エスター
『魔物の群れだー!!』
見張り台から警鐘を鳴らす男が叫びながら村人へと警告を鳴らした。
『どうしてこんな小さな村に・・・!』
『何でもいい! 子供達を非難させろー!!』
村の危険を知らせる時のみに使われる警鐘が鳴り響いた。 村の大人達は農作業を止め、傍で遊んでいた子供達を連れて走りだした。
『皆早く教会へ! 男達はお年寄りと子供を手助けしてやるんだ!!』
『慌てる事は無い! 自警団は武器を取れ! 俺はエスターを呼びに行く!』
若い男達数人が武器を手に駆けだして行く。 その中で、一際精悍な顔立ちの男が一つの家へと向かった。
男が慌ただしく家に入ると、そこには、美しい黒髪の女性と、小さな女の子。 そして、それを見守る様に年老いた男性がいた。
『エスター! 魔物の群れだ! それもかなりの規模だ!』
『分かっています。 御父さん、この子をお願いね』
『うむ。 お前も気をつけるのだぞ』
年老いた男性と、エスターと呼ばれた女性が話すと、女の子が泣きながら女性に縋りついた。
『母様! 私も一緒に行きます! 何か、何か怖いのがいるの・・・!』
『そう。 でも、駄目よ。 あなたは御爺ちゃんと皆で教会にいなさい』
『でも・・・! 凄く怖いのがいるよ・・・』
『見えるのね。 大丈夫。 すぐに戻ってくるわ』
エスターはそう言って、優しい笑顔で女の子の頭を撫でると、長刀を手に男の人と走り出していった。 その背中を見た時、女の子は感じた。 もう、“母”と会える事が出来ないのだと。
『ギャウゥ!!』
数匹の魔物を一振りで両断するエスターは自警団の先頭に立ち、魔物の群れに長刀を向けた。
『去りなさい。 此処にお前達の求めるものは無いわ』
『ググゥ!』
『ギャゥワゥ!!』
『人の言葉すら分からない低俗な魔物ね。 無益な殺しはしたくないのだけど、致し方ないわね』
エスターが長刀を握り直した時、正面に陣取っていた下級魔族が一瞬で消滅していった。 消え去った魔物の群れは跡形も無く、ただ一人、少女の姿をした魔族が残っていた。 その少女を見て、エスターは警戒する様な険しい顔つきになった。
(この女の子、恐らくダブル、ね。 あの子が言った怖いのはこの子の事ね。 私でも分からなかったのに、あの子は見えていたのね)
『助けてくれた、訳ではないようね』
【フフフ。 使えない奴等なんて要らない。 どうして御母様がこんな村を狙うか分からなかったけど、貴女がいるからなのね】
禍々しい空気を放つ女の子を見て、自警団の一人がエスターへと声を掛けた。
『エスター、なんだあの子は。 あの子が魔物を消したのか?』
『そうみたいですね。 皆さんも教会へ。 此処は私が抑えます』
『しかし・・・!』
『あの子は貴方方が手に負える相手ではありません』
エスターの言葉に自警団のメンバーは複雑な顔をする。 エスターの言葉は分かる。 村一番の強さを持ち、戦闘に関してはエスターの言う言葉が正しい事は分かっている。 しかし、自分達も村を守る自警団だ。 それをエスターを一人残して行く事の葛藤がある。
『早く。 教会の方にも魔物が攻めてくる可能性もあります。 其方をお願いします』
『・・・分かった。 すまん!』
『エスター! 無理はするなよ! 教会の方は俺達に任せろ!』
『ありがとうございます。 皆さんも気をつけてください』
自警団のメンバーは教会へと走った。 そこへ、逃がすまいと魔族の女の子が掌を向けた。
【誰も逃がすなってお言葉なのよね】
『させると思っているの?』
【!?】
一瞬で女の子との間合いを詰め、女の子の腕を掴み見下ろす女性に、魔族の女の子は驚愕した。
(速い!? それに・・・動かせない! なんて力・・・!)
