哀哭
私は風に頬を撫でられ目を覚ました。 窓際に置かれたベッドの傍では風で揺れる白いカーテンがなびいている。 暫く横になったまま、窓から見える青空を眺めながら、ゆっくりと頭を覚醒させていった。
そっか、私あの後に気を失ったんだ。 どれくらい眠ってたのかしら。 此処は何処かの街? 人の声が沢山聞こえて来てる。 何も考えずにこうやってるのもいいけど、起きなきゃ。
「んしょ」
私は自然に出た声と共に上体を起こし、部屋の中を見渡した。 部屋の中央にあるテーブルには、紙袋がいくつか置かれ、パンが飛び出ているのが見えた。 それを見た瞬間、小さくお腹が鳴るのが分かった。
「寝ててもお腹は空くわよね」
私はベッドから降りると、テーブルまで歩いて行く。 紙袋を漁ると、見たことない果実があった。 それを手に取ってみる。
うん、足は動く。 痛みも無いわね。 手の方は・・・大丈夫。 あれだけの激闘だったから記憶も少し無いけど、身体の方は大丈夫みたいね。
私が果実を手に自分の身体に不調があるか確認していると、部屋の扉が開いた。
「起きたね」
「リースさん。 ご心配かけました」
リースさんが紙袋片手に部屋に入ってくる。 私が起きた事に驚いていないのは空気から分かったのね。
「ん。 身体の方はどう? 三日寝っぱなしだったから鈍ってるかもね」
言いながらリースさんは紙袋をテーブルに置いて行く。 その時、一つの紙袋が滑り落ちそうになった。 私は慌ててそれを空中でキャッチすると、ホッと息をついた。
「大丈夫みたいだね」
リースさんは笑いながら私が受け止めた紙袋から果実を取り出し口にした。
試されたのね。 確かに、口で説明するよりこっちの方が分かりやすいけど、危なっかしいわ。
「もう、気をつけてください」
「はるはっはよ(悪かったよ)」
「本当にそう思ってます?」
ジト目で見る私を見ながらリースさんは口に含んだ果実を飲み込んだ。
「ん。 思ってる、思ってる。 お腹空いたでしょ。 飯にしよう」
「先に食べてるじゃないですか」
「うるさいな。 ほらほら、食べなきゃアタシが全部食べちゃうよ」
そう言いながらリースさんは椅子に座り、別の紙袋をガソゴソと漁り始めた。 私もリースさんの反対側に座り、紙袋の中を見ていった。
本当にこの人は、本気なのかどうか分からないわ。 でも、変に気を使わないでいい分、凄い楽だけどね。
私は紙袋に入っていた初めて見る果実を手に、一口齧る。 甘酸っぱい果実は暫く食べ物を入れていなかった身体に染み渡った。 私が目を瞑ってその感覚に浸っていると、リースさんの声に現実に戻された。
「ぷはっ! あー、しみるわね」
「瓶から直飲みって・・・昼間からお酒ですか?」
「な訳ないでしょ。 アタシ飲めないし。 水だよ水」
「えっ、そうなんですか?」
「アルコールが入ったらダブルのコントロールが上手く効かないんだよ。 アンタは飲めるの?」
「私も飲めません。 前にちょっと飲んだことあるんですけど、直ぐに戻しちゃいました」
「ふーん」
心底興味なさそうに紙袋をガソコソ漁りながら答えるリースさんに溜息をつきつつ、私とリースさんは改めて食事を始めた。
「げふっ・・・ふうー」
「汚いですよ」
「あーあー、アンタもアンナやクロウみたいにならないでよ」
本当にこの人はもう。 黙っていたら凄い別嬪さんなのにこういう所治せばモテモテになるのに勿体ないわ。
「で、本題なんだけどさ」
「何も話してなかったですけど」
「いいから。 アンタ、これからどうするの?」
「どうするって?」
「アレだよ。 アレ」
そう言いながらリースさんはベッドサイドを指さした。 私が振り向くと、そこには柄だけどなった“相棒”が置かれていた。
「あ・・・」
「ん。 取り合えずアレと、破片だけはレイメイが拾ってくれたみたいだよ」
