ロイヤルクラウン第ニ特殊部隊長
ロイヤルクラウンからブルデンバウム王国までは常人では五ヶ月はかかる道のりである。 しかし、ロイヤルクラウン第五部隊、副部隊長イリーナにとっては十日もあれば御釣りがくる。
イリーナは時折迫りくる魔物を軽々と退け、八日目の朝にはブルデンバウム王国領土へ足を踏み入れていた。 気高い山に造られた王国は攻めるに固く、守りに安い。 魔物の侵攻が早い北の大陸の中で、大陸の中央に位置しながらも絶対的な守りから、魔物の侵攻を許してはいなかった。
王国に入る際には巨大な門から入る事になっており、ブルデンバウムでもロイヤルクラウンと同じく、衛兵や守衛が多くの人々の通行受付を行っていた。
そんな中、イリーナも衛兵の受付を行う。 周囲には疎開してきたのか、大荷物を持った人々が受付に群がっていた。
「こんにちは。 今日はどちらから起こしになられましたか?」
人当たりの良い爽やかな笑顔の青年がイリーナに声を掛ける。 イリーナはその言葉に口を開く事は無く、胸ポケットから一つのカードを青年に見せた。
「これはこれは。 ロイヤルクラウンの方ですね。 失礼しました。 どうぞ、お通り下さい」
青年が笑顔で対応すると、イリーナはが口を開いた。
「国王様に謁見をお願いしたい」
イリーナの声を聞いて女性だという事に驚いた青年は、それでも務めて冷静に対応を始めた。
「国王様にですか? ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ロイヤルクラウン総督、アルテア様の書状をお渡ししたい」
「なんと・・・分かりました、直ぐに手配します。 此方でお待ちください」
イリーナは衛兵の青年の後をついていき、近くの部屋で待たされた。 冷たい水を出されたイリーナはそれを飲み干すと一息ついた。
(受付のレベルはうちが上、ね。 私が女性だという事も分からないか。 ・・・イメージチェンジでもした方がいいかしら)
時間にして数分後、一人の女性が部屋へ入ってくる。 騎士の恰好した女性は、イリーナへと口を開いた。
「お待たせしました。 女性をこの様なむさ苦しい場所に待たせるとは。 きつく言っておきます。 此方へ」
(この人は、強いわね。 私と同等レベルか)
騎士の女性に連れられ、イリーナはブルデンバウム王国街へ足を踏み入れた。
活気ある城下町を抜け、ロイヤルクラウンに匹敵する程の巨大な城の内部を通り、イリーナは王の間にてブルデンバウム国王と謁見する事が叶った。 見てくれは髭の長い初老の男性だが、気品や振る舞い、威厳も感じられる。 これ程巨大な王国の王となれば当然と言えば当然の事だった。
イリーナはアルテアの書状を付き人の女性に渡すと、王座に座る国王へと確かに手渡されたのを見て内心ホッと息をついた。
(任務完了ね)
そんな中、書状を見終わった国王は、その長い髭を撫でながらイリーナに口を開いた。
「うむ。 アルテア殿からの書状、確かに。 ロイヤルクラウンからの旅路、ご苦労でありましたな」
「滅相もありません」
「して、早速になりますがな、よろしいか?」
「はい」
「ソフィアをロイヤルクラウンに出向させる件、承った。 ソフィアを此処へ」
「はっ」
国王は付き人の女性に声を掛けると、女性はその場から姿を消した。 やはり、この国の者、特に王の付き人となればその実力も納得の物だと伺えた。 暫く時間があるのか、国王は髭を撫でながらイリーナに目を向けた。
「イリーナ殿と申しましたな」
「はい」
「書状から拝見するにアルテア殿もご健勝の様子。 まずはそれが何よりの知らせ。 昨今、魔物の動きも活発になっておる。 此処、北の大陸も我がブルデンバウムに難を逃れた者達も多く来ておる。 更にだ、西の大陸に近い者達はロイヤルクラウンに向かっておるとも聞いておる」
「はい。 北と南からもロイヤルクラウンへの移住者が増えてきています」
「ふうむ。 やはり東の魔女めが何やら事を起こそうかとしておるのかもしれんな」
玉座に深く座り、軽い溜息を付いた国王の表情からは心労の色が見えていた。
「アルテア様もそのように」
「うむ。 それに、三美凶の一人が南の大陸に現れたという情報も入っておるが?」
「はい。 ロイヤルクラウンの幹部部隊長二名と一戦を。 三美凶直属の兵を一名討ち取ったと情報があります。 他に戦死者はおりません」