『子供とはいえ恐ろしい力を持っているわね。 悪いけれど、先の未来の為、貴女は此処で“消えなければならないわ”』
【ギッ・・・ぐぅ!!】
魔族の女の子は全力で逃げ出そうとするが、女性に掴まれた腕がそれをさせなかった。 観念した魔族の女の子は空いた自身の手で掴まれた腕を切り落とした。 解放された魔族の女の子は大きく飛び退くと、切断された腕を抑えながら膝をついた。
【ぐっう!! はぁはぁ・・・】
(つ、強い。 御母様の子であるこの私が・・・こんな・・・こんな事・・・!)
『やはり貴女危険ね。 躊躇無く腕を切り落とし、私との距離を取り命を守った。 中々出来ない事よ』
エスターは切り離された女の子の腕を投げ捨てると、そのまま長刀を手に、魔族の女の子に近づいて行く。 魔族の女の子は近づいてくるエスターの目を見て完全に腰が引けているのか、恐怖で動けなかった。
(何、何なのこの目・・・! に、人間じゃない・・・! ダメだ、殺される!)
【我が子に酷い事をするのう】
突如、次元が割れると、魔族の女の子の隣に妖艶な黒髪の女が現れる。 女性の周りには死霊が舞い、一目で只者ではない事が分かった。
(この人、確か・・・)
【御母様! 申し訳ありません・・・】
【良い、良い。 オルベルスよ、お主では相手にならぬ。 引いておれ】
【御母様・・・?】
【このような獲物久しぶりじゃ】
黒髪の女が不気味な笑みを作った。 その顔をみた魔族の女の子は何も言わず、黒髪の女が現れた次元の亀裂へと入っていった。
(御母様があのような顔をするなんて・・・本気なのだわ)
『思い出した。 貴方、東の魔女ね』
【ほう、わらわを知っておるのか?】
『ええ。 昔いた国で聞いた事があるわ。 死霊を纏う魔女。 名前は確か───』
瞬間、エスターは襲ってきた死霊を長刀を振るい消滅させた。
【名など無いわ。 わらわは人間全てを葬り去る者よ】
『そんな事させると思っているの? 貴方は此処で消えるのよ』
女性は長刀を握りしめると、黒髪の魔女に迫った。
『皆教会に入ったな!?』
『大丈夫だ!』
『待ってくれ! あの子がいない!』
『何!? エスターの子か!!』
『何じゃと!? まさか・・・!』
皆が教会へ避難する際、少女は祖父の目を盗んで一人、村の入り口へと走っていた。
『はぁはぁ・・・母様・・・・母様!!』
【小賢しい虫がっ!!】
魔女の傍を舞っていた死霊全てを消滅させられ、魔女は苛立ちを隠せないまま女性に向かって黒い球体を無数に放つ。 しかし、女性はそれらを華麗に交わすと、魔女の懐に迫った。
『流石にやるわね。 だけど・・・ふっ!』
【ぬう・・・おのれ!】
魔女は振り落とされた長刀を黒い球体を手に纏い受け止める。 しかし、エスターはそれも意に介さず魔女の顔面に裏拳を叩きこんだ。 衝撃で魔女が数メートルは吹き飛ばされた。
【おごっ・・・!】
『いい加減観念しなさい。 どんなに生命力が強くても貴方では私に勝てないわ』
【ふっー、ふっー・・・人間風情がわらわの顔を・・・!】
魔女は血が流れる顔を抑えながらも、憎しみと焦りの表情でエスターを見た。
『貴方も、貴方の子とかいうさっきの子も生かしておく事は出来ないわ』
【ほ・・・ほほほ。 調子に乗るでない人間風情が!】
魔女は巨大な黒い球体を作り出すと、エスターに向けてそれを投げ飛ばした。 先程までの無数の球体とは違い、今度は明らかに出力が上がっている。
しかし、その黒い球体はエスターの一振りで掻き消された。 魔女は自身の技をたったの一振りで掻き消された事に驚愕し、エスターに向けて怒鳴った。
【な・・・何故じゃ・・・! 貴様ロイヤルクラウンにいた頃とは別人ではないか!】
『そこまで知っているのね。 あの頃の私と今の私は違うのよ』
【何を・・・】
『今の私には守るべき者がある』
エスターはそう言うと、長刀を地面に突き刺した。 そして、魔女を見据えて口を開いた。
“雪花・蓮華鏡”
突如、地から飛び出した斬撃は魔女の右腕を切り落とした。 一瞬何が起きたのか分からなかった魔女は、切り落とされた自身の右腕を見てようやく何が起きたのか理解した。
【ぎっ・・・!!】
(馬鹿な!? 気配が全く分からぬ!)