リースさんは私の鞄を漁ると、袋をテーブルに置いた。 その中には、煌めいている刀の破片が散らばっていた。
「そっか。 壊されちゃったんですよね」
「そいつがアンタを守った」
「えっ?」
「あの時、ウィンクドレスに壊された時、刀が光ったでしょ? あれが何なのか分からないけど、確かにあの時、刀がアンタを守った。 でなきゃ、今こうして五体満足で生きてなんていないからね」
私を守ってくれた。 あの時、ウィンクドレスの目を見た時、私は死を実感した。 それを“相棒”が守ってくれた。 それはきっと母様が私を守ってくれた事に違いない。 ありがとう、母様。
私はベッドサイトに置かれた柄を持って来ると、暫く柄と破片を見つめていたが、一つの決心をつけると、リースさんに口を開いた。 リースさんは又、水を瓶の注ぎ口から直飲みしていた。
「新しい武器が欲しいです」
「ぷはっ。 あの刀の代わり?」
「はい。 無理ですか?」
「いや、無理じゃないけどさ。 いいの?」
「正直、残念ですし、辛いです。 でも、此処まで粉々になったらもう・・・」
私が言いながら沈んで行くと、リースさんは飲んでいた瓶をドンッとテーブルに置いた。 それにびっくりした私は慌ててリースさんの顔を見た。 リースさんの顔は真剣だった。 私が始めた見た顔だった。
「諦めるの?」
「・・・」
「アンタあの刀が大事だったんじゃないの? 形見って言ってたよね」
「はい」
「それで、粉々に壊されたから捨てて次の武器にするんだ?」
「っ!!」
「ふーん、まあいいけどね。 アンタが決めたんなら」
私はその言い方にカチンときた。 初めてリースさんに腹が立った。 私は立ち上がり、テーブルを叩きながら怒気を含んだ。
「だったらどうしろって言うんですか!! 何か方法があるんですか!?」
「・・・」
「私だって辛いですよ!! リースさんに何が分かるんですか!? この刀は世界に一本だけの母様の・・・っ!」
涙が出そうになる。 でもダメ。 泣いたらダメ。 母様が守ってくれたんだから。 私が泣いたら、母様も悲しむから。
「知らないよ。 アンタの辛さなんて」
そう言いながら水を飲むリースさんに私は思わず手が出そうになった。 だけど、私は手を出すことが無かった。 その後のリースさんの言葉を聞いたから。
「でも、今のアンタを見てる方がよっぽど辛いけどね」
「えっ・・・?」
「辛いんでしょ? 悔しいんでしょ? 大人ぶって我慢する事なんかじゃないよ」
「ぐっ・・・ひぐっ」
「泣きたければ泣けばいいんだよ。 悔しかった大声で叫べばいいんだよ。 我慢する事が格好いい? 違うね。 自分の気持ちを押し殺して得られる物なんて無いよ」
「ふっ、うう・・・うああ・・・あああ!!」
私は柄と破片を抱きしめながら大声で泣いた。 今までこんなに泣いた事はなかった。 一人でロイヤルクラウンまで旅をしている時も、こんなに辛い事はなかった。
ごめんなさい。 ごめんなさい母様。 私が、私が弱かったから! ごめんなさい。
私が泣き続けている間、リースさんは黙って傍に居てくれた。 励ます訳でもなく、何か言葉を掛けてくれる訳でもなく、ただ黙って傍に居てくれた。
どれ程泣いただろう。 私がようやく落ち着いてくると、タイミング良くリースさんが口を開いた。
「スッキリした?」
コクリと頷く私を見て、リースさんは更に声を掛けた。
「よし。 これからの行動が決まったね」
「えっ?」
「アンタの獲物をどうにかして直す」
「えっ? えっ!?」
「呆けてないで準備しなよ。 アタシは先に玄関で待っとくからさ」
リースさんは立ち上がるとスタスタと扉に向かって行く。 その背中に私は慌てて声を掛けた。
「まっ、待ってください! 直せるんですか!?」