他に戦死者無し。 それはつまり、三美凶の一人も死んでいる訳ではないという意味だ。
「ふうむ。 ロイヤルクラウンの者とそこまで戦える者が後二人もおるのか・・・」
国王は眉を顰めながら唸った。 ロイヤルクラウンの幹部と言えば北や南の大陸にもその実力と名前は轟いている。 そんな幹部部隊長が二人いても倒せなかった事は国王にとってもあまりに芳しくない事だった。
「国王様、イリーナ様、お待たせしました」
国王の付き人が姿を現すと、国王の間の巨大な扉が開かれ、一人の女性が歩いてくる。 女性はイリーナの隣に立つと、国王をジッと見つめた。
「おお、ソフィア。 すまぬな」
「はい。 要件をどうぞ」
「うむ。 ソフィアよ、お主には明日よりロイヤルクラウンへと向かって欲しい」
国王の言葉にソフィアは眉一つ動かさなかった。 そんなソフィアを横目で見ながらイリーナは軽く唇を噛んだ。
(この国に入って衛兵や国王の付き人、様々な人を見てきた。 流石に北の大陸最大の国だけあってそのレベルは高い。 少なからず私と同等か、それ以上の者もいる。 例えばこの国王の付き人。 私よりレベルが上だという事が空気から簡単に分かる。 それを差し引いても───)
(噂には聞いていたけど、このソフィアという人、強い。 それも桁違いに。 ハッキリいって化け物だ。 まさかアンナ様やリース様、うちの幹部部隊長のレベルと同等か下手したらそれ以上の人が本当にいるなんて・・・)
「ロイヤルクラウン。 初めて行く場所と記憶」
「隣に立つイリーナ殿が案内をしてくれる。 向こうでは総督のアルテア殿の指示に従って欲しい。 よいか?」
「承諾。 よろしくお願いします、イリーナ様」
「はい。 こちらこそよろしくお願いします、ソフィア様」
イリーナとソフィアは向き合って握手を交わす。 イリーナはソフィアの瞳を見つめると、ソフィアもまたイリーナを見つめた。
(冷たい手。 それにこの目。 まるで人形のような人)
「うむ。 イリーナ殿、今日は城でお休みになられるが良い。 明日、ソフィアと共にロイヤルクラウンへ向かうとよろしかろう」
「はい。 ありがとうございます」
「此方へどうぞ、イリーナ様のお部屋へご案内いたします」
国王の付き人ではなく、別の女性がイリーナを連れて王の間を後にした。 残されたソフィアは国王に向き直ると一礼し、踵を返すとその場から姿を消した。
「良いのですか? この様な時にソフィアをロイヤルクラウンへ向かわせて」
国王の付き人の女性が声を掛けた。 その声を聞いた国王は髭を撫でながら口を開いた。
「アルテア殿、そしてアルテア殿の父君と母君には以前大きく世話になった。 今度はその分、恩を返さねばならぬ」
「ソフィアがいない分、我が国領の防衛が手薄になってしまいます」
「うむ。 その点は防衛ラインを一段階引き下げよ。 ロイヤルクラウンからの部隊兵の援軍も二部隊来てくれる手筈になっておる」
「しかし、いくらロイヤルクラウンの部隊兵が二部隊といえど、ソフィア一人分の戦力はありません」
「わかっておる。 しかしだ、東の魔女の動きも気になる所。 現にロイヤルクラウンは南の大陸で三美凶の一人と一戦交えておる。 必ずやロイヤルクラウンと三美凶はぶつかるであろう。 その時、ソフィアがおれば大きな戦力となる」
「戦力の遂次投入は敗北・・・即ち死に繋がる、という事ですね」
「うむ。 相手の戦力はその場で断ち切らねばならん。 まだ東の戦力もハッキリしておらんからな」
sideロイヤルクラウン
ロイヤルクラウンには近づいてはならない部屋がある。 特に夜は傍を通る事もオススメしない。 ロイヤルクラウンの城内が夜になると冷え込むのは“そこ”から冷気が漏れているからだという。 その部屋に行く為の地下に続く階段には、必ず一人は兵士が立っていた。 間違える者等いないが、名目上そのような事だ。
明かり一つない螺旋状の階段を降りて行くと、朽ち果てた扉がある。 ほとんどその役目を担っていない扉は、軽く押しただけで簡単に崩れてしまいそうな物だ。 そこを抜けると、小さな空間と思わしき場所に繋がっている。 中は暗く、すぐ先さえも視認する事は出来ない。