『蓮華“鏡”といった筈よ』
その言葉を聞いた時、魔女は瞬時に悟った。 自身の上方を見上げると、地から飛び出した斬撃が、今度は自身目掛けて落ちてきていた。
【つけあがるな人間!】
上方からの斬撃を辛うじて交わした魔女は得意気にエスターに目を向けたが、そこにエスターの姿は既になかった。
『今のはフェイク。 本命はこっちよ』
【!?】
いつの間にか後ろに回り込まれていた魔女の背骨に、エスターの体重の乗った重い蹴りが食い込んだ。 メキ、バキという鈍い音を立て、魔女は吹き飛ばされた。
【あが・・・はっ!!】
吹き飛ばされていた魔女は、それでも何とか地に手を当て、衝撃を和らげた。 苦痛と怒りの表情でエスターに顔を向けたが、瞬間、エスターの手が魔女の顔を掴み地に押し付けた。 更にエスターは魔女の左肩を突き刺し、地へと固定した。
【ぬぁ・・・ぐぅ!】
(なんて速さじゃ!! わらわでも目に映らぬとは・・・!)
『今の一撃でも生きているなんて凄い生命力ね。 “誰から奪った”のかしらね? だけど、無限に生き続ける者等、存在しない。 終わりよ』
【ぐぅあ・・・人間風情がぁ・・・!】
(何じゃこ奴は・・・! あり得ぬ! このわらわが、このわらわが人間なんぞに!!)
『言いたい言葉は有るかしら?』
悍ましく冷たい瞳で見下ろすエスターに、魔女は心から恐怖と憎しみを抱いた。
(この目・・・! この目は最早人間の其れではない!! “あ奴”めが! この女が腑抜けただと!? 全く話が違うではないか!)
『村の人達の方も気になるから、消えて貰うわ』
女性が長刀を抜くと、振りかぶり、魔女の首を刎ねにかかった。 その時だった───。
『母様!!』
『!?』
【!!】
『来ては駄目よ!!』
(油断しおったわ!!)