「ん。 ちゃんと柄と破片も持って来るんだよ。 それから顔も洗う事。 酷い顔してるよアンタ」
言い終わると、リースさんは先に部屋から出て行った。 残された私は暫く閉められた扉を見ていたが、慌てて着替えて荷造りを始めた。
リースは扉を閉めた先で自身の頭を掻きながら溜息をついた。
「ったく、守るなんて言っといて守れなかったアタシが泣きたいってのに。 ほんと手が掛かるんだから」
私が宿の玄関に向かうと、リースさんは果実を食べながら通りを歩く人々を見ていた。
「まだ食べるんですか?」
「ん。 やっぱり南の大陸の果実は美味いね」
「確かに美味しかったですけど。 って、此処、南の大陸だったんですか?」
「今更? ウィンクドレス達と戦り合う前、近くに街があるって言ったでしょ。 戦闘の余波が此処まで来なくて良かったよ」
あ、確かにそんな事言ってたような気がするわ。 宿じゃ気にもしてなかったけど。 よく見たら通りを歩いてる人もロイヤルクラウンとは違う服装だし。 これが南の大陸の人達なのね。
「ん。 少しはマシな顔になったね」
マジマジと顔を見られて私は恥ずかしさから俯いた。 そんな私を見て、笑顔になったリースさんは更に口を開いた。
「さて、これからの行先だけど」
「あ、はい」
「この街の武器屋で良い鍛冶屋がないか当たってみたんだけどね」
「鍛冶屋・・・」
私はリースさんの言葉を呟く様に反芻した。 やっぱりこの人は凄い。 私が眠っている間も一人、情報を集めたり、私の事を一番に考えて動いてくれていたのね。 さっきリースさんに怒ったのが本当に恥ずかしいわ。 本当に自分が嫌になるわね。
「中々良い鍛冶屋が見つからなくてさ。 アンタ何か当てはある?」
「そうですね・・・」
リースさんに言われ、私は考えた。 鍛冶屋に当ては無いけど、この旅で寄ってみたい所があった。
「あの、鍛冶屋の当ては無いんですけど」
「ん。 何か他にある?」
「寄りたい所があります」
「何処?」
「西の大陸になるんですけど。 私の故郷───」
そこまで言った時、私達の元に一人の子供が走って来る。 子供はボロ布で作られたフードを深々と被っている。 私とリースさんがぶつからない様に交わすと、子供は私達の隙間を走り去って行った。
「危なっ。 子供は元気が一番って言いますけど。 それに子供にしては凄い速さでしたね」
「あのガキ・・・」
通り過ぎた子供を見ていたリースさんの顔が険しい。 何か嫌な予感があるのかもしれない。
「リースさん?」
「追うよ」
「えっ?」
リースさんはさっきの子供を追いかける様に走り出した。 そんなリースさんを、私も慌てて後を追いかけた。
おかしい。 リースさんの速さなら簡単に追いつける筈なのに、わざと子供の速さに合わせる様に走ってる。 私は横を走るリースさんに声を掛けた。
「何か気になるんですか?」
「ん。 着いたら分かるよ」
それだけ話すと、私とリースさんは子供にしては凄い速さで走る子を追いかけ続けた。 前を走る子供も気づいているのか、時折狭い路地に入ったり、人混みに紛れ込んだりとしていたが、流石に子供相手に撒かれる程、私は劣っていない。 当然リースさんも。
暫く走り続けると、子供は街外れの朽ち果てた家に入って行った。 私達もその家の中に入ると、子供は息を切らせながら此方を見ていた。 家の中は暗いが、周りから視線を感じる。 恐らく他にも何人か潜んでいるみたいだ。
「はぁはぁ」
「ガキ、鬼ごっこは御終い?」
「くそぉ!」
向かって来る子供をリースさんが軽くねじ伏せた。 更に床に抑えつけられた子供はリースさんによってフードを引き剥がされた。 子供相手にそこまでしなくても、と思った私だったが、子供の姿を見て驚愕した。
「この子・・・!」
※ブックマーク10件突破記念です。