ただ、むせ返る程の死臭と血の匂いが混ざり、石の床は血の様なドス黒い何かでぬるぬると滑る。 そんな異常とも言える空間で、時折、ズッ、ズッと何かを引きずっている音がする。 更に、ジャラジャラと金属がぶつかる音がしていた。 何かがいる。 何かがそこには確実にいる。
そして、今日。 そんな異常な空間への扉を開ける者がいた。 その時、扉は遂に役目を終え、根本から音を立て崩れ落ちた。
「貴方の力を貸してください」
暗闇に吸い込まれたその声の主は、ロイヤルクラウン総督アルテアだった。 寒すぎるこの部屋に入る為、城内でありながらもコートを羽織り、口からは白い息が漏れていた。 だが、アルテアの言葉にも暗闇からの返事は無い。 そこへ、もう一つ新たな声が暗闇に向かって放たれた。
「アルテア様自ら此処へ来られたのよ。 返事くらいしたらどう?」
声の持ち主、アンナは異臭を放つ空間に眉を顰めていた。 此処へは何度か来ているが、本当に酷い所だと思う。 様々な戦場を経験したアンナでさえ吐き気さえ催すレベルだった。 出来れば直ぐにでも此処を離れたい。 しかし、アルテアが此処へ赴くという事を聞き、念の為の“護衛”として自分を指名された為、離れる訳にも行かなかった。
(寒さはどうという事はないけれど、この臭い、空気。 命令とは言え、此処だけは来たくなかったのだけど・・・)
アンナの言葉にも返事は無い。 だが、そこに何かがいるのは分かる。 その証拠にジャラジャラと金属の音が暗闇に響いている。 その音が徐々に小さくなり、今度はカチャ、カチャと何か小さな別の金属の音が聞こえて来る。
「明かりをつけさせて貰います」
アルテアがそう言っても返事は無い。 アルテアが隣に立つアンナへ目配せすると、アンナは入口の壁に付けられたランプへ息を吹きかけた。 部屋がゆっくりと明るくなっていく。
小さな部屋の中は、正に異常と言える状態だった。 天井から吊るされた無数の鎖には魔物が何体も吊るされており、その全てが解剖されていた。 中には人間らしい者もいる。 夥しい血痕はドス黒く変色し、壁や床一面にその凄惨さを物語っている。
そんな異常な部屋の中で、一人の女性が寝台に寝かされた人型の魔族に向き合っていた。 傍には解剖で使う物である刃物や、骨ごと叩き切り落としていたであろう赤黒くなった鉈の様な物を置いた台車が置かれていた。
そんな空間を見たアルテアは、鋭い目付きで口を開いた。
「この様な事、いつまで続けるおつもりですか?」
女性はアルテアの言葉にカチャ、カチャと解剖用の刃物を手に取る事で答えた。
「貴方がなさってくれた事で、魔物達の弱点が分かった事も事実です。 それには感謝します。 しかし、今はこの様な事をしている場合ではありません」
女性は答えない。
「三美凶の一人が活発に動き出しています。 貴方の力が必要なのです」
女性は答えない。 そんな女性に、アルテアは軽く息を吐くと、白い息と共に心にもない言葉を放った。
「この場を提供しているのはロイヤルクラウンです。 総督である私の言葉を聞く責務がある筈です」
その言葉が放たれた直後、女性は人型の魔族へ解剖用の刃物を突き刺した。 魔族から噴き出した返り血が女性を襲ったが、解剖を行っていた女性はそれにも動じる事はなかった。
「私に何を求めている」
振り向いた女性が発した言葉でアルテアは胸を撫でおろした。 女性の声は異常な空間に似つかわしくない程、透き通った物だった。
「クラウディア。 久しぶりに貴方の声を聞けて嬉しく思います」
「本当に。 こうして顔を見るのも何年ぶりかしらね」
アルテアとアンナの言葉にクラウディアと呼ばれた女性は何も言わず、ただジッと二人を見ていた。 その目からは何の感情も感じ取れない。 そんな目を見ながらアルテアは口を開いた。
「貴方にはロイヤルクラウンの幹部部隊長としての任務を行って欲しいのです」
「・・・」
「アルテア様、此処で話すより上に上がりませんか?」
アンナは一刻も早くこの空間から離れたいのか、アルテアに声を掛けた。 言われたアルテアも軽く頷くと、踵を返し先に上へと上がって行った。
「その姿と臭いじゃ城の者に悪いわ。 シャワーでも浴びて着替えて来なさい」
アンナは早口で捲し立て、直ぐにその場から姿を消した。
残されたクラウディアは顔に着いた返り血を指でなぞると、それを舌で舐め取っていた。