【愚か者め!】
それはほんの一瞬だった。 瞬きすら起こらない程一瞬だった。
魔女の左腕がエスターを貫いた。 そして、魔女がゆっくりと左腕を抜き取ると、エスターはその場に倒れこんだ。
『母様ーーー!!』
『がふっ・・・くっ』
【ほ・・・ほほほっ。 やはり人間は愚かよのう】
『うっ・・・』
夥しい血がエスターと地を包み込んでいく。 魔女はその様を不気味な笑みで見ていたが、不意に少女へと目を向け、よたよたと歩いて行く。 魔女が向かう先が分かったのか、エスターが血を吐きながら叫んだ。
『逃げ・・・て!』
『母様・・・母様!』
少女は泣きながら母の元へと走った。 しかし、その行く手を魔女が阻み、少女の前に躍り出た。
【はぁはぁ・・・お主には感謝せねばのう。 ん? お主、面白い目をしておるのう?】
『あ・・・あう!』
魔女は少女の首を掴むとそのまま持ち上げた。 そして、じっくりと少女の目を見ると、恐怖で固まったその少女に顔を近づけた。
【これは良い。 斯様な所でこれ程の目を手に入れる事ができるとはのう。 光栄に思うがよい。 その目、わらわが頂くとしよう】
『や、やめな・・・さい』
『母様・・・!』
魔女は少女の口に自身の口を当てると、少女の中にある“モノ”を吸い取り始めた。
『あが・・・あががが!!』
『───!!』
エスターは声にならない悲鳴をあげた。 しかし、出血が酷い為か、身体がまともに動かない。 エスターは涙を貯めながらその光景を見る事しか出来なかった。
やがて、全ての“モノ”を吸い取られた少女の目から光が消え失せ、少女はその場に糸が切れた人形の様に倒れこんだ。
【ほほほっ。 これは良い。 実に良い。 思った通りじゃ! ほほっ。 安心せい。 この娘にはわらわの血を送っておいたわ。 “運が良ければ”わらわの忠実なる娘となろう。 ほほほっ】
『ぐ・・・くああっ!!』
新たなる力を得て、心底喜ぶ魔女の姿を見たエスターは、心臓を貫かれているにも関わらず、怒りだけで立ち上がった。 そんなエスターを見て、魔女は目を大きく見開いた。
【きっ、貴様・・・本当に人間か!? 何故立ち上がれる!】
『さない・・・許さない・・・・!』
尋常ざらなる殺意を放つエスターに対し、魔女は汗をかきながら数歩後ずさりした。 そして、そんな自分に気づくと、歯軋りを起こした。
(わらわが恐れている!? あり得ぬ! いくら相手が元ロイヤルクラウンで歴代最強と言われた女だとしても、わらわが恐れる事なぞあってはならぬ! 危険じゃ、この女はここで確実に始末しておかなければならん!)
魔女は全身全霊の力を込め、エスターを迎え撃った。 そして、その時、事切れたかに思われた少女の口から小さな呟きがエスターの耳に“届いてしまった”。
『か・・・さま・・・』
『!』
【やはりお主も人の親よのう!!】
『あっ・・・!』
黒髪の女の左手から黒い球体が放たれ、エスターを包み込むと、そのまま宙に浮かび始める。 そのまま、魔女が掌を握りしめると、球体の中から無数の刃が現れ、エスターを貫いた。 そして、球体が弾けると、“赤い人形の塊”が少女の傍に落ちてくる。
【わらわは慈悲深い。 娘の傍で逝くがよい。 しかし、まさかわらわを此処まで追い詰めるとはのう。 初めて死を覚悟したぞ。 この償いは此処に居る人間共で償わせてくれるわ。 ほほほっ】
耳に残る笑い声を残し、魔女は覚束ない足取りで村の奥へと消えていった。
『ひゅー・・・ひゅー・・・』
エスターは生きていた。 無数の刃に身体を貫かれ、心臓を貫かれたにも関わらずエスターは生きていた。 首も刃に貫かれており、まともな呼吸もできず、声を発する事もできない状態であっても、それでもまだ死ぬ訳には行かなかった。
『・・・ぁ』
力が入らず、震える手で傍らの少女の頬に手を当てる。 もう涙も流れない。 涙なのか自身の血なのかも分からない。 霞んだ目では少女の顔もまともに見れなかった。
『・・・』
(皆ごめんなさい。 せめて・・・せめて、この子だけでも・・・)
エスターは力を振り絞り、少女に覆い被さり少女の顔を見つめた。 もう既に視力も無くなっている。 それでも、少女の顔を見つめると、ゆっくりと少女の口に自身の口を当て、最後の力を絞り出し、力を吹き込んだ。
(ごめんなさい。 だけど、私はいつも貴女の傍にいるわ。 生きて、フ───)
目に光が無かった少女に徐々に光が戻る。 そして、完全に光が戻った時、少女の目に最初に映ったのは愛する母の無残な姿だった。




