじゃ」
女性がパチンと指を鳴らすと、魔族が一人の女騎士を連れてくる。 女騎士は血だらけだが、空気で分かる。 強さはそれなりにある。 身に着けている鎧も悪くはない。 悪くない使い手だが、この前のダブルの女には劣る。
女性の前に連れてこられた女騎士は、連れてきた魔族に床へ抑えつけられた。
「き、貴様ら・・・!」
歯軋りを立て、怒りと恨みが混じり合った目で見る女騎士に、女性は楽し気に笑いながら声を発した。
「ほほほっ。 憐れ、憐れ。 死んだ家族の為に此処まで来るとは、人間は憐れよのう」
「殺してやる・・・!」
「怖いのう。 首だけになっても動き出してきそうじゃ」
大袈裟に怖がる女性は、ゆっくりとウィンクドレスに視線を向けた。 顔は見えずとも、その空気は分かった。
「さあ、ドレスよ。 この者の肉ならば悪くないであろう? わらわは魂だけ喰えれば良い」
「施しを受ける程、落ちてはいない」
「何を言う。 これは家族での食事じゃ。 じゃが、オルベルスとベティには内緒じゃぞ。 ドレスよ、わらわの可愛い娘よ。 さあ」
反吐が出る。 この女のこの態度、声。 全てに唾を吐いてやりたい気分だ。 ウィンクドレスは小さく舌打ちすると、踵を返した。
「何処へ行くのじゃ」
「答える必要は?」
「ほほほっ。 まあ良い。 久方振りに顔が見れて満足じゃ」
諦めたのか。 それならそれで好都合だ。 ウィンクドレスはそのまま魔女の間を後にするつもりだった。 女性の最後の言葉を聞くまでは。
「時にのう、ドレス。 子供の魔族も中々、美味じゃぞ。 特に“人間共の食い物を喰っている子供”はのう」
その言葉を聞いた瞬間、ウィンクドレスは真の姿になり、強烈な殺意を放った。 女騎士を連れてきた魔族の一人は悲鳴を上げ、その場に蹲り、女騎士は身体中から汗を拭き出し、生唾を飲み込んだ。
(何だコイツは・・・今まであったどんな奴とも違う。 私が負けたあの藍髪の女より強烈な殺意だ。 化け物。 本物の化け物だ)
「ウ、ウィンクドレス様!! お止め下さい! お止め下さい!!」
蹲った魔族の一人は、床にこれでもかという程、頭をつけ懇願し続けた。 此処にいるだけで頭がおかしくなってしまう。 この殺意を浴び続ける事に魔族の一人は耐えらない。
「ほほほっ。 良い殺意じゃ。 わらわの子だけある」
「その口を閉じろ」
殺意は未だに抑えられず、魔女の間を覆った。 否、魔女の間だけではなく、城全体を包み込んだ。 強烈な殺意により、魔女の間の壁や柱には無数のヒビが入り、高い天井からはパラパラと破片と砂ぼこりが落ちてきていた。 飛び回っていた霊体も完全に消滅してしまっている。
「御母様!」
「ドレス! お止めなさい!」
いつの間に居たのか、オルベルスネーシアとプラムベティが女性の傍に現れていた。 二人とも、この凄まじい殺意を感じ、一瞬でこの場にやって来ていたのだ。
「ほほほ。 オルベルス、ベティ。 そう慌てるでない。 何、少し揶揄っただけじゃ。 ドレスよ、悪かったのう」
「手を出すな」
「分かっておる、分かっておる。 少しはこの母を信じて欲しい」
その言葉を聞くと、ウィンクドレスは床を足で叩き破壊した。 そして、赤い球体を作り出し、そのまま中に入り、徐々に姿を消していった。
「ドレス! 待ちなさい!」
「ドレスお姉様!」
オルベルスネーシアとプラムベティの言葉にも耳を貸さず、ウィンクドレスは魔女の間から完全に消えてしまった。
「御母様! あの様な事、お許しになられるのですか!?」
「良い、良い。 好きにさせておけば良い」
「ですが!」
「ほほほ・・・」
口では穏やかであったものの、女性の苛立ちは凄まじかったのか、女性が何か呟くと、その場にいた魔族と女騎士は一瞬で塵に変えられた。
「不届きな姉妹も又、一興。 のう? オルベルス、ベティ」
その言葉から発せられた空気は、オルベルスとベティの二人を襲った。 自身の命を鷲掴みされ、冷たい何かが背中を伝った二人は、ただ黙っている事しか出来なかった。




